第29話 救済者

 携帯やら諸々を静に全て返したサクラは、約束の相手ミカエル達に会ってから改めてお世話になった挨拶をしようと思っていた。


 そう言えば来客用のお茶菓子がないと気付いたのが八時過ぎ。

 前日と同じ頃合いに来るならまだ一時間とちょっと余裕がある。

 なので近くのコンビニに出掛けた。

 黒髪ヅラは返したものの帽子を目深に被れば大丈夫だろうと神代アヤトの帽子を拝借。


 そして帰り道、サングラスにブラックスーツを着用した黒づくめの男たちが自分を尾行けているのに気が付いた彼女は、相手の服装から一目で追っ手だと悟った。


 彼らこそサクラの正統な追っ手だった。


 サクラは失踪以来、杳として行方が知れなかったが、追っ手達は宗像神父の掛けた確認の電話から割り出した位置情報を元に、もしやとこの街に駆け付けてきたのだった。

 そしてその判断はビンゴ。

 この街を捜索していた追っ手のうちの二人が運よく彼女を発見したと言うわけだ。


「どうしましょう……」


 サクラは困ったように顔を曇らせる。

 彼らは事サクラの話になると融通の利かないメンツばかりなので、アパートにまで連れて行けば要らない面倒を引き起こすだろう。それだけは避けたい。


 彼女は意を決して少し寄り道をする事にした――公園に。


 日中は近所の子供らがよく遊びに来るが、夜になると誰も居なくなる閑散とした場所だ。

 若者たちがたまにたむろする事はあれど、それ以外は行政のお情けで付けたようなぽつねんとした公園灯がひっそりと周囲の影を浮かび上がらせるだけ。

 黒々とした低木や背の高い樹木がここを人目から遮り、音も吸収してくれている。

 大声で騒がなければ近所から覗きに来られる事もなさそうだった。


 一人夜の公園を歩き始めたところで、予想通り声が掛かった。


「――お待ち下さい。聖女様!」


 ピタリと足を止め、ゆっくりと振り返る。

 そして黒づくめの男たちと対峙した。


「とうとう見つけましたよ。どうか早々にお戻り下さい」


 彼らは不敬だと思ったのかそれ以上距離を詰めて来ようとはせず、サクラの返答を待っている。

 彼女は目を胡乱にした。


「その呼び方はやめて下さいといつも言っていましたよね。中二臭くて恥ずかしいでしょうに」

「え、いえしかしそれが正式なお立場ですし。……あっ、いえ、はい、わかりました」


 本気で睨むのをやめた彼女はふうと溜息をつくと左右に首を振った。威嚇のように周囲に現れていたキラキラしたものも薄れて消える。


「戻ります。けれどもう少しだけ時間を下さい。お世話になった方に何も告げていませんので。彼に礼を失するようなことはできません」


 何故か二人は共に驚愕する。そこには戦慄のようなものも孕まれていた。


「い、今何と? 彼……? これまでどちらにとは案じておりましたが、まさかどなたかとご一緒に暮らしておられるのですか!?」「しかも彼ということは、男! だ、大丈夫なのですか聖……いえ宗像様!?」

「ご心配には及びません。私も可不可は見極めていますし」


 完全には納得し切れない様子で彼らはその話題を閉じたが、やはり見逃してはくれそうになかった。


「大変申し訳ないのですが、その方への御礼のご挨拶は後程こちらでさせて頂きますので。宗像様はどうかお戻り下さい」

「ですからまだ無理です。せめてあと数時間は待って下さい」

「承服しかねます」


 彼らはそう言って距離を詰めるような動きを見せた。

 どうせなら人通りの多い場所まで出るのだったとサクラは後悔した。

 けれど自分の存在は公には知られていないからと思い、公園を選択したのだ。

 じりり、と後退するだけ相手もこちらに歩を進める。

 それの繰り返し。

 中々埋まらない距離に業を煮やした男達の片方が先回りしようと分離した。

 挟みうちの意図を察し即座に逃げ出した彼女だったが、公園を出てさえいない少し走ったところで腕をやや強く掴まれる。


「――ッ」


 その際コンビニスイーツの入った白いビニール袋が手から離れて地面に落ちた。

 白い口から無残に転がり出たそれらはサクラに助けを求めているようだ。

 遠回りもしたし実は結構コンビニで何にしようか迷った。

 時間はわからないが約束の頃合いは過ぎてしまっただろうか。


「放しなさいっ。あなた方に危害を加えたくはないのです」


 必死に抵抗したところで、普段訓練し鍛えている彼らとの腕力差は甚だしい。

 サクラは歯噛みした。無用な流血沙汰は望むところではないのだ。


「おい、早く車を呼べ」


 一人がもう一人へとそう指示した。

 どうしようこのままではと焦る彼女だが、その心は諦めてはいない。

 こんな事で力を使うのはよくない。

 だけど――……。


 彼女――宗像むなかたさくらは心から祈った。


 どうかもう少しだけ一緒にいさせて下さい。


 もう一度だけ助けて下さい。


「お願い神様……!」


 と。強く願い過ぎて最後の部分は無意識にも口から言葉が零れ出た。



「――――サクラ!」



 その時、願っていた少年の声が聞こえて、彼女はハッと顔を上げた。







「――はっ、ガブリエルちゃん!」


 ミカエルに追い付いたガブリエルからの提案で、現在二天使は夜景を眼下に並んで飛びつつ左右を手分けしてしかと見下ろしていた。


 いつもより真剣な声を上げ自分を見つめるミカエルへ、ガブリエルは真剣に返した。


「どうしましたミカエル? 見つけました?」

「今ちょっとガブリエルちゃんが可愛く見えた!」

「い~つ~も~の~こ~と~で~しょ~う~?」

「ひょぎゃああああああっ」


 ガブリエルは拳を握ってミカエルのこめかみの両方からぐりぐりと捩込むように圧迫する。


「何を色ボケしているんですか? そんな暇があったら一ミクロン単位で地上を調べなさい」

「うわあああああんごめんなさいいいい!」


 涙目のミカエルは少しの間えぐえぐ言っていたが、ふと何かに気付いて真顔になった。


「あのさっガブリエルちゃん!」

「今度ふざけたら鼻フックですよ?」

「ぴぇっ!? 僕みたいな美少年の顔に鼻フックはないよおおお!」

「……はん、美少年とか自分で言いますか。それで?」

「あ、もう言いませんです。ええと、何か今あっちの方で神様の気配がしたよ。行ってみようガブリエルちゃん」


 ガブリエルはほうほうと素直に感心する。こう言う時の彼の嗅覚はトリュフ犬並みなのだ。


「わかりました。案内してください、ポチ」

「ポチ!?」


 鬼ガブリエルはミカエルわんわんに宝の場所へと案内させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る