第28話 静さんの正体
「では私はミカエルと一緒にこちらの方面を」
ミカエル君を追いかける形で敷地を出て行くガブリエルさん。
彼女たちとは反対方向へ捜しに出ようとした僕は、
「待って待って神代君」
ドアの隙間から顔を覗かせる静さんに呼ばれて足を止めた。
「あ、さっきは話の途中だったのにすみません」
「それくらい別に気にしないって」
彼女は何か用事なのかちょいちょいと手招きしてきた。
仕方なく玄関先に招き入れられる。
「何ですか? 今からサクラを捜しに行かないと」
「――捜してもしも彼女がずっとここに居たいって言ったら、どうするつもり? ずっと匿ってあげちゃうの?」
「それは……っ」
正直そこを考えないでもなかった。
行き倒れ寸前だった彼女がここを出て、行く当てなんてあるのかなって思うし。
そう言えばいつから逃亡者をしているのかすら知らないんだった。
本名すら聞いてないし。
本音を言えばもっと知りたい。
でもなあ……。
「……頼まれても僕が応じないと思います。人と深く付き合うのって苦手なんですよ」
「ふうん? でも絶対って言い切れる?」
「それは……」
静さんは真剣な顔付きで、いつものようにふざけてはいなかった。
「寂しさの限界突破して、神代君がやっぱりもっとって引き留めちゃうかもしれないもんねえ~?」
前言撤回。
目がめっちゃ笑ってるよこの人……。
「静さんあのですね、時間が」
「確かこのアパートって二階の部屋一室空いてたし、サクラちゃんさえ良ければそこに住んでもらったら? 勿論家賃光熱費は彼女持ちだけど、契約云々で書類の用意が無理そうな時は大家さんとの間は私が取り持つよ?」
「……僕の時みたいに?」
「うん、そっ! 君はホントにズルをよしとはせずに正道を好むよね。部屋借りれなかったらずっと野宿するつもりだったとかって! あの時は笑ったなあ」
「その件については静さんには大変感謝してます」
「あっはは素直~。でも実は最後まで迷ってたでしょお裏技使うのを」
静さんは心底愉快そうな流し目を送って来る。
そろそろ本気で捜しに行きたいんだけどな。どうしよう。
静さんを前に気ばっかりが焦る。
「まあそれは当然と言いますか。でも最初静さんにこの物件を勧められた時、僕はあなたとなら隣人として障りなく暮らしていけると思ったんですよ。それは迷う以前に思ってました。だから最終的にはあなたの招きにも応じた」
「えっそうなのかい? ふふふふ何じゃろ何じゃろ少年め~、いつも釣れない態度かと思いきや可愛い所もあるんじゃないのさね~!」
静さんは喋り方も変えて不思議の国のアリスに出て来るチェシャ猫のようににんまりとして、僕にしな垂れかかるように抱き付いてくる。因みに彼女とのこんなよくわからないスキンシップは珍しくない。
「ちょっ静さん今はふざけてる暇はないんですって! サクラを捜さないと!」
「……ちぇ~、つまらない。ちょっと待ちなさい。無暗に捜したって無駄骨よ?」
「でも夜も遅めで万一サクラに何かあったらまずいですし、早い所見つけないと」
「だからちょっと待ってって言ってるの。全く心配性だねえチミは」
踵を返して部屋を出ようとする僕の背中の服を掴んで静さんが引き留める。
困惑しきりに肩越しに振り返る僕の目に両目を閉じた静さんの顔が映った。
「……サクラちゃんなら……んー……たぶん近所の公園じゃないかな~?」
「え?」
「信じないならいいけど別に」
静さんはそう告げるやぱちっと開眼。
まるで彼女の内なる感覚を用い情報を手繰り寄せているようだった。
裾を解放された僕は頭を下げる。
「ありがとうございます。信じます」
今度こそ本当に部屋を出て公園へ一直線に駆け出した。
「はあ~あ、ああも純粋過ぎるとこっちも調子が狂うよね~。信じますって真っすぐに言われちゃったよ」
残された女子大生は、日本人に多い黒い瞳にいつにない艶を浮かべる。
「折角運よくお近づきになれたから、落とそうかなって思ってたのにな~。サクラちゃんに取られちゃった……かな? あーんな謎だらけな興味をそそられる逸材他にいないのにねえ本当に。私も随分と丸くなったものだよね」
全然残念がっていなさそうな語調で残念がる彼女の全身から、炎のような漆黒のオーラが滲み出す。
「サクラちゃんは来るわ天使は来るわ聖職者は来るわで落ち着かないのは頂けなかったけどね。さてとアイスでも食~べよ~♪」
彼女は上機嫌に、玄関にくるりと背を向けた。
その背中には二枚の黒い翼。
暗黒の天使の羽。
それは――冥界の悪魔の証の一つだ。
「サクラちゃんを見つけて、本当の本当に神代君はどうするつもりなんじゃろねえ。彼女が特別なのはそうとして、特別は何も彼女だけじゃないんだし。添い遂げるなら色々と面倒じゃよねえ。まあなるようにしかならないか。……けどもしサクラちゃんがこのアパートに来たら、天使とか聖職者も頻繁に出入りするようになったりして? うわあ~それはやだわ~」
買った時に付いて来た小さな平たい木のスプーンを口に入れ、彼女は表情とは裏腹にじっくりとミルクが濃厚な氷菓を満足気分で味わうのだった。
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