第26話 好意

 サクラの保護者だと言っていた胸板……いやいや宗像むなかた神父。


 それが本当なら変な行動を取ってないで堂々と訪ねたら良かったのに。

 危うく彼女の身内を警察に突き出す所だった。


 とにかく、彼はまた来ると言った。


 僕はサクラへ話す事が山積みだ。

 諸々はあったもののトータル的にはいつもの終了時刻とほぼ変わらず家に着いた。

 今はまだ六時半。

 世の中が起き出すにはまだちょっと早い時間だ。

 なるべく静かに靴を脱いで上がったけれど、音を聞き付けた彼女が居間の戸を開けて廊下に出て来た。

 念のために言っておくとサダコヅラは付けてない。


「お帰りなさい」

「あ、ただいま。もしかしてずっと起きてた? 寝てて良かったのに」

「朝早いのには慣れているので。むしろそうしないと一日のリズムが狂ってしまうと言いますか。それにやっぱりこうして主の帰りを待つのも楽しいですしね」


 彼女は唇に綺麗な笑みを作った。

 律儀と言うか、主なんて言われると本当に彼女が新妻みたいで何だかにやけてしまう。

 ってああエロボケかましてる場合じゃなかった。

 煩悩で時間を無駄にするわけにはいかない。


「サクラ、ちょっと話があるんだけど」

「はい、何でしょう?」

「とりあえず、座って」


 僕の神妙さを感じ取ったのか、素直に応じてくれた彼女と居間のテーブルを挟んで向かい合う。

 彼女は僕が切り出すのを待っているのか何も言わない。


「ええと、何から話せばいいかな。ジョギング中に予想外の出来事が重なってさ。とりあえず時系列に沿って話すね」

「はい」


 彼女はまるで正座のお手本のような居住まいで聞いてくれている。

 彼女のすらりと伸びる背筋を見て、僕は無意識に顎を引いた。


 そうして全部を話した僕に、彼女は「そうですか」とだけ呟いた。


 途中一度も言葉を挟まなかった。

 まあ表情はその都度変化していたけれど。


「――だからごめん、サクラ」


 僕が頭を下げると、彼女は驚いたような顔をした。


「お顔を上げて下さい。あなたが謝る必要があるとは思えません」

「え……どういう意味?」

「これは私の不用心が招いたことです。なので神代君には気に病む権利なんて無いんですよ? わかりましたか?」


 睨めっこのようにどこか怒ったような眼差し。

 でも怒っているわけじゃない声音。


「だけど僕の失言のせいでミカエル君とガブリエルさんに君の何かがバレたのは事実だ。万が一連れ戻されそうになったら僕が時間稼ぎするから、その隙に逃げてほしい」

「神代君……ですが」

「僕は君を応援するって決めたから。それでいつか君が納得して戻れるといいと思ってる。だから僕も一緒に話を聞いていい? 向こうはサクラが了承するなら構わないって言ってた」

「ええとその、神代君もそれでいいのですか?」

「僕? うん、そりゃあ勿論」

「そうですか。では、宜しくお願い致します」


 良かった。

 これで拒否されたらサクラを連れてどこかに行こうかと思ってたから。


「あと、宗像神父だけど、君を心配してたよ」

「……そうですか」

「彼は他とは違うみたいだね。君を理解してくれる相手だよ。案外君の周りには他にもそういう相手がいるんじゃないかな?」


 彼女は、無言で僕を見つめた。

 彼女からしてみれば勝手な事を言うなとか楽観的過ぎるとか思うのかもしれない。

 時間は巻き戻せないし僕は心からそう思ったから、文句を言われても甘んじるけれど。


 なんて事を思っていると、彼女は少しだけ顔を俯け視線をずらした。


「――どうせでしたら、一番の理解者は神代君がいいですね」


「……」


 驚いて声も出なかった。


 何で僕? 拾ったから?

 卵からかえったヒナみたいな刷り込み的な好意?


「ふふっ見ず知らずの私を拾ってくれたことはとても有難いと思っています。しかも何かと怪しい関係者が接近して来て迷惑を掛けても、ちゃんとこうして私を気に掛けて案じてくれるなんて、優しくて良い人過ぎて……神過ぎて、もう駄目です」


 駄目?

 って、えっ今度は駄目出し!?

 ガーン、天国から地獄。


「ぐ、具体的に僕のどこがナシ? 後学のために是非教えて」

「なし……?」


 身を乗り出した僕が縋るようにじっと見つめたからか、彼女は何故か顔を逸らした。

 何だか頬が赤いような……?


「ごめん見過ぎた。でも睨んでないから怒らないで」

「ええと怒ってはいないですけれど…………恥ずかしくて」

「あっああそうだよねごめん! ホントガン見し過ぎだよね僕、ごめんね。でも何だ良かった嫌がられたんじゃなくて」


 美少女に嫌われたくない。

 それはきっと普通の思考だ。


 でも僕は美少女と言うか、サクラという少女に嫌われたくないと思った。


 これはきっと普通とちょっと違う特別な思考かもしれない。

 僕は胸中で頭を抱えた。まずいよなあ~これは、と。


 サクラに手なんか出そうものなら宗像神父が黙っていないだろう。


「ふふっ、神代君を嫌いになんてなれませんよ」

「え、あ、そ、そう……なの?」

「お話はわかりましたし、神代君は学校がおありでしょう? そろそろ朝食などの支度をした方がよろしいかと」


 彼女が部屋の目覚まし時計を気にしながら腰を上げた。


「あ、うんそうだね、ありがとう」


 ぶっちゃけ学校の存在忘れてたよ。

 僕も倣って時間を確認して立ち上がる。


「先にお水か何か飲まれますか? 咽を潤した方がよろしいですよね?」

「へ? あ……うん」


 そう言えば走って来たし、このやり取りで妙に緊張して咽がカラカラだった。


「サクラってホント気の付く子だよね。いいお嫁さんになるよ」


 僕が感謝と感心の混ざった何気ない台詞を口にすると、


「それは嬉しいお言葉ですね。私には縁の遠いお話ですけれど……」


 どこか困ったようにしたその顔を僕は不思議に思った。

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