第25話 神父たる者
ここは道端。
立ち上がった僕はまだじんじんする額を、おじさんは
当初の激痛レベルは去ってようやく鈍痛レベル。
それでも痛いものは痛い。
「ふっ、神父として求められたら応じないわけにはいかないだろ?」
「はあ……」
だから止まってくれた……と。
呼び声に神父を入れなかったらきっと延々走らされたに違いない。
こんな神父、嫌だ……。
「世界中を放浪しているうちに、俺は寝ても覚めても神父なんだって気付いたんだ」
「放浪? えーと、教会組織の仕組みとかよくわからないですけど、神父なのに放浪してていいんですか……? 上に目を付けられて破門とかされません?」
「はははは何度もされかけたな! まあ俺のような逸材を失うのは惜しいといつも決定を踏み止まるみたいだが」
「……さすが聖職者の集まり。寛大ですね」
僕の中の優しく穏やか時に厳格……という神父イメージがガラガラと音を立てて崩れて行く。
「迷える子羊が俺を呼ぶ限り、世界の何処であれ俺はその求めに応える。それが俺の生き様だ。ふっ、どうだ俺の世界旅について他に訊きたいことは?」
「いや、興味ないですから。とりあえず知りたいのは、あなたは誰かってことですよ。目的や何で逃げたのかも」
僕は追いかけた事を後悔し始めていた。
放置しておいた方が良かったんじゃないかな、この変な人。
「ハハハ誰かって? 俺は――ダビデ!」
「嘘つけ! ばりっばりの日本人顔ですけど!?」
ああもうこの人聖職者の風上にも置けないよ!
「だよなー。本名はエージェント
「ああ宗像さんですかー」
僕が極々冷静に対処するとおじさんは何だか酷く物悲しそうに眉を上げた。
ノリ悪いなあとか呟いたのを僕は聞き逃さない。
「……通報ポイントに加算っと」
「え!? ふざけて悪かったよ! 逃げたのはだな、教会に言わず出てきたから、今警察に捕まると身元引受人やなんかで人が呼ばれるだろう? 教会に連絡が行って居所がバレると面倒なんだよ。ホントマジで俺が戻る度に朝から晩までみいぃ~っちり礼拝組まれるから自由時間なくて嫌なんだよ。囚人も同じな」
……それは自業自得なのでは。
不良神父のいい加減っぷりに僕は呆れるしかない。
「それで? どうしてあなたはアパートを探ってたんですか?」
「ああ猫が」
「それはもういいですって。嘘バレバレなんで」
「だよなー。人を捜してたんだよ。見かけた時は何でこんな所にって思ってたんだが、疑問に思って連絡してみたら、失踪したって言われてな。きちんと話をしようと思って様子を見てた。あと場合によっちゃ説教を」
「……」
「お前さんはアパートの住人らしいが、部屋にいるサダコヅラ被った子とはどんな関係なんだ? その子は俺の知り合いだ」
サダコヅラ? ……ああ。
案の定、僕の部屋の秘密の住人について知っている。
しかも彼はサクラを知り合いだと確信しているのだ。
だとすれば、ミカエル君たちよりも現状ヤバい相手なんじゃ?
いやそもそもミカエル君たち側の人間って事?
僕は首筋を伸ばし神父を見つめた。
彼は直前までのだらしなく、砕け、そしてまた
僕の返答一つじゃその腕力に物を言わせるんじゃないだろうか。
サングラスの奥の双眸はきっと
「部屋主と居候、それだけですよ。それも明日で約束の期限が切れます」
「ほう。そうか」
「人違い……じゃないんですよね?」
「ああ。俺が見間違えるはずがない」
ならもう誤魔化しは不要。
僕は負けじと対抗して、睨むように目に力を入れた。
「彼女はとても……自らの存在意義について悩んでいます。彼女が元居た所は、女の子一人が思い詰めていることに誰も気付かないようなボンクラの集まりなんですか?」
非難染みてというか明らかな非難に語調が荒くなる。
けれど気を悪くした風でもなく神父は観察するようにやや顔を近付けてきた。
「ふっ、厳しいな。お前さんはどこまで事情を知ってるんだ?」
「彼女がどこかから逃げ出して、追われる身になったことくらいしか。あとは情報から推測するだけです。だからぶっちゃけ何者かも知りません。……ところで、あなたは彼女が嫌がっても無理矢理連れ戻す気ですか?」
彼の屈強さなら、華奢なサクラが抵抗したところで苦も無いだろう。
でも僕だって無策で見ているつもりはない。
それはミカエル君たちに対しても思っている事だ。
「いやー、俺の腕力じゃ無理だな。彼女は破格だからなあ」
「下手な嘘つかないで下さいよ。誰がどう見ても宗像さんのが強いですって」
「いやこれは嘘じゃ……まあいい。ところで一つ訊くが、何もエロいことはしてないよな?」
「は!? いいいいきなり何を言うんですか。してませんよ!」
ドキドキしたり眩しいお姿は拝見したけどおっ。
「そうか、ならいい。君がいい奴で良かった。感謝する」
彼はホッとしたように息をつき、佇まいを正した。
「俺はな、あの子が心から嫌なら――役目を放棄したっていいと思ってるよ」
「え?」
「期限は明日だったか? その時にまた来てみるか。お前さんの部屋を出た後にどうするのか、あの子の選択を尊重する」
「……あなたは彼女を肩書きや能力で評価しているわけじゃないと……?」
「――当たり前だ」
僕はハッと息を呑む。
その声がとても柔らかい音色だったから。
「んじゃまた明日、な」
彼はそう言うと後はくるりと背を向け軽く手を振って去って行く。
「あ……あのっ、あなたは彼女の何ですか?」
思わず引き留めるように一歩を踏み出した僕を、サングラスが一瞥した。
その奥の表情は見えない。
口元だけは苦笑みたいにどこか緩んでいたけれど。
「――これでも、保護者だよ」
やや離れて聞き取りにくかったけれど、彼の唇と声は確かにその単語を紡いだ。
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