第24話 後悔と追跡

 意気揚々と断言したミカエル君だったけれど、僕にはよく意味がわからない。


 ……まさかハウスダスト・イリュージョンが彼らの求めてたものなんだろうか。


「ありがとうあなたのおかげで僕たちの捜索が一歩前進したよ! 中々手がかりが見つからなくて困ってたんだ」

「捜索? 手掛かり? ……誰かを捜してるの?」


 僕は何かサクラにとっての失言をしたかもしれない。


 やっぱり彼らは彼女の追っ手?


「そうなんだ、実は」


 ミカエル君の言葉に一瞬ドキリとする。

 焦った。

 彼の答えは直前の僕の問いかけに対するもので、決して僕の思考にじゃない。


 ミカエル君だけじゃなく、僕の焦りなんて知らないガブリエルさんも表情を緩めた。


「お話ありがとうございます。後ほどサクラさんに話を伺いに行かせて頂きますね」


 頭を固いもので殴られたようとは良く言ったものだ。

 まさに今の僕の心境がそう。


 彼女は行き倒れになりかけながらも戻るのを嫌がっていた。


 それなのに僕のせいで連れ戻される……?


 どういう基準かは知らないけれど、僕を味方だと思ってくれているから彼女だって居候しているんだと思う。


 でもこれじゃ裏切りも同然だ。


 どうしよう。

 二人を遠ざけるのはもう無理そうだ。

 そもそも僕にそんな権利はないし。

 深く考えずに話した自分への後悔しかない。 

 俯き、押し寄せる罪悪感を堪えるように両目を閉じる僕の顔を覗き込み、ミカエル君が気がかりそうにする。


「大丈夫……?」

「あ、ああ……うん。ちょっと立ちくらみかな」

「一緒に家まで行こうか?」


 一緒に……それは一番まずい。

 でも、一緒に……か。

 彼の申し出を丁寧に断りつつも、僕は苦肉の策を捻り出した。


「――サクラと話をする時、僕も立ち会っても?」

「えっとそれは……」


 判断を仰ぐようにミカエル君がガブリエルさんを見やった。

 答えを渋る前の小さな呻き声と共に、彼女の表情が歪む。


「サクラが良いと言ったら、どうですか?」


 渋面を作るガブリエルさんは更に思案するようにしてから、僕の目を見た。


「――その時は、従います」


 言質を取った事で幾らか安堵する。


「じゃあ、今日は僕学校にバイトにとあるので、昨日と同じくらいに来て頂けませんか?」

「ええ、そうしましょう。ミカエルも異論はないですか?」

「特にないよ」


 猶予は得た。

 それだけでも幸いだった。


「ええと、他に話がなければ、もう行っても?」

「あ、うん。運動の邪魔してごめんね?」

「お引き留めして申し訳ありませんでした」

「いえいえ。それじゃあ、夜に」


 二人に軽い会釈をして背を向ける。

 負の気持ちの染み込んだ重い体を引きずるようにして歩く。

 サクラの顔を見たら何て言えばいいんだろう。


 逃げろ、とか?


 いやその前に、ごめん、かな。


 公園を出て二人から見えなくなったところで全力ダッシュした。

 そうして走って息を切らしているうちに、借りているアパートの屋根が見えてくる。

 そして徐々に全体が。


 サクラには何があるって言うんだろう?


 キラキラ? 神々しさ?

 どんな言葉で飾り立てても彼女は人間で、日々に悩み自己を認めてもらいたいと願う、普通の健気な少女だ。


 たとえ計り知れない力があろうとも、僕にはそうとしか映らない。


 彼女に会う前に何とか気持ちを落ち着けよう。

 深呼吸しながら残りの距離をなるべくゆっくり歩いて敷地に入る。


 と、金木犀きんもくせいの陰に怪しいマッチョ体を発見した。


 あの体格って、昨日の不審神父……!

 白昼堂々サングラスに法衣姿で懲りずに木陰から顔を出しアパートを観察している。


「あの、ここに何かご用ですか? 多分もう猫は居ないと思いますよ」


 そう僕が話し掛けると、男性はまるで猫が飛び上がるような勢いで驚き僕の方を向いた。

 光の下で見ると声の印象通り中年のおじさんっぽい。


「あ、ああお前さんは昨日の、いやその、実はまだここにいるような気がしてな、ハハハ。だがやっぱりもういないみたいだな!」


 長身の男性は長い両脚でそそくさと逃げるように道路の向こうに消え……させるか!


「待って下さい!」


 まさか僕が追い掛けて来るとは思っていなかったのか、チラリと振り返った男性は青くなって全速力で逃げ出した。


「ああちょっと何で逃げるんですか! 待って下さい!」

「通報は勘弁してくれ!」


 僕の制止を無視して男性は駆けて行く。

 通報はってからには自分を不審者だと自覚していたわけで……。

 それでも気になる何かがあのアパートにはあるんだろう。


 でもそれ何か他でも同じような感じの人たち居たよねー?


 ああ面倒事の予感しかしない。


 でもこれ一旦追い駆けちゃったから諦めないよ!

 にしても何て速い足なんだ。

 僕は「うおおおおっ」と猛り声を上げながら全身全霊でその距離を駆け抜けた。

 ふっ100M走9秒台行ったかもしれない。

 まさに火事場の俊足。

 さすがに相手も仰天した。


はえーなおいっ!? 何で追って来んだよおお!?」

「逃げるからですよ! 待って下さい――神父さん!」


 男性は急に走りを止めて振り返る。


 ――ドゴッ!


 僕のおでこが彼のあご先にクリーンヒットした。


「づッ……ッ……! あなたがいきなり止まるから……!」

「ぐおおおおッ、だって待てって言っただろお!」

「だからってタイミング悪過ぎですよ! 散々走る前にもっと早く止まって下さいよ!!」


 僕たちは道端で無様に転げ回り、しばらく痛みに悶えた。


 サクラが来てから本当に僕の周りは騒がしい。

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