第23話 早朝の追究者

 翌日早朝。

 今日は日課のジョギングに出た。


 前日に言っておいたので声を掛ける必要はないと思っていたら、サクラの方から起きてきて「行ってらっしゃい。気を付けて下さいね」だって。……っ、だって!!

 もう、いちいち何でこうツボな……!


 ジョギングに出た僕は、いつもと同じ住宅街を走ってサクラを拾った公園に差し掛かった。


 ――よし、今だ!


 一気に公園に駆け込むと途中まで突っ切ったところでくるりと背後を振り返る。


 何故なら、アパート敷地を出た辺りから何者かの気配を感じていたから。


 それは僕が走る後を付いて来て、物陰からとても話しかけたそうなオーラを漂わせてきた。

 だからいい加減視線が鬱陶しくなった僕は、見通しのよい近所の公園を選んだってわけ。


 かくして相手は僕の目論見通り目の前に現れたんだけど……。


「え、ミカエル君!?」


 ちょっと予想外だった。

 もしかして昨日のムキムキ神父かと思っていた僕は拍子抜け。

 昨夜のやらかしが記憶に新しい金髪の美少年は、びっくりして見事な彫像のように固まっている。

 だるまさんが転んだ状態。


「おーい、何か用ミカエル君?」

「ひゃっ? はぅわわわわ僕の名前覚えててくれたあ~!」


 まあそりゃーあれだけ強烈な登場じゃあね……。

 はあー、何だか朝っぱらから疲れるキャラを引き当てちゃったなあ。

 でもホント何の用だろう。


「すみません。さっさと声を掛けなさいと言ったのですが、このミカエルはいつもバカエルなもので、こちらも面倒を被るケースが多くて疲れるんですよね……」


 ああガブリエルさんもいたんだ。

 ミカエル君の物言いた気な眼差し圧が凄くて気付かなかった。


「酷いガブリエルちゃん! こんな所で愚痴らないで!?」

「お黙りなさい。へたれ」

「へ!? おならなんかしてないよ! 勿論おしっこもうんこも!」

「品のない単語の羅列は感心しませんね。めんこさ激落ちです」

「しょんなああああーッ!」


 ……えーと、この二人は僕に夫婦漫才を見せるために接触してきたんだろうか。


 しかもめんこいって東北の方言だっけ。

 揃って昨日と同じスーツ姿だから一晩ずっと一緒にいたんだろう。

 付き合ってるのかなーとか二人を観察していると、半泣きのミカエル君がトコトコと僕の前にやって来た。


 身長はサクラよりは高いけれど僕よりは低い。

 そんなわけで彼はある種の人になら覿面てきめんな上目遣いをした。

 秘技・美少年の潤んだ上目遣いを。

 でも僕は全く食指が動かない。


「ほお……ミカエルの眼差しにくらりと来ないとは、中々に上手うわてですね」


 ガブリエルさんが何やら呟き感心している。


「――あ、そう言えばミカエル君に訊きたいんだけど、もしかして昨日あれから誰かに電話した?」


 ちょうど良かった、と僕は先に疑問をぶつけた。


「ぴゃあああッ!? ななな何でそのことを!?」


 何だろうこの怯えよう。


「かかか掛けたけど、地上の色々が邪魔して間違って冥界に」

「――うおっほん、間違い電話はしてましたよね。何やらとんでもない所に繋がってしまったみたいで、ご近所迷惑な悲鳴ぶっこいて卒倒していましたが……相手の声だけで」


 ……今冥界って聞こえたんですけど? 何かの例えかな?


「声だけで卒倒……ですか、へえ……」


 僕は複雑な気持ちになった。やっぱり昨日のはこのミカエル君で間違いなさそうだ。


「だだだって本来の通話先だったら女の人が出るはずなのに、応答したのはおどろおどろしい男の低音だったんだもんんん! 絶対にあれは人じゃないよ!!」


 思い出したのかミカエル君はガタガタと震え出す。


「へえ、人じゃ、ない……」


 僕は改めて凹んだ。


 でも、つまりは知り合いに掛けたって事だ。

 それってやっぱり静さん?

 それともサクラが出ると思って?


 ああもどかしい。


 ――二人はサクラの追っ手?


 そう訊けば一発だろう。

 けれどそんな質問をすれば彼女に不利な情報を与えるおそれがある。

 答えを持つ相手が目の前にいるのに訊けない。


 でもヒントを得るために多少踏み込んでみるべきだろうか。


「実はね、僕たちあなたに訊きたいことがあって後を追いかけてたんだ」


 僕が脳内で葛藤していると、ミカエル君が尾行について申し訳なさそうに首を竦めた。


「訊きたいこと? いいよ、何?」


 でも僕でいいのかな?


「サクラちゃんって子とは付き合いが長いの?」

「いや、会って数日だよ」

「数日!?」

「……それは本当ですか?」


 驚いた猫みたいに瞳をまんまるにするミカエル君に代わって、今度はガブリエルさんが僕の正面に回る。


「ええまあ。事情があって」


 とは言え匿う期限はあと一日――明日までだ。


 ああ、そうなんだ、明日までなんだっけ……。


「もしかしてお二人ってサクラの知り合いだったりします?」


 僕は意を決した。

 やっぱり幾らかでも情報を得て力になりたい。


「……いいえ、今はまだ何とも」

「確信ないからわかんないんだよね」

「ええ……?」


 それは一体どういう意味だろう。

 ああだけどサクラも向こうは自分に気付かないとか何とか言ってたなあ。


「じゃ、じゃあサクラちゃんには変わった点はない?」

「変わった点?」

「周りがキラキラ~とか普通じゃないような神々しい感じになったりとか」


「えーと、寝起きとか湯上がりは一段と神々しいかな」


「あははは素直だね~。でもそういうのわかるよ!」

「――うおっほん、ミカエル?」

「ひっ、ごごごめんね、ええとそのえっちい方面じゃなくって」


 主にガブリエルさんが苦労を被っているのかと思いきや、何だかミカエル君もミカエル君で結構苦労しているらしかった。


「うーん、そんな現象は……」


 僕はふと引っ掛かって記憶を手繰り寄せる。


「あ、キラキラ……確か一度だけ彼女の周りのハウスダストが酷かった時があったかな」


 そう言えば掃除機掛けなかった……。

 ごめんサクラ……。


「それだよ! ねえガブリエルちゃん!!」


 何かを断言するミカエル君は、水を得た魚のように活き活きと顔を輝かせた。

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