第22話 秘密のサクラちゃん?

 時間は携帯に電話が来るやや直前。


「そうだ! 神様を探すならこっちにいる友達に力になってもらうのが手っ取り早いよ!」


 夜の公園のベンチでそう思い付きを披露したミカエルへと、ガブリエルはいぶかりを表した。


「友達……とは? あなたに地上の友人がいたんですか? 初耳ですね」

「よく天使電話して愚痴とか聞いてもらってるんだよ。地上で聖なる物を見極める目はある意味僕たちよりも確かだから、きっと彼女なら神様の痕跡を見つけてくれると思うんだ」


「へえ……女性ですか。しかもよく電話して、愚痴をねえ……」


 ガブリエルが何故か微笑む。

 けれどそれは決して温度を感じさせるものではなかった。


 ――極寒……地獄。


 天使なので地獄になど行った経験はなかったものの、さすがにバカなミカエルでも空気の劇的変化に気付いておろおろした。


「え、どうしたのガブリエルちゃん? 僕の頭に霜が降りてるんだけど!?」

「気のせいですよ、ミカエル。ええ、ええ、ですからどうぞ早くその女性に連絡を取って下さい?」

「う、うん?」

「ただし、天界に居る時のようにすんなりとは天使の聖電波は届きませんよ。ここには地上のあらゆる電波の他、悪魔のいる冥界からの邪悪電波も飛び交っていますからね」


 ガブリエルは、すぅと息を吸い込んで目をうつろにする。


「うっかり冥界の底の底にある地獄の亡者に通じてしまうかもしれませんねえ」


「――びえっ!?」


 ミカエルは顔面蒼白になった。


「あああああやっぱかけるのやめるうう~っ」

「何を言っているんです? 神様を見つけて私とデート、し・た・い・のでしょう?」

「うううううしたいよ、したいけどおおおおっ」

「じゃあ早くその第一歩を踏み出して下さいミカエル? ねえ?」


 珍しくガブリエルは小首を傾げた。

 ミカエルはその滅多に見られない可愛らしさと恐怖の狭間で思考がうろうろしていたが、


「どうぞ、ミカエル?」


 両手を握られもう駄目だった。


「よよよよおおおおーッし、おとこミカエル、行っきまーす!! 天使電話開始いいいいッ!!」




 ……そうして彼は一度、逝った。






 僕は凹んでいた。


「僕の低い声って悲鳴ものなのかな……」


 よくよく思い返すと悲鳴の原因はそれくらいしかない。

 改めて小さくないショックを受ける僕へと、サクラは必死に慰めてくれる。


「そんなことはありません! 神代君のお声はとても素敵です。まさに天の声です!」


 天の声って、その言われようもどうなんだろう。

 まあでも励ましの一環なんだろうし有難く受け取っとこう。


「サクラにも聞こえたあの悲鳴って、紛れもなくミカエル君だったよね」

「そうですね」

「でもさ、番号は教えてなかったでしょ」

「そうですね。借り物ですし」

「どうやって携帯情報を知ったんだろう……?」

「それは……」


 彼女の表情が曇った。


 謎だ。

 何故電話してきたのかも。

 また、悲鳴はともかく以後掛けて来ないのも、気になる。

 時間を置いてまた掛けて来るつもりなんだろうか。


「あ! もしかしてミカエル君って、――静さんの知り合いでもあるとか?」


「え?」

「だってこれって元は静さんの携帯だしさ。まだ知り合いかどうかはわからないけど、番号知ってたってことはその可能性もあるよね」

「そう、ですね……」


 どことなく歯切れが悪い。

 サクラは同意を示しつつもそうは思っていないようだった。


「でも別の可能性もあるよね。天文学的確率の偶然による間違い電話、とか」


 現実的に考えられる線としては、この二つに絞られる。


「でもそれだといまいちしっくりこないんだよね……。静さんはまだ帰ってないから訊けないし」


 僕が頭を悩ませていると、


「今夜はもう掛けて来ないと思いますし、この件はもうそれくらいにしてお風呂にどうぞ。冷めてしまいますよ」


 サクラが僕の手から優しく携帯を抜き取り苦笑いする。


 この件にこれ以上触れて欲しくないような、そんな表情にも見えたのは気のせいかな?

 もしそうだとすればどうして?


 ミカエル君の知り合いって言うのもよくわからないし、つくづくサクラって秘密でできてるような女の子だなあ。


 僕は言われるままお風呂に入って、あとは居間と台所に分かれて就寝。

 彼女は一緒に居間か、もしくは自分が台所でと言っていたけれど、それはやっぱり無理なので半ば強引に彼女を居間に押しやった。


 だって彼女の纏う静謐せいひつな雰囲気は、一緒にいると僕に思った以上の安らぎをもたらしてくれる。


 今までにない心地良さを与えてくれる。


 それは僕のなけなしの理性がぐら付くきっかけになりかねなかったから。


 そして、彼女の言う通りその夜はもう携帯が鳴る事はなかった。

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