第20話 破廉恥です

「ごめんねごめんねガブリエルちゃん」

「本当に全く、あなたと言う天使ひとはどうしようもありませんね。この調子じゃ付き合い切れませんよ」


 ベンチに座ったまま腕組みし、ふいとそっぽを向くガブリエル。

 謝罪を冷たくあしらわれたミカエルは隣で半泣きだ。


 二人は昼間の公園に来ていた。

 別に行きようがあるだろうと思わなくもないが、人もいないし距離的にもちょうど良かった。


「僕だってまさか偵察に行って気絶するなんて思わなかったんだよぉ……」

「それ以前の問題です。何ですか取って付けたようなエンジェル新聞の勧誘員設定は。普通あんな時間に勧誘なんて行ったらクレームものですよ。少し考えればわかるでしょうに」

「うっ、咄嗟に思い付かなくて」

「どう見ても不審者でしたよ。二人が聡く思慮深い方達で良かったですよ本当に。通報される天使なんてシャレにもなりませんからね? 天地開闢てんちかいびゃく以来の恥もいいところです」

「うう、反省してる」


「どうせなら、道に迷ったのでトイレ貸して下さい。でないと漏らします~とか言ったら良かったんですよ」


「何でまたトイレネタ!?」


 ミカエルは心外そうに頬を膨らまし、貰った棒付き飴ペロペロキャンディーを振り回して抗議する。


「しかも貸してくれなきゃ漏らしますって、悪質! 大体僕そこまでデリカシーなくないよっ」


 美人天使はハッとする。

 失言を悟ったようだった。


「すみません、ミカエル」

「えッ?」


 珍しく二人の立場が逆転していた。居心地が悪いのか、ミカエルは少し慌てたようにフォローにかかる。


「わ、わかってくれればいいんだよ。僕だって別にそんな怒って言ってるわけじゃなくて」

「そうですよね。バカだバカだと思っていても少しは控えめに表現するべきでしたね」

「――お願いだから僕をもっと普通の目で見てえええッ!?」

「近所迷惑でしょう。静かになさい」

「そんな冷めた目で見ないでよおガブリエルちゃあああん!」


 しばらく、公園にはミカエルの必死の懇願が上がっていた。






 意気消沈するミカエルは、もらった飴を嘗めながら情報を整理する。


「サクラちゃんって子と直接顔を合わせて喋ったけどさ、気を当てて探ってみたのに何も目新しい事はわからなかったね」

「そうですね……。自然体での見事なブロックでした。通常の人間なら私たちの聖なる気に気圧されて纏う気が乱れますが、彼女にはそれが少しもありませんでしたし、彼女の影響下だったおかげか少年の方もこれと言った気のひずみは生じていませんでした。改めてレベルの高い相手ですね。早い所素性を突き止めたいものですが」

「だよね。男の子が僕たちの気にてられて調子崩す心配がなかったのは良かったって思うよ」

「神様の正体よりも少年の体調、そっちの方が気になりますか」

「あ、いや」


「……ミカエルのそう言う所、嫌いじゃないですよ」


「えッ?」


 自分の思考に取り掛かっていたせいで彼女の方を見ていなかったミカエルは素早く顔を動かしたが、ガブリエルは相変わらず涼しい顔をしている。

 視線に気付いたのか、彼女は片眉を上げて不可解そうな顔をする。


「ミカエル?」

「へ? いやええと、僕の聞き間違い……?」


 可愛く首をひねる金色の同僚を眺め、ガブリエルは密かに口元を緩めた。


「可能性として、彼女は極端に聖気への耐性があるか、元々が乱される心配のない強い存在かという二つが考えられますね」


 高位天使の気と渡り合える者は限られてくる。

 同程度の存在かそれ以上の存在だ。

 ごく稀に聖気や邪気などの気そのものに全く影響を受けない人間もいるが、その線は薄いだろう。


「じゃあさ!」


 ミカエルはほとんど嘗めて小さくなった飴の棒を指し棒のようにピシリと虚空へ向けた。


「あの子が神様なんだよ!」


「否定はできませんね。ですがもしそうだとすると……」

「何か引っかかる点でもあった?」


「――――破廉恥です」


「……」


 ガブリエルの口から出た破廉恥と言う言葉にミカエルは目を点にした。


「え、どこが?」

「わからないのですか?」

「男女で一つ屋根の下なんて今時珍しくもないよ? アダムちゃんとイブちゃんだってなるべくしてそうなったんだし」


 首を傾げる少年天使に美人天使は嘆息した。


「そういうことじゃありません。いいですか? もしも彼女の正体が神様だとして、どなたと一緒に暮らしていましたか?」


「え? 黒髪の男の子だよね」

「そうです。男性とです。ここで一つ確認です。神様が人間に身をやつしていたとして、どんなに可愛らしい姿でも、神様は元々男神です」

「うんうん、一体それがどうかし――――あ」


 ミカエルは青くなって赤くなった。そしてまた青くなって赤くなる。


「気づきましたね?」

「う、うん。はわわわわどうしよう」

「耽美は、いいものです」

「僕にはガブリエルちゃんがっ」

「え?」

「え?」


 しばらく、二人の間に思い切りすれ違った沈黙が居座った。


「まあまずは正体の確実性を得てから諸々を考えましょう」

「じ、じゃあさ、同棲してた男の子に話を聞いてみようか。いつから一緒なのかとか奇妙な点はないかとか、聞き込みしたら切り崩すヒントが得られるかもしれないし」

「そうですね」


 二人はひとまず方針を決定し、朝が来るのを待つ事にした。

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