第15話 カレーはカラく、秘密はツラい?
「ごめんねバイトで遅くなるって言い忘れてて。夕飯はもう食べたんだよね?」
「はい、遅いようでしたので先に頂きました」
僕はホッとしつつ、廊下と呼んでいいのか微妙な短さの廊下を進み居間に入る。
「神代君の分もあります。……と言っても何の変哲もないカレーなのですが」
「えっ僕の分もあるの? もしかしなくてもサクラの手作り?」
「はい、家にあった食材と買ったものでどうにか。ただ、味の保証はできませんが……。お嫌でしたら食べなくても構いません。明日自分で食べますので」
「いやいや食べるよ。絶対食べる。もし残ったら明日の朝カレーにするし」
「そうですか?」
「もっち」
美少女の手作りカレーなんて思ってもみない嬉しい展開に胸を熱くする僕は荷物を置く。
道理で部屋の外にいた時からカレーのいい匂いがしていたわけだ。換気扇の排気口が近いから。
でもてっきりレトルトか何かの香りだと思ってた。
サクラはそのまま台所に入って行った。
手ぶらになった僕も追うようにそこへ。
このアパートは築年数が三十年以上。
コンロはIH仕様じゃない。ガスコンロの五徳の上には言葉通りのカレー鍋。
「ありがとうサクラ。適当にラーメンでも作って食べようかなって思ってたから有難いよ」
……って言うかサクラって、料理できたんだ。
僕が内心感心と驚きを抱いていると、
「あっそのお顔は私が家事全般駄目な子だと思っていましたね?」
表情から感じ取ったのか彼女が少しだけ拗ねた声を出す。
「えッ、いや全般ってそこまでは……。まあでも君は箱入りのお嬢様って感じだから意外だっただけで」
「箱入り……かもしれませんが、お嬢様ではないですよ。好きで料理はしていましたし。ふふっそんな風に見えていたんですか? 光栄ですね」
本気かウソか、彼女はくすくす笑った。
「温めますよね?」
「ああ、うん。よろしく」
「はい、畏まりました」
どこのメイド喫茶にもいないような極上の「畏まりました」頂きましたあっ!
……依然サダコ姿だけどね!
上機嫌の彼女の様子にどことなく照れ臭さを感じ、視線を彷徨わせる。
「あれ、その袋、スーパーに寄ったんだ。……その姿のままで?」
「はい」
「……」
「ああ、もうお帰りになりましたし、これ外しても大丈夫ですね」
彼女はウィッグを外した。
白い面が露わになる。
やっぱり見た目はべらぼうに可愛い。
中身は何と言うか変わっていて面白いけれど。
「神代君のお口に合うといいのですが」
自分で分けると言ったら「居候の身なのですし、せめてこれくらいは」と、彼女手ずから温めたカレーをよそってテーブルに出してくれた。いつもの低いテーブルに。
彼女も彼女なりにただ飯食らいを気にしてるんだろう。
僕はそこを慮ってやれてなかったし、自分でも何も考えてなかった。
改めてこの状況を見てみると、何かさ……新婚さんだよねこれっ!
「頂きます」
美少女嫁(仮)を目の前に小躍り気分だったけれど、顔には出さずにカレーをスプーンですくって一口。実食。
む……! こ、これは……!!
口の中に広がる香辛料の風味と肉と野菜から出た旨味。
中辛味のルーの齎す絶妙な辛味。
つやつやで輝くような白米もちょうどいい水加減。炊く時に食用油をほんの少し足らしたのかもしれない。
僕はゆっくりと噛みしめるように
……因みに料理漫画みたいに美味しさのあまり服は脱いだり脱げたりはしなかった。現実だしね。
「美味しいよサクラ……! 疲れた体に沁み渡る……!」
高価な食材を使ったわけじゃなさそうなのに、僕が作るより何倍もの美味。
一体どうやったらこんな素敵料理が出来上がるんだろう。
やっぱり料理漫画の愛読者なんだろうか。隠し技を読んで実践するタイプの。
「オカン! いやサクラありがとう! 明日もその腕を期待してるよ。まさに料理の女神!」
思わず手を握って感謝を伝えると、びっくりしたような顔をした彼女は白い肌をやや赤く染めた。
「料理の女神だなんて大袈裟です。けれど過分なご評価を賜り感謝致します」
そう言って嬉しそうにはにかんだ。
その控えめな微笑みから目が離せない。
……彼女の無意識に染み着いた微笑の形から。
どうしてサクラは自分を半分しか出さないんだろう。
僕の弾んだ心の中が急速に凪いで行く。
向けられた神妙な視線に気付いた彼女は不思議そうにして笑みを引っ込めた。
言葉もなく、僕たちの眼差しと思惟が絡み合う。
相手にいよいよ訝りの色が浮かんだところで、僕はようやく言葉を落とした。
「一つ訊くけど、君は何のために逃げてるの?」
「え……?」
何から、ではなく、何のために。
「余計な詮索はしないって思ってるけど、大まかな理由くらいは知りたいと思って」
カレーはまだ一口しか食べていないのに、僕の口は食べる事よりも暴く事を選択している。失礼な話だ。
だけど、これだけは訊いておきたかった。
――僕の家はちょっと面倒で、ちょっと特殊だった。
そのちょっとがどれくらいかはご想像にお任せする。
面倒を起こして連れ戻されるのは御免だ。
だから彼女と関わるのを最初渋ったんだ。
けれどもし彼女が彼女の生活に嫌気が差して一時的にせよ逃げ出したかったのなら、僕は頭ごなしにそれを否定はしない。
僕にもその気持ちがよくわかる。
だからこそ、手助けを必要とするなら、僕は厭わない。
サクラは視線を伏せたまま少し迷うように口を開いては閉じた。
そして、瞼を上げ僕を見据える。
「私は……」
――――ピンポーン。
室内にやけに大きく響く音。
インターホンが突然の訪問者を知らせた。
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