第14話 監視者は高みからが定番

 法衣の男性がいたのとはまた違った場所、近くの住宅の屋根の上。


「……っくりしたあ~、なな何か今の男の子こっち見た時、目が合った気がして焦っちゃったよおおおっ」


 思わず腰を抜かして胸を押さえて深呼吸するミカエルは、少し神妙な面持ちになっている。


「気のせいでしょう。ただの人間に今の私たちは見えませんよ」

「そうだけど、たまたまってあるでしょ。目線の角度が一致しただけなのはわかってるけど心臓に悪いよ~」

「心臓なんてないくせによく言いますよ」


 天使には心臓という器官はない。

 姿形だけは人間そっくりだが、存在自体が別物だ。

 超存在とでも形容するのが妥当だろう。


 ……でも、トイレは行く。何故か。


 人間の排泄の概念とは異なる排泄の概念が……というわけでもないようで、


「ミカエル……またチビりそうになりましたね?」


「チビッ!?……ってないよ!! 危なかったけど! それにまたって何!?」

「昼間の公園でも」

「あの時もチビッてないよおおお!! 僕の名誉のためにも何度でも叫ぶけど未遂だからねっ! 僕を何だと思ってるの!?」

「幼児退行バカ天使と」

「うあああああんっ! でもあの時だってさすがに僕お漏らしはしてなかったでしょ!」

「――ですが、どういうことでしょう。お化け少女が入った部屋に入っていきましたね、彼」

「途中放棄! いや放置!! 一人で話進めないでガブリエルちゃん!」

「ミカエル、あなた試しにピンポンしてきなさい」

「ねえ何で普通に会話続けちゃうの僕をもっと思いやって!?」


 ガブリエルは傍でビービー喚くお子ちゃまミカエルの頭をそっと撫でるようにした。


「よちよち。早くインターホン押して、押し売りでも行き倒れでも何でも装って調査してきんしゃい?」

「撫でてない撫でてないよおおその握力うううっ! 赤ちゃん言葉と方言ごっちゃだし! 僕を大人としてって言うか一個人としてもっと尊重してえええええ!」

「大人なら、さっさと行って来い!」

「しょんなああああああ~ッ!」


 お約束展開的に屋根から蹴り落とされたミカエルは泣きながら落下し、けれど翼で飛んで難なく着地する。


「どうせ姿は見えないでしょうし、黙って入っても問題はないと思いますよ?」


 同僚を物理的にも心理的にも蹴落としておいて涼しい顔で腕を組むガブリエルは他人事発言をかました。


「ううう、嫌だよ! だってだってあの子めちゃくちゃ怖かったもん!」


 高みから見下ろす最愛の天使へとミカエルは慈悲を乞うような目をした。

 ある意味こっちはこっちで目が怖いと感じるミカエルだったが、そこは愛のパワーで何とか耐える。


「せめて一緒に……っ」

「却下です。天使たる者が護るべき人類を怖がってどうするのです? まあ果たして無事に戻って来られるかは未知数ですが……」

「あの部屋って死地!? そんな所に行けって言うの!?」


 ガブリエルは大真面目な顔になる。


「――ミカエル、男を見せてはくれないのですか?」


 会心の一撃。


「――!?」

「これはまさかの千載一遇の株上げチャンス!?ですよ、ミカエル」

「僕、僕……」


 おとこミカエルは見上げる双眸に力を込めた。


「行ってくるううう!」

「ええ。よろしくお願いしますね」


 ヒラリと手を振るガブリエルは優雅な笑みで呟いた。


「……ちょろい」


 ミカエルは両肩を上下させさせ、アパート一室前に仁王立つ。

 呼吸を詰めてまだカメラも内臓されていない古いインターホンに震える指先を付けた……所で一気に引き返してきた。


「ねねねねえガブリエルちゃん、か、彼も何かあるのかな? 法衣の怖そうな人とも会話してたし、実は一番怖いとか……?」

「バカですかあなたは。会話聞こえていたでしょう。あれは別に知り合いでも何でもない者同士の会話です。まあけれど、サングラスの男の方はれっきとした教会の聖職者ですね」

「そうだったの? 全然見えなかった。コスプレおじさんかなって思ってた~」

「全く、あなたは注意力が足りませんよ」


 呆れつつ、ガブリエルは少年が消えたアパートのドアを凝視する。


 隠形おんぎょうし昼間からずっとアパートを監視していたからわかる。

 あの法衣の男も少女を気にして追ってきた。


 だがこちらには当然気付いていない。


 下位の者が敢えて姿を隠している高位の存在を認知するのは、極めて難しいのだ。


 一方、少年に関しては問題ないだろう。

 話をしたければこちらも一般人として接すればいい。


「少年には特に何も感じませんでしたし、彼の方には注意を払わなくてもいいでしょう。問題なのはあの少女です。一体何者なんでしょうね」

「うーん。手掛かりがあるかなあ?」

「まあ、接触してみれば何かはわかると思いますよ」


 あのホラー少女の周囲は不可解な程とても澄んだ気で満ちている。


 果たしてミカエルの訪問が吉と出るか凶と出るか。


「願わくは……って今神様いないんでしたね。一体どこにいるのやら」


 ガブリエルは、夜空を眺めて目を細めた。

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