第13話 不審者は物陰からが定番

 前方が見えにくくて足元が覚束なかったけれど、サダコサクラは無事にアパートへと帰っていた。


 手には途中のスーパー(店内は軽くパニクッた)で買ったちょっとした食材の袋を提げている。


「ふう、久しぶりにスーパーに入りましたけれど、とっても沢山の品物があって目移りしてしまいました。こんな優柔不断な私では、皆を導くなどとても……」


 玄関に入った所でサクラは溜息をついた。


「もっともっとしっかりしなくては。それに、危なかったですしね。まさか公園にミカエルがいるなんて。一緒にいたのもおそらくは天使でしょうし……」


 ウィッグのおかげか、何故だか向こうが勝手に錯乱してくれたので気配を誤魔化せた。

 気を抜いていたので正直危なかった。

 今は気合いを入れているのですぐには誰だかバレる心配はないだろう。


 神代アヤトに迷惑をかけないように、やり過ごさなければ。


「だってまだ、駄目ですもの。……掛かってきませんように」


 彼女はポケットにしまっていた携帯を服の上から押さえて呟いた。






「――あれは、まさか……? いやしかしこんな所にいるわけが……」


 そんなサクラを住宅街で見かけ、天使とは別の男が尾行けていた。


 それを不覚にも、彼女は気付いていなかった。





 夜、九時過ぎ。


 僕はアパート一階の自室前のスペースにチャリを止め、部屋の鍵を取り出した。

 スーパーの品出しバイトを終えた程良い疲労感を覚えた足腰。

 もう少し、あと数歩で我が家だと気を抜いていた僕は、本当に偶然、何となく、ふっと後方を向いてギョッとした。


 アパートの塀の内側には等間隔に常緑樹の金木犀きんもくせいが植えられている。

 背丈は僕より高いけれどまだ二メートルくらいだ。


 で、その木の陰にいる誰かとばっちり目が合った……気がする。


 気がすると言うのは、相手がサングラスを掛けていたからだ。

 高身長や肩幅からすると男性で、髪型はオールバック。


 何故か長い法衣を身に纏っている。

 一見神父や牧師かと思いきや、長衣にぴったりした胸板は僕の二倍はありそうだった。

 体つきはよくテレビとかで見る逞しいボディガードそのもの。


「……」

「……」


 どうしようもなく気まずい沈黙が流れた。


 こんな暗がりでもサングラスって、何かやましい人か変人だと思う。

 こんな時間だし、――両者!!


 僕は固唾を呑み、拳に力を入れた。


「あ、あの、どちら様ですか?」


 どこの誰を待っているのかは知らないけれど、もしも凶悪な人物だったなら困る。

 何かあれば、騒ぐつもりだった。


「い、いや。実は逃げた猫を捜していてな。ここら辺に逃げ込んだのが見えたから。でももういないみたいだな、ははははっ」


 声のからするとおじさんっぽい。

 見るからに大根な演技で相手は乾いた笑い声を立てると、そそくさとアパートの敷地外へと出て行った。


「……立ち去ってくれて良かったけど、何だったんだろう?」


 本当に逃げた猫を捜してたんだろうか?

 こんな時間にサングラスで?


 念のため戸締まりをしっかり確認してから寝ようと気を引き締めて部屋に入ろうとしたところで、中からドアが開いた。


「わあっ!」


 間を置かずの二度目の仰天だ。心臓バクバクだ。


「あ、ごめんなさい。部屋の外で声がしたので、帰って来たのかと。お帰りなさい」

「……た、ただいま」


 サクラはサダコだった。


 いや違う瞬間的に沸騰した恐怖で日本語がおかしくなったみたいだ。

 サクラはまだサダコの恰好をしていた。


「ど、どうしてまだそれ被ってるの?」

「……ちょっと昼間知っている方に遭遇しまして。念には念を、と」

「え!?」

「でも大丈夫です。私だとはまだバレていませんから」


 僕は不安と共にヒヤリとしたものが湧き上がるのを感じていた。

 本当に、誰にもバレていないんだろうか……?

 さっきのヤバそうな人はもしかしたら知り合いなんじゃ?


 それで彼女を密かに見張っていたとしたら?


 もしも先程の男が本気で僕を排そうとしていたら、あっさりのされていただろう。


 彼はまた来るかもしれない。


 だとしたら、僕はこれ以上彼女の隠し事を知らないでいていいんだろうか。


 ……わからない。


 もしも本当に危険に陥ったなら、僕はどういう立ち位置で関わればいい?

 或いは関わらないか。

 或いは……。


「どうかなさいました?」


 黒髪の隙間から見える瞳がキョトンとしている。


 今のはそう、仮定の話だ。


 長い前髪の向こうでは、この世に何も危険なんてないとでも思っているような、警戒心ゼロの顔をしているんだろうなあ。

 あはは、和む。


「んー、まあ、とりあえず入ろ入ろ」


 彼女を促して中に入る僕は、もう一度背後の木陰や暗闇、そしてふと何気なく、その向こうの住宅街を振り返る。


 屋根の上辺りをじっと眺めた。


 閑静な夜だ。


 願わくは……いや、やめておこう。


 少し口元を綻ばせ、一つ息を吐くと静かにドアを閉めた。

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