第11話 見えない優しさ

「ところでここにはどうやって来たの?」

「歩いてですけれど?」

「え、歩いて? ってああそうだよね」


 チャリもないし、朝に渡しておいた千円じゃタクシー代には足りないだろうし。

 バス路線を利用するにしても彼女が詳しいとは思えない。

 そもそも学校名を教えてなかった。

 制服から割り出したんだろうか。


「よくこの場所がわかったね」

「静さんが色々と教えて下さって。それに予備の携帯まで貸して頂いたので、地図を検索しながら」


 ああなるほど。これも静さんか。僕の学校を彼女も知っているもんなあ。

 変装道具にしても、静さんは何でも持ってるよなあ。

 この学校の制服一式もだけれど、前なんか雷で夜に停電した時に暗視ゴーグルを装着してたっけ。

 ……そこは普通に携帯のライトとか、あれば懐中電灯を使えばいいのに。


「……というか君さ、携帯は使えるんだね」


 文明の利器の認知度格差が激しい気がするよ。


「少しだけですけれど。通話で必要だと言ったら使用許可がもらえましたから」


 厳しい両親だったんだろうか?


「でも検索機能は初めて使いましたね。色々と出て来て面白いんですね携帯電話って!」

「え……そうなんだ」


 彼女はポケットから携帯を取り出して興味津々に見つめ下ろした。

 信じられない。

 検索禁止だったって事?

 今時、小学生だって普通に検索機能を使っている。

 まあ有害なサイトにはロックがかかっているだろうけれど。


 彼女はとんだ箱入りお嬢様なのかもしれない。


「何故か三日も持っていると必ず壊れてしまうので、周囲は頭を抱えていましたっけ」

「それはまた、珍しい体質なんだね……」

「ええ、はい。そこは残念ながら。これも帰ったらすぐに部屋の隅にでも置いて静さんの帰りを待った方が無難そうです」


 電化製品と相性の悪い人っているけれど、携帯三日ってのはさすがに初めて聞いた。確かにその都度買い換えてたら大変だ。変な部分で苦労してるんだな。


「そっか。で、サクラはこれからどうする?」


 そう問いかけつつ、お弁当を受け取った僕は彼女に帰るように促すかどうか迷っていた。


 帰れと言えば彼女は素直に応じ、きっとまたサダコスタイルで帰路に就くんだろう。

 ……通行人が卒倒しないといい。来る時は大丈夫だったんだろうか。


 とは言え一人で帰すのは何となく気が進まなかった。


 僕のせいで帰り道に追っ手に捕まったらなんていう不安もある。


 もう少し、可愛い同居人の制服姿を見ていたいというよこしまな気持ちもある。


 どうしようか。

 保健室にいてもらうとか?

 教室は……無理だよね。


「私は帰りますので安心して下さい。帰ったらもう部屋から出ないようにもしますから」

「いや、サクラが大丈夫なら別に出歩いてもいいんだけど」

「ですが、私もまだ見つかりたくはないので。それに神代君の本棚の小説は面白いものばかりですし退屈しません」

「それならいいんだけど」


 新刊を買うなんて贅沢はできないからと実家から持ってきたのは一度読んだものばかりだったから、ほとんど最近は手に取ってはなかったけれど、彼女のお気に召したなら何よりだ。


「では、これで」

「ああじゃあ校門まで案内するから。ここどこかわからないだろうしね」

「ふふっありがとうございます。よろしくお願い致します」


 そうして僕は三限目が始まるギリギリに弁当を手に教室へと戻った。


 その後は休み時間や昼休み、放課後に至るまでサクラの事を色んな人から訊かれて辟易したのは言うまでもない。


「――知り合いの娘さんが、ふざけてここまで来ただけだよ」


 放課後、昇降口で靴を履き替えつつ僕は仲の良い友人へと説明する。

 生憎と僕は部活に入ってないし、今この場にいる友人たちは一応は軽音部だけど部活より自分たちのバンド活動に忙しい。今日も路上ライブの予定なんだとか。

 だから下校組なのだ。


「神代の彼女なんだろ~? 白状しろって~」

「秘密主義のお前の秘密が一つ暴かれたな」

「別に秘密主義じゃないって。アパート来た事あるでしょーが」


 苦しい言い訳を信じたかどうかはわからないけれど、親しい友人たちは僕に親密な(彼らにはそう見えたんだろう……)女子がいる事に好意的だった。


「あの子になら神代も腹割った話出来そうだしな」

「そうそう。知り合ってからあんな焦った様子の神代初めて見たし」

「え……」

「とは言え、もっと男の友情も大事にしてくれよ~」

「万が一厄介な子だったら相談するんだぞ」


 ふざけた口調だったけれど、内心は多分別だ。


 正直他の人みたいに根掘り葉掘り聞かれるかと身構えていた僕は気が抜けた。

 救われた気持ちとどこか自分を悔やむ気持ちも生じた。

 友人たちを見誤っていたみたいだ。


 そしてきっとたぶんサクラの事も。


 自分は人としてまだまだだなあ、と未熟さを痛感した。


 そんな友人たちと別れてバイトに向かう僕は、サクラがちゃんとアパートに帰れたかどうか今更ながら気になった。


「そういえばバイトで遅くなるって言うのも忘れてた」


 あちゃーという顔付きで空を仰ぐ。


 一応は千円を預けてあるし、コンビニ弁当か何かで適当に済ませててくれればいい。

 ……お昼に使ってたら足りないかもしれないけれど。


 大丈夫だろうか。


 そんな僕の心配を余所に、午後の晴天は呑気に雲を流していた。

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