第10話 ホラーは美少女に
困惑する僕の前で、そのサダコ系女子は小首を傾げた。
「どちら様と言われましても……」
その際に黒髪の束から垣間見えた瞳の薄さに、既視感を覚える。
んん? それにこの声、どこかで……。
と言うか、今朝も聞いたばかりのような……。
「え、まさか君……」
彼女が手にする物を見て確信に変わる。
見覚えある僕のお弁当一式だ。
「……サクラ」
「はい」
存在同様透き通った桜色のような印象を与える声が嬉しそうに肯定を紡いだ。
「な、何でここに? しかも制服や変装道具なんてどこから……」
「静さんからです。正体がバレないよう出歩けるようにと、こんな物まで貸して下さいました」
驚きつつまじまじと上から下までを眺める僕に前髪の奥でふふっと笑うと、彼女は躊躇いなく頭の黒髪ウィッグを取り去った。
えっ!! 何で取っちゃうの!?
サダコ女子の出現にざわついていた周囲が、今度は別の意味でどよめく。
さらりと腰まである色素の薄い髪の毛を靡かせて、白皙の美貌の少女が現れたからだ。
「美少女~!」
「うっわモデル?」
「お、おい神代、誰だよそのサダコだった美少女!? そんな女子うちの学校にいたか?」
僕を呼んでくれたクラスメイトがびっくりした顔と、清楚で可憐で麗しいサクラの制服姿に見惚れるようにして質問してくる。
心までを照らす眩しさに陶然となる気持ちはわからないでもない。
とは言え、僕はだらだらと変な汗を掻いた。
本当にこの子は何て事をしでかすんだか!
「ちょっと来てサクラ」
僕は掻っ攫うように誰に何も告げず彼女の手を引いてひと気のない校舎裏まで駆けてから、足を止め振り返った。
僕も彼女も息切れしているものの、少し経てば呼吸も落ち着いた。
「あのさ、サクラは何かから逃げてるんだよね。目立つのはまずいんじゃないの?」
「まずいですよ?」
直前までの焦燥と動転からついつい問い詰めるような口調になる僕へ、彼女は不思議そうな顔をした。
「私、目立っていましたか?」
「いや何で疑問形なの。目立つでしょそりゃ。ウィッグ取っ払って素顔晒して余計に注目の的になってたし、追っ手に見つかったら大変なんじゃないの?」
「道端だと危険でしたけれど、学校の中でなら一般の生徒か教師しかいませんし平気かと思いまして。でも、そんなに私……目立ってました?」
え、自覚ないのこの子……!
自分の容姿がどんな目で見られるかって。
それ以前に、サダコ姿が目立つってのも認識してない……とか?
僕はまさか、ともう何度目かの可能性を思う。
「炊飯器も知らなかったし、何か昭和だし……。ねえサクラ、サダコってホラーキャラ知ってる?」
「誰ですかその方は?」
「ああやっぱり……。君がさっきまでしてたみたいな感じの人だよ」
「そうなのですかー。変わった髪型と言うか、とても前が見えにくい髪型を好む方なのですね」
「……そうだね。あと君は自分が人目を集めるってわかってる?」
「ええと……そういう場でならともかく、平素の自分でいる限りは普通の方と何ら変わらないと思いますけれど。神代君、具体的に私のどこら辺が目立つのか教えて頂けないでしょうか。わかれば改善のしようもあるでしょうから」
「ああ、うん……帰ったらね」
どうやら、異世界もので言えばエルフ位置の整った容貌とそれが持つ影響を全く理解していないようだった。彼女はたぶんルッキズムって概念を知ってはいても自らには持ち込まないタイプだろう。
種が明かされたと言っても、僕は納得できない。
だって追っ手が何かは知らないけれど、どこに監視の目があるのかもわからないって言うのに楽天的過ぎないだろうか。
不用意過ぎる。
「教師や生徒の中に君を知ってる人がいたらどうするの」
「――いません」
それは確固たる断言だった。
彼女自身が言い切るんだからそうなのかもしれない。
その確証がどこから来ているのかは知らないけど。
でもさすがにこの学校の部外者だと一目でわかるような行動は慎んでほしいなあ。
自覚皆無だったからしょうがないとは思うけれど、せめて次回からはさ。
いくら同じ制服を着ていても彼女のような目立つ人間が在籍してるなら、全学年にとっくに知れ渡っている。
あの場の大半の生徒は彼女が昨日までこの学校にはいない存在だと気付いただろう。
ああもう教室戻ったら何て言おうか。
少なくとも友人たちにはアルカイックスマイルで追及されるな。
編入手続きにきた転校生だとその場限りに言い繕って逃げたところで、その手は使えても一回きりだ。日が経てば嘘だとわかる。
「君は危機感が薄いよ。静さんの協力があったからって、どうして学校にまで……ああ違う」
僕は自分のおでこを小突いて嘆息した。
「ごめん、いやありがとう。僕のお弁当のために来てくれたんだよね」
責めるしかしていなかった自分が自己中過ぎて嫌だ。
反省する僕の様子をどう思ったのか、サクラは走る間もずっと手放さずに抱えてくれていた弁当の包みを差し出して、微笑んだ。
「はい、これ、お忘れ物です」
良い意味でマイペースな彼女に救われた心地の僕は、頭の下がる思いで思わず苦笑を漏らした。
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