第6話 ミカエルの…

 数度にわたる天使の地上派遣も空しく、天界は神を見つけられなかった。

 神は地上にられる。

 天使たちはそこは確信していた。

 何故なら「しばらく捜さないで下さい」との書き置きが神の執務室から見つかったのだ。

 神も神で巧妙に神気を隠しているに違いなく、下っ端ではなく能力のある上位者を派遣してはという声が上がるのも当然だろう。


 そこで手っ取り早く成果を出すために……と白羽の矢が立ったのが神に近しく普段より直接仕えている天使たちだった。


 そんなわけで、神殿大会議室、そこに集まった者達の中で厳正なるくじ引き大会が行われ、二体の天使が選ばれた。


「……何でよりにもよって私がミカエルなどとコンビなんでしょうね! な・ん・で・しょ・う・ね!!」


 選出メンバーの片方、ガブリエルは猛烈に怒っていた。


「だってだって、くじ引きだったんだからしょうがないよおおお!」


 プンスカではなくゴゴゴゴ……と地鳴りを伴うようなマジ怒りに、ミカエルは涙目になっている。

 でももう鼻水は垂らさないと心に誓っているので垂らさない。

 彼は成長したのだ。

 そんな彼はもう一人の地上行きメンバーだ。

 現在の場所は大会議室ではなく、やっぱりガブリエルの執務室。

 何故かミカエルは入口近くに固まったままそれ以上奥には入らない。

 別に進入禁止の結界が張られているわけではない。

 天使なのに悪魔のようなガブリエルの負のオーラが凄まじく、純粋培養のミカエルは本能的に身が竦んでいるだけだった。

 これが大天使の一人ウリエル辺りだとガハハと笑って全然平気なのだが、その豪放磊落ごうほうらいらくとも無神経とも言える態度はよりガブリエルを怒らせる。二人は昔から馬が合わないのだ。加えて、ウリエルがふざけて彼女にモーションをかけるのも嫌っている大きな理由だ。


「一人で捜しに行く方が無限倍マシです」

「むげんばい? 何それ方言?」

「そうばい……って違います! ミカエルと組むとこのように調子が狂いろくなことがないので単にイヤという意味です」

「そ、そんなああああ~……! 僕はこんなにガブリエルちゃんのこと大好きなのに!!」


「地上でアホなことしでかしたら……裂きますよ?」


「裂……!? ぼぼぼ僕はチーズじゃないよ!?」


 あわわわと蒼白になって両手を口に当てるミカエル。


「ちゃんと真面目に大人しく私の言うことを聞いて、変な人間に付いてったりしないと約束できますか?」

「で、できる!」

「約束破りは――」

「針千本でしょ!」


「――いいえ、裂きます」


「えええええうそっ!?」

「本当に、裂きます」

「うええええええええん神様ああああああ! ママああああああ!!」


 ミカエルが恐怖のあまり幼児退行したという噂は瞬く間に天界に広がった。






 ガブリエルのスパルタ教育ママぶりで半日で急成長し元に戻ったミカエルは、まだガブリエルの執務室にいた。

 今は大人思考に戻れた感謝と恐怖を同時に顔に浮かべて祈る乙女のように両手を組み合わせている。


「全く、天使の中でも熾天使してんしともあろう者が情けない。戻ったのかそのままなのかあまり変わり映えもしませんし。ふー、このおしゃぶり型の飴をあげますから、もううるちゃくしないで下ちゃいね~?」

「ひ、酷いっ! そこまで僕は赤ちゃんじゃないよおガブリエルちゃん!」

「どうだか」


 冷淡な目を向ける同僚に、ミカエルは「あうあう」と喃語を用いたのかどうかはわからないが言葉にならない激しいショックを表した。しかし意外にもそこそこすぐに立ち直ると次には珍しく怒ったように赤い瞳を吊り上げたではないか。


「じゃあもし無事に神様を見つけたら、大人同士としてデートしてよガブリエルちゃん!」

「は? 何をいきなり」

「僕は本気だよ。二人一組で地上に降りるけど、僕の方が早く神様を見つけてみせるし!」

「私に何のメリットが? これは仕事であってゲームじゃないんですよ?」

「そうでもしないと僕の事いつまでも子供扱いだからだよ」


 拗ねたようにするミカエルに、ガブリエルは怪訝な顔になった。


「今までずっと、それこそこの世界に誕生して以来、あなたはそれが嬉しいのかと思っていましたが?」


 今度こそミカエルは立ち直れないような衝撃に泣きっ面になった。


「ぼ、僕だって僕だって本当はウリエルみたいに背が高くて鳩胸な逞しい大人の男の姿で誕生したかったよおおおおお~っ!」


 とうとう大泣きし出した少年天使を前にするガブリエルは溜息をついた。


「嘘ですよ。私だって美少年は嫌いじゃないですから」

「え!?」

「バカは嫌いですが」

「え゛っ……」

「仕方がないですね。いいでしょう。ただしちゃんと見つけたら、ですからね」

「ホントに!? 約束だよっガブリエルちゃん!!」


 微苦笑する清廉な同僚に、ミカエルは感動でより滂沱と涙した。


「僕頑張るから!!」


 飛び付いてうっかり彼女の軍服に鼻水を付けたら、問答無用で室外に蹴り出された。


 ともかく、地上に降りた二人の天使。

 彼らは調査と分析から導き出された神所在地候補を一つ一つ回る手筈だ。


 そうして回っての何ヵ所目だろうか、二人は日本のとある都市に降り立った。


 神代アヤトという少年が平和に学生生活を送っているとある都市に。

 彼は自分の街に天使が降臨したなど、露ほども気付かない。


 けれど、少女は違っていた。


「大きな気配が二つ……? そのうちの片方、これはまさか……ミカエル?」


 現在ここ地上は夜を迎えていた。

 神代アヤトは入浴中だ。

 少女サクラは閉められたカーテンの隙間から窓外を覗いて、その澄んだ琥珀の瞳に複雑そうな色を宿した。

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