第4話 炊飯器、知らないの?
そうして匿うというかほぼもうこれ同棲だよね!生活が始まったわけだけど、彼女は…………炊飯器を知らなかった。
――ピー、ピー、ピー、ピー、ピー。
昨夜予約しておいた三・五合炊き炊飯器が、ごはんの炊き上がりを知らせてくれた。
何やかんややっているうちに朝食時になってたんだなあ。
そう言えばすっかりお腹も空いている。
彼女の方は……ってあっちはさっきから相当ヤバい音を立てていた。
カロリーメイトの小袋一つじゃカロリー的には良いかもしれないけれど量的には足りないよなあやっぱ。
「ちょっと待ってて朝食用意するから。その間洗面所使ってていいよ。髪の毛の葉っぱとかも取るのに鏡あった方がいいだろうし。悪いけど
「ありがとうございます」
「あとこれ一応着替えね」
適当な長Tとジャージを備え付けのクローゼットから急いで引っ張り出して渡すと、彼女は再度お礼を言って洗面所へと入っていった。
その間僕は台所に立って手早くハムエッグを二つ焼いて昨日の残りの味噌汁を温め納豆とふりかけを用意した。何を選んでも、掛けても掛けなくても、そこは自由だ。
食卓というかココアを置いた小さなテーブルにそれらを載せる。
ペアで揃った食器はなかったからどうにかちょうどいい大きさの皿を適当に使って二人分の食事を置いた。
狭いけど、これが部屋唯一のテーブルだから我慢してもらうしかない。
箸は……スーパーでもらった割り箸を使わず取っておいて良かった~。
そして最後に――ごはん。
炊飯器をテーブルの脇まで運んだ。
台所で分けてもよかったけれど実際に量を調節するなら近くに置いた方が楽だ。お代わりもすぐよそえるし。
ちょうど着替えと毛繕い(?)を済ませた彼女が戻ってきてちょこんと元の位置に腰を下ろした。服はやっぱり緩そうだけど動きに支障はなさそうだ。
「沢山いる、よね?」
女子にその質問は正直どうなんだろうとは思ったものの、炊飯器の蓋を開けてそう訊ねると、彼女はしゃもじを持つ僕の手元を覗き込んで心底不思議そうにした。
「そ、それは一体何ですか? 何故中に美味しそうなごはんが?」
「何って電気炊飯器だけど? 中にごはんがあるのは炊いたからだし」
「その、炊飯器……とは?」
まさか、と思った。
ちょっとニュアンスは違うけれどココアの前例がある。
「自動でごはんを炊く機器だよ。これは電気で。知らない、の……?」
彼女は目を見開いた。
「まああっ白米って電気で炊けるのですね。その容れ物から良い匂いがしてるとは思っていました。ボタン操作でこんなにも手軽にお米からふっくらごはんになるなんて、神秘です! 神業です!!」
「……そうだね」
明治大正昭和初期から考えればそうだろうとは思う。
彼女は未知なる玩具を前にした小さな子供のように、興味津々に横から上から眺める。
「でも最近は土鍋で美味しく炊けるご飯の炊き方とかもあって、人によっては必ずしも炊飯器ってわけじゃないみたいだけど」
「そうなのですか? 火力ででしたらうちと一緒ですね。かまどの大きな釜で炊いていますもの」
「かまど……、古風だね。まあ冷めないうちにどうぞ」
そう促すと彼女は自分の位置に戻った。
湯気を立てる大盛りのごはん茶碗を前に上機嫌だ。
まあどうせ沢山食べるだろうと再度の問いかけをせずによそったけれど、特に何か言いたげでもなかったし、正解だったみたいだ。
「お代わりもあるからね。――いただきます」
手を合わせ箸を取る僕を見て、彼女も倣った。
「では――……この恵みに感謝を。いただきます」
両手の指を組み合わせて何故か僕を感激の眼差しで見つめながら祈ると、箸を取った。
奮発したわけでもない食事一つでここまで感謝されると逆に申し訳ない気持ちになる。
冷凍庫の特売肉でも出せばよかったかな。
でも朝から焼き肉ってのもなあ……。
「シンプルな食事もいいものですね」
「……はは、そう?」
まあ言われた通りシンプルと言うか質素な朝食だ。これに紅鮭でも付いてればまた違った感想が聞けたかもしれない。
「ふふ、誰かと一緒の食卓だとごはんもとびきり美味しいですよね」
「それはそうかもね」
「いつもほとんど一人きりでしたから」
「……そうなんだ」
美味しいのは単に空腹は最高のスパイスだから、と突っ込もうとしていた僕は、その言葉を呑み込んだ。
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