第5話 ふんもおおおおおおお!
「魔界ってお菓子ないの?」
「魔界じゃないよ、魔女世界! でもお菓子はこんなに色んなのはないよ。やっぱ人間世界ってすごい! 来て良かった」
魔女世界は家庭料理で作るような素朴な昔ながらのお菓子はありましたが、人間世界の駄菓子やら和菓子、スナック類などのお菓子はありません。初めて見る多種多様なお菓子に、エミリーは興奮ハッピーキラキラヘブン状態です。
2人のハロウィン無双はその後も続いたのですが、夕方になって暗くなったところでさとみが彼女に切り出します。
「あ、もう時間だ。じゃあまたね」
「え、服は……」
「あげる!」
2人はまだまだずっと遊んでいたかったのですが、さとみの方にはどうやら門限があったみたいで、ここで泣く泣くお別れと言う事になりました。別れに際して、借りた服を返そうとしたエミリーでしたが、さとみは楽しそうにしている彼女にその服をあげる事にします。
この素敵なプレゼントにエミリーはとても嬉しくなって深々と頭を下げると、満面の笑みでお礼を言いました。
「有難う!」
「来年もまた遊ぼうね!」
2人はお互いの姿が見えなくなるまで、ずうっと手を振り合って別れを惜しむのでした。彼女と別れたエミリーは、その後も小腹が空く度にもらったお菓子を食べながら、ひとりでハロウィンを楽しみます。
「トリック・オア・トリート!」
この言葉を駆使して街の人々から沢山のお菓子をもらった彼女は、ふと目に入った人気のない公園のベンチに座ると、その戦利品を並べながらひとり悦に浸ります。
「ふふ、こんなにお菓子が沢山」
目をキラキラ輝かせながら次に食べるお菓子を選んでいたその時です。制服姿のお兄さんがエミリーに話しかけてきました。
「おじょうちゃん、ちょっといいかな?」
「う、うわあああ!」
突然話しかけられた彼女は大変驚き、パニックになります。すぐにお菓子をポケットに詰め込んで、エミリーは一目散にその場から逃げ出していきました。
実はこの制服のお兄さんは怪しい人物ではなく、近所をパトロールしていたおまわりさんです。彼はすぐに警察無線を使って仲間のおまわりさんに連絡を取りました。
「遅い時間にひとりでいる女の子を見つけました。見かけましたらよろしくお願いします」
逃げ出したエミリーは走りながらたまに後ろを振り向いて、あのお兄さんが追いかけてこないか警戒します。
けれどその心配は杞憂だったようで、追いかけてくる人影はありませんでした。身の危険が去ったと思った彼女は走るのを止めて、何度か深呼吸をして息を整えます。
「何? もしかしてあれがおまわりさん?」
エミリーはさとみといる時に自分達を取れ戻そうとする存在として、先生の他におまわりさんの事も教えてくれていました。おまわりさん的存在は魔女世界にもいたものの、人間世界のおまわりさんがどういった姿をしているのか彼女は知りません。
なので、さっき声をかけてきた存在がこの世界のおまわりさんだと気付くのに時間がかかってしまったようです。
その時、ふと街の電光掲示板が目に入ってきました。そこには現在の時刻も表示されています。目を凝らして確認すると、いつの間にか21時を過ぎていました。
「もうこんな時間か、そろそろ扉に戻らなきゃ」
現在時刻を確認したエミリーは、ここら辺が潮時だと扉の場所に戻る決意をします。人間世界に来る時にあれだけの騒ぎを起こした以上、普通に帰ればまたそこで先生やクラスメイトから何を言われるか分かりません。
なのでみんなにバレないようにこっそり戻るにはどうしたらいいか考えながら歩いていると、街を歩く人の数がどんどん増えてきました。
仕事から帰って街に繰り出す人や、夜の街が好きな人がこの時間にどんどんと繁華街に集まってきたのです。突然増えた人の波にエミリーは翻弄されます。
「あわわわ、急に人の数が……」
「あれ? 美少女はっけーん! どうしたの、家出? おにーさんちに泊まる?」
人の数が増えれば怖い人が現れるのも当然な訳で、エミリーの姿を見つけたチャラいおにーさんがチャラく声をかけてきました。
おにーさんからしてみれば別にナンパ目的と言うのとかではなく、親切心でそう声をかけてきたのかも知れませんが、関わり合いたくなかったエミリーはその誘いを軽く断ります。
「ご遠慮しまーす!」
「ちょ、待てって!」
すぐにその場を立ち去ろうと早歩きで黙々と歩き始めた彼女でしたが、チャラいおにーさんと言うのは無視されると意地になる生き物です。逃げようとするエミリーに何かを感じたらしく、素早く追いつくと強引に彼女の腕を掴みました。
「こんな時間にひとりとか訳ありなんだろ? 話してみ?」
「嫌ー!」
この突然の行為にパニックになったエミリーは混乱します。何をされるか分からない恐怖がピークに達した彼女は、ついチャラいおにーさんに魔法を使ってしまいました。
「あ……」
普段は成功率の低い彼女の魔法ですが、いざと言う時の成功率は100%に近いものがあり、そう言う時に限って強い魔法が発動してまう特性がありました。
こうして魔法をかけられたチャラいおにーさんは、何と牛になってしまったのです!
「ふんもおおおおおおお!」
「あああっ……」
エミリーによって牛になったチャラいおにーさんは、自分が牛になった事に驚いたのか何度も何度も鳴き声を上げました。魔法をかけた彼女の方もパニックになってしまい、魔法解除を試みるものの全くうまくいきません。当然のように、周囲は大騒ぎになってしまいます。
もうどうしていいか分からなくなったエミリーがすっかり困っている所に、ちょうどタイミングよく先生がやってきました。
「エミリー!やっと見つけたっ!」
「せ、先生ー!」
危機的状況を助けてくれそうなこの救世主の劇的な登場に、彼女は泣いて縋ります。先生はすぐに状況を察してエミリーに声をかけました。
「どうしたのその格好? まぁいいわ。後始末は私がやるからあなたは早く扉に!」
「でもっ、でもっ!」
自分が魔法で牛にした手前、勝手にほっぽりだして自分だけが逃げると言うのを彼女は後ろめたく感じます。先生はそんなところで責任を感じるエミリーに理解を示し、頭をなでながら優しく諭しました。
「大丈夫!私も伊達に先生を60年やってないわ。こんなトラブルなんてよくある事なんだから。それより早く扉へ!」
「じゃあ、お願いしますっ!」
先生の言葉を聞いて安心した彼女は、後の事は全て任せて扉へと急ぎます。急に増えた人の波を逆らうように進むのはかなり骨が折れましたが、少し迷いながらも何とか日付が変わる前にエミリーは扉の前まで戻る事が出来ました。
研修に来ていた見習い魔女の殆どはもう魔女世界に帰っていましたが、彼女を心配していたルーミィだけはずうっと扉の前でエミリーを待ってくれていて。
姿が見えたところで大きく手を振って彼女を誘導してくれました。
「あ、来た! エミリー! こっちこっち!」
「うわーん。怖かったー!」
「よしよし、じゃあ帰るよ」
不安にかられながら必死に走ってきたエミリーは、彼女と抱き合うと溜めていた感情を爆発させます。それからすぐに帰ろうと言う事になったのですが、やはりエミリーは残してきた先生の事が心配になってしまい、帰るのを躊躇してしまうのでした。
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