第4話 トリック・オア・トリート!
案の定、さとみはエミリーの言葉をすぐには受け入れてくれませんでした。人間世界は魔女が空想の産物とされている世界ですから、彼女が話を信じないのも仕方がないのかも知れません。
どうやったら信じてくれるのか、そして、どうやったら自分の事を秘密にしてくれるのか、その事をエミリーが必死で考えていると、不意にあの聞き覚えのある恐ろしい声が聞こえてきました。
「エミリー!」
「うわああっ!」
そう、まいたと思っていた先生がすぐ側まで迫ってきていたのです。この突然の出来事にエミリーはプチパニックになりました。あたふたしている彼女に、今度はさとみの方が腕を引っ張って走り出します。
「こっち!」
彼女に引っ張られて辿り着いた場所は、無人の小さな神社でした。都会の中にぽつんとあるこの小さな神域は、意外と人に気付かれにくい穴場でもあるようです。
「ここは?」
「ここなら大丈夫。私も何かあるとここに逃げ込むんだ。結構見つからないんだよ」
どうやらこの場所は、さとみにとってもお気に入りの場所のようでした。安全な場所に辿り着いた安心感もあって、2人は拝殿の階段に座るとほっと肩の力を抜きます。この時、さとみは隣りに座ったエミリーの顔を改めて覗き込みました。
「魔女の世界も先生ってやかましくてしつこいんだね」
「人間の世界も一緒なんだ?」
こうして、まずはお互いの世界の先生談義に花が咲きます。一度打ち解け合うと言葉が次々に湧いて出て、2人は楽しく会話を続けました。
ある程度話を続けたところで、さとみからエミリーにある提案がなされます。
「そうだ! 私の服着てみる? 服装変わるだけで別人みたいになれるんだよ。それできっと先生も誤魔化せるよ!」
「えっ? いいの?」
その提案とは、エミリーが先生に追いかけられないようにする為のものでした。背格好の近い2人でしたから、さとみの服をエミリーが着るのもそこまで無理はない事でしょう。
彼女はここで魔女の服に着替えていたらしく、背負っていたリュックには私服が入っていました。エミリーは彼女からその服を受け取ると、早速着替えます。
「あはっ。どう?」
「うんうん、いい感じ」
さとみの私服はエミリーにとても良く似合いました。確かに全く違うテイストの服を着てしまえば、一見別人に見えます。これなら、先生にだってすぐには見つからないような気がします。
心のつかえが取れた彼女は、改めてさとみにずうっと気になっていた話の続きを催促します。
「そうだ、さっきのお菓子って……」
「ああ、あれか。ハロウィンってね、こっちじゃお菓子がもらえるイベントなんだ」
「本当?」
さとみから人間世界のハロウィンの事を教えてもらったエミリーは、その事実にびっくりしました。驚く彼女の顔を楽しそうに見つめながら、さとみはハロウィンの話を続けます。
「コスプレして大人達の前でトリック・オア・トリートって言うとお菓子がもらえるの。そうだ! 今から一緒にもらいに行かない?」
「コスプレ……やっぱり魔女の服の方がいいのかな」
「あー……」
さとみの私服を着たエミリーは普通の小学生の女の子にしか見えません。魔女世界に戻ればこの格好でもコスプレのようになりますが、人間世界では有り触れた普通の服装にしか映らない事でしょう。
これではハロウィンのイベントも十分には楽しめません。落胆するエミリーを見たさとみはどうにか出来ないかとしばらく考え、あるアイディアを思いつきます。
「そうだ! ちょっと待ってて!」
「あ、うん」
何を思いついたか分からないもの、彼女にそう言われたエミリーは素直に彼女の言葉にうなずきました。了解を得たさとみはすぐに駆け出していきます。
ひとりになったエミリーは当然のように暇を持て余します。仕方がないので神社の境内で魔法の練習をしていると、さとみが何かを持って戻ってきました。
「お待たせー。服持ってきた」
「これは?」
「今年のハロウィン用に買ってもらってた別の服、これだったら着れるかなと思って。これ着て一緒に遊びましょ」
「有難う!」
さとみから別のハロウィン用の衣装を渡されたエミリーは、満面の笑みを浮かべます。そうして早速その衣装に着替えました。その衣装は猫耳フードの、某ゲームでお馴染みの白魔道士のような服でした。着替えたエミリーを見たさとみは、手を叩いてその感想を口にします。
「よく似合ってる!」
「本当? 有難う!」
「じゃ、お菓子を貰いに行こう!」
仮装した2人は早速街に繰り出しました。エミリーはさとみがするのを見て作法を学びます。見ながらコツを掴んだエミリーも、途中からはさとみと並んで家々を回って大勢の大人達からお菓子をねだり始めました。
「トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!」
2人は声を揃えてハロウィンの定番のセリフを唱えます。すると、まるで魔法の呪文のように大人達からお菓子を貰えるのでした。楽しくなった2人は、家を目にする度に次々にお菓子を貰おうと突撃していきます。
こうして、エミリーは初めての人間世界のハロウィンを楽しむのでした。
その頃、魔女の先生は一旦他の見習い魔女達のもとに戻っていました。こちらで何も問題が起こっていないか確かめる為です。流石に先生から認められた彼女達は優秀で、何ひとつ問題行動は起こしていませんでした。
この人間世界への研修は、主に人間世界がどんなものかを体験してもらう為のものであって、この日の人間の子供達が行うハロウィンのお約束には参加しない事になっています。軽はずみに参加して、後で何か問題が起きてはならないからです。
この事は先生が許可した見習い魔女を集めた集会で伝える為、そもそも最初から受かっていないエミリーが知るはずもなかったのでした。
戻った先生を目にしたルーミィは彼女に質問します。
「先生、エミリーは?」
「それがおかしいの、全然見つからなくて。日付が変わる前に帰らないと帰れなくなるのに……」
「流石にそれはあの子も知ってると思う」
「そうよね。帰れなくなったら魔力も失うって、あの子、それを一番恐れていたし……ごめん、私もう一度探してくる!」
見習い魔女が他の世界にいられるのはハロウィンの当日だけ。その日を過ぎると世界の強制力によって魔力を失って、その世界の人間と同じになってしまうのです。
しっかり実力をつけて世界の理を跳ね返せるようになれば大丈夫なのですが、それには長い修業と確かな実力が必要となってきます。
これは魔女世界の常識でもあったので、流石のエミリーも知っていました。
魔女が魔力を失ってしまうなんて、あってはならない事です。最悪の事態を想定した先生は、またエミリーを探しに飛び出していきました。
「本当、エミリーは先生を困らせてばかりなんだから……」
遠ざかる先生の姿を眺めながらルーミィは深くため息を吐き出します。
一方、その頃のエミリー達はと言うと、沢山の大人達から沢山の菓子をもらってほくほく顔でした。
「大漁大漁!」
「すごいね! お菓子がこんなに!」
もらうお菓子は特別高級なものではなく、駄菓子レベルのものがほとんどです。それなのに無茶苦茶喜んでいるエミリーを見たさとみは、ふと素朴な疑問を抱きました。
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