第3話 人間の女の子

「やった! 大事な時に魔法が成功するなんて私持ってる!」


 気分を高揚させながら扉の中の次元通路を飛んでいた彼女の前に、やがて人間世界への出口の光が迫ってきました。まばゆい光に包まれながら、エミリーはついに人間世界にやってきます。

 初めて見る人間の街、しかも大都会の光景に彼女は目をキラキラと輝かせました。


「こ、ここが人間の街? すごい……お祭りみたい」

「エミリー!」


 初めて見る光景にエミリーが感動していると、扉の奥から先生の声が聞こえてきます。自分を捕まえに来たのだとすぐに気付いた彼女は、焦ってその場から逃げ出しました。


「わっ、やばっ!」


 初めてきた人間の街で右も左も分からないまま、エミリーはただデタラメに走り回ります。折角来れたのにすぐに連れ戻されたのでは溜まったものではありません。それに、捕まったらきっとこってりと絞られる事でしょう。それも嫌だったので、彼女は死に物狂いで雑踏の中を駆け抜けたのです。

 ただ、頭の中が真っ白の状態で前方をよく見ていなかったのは誤算でした。エミリーは前を歩いていた同世代くらいの女の子に派手にぶつかってしまいます。


「いたっ!」

「あ、ごめ……」


 ぶつかった彼女はその衝撃で転んでしまいました。悪いと思ったエミリーは彼女に手を差し出します。よく見ると、転んだ女の子もまた魔女の格好をしていました。

 同じような服装のエミリーを見て、転ばされた女の子が差し出された手を掴みながら話しかけます。


「あなたも魔女? どう?」

「どう……って?」


 いきなり訳の分からない事を言われ、エミリーは困惑します。話が通じないと感じた女の子は、機嫌を悪くしながら声を上げました。


「お菓子よ! いっぱいお菓子もらえた?」

「お菓子?」


 お菓子と言われても、魔女世界のハロウィンしか知らない彼女は更に困るばかりです。魔女世界でのハロウィンは魔女が色んな世界に旅立つ日でしかありません。

 目をはてなマークにするエミリーの顔をじいっと見つめていた女の子は、改めて尋ねます。


「そういやあなた初めて見る顔ね、どこ小?」


 この質問にどう答えたらいいのか悩む彼女の背後から、聞き覚えのある叫び声が聞こえてきました。


「エミリーッ!」

「やばっ! 一緒に来てっ!」


 ここでグズグズしていたら先生に捕まってしまうと、エミリーはまた逃亡を再開します。話の途中だったのもあって、思わず彼女は女の子の手を掴んで走り出しました。

 引っ張られた女の子は突然のこの状況に困惑しつつ、エミリーに質問します。


「どうしたの? まさか先生に追われてる?」

「え? どうして分かったの?」

「分かるよ。だって私も親同伴じゃなくてひとりで街にきてるからさ、先生に見つかったら連れ戻されちゃう」


 女の子もまた状況は違うものの、先生に見つかったらヤバイと言う事に関して言えば彼女と同じような立場でした。境遇が似ていると言う事で、エミリーは女の子に親近感を覚えます。


「一緒だ! 私も先生に追われてるんだ」

「お互い大変ね」


 最初こそ引っ張られていた女の子は、状況が分かった頃にはエミリーと並走するようになっていました。2人は息が合うのか、どちらかが先に行くと言う事もなく、仲良く並んで街の雑踏を走り抜けていきます。

 一緒に走りながら気を許した女の子はエミリーに話しかけました。


「私は七尾さとみ。あなたは?」

「私はエミリー」

「名字は?」


 フルネームを聞かれた彼女は困ってしまいます。魔女は容易にフルネームを教えてはいけないのです。何故なら名前を知られると魔法で操られる危険性があるから。知り合ってすぐにはフルネームを教えない、それは魔女同士の掟のようなものでした。

 魔女の格好をしているさとみをエミリーは本物の魔女だと思い込んでいたので、その決まりを破れなかったのです。


「えっと、それはちょっと……」

「ふうん、訳ありなんだ。ま、いいよそれじゃあ」


 さとみはエミリーの事情を察して、一度拒否されてからは詳しく追求しませんでした。その優しさにエミリーはさとみをとても気に入ります。

 ずっと雑踏の中を走り回っていた2人でしたが、どうやら走り続けたおかげで追いかけていた先生の気配がなくなったようです。走り疲れたのもあって、2人はここでようやく足を止めて落ち着きました。

 今度はゆっくりと歩きながら会話を続けます。最初に話しかけたのは、どうしても話の続きが聞きたかったエミリーの方でした。


「ね、さっきの話詳しく教えて?」

「え?」

「お菓子がどうとかって」

「まさかあなたなそんな格好してるのにハロウィンを知らないの?」


 こちらのハロウィンはお菓子をもらうイベントだと言う事を知らない彼女に、さとみは驚きます。魔女の格好をしているからハロウィンを楽しんでいる仲間だと思って、さとみはエミリーと接していたのです。

 追求されて困ったエミリーは本当の事を話しました。


「だって人間の街に来るの初めてなんだもん」

「は? あなたも人間じゃない」

「私、魔女だよ」


 さとみから人間扱いされたエミリーはそれを馬鹿にされている風に感じてしまい、つい自分から魔女だと言ってしまいます。

 しかし見た目で魔女かどうかは判断は出来ません。何故なら絵本の魔女は年老いた姿で鼻がねじ曲がった特徴的な姿をしていますが、目の前の彼女は同世代の女の子と全く同じ姿をしていたからです。なので、さとみはエミリーの言葉を全く信じませんでした。


「それコスプレでしょ」

「本物だってば! 証拠を見せるよ! 光よ……」


 本来なら疑っているならそのまま誤魔化すべきなのですが、エミリーはさとみを同じ魔女だと信じ込んでいたので、自分が魔女だと言う事を信じてもらおうと必死になります。

 それで彼女は自慢の魔法をさとみに見せるのですが、杖の先から虹の光を出そうとしたその魔法は、杖の周りを僅かに淡く照らす程度に留まりました。


「あ……うん。すごいね、どう言うトリック?」

「ヒドい! 同じ魔女同士仲良くしようよ!」

「や、私人間だし……」


 このさとみの言葉にエミリーは固まります。今の今まで同じ魔女だと思いこんでいた目の前の女の子は実は人間の女の子だと……。すぐには事実を受け入れられなかった彼女は改めて聞き返しました。


「へ? 魔女じゃないの?」

「この衣装はコスプレなんだけど」


 よく見ると、確かにその衣装からはちっとも魔法力を感じられません。本物の魔女の衣装は、少なからず魔女世界の影響を受けて魔法力が宿っているものなのです。

 ようやく目の前の女の子が人間だと分かったエミリーは、みるみる顔色を悪くしていきます。そう、魔女の掟を破ったからです。このままだと、後でどんなきついお仕置きが待っているか分かりません。

 真実が分かって怖くなった彼女はすぐに隠蔽工作に走りました。


「……ごめん、さっきの事、内緒にしてくれない?」

「どう言う事?」

「実はね……」


 嘘で誤魔化しても信じてくれないと思ったエミリーは、さとみに本当の事を洗いざらい全て話しました。身振り手振りを加えて分かり易く伝えます。

 最後まで話を黙って聞いていたさとみは、話し終わった彼女に向かってポツリとこぼします。


「嘘でしょ?」

「嘘じゃないってばー!」

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