11―62

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「待て!」


 僕の隣に居たカチューシャがそう言って後ろを振り返った。


「姐さん?」


 アルベルトがそう言って立ち止まった。


「……カチューシャ様、何でしょう?」


 カチューシャに詰め寄られたセシリアがそう呟いた。


「お主……どうして逃げずに囚われておったのじゃ?」

「どうしてと言われてましても……」

「お主の力なら、あの程度の輩、何人ろうとも逃げるくらいはできたじゃろう? 主殿がご指摘されたように精霊系の魔術が使えるのであろ? それに我らの姿が見えておるようじゃ……魔力系の魔術も使えるのではないかぇ?」

わたくしが使える魔術など、たかが知れておりますわ……。それに多勢に無勢……格下の者たちとは言え……逃れることなど……決して久しぶりの殿方の味を楽しんでいたわけではありませんわ……」


 セシリアは、唇を舌で舐め回し妖艶な笑顔でそう言った。

 僕は、その笑みを見た瞬間ゾクリとした。

 セシリアは、グレースとは違ったタイプの色気を持った女性のようだ。

 ショートカットの髪型がそう感じさせるのかもしれない。


「ほぅ……こやつ、とんだ女狐のようじゃ……」

「そんな……カチューシャ様……わたくしなど……」


 あの状況を楽しんでいたのだとしたら、フェリス並の奔放さだ。


 ――もしかしてワザと捕まったのだろうか?


「どうやって捕まったのですか?」


 僕は、セシリアに質問した。


「帰宅するところを狙われたのです。【スリープ】で眠らせられ、気付いたらここに……」


【スリープ】の魔術は、格下の術者にかけられても眠ってしまう確率は低いはずだ。

 仮に眠ってしまってもすぐに目覚めるだろう。

 ただ、この場合の格上・格下は、単純なレベルではなく『魔力』のパラメータに依存する可能性もある。

 戦士として高レベルでも『魔力』のパラメータが低いと抵抗できないのかもしれないということだ。

 そのあたりの魔術の仕組みがどうなっているのかは分からない。


『検証しておいたほうがいいかもしれないな……』


 セシリアは、魔力系の魔術も使えるようだが、どのレベルまで使えるのか分からない。

【冒険者の刻印】を持たない僕には、彼女がどれくらいの強さなのかも分からないのだ。


「セシリアさんは、魔力系の魔術をどのレベルまで使えるのですか?」

「ユーイチ様は、わたくしのことをお疑いですのね……?」

「疑うっていうか、格下の冒険者から【スリープ】をかけられても眠ってしまうのかなって……」

「やはり、ユーイチ様の目は誤魔化せませんわね……そうです、わたくしは【スリープ】を受けても眠りませんでしたが、眠ったフリをして捕まったのです」

「……どうして?」


 僕は驚いてそう訊いた。


「ソフィア様のご命令ですわ」

「ソフィアが……?」

「あっ、ソフィア様は悪くありませんわ。これには理由があるのです」


 セシリアは、慌ててそう言った。


「どうしてですか?」

「ユーイチ様。わたくしなどにそのような丁寧な言葉遣いは必要ありませんわよ?」


『また、このパターンか……』


 何故かこの世界の女性たちは、僕に丁寧な言葉で接されるのを嫌うのだ。

 僕も丁寧な言葉遣いには慣れていないため、このような提案は有り難いのだが、歳上の女性に砕けた口調で話すのは気が引けるので、その板挟みになる。


「それで、どういうこと?」

「『組織』を探るためですわ。もし、『組織』がわたくしたちを拉致しようとしたら、囚われて『組織』の情報を収集せよと命じられておりましたの……」

「でも、殺されるかもしれないのに……」

「ご心配は無用ですわ。わたくしたちは、ソフィア様の使い魔なのですから……」

「えっ!? マジで!?」

「マジですわ」


 僕以外に人間を使い魔にしている人が居るとは思わなかったので驚いた。

 そもそも、『召喚魔法』自体がエルフの間でも欠陥魔法扱いだったわけで、ソフィアが【サモン】の【魔術刻印】を刻印しているとは思ってもいなかったのだ。

 よく考えると、ソフィアはエルフの初代組合長の弟子だったわけで、僕のように『召喚魔法』を刻印されていたとしてもおかしくはない。


「ですから、いずれわたくしたちは、ユーイチ様の使い魔となります」

「それでいいの?」

「勿論ですわ。ソフィア様は、既にユーイチ様の使い魔になったおつもりですから、わたくしたちのことも使い魔としてお使いくださいませ」

「ソフィアは、この街の『組織』を壊滅させたら僕の使い魔になるつもりなのかな?」

「いえ、ソフィア様がユーイチ様の使い魔になるのは、ずっと先のことになるでしょう……」


『それまでに何をやらせるつもりなんだろ……?』


 僕は、ソフィアが使い魔になる条件として、いろいろなことを僕たちにさせようとしているのではないかと思った。


「ふふっ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですわよ」


 どうやら、顔に出ていたようだ。


「でも、どうしてソフィアの使い魔に?」


 使い魔になるには、かなりの覚悟が必要なはずだ。


わたくしは、ソフィア様に拾われた孤児ですの……」

「なるほど……」


 ソフィアに拾われて、命が助かったのだとしたら、彼女がソフィアの使い魔になったのも不思議ではない。


 僕は、話を変えることにした。


「アルベルトさん、さっきの戦闘で侵入したのを気付かれたのでは?」

「まぁ、大丈夫だろ。表で戦闘してるから、ここもバタバタしていたようだしな」


 カチューシャが瞬殺したので、剣戟けんげきのような音はしなかった。

 つまり、戦闘音はしなかったということだ。

 気になるのは、『組織』の男達が発した言葉だが、大声で叫んだわけではないので心配は要らないはずだ。


「じゃ、行くぜ。足音を立てたくないから、廊下に出たら【レビテート】か【フライ】を使ってくれ。おっと、そこのお嬢さんは使えないか……オレが抱いて行こうか?」

「【レビテート】なら使えますから大丈夫ですわ。でも、ユーイチ様になら抱いて運んでいただきたいですわ」

「貴様っ!」

「冗談ですわ。ご主人様にそのようなお手間を取らせるわけにはまいりません」

「カチューシャさん、あまり騒がないで……」

「申し訳ございませぬ……」


 カチューシャがシュンとする。

 彼女のような美少女にこんな顔をされると罪悪感を感じる。


「あっ、そんなに気にしないでください」

「あるじどのぉ……妾を躾けてくだされ……」

「へっ?」

「そうしていただかないと、妾の気が済みませぬ」

「カチューシャさんには、敵を倒して貰ってるのですから、これくらいはミスのうちに入らないですよ」

「本当かぇ?」

「ええ……勿論……」

「ふむ……じゃが、今度二人きりのときに……」


 そう言ってカチューシャは、淫蕩いんとうな笑みを浮かべた。

 僕は、その笑みにたじろぐ。先ほど悲しげな表情をしていた美少女と同一人物とは思えなかったからだ。


「じゃあ、行きましょう」

「お、おう……」


 アルベルトがそう言って、建物の奥へと続く廊下を歩き出した。

【レビテート】を使っているため、足下が床から少し浮いている。


 僕は、カチューシャを連れてその後に続いた――。


 ◇ ◇ ◇


【レーダー】の魔術には、建物の奥に4つの青い光点が表示されている。

 おそらく、そこにアリシアの妹が囚われているのだろう。


 廊下は暫く行ったところで左に曲がっていて、少し進んだところに扉があった。

 アルベルトは、その扉を音を立てないようにゆっくりと開いて、僕たちを通した。

 そして、ハンドサインで移動先を指示する。

 僕たちは、それに従い廊下の途中で停止した。

 廊下は、光源がないため昼間なのに暗かった。


 アルベルトは、扉をゆっくりと閉めた。

 開けておくと何かの拍子に動いて音を立てるからだろう。

 この辺りは、神経が細かいと思う。

 僕は、RPGに出てくるような盗賊が本当に居たら、こんな感じなのだろうかと考えた。

 そして、こんな状況で落ち着いている自分に驚く。本来の僕は小心者なのだ。

 僕が落ち着いていられるのは、この状況が現実離れしていることもあるだろうけれど、思ったよりもずっと『組織』の者たちのレベルが低かったため、危険な目に遭うことはないだろうと高を括っていられるからだろう。


 しかし、油断は禁物だ。

 僕たちは大丈夫だったとしてもアリシアの妹を無事に救出できるかどうかまだ分からないからだ。

 僕は、頭を振って弛緩しかんした気分を吹き飛ばし、気を引き締めた。


 扉の向こうにも廊下は続いており、右側に三つの扉があった。

 この建物は、外から見た印象よりも中が広いようだ。

 廊下は、突き当たりでまた左に折れていて、左右に三つの扉があった。

 廊下の突き当たりは、今度は行き止まりになっている。


【レーダー】の魔術には、二つ目の部屋の中あたりに4つの青い光点が表示されている。

 部屋の中に刻印を刻んだ人間が4人居るということだ。


 アルベルトがハンドサインで僕たちに止まるように指示を出した。

 そして、二つ目の扉を指差して、ここがそうだというようなジェスチャーをする。

 予想していたとおり、その扉の向こうにアリシアの妹が囚われているようだ。

 アリシアは、心配そうな表情をしている。

 一刻も早く妹の無事を確かめたいのだろう。


 アルベルトの話では、一人の見張りが常に付いているということだった。

 その見張りは、魔力系の魔術が使えるようだ。

【レーダー】に表示されている光点は4つなので、見張りの他にも2人の刻印を刻んだ人間が部屋の中に居ることになる。


 ――こちらが【レーダー】の魔術で相手を捕捉しているように相手も僕たちの存在を認識しているのではないだろうか?


 しかし、僕たちが接近しても【レーダー】の光点に大きな動きはない。

 アルベルトもその点について、特に問題にしていないようだし、『組織』では【レーダー】の魔術を刻印していないか、常時使ってはいないということだろう。


 アルベルトは、僕に向かって部屋に突入するようハンドサインで指示を出した。

 僕は、アルベルトに対して頷く。


【エアプロテクション】


 そして、【エアプロテクション】を発動して左腕に抱きついているカチューシャの口を右手で塞いで耳元に囁く。


「カチューシャさん、僕が扉を破壊しますので、中に居る見張りを倒してください」


 彼女の口を塞いだのは、カチューシャが声を上げないようにするためだ。

 口を塞がれたカチューシャは、コクコクと返事をした。

 僕は、【エアプロテクション】を解除する。

 そして、カチューシャの身体を引き離して、アリシアたちのほうへ押しやった。

 カチューシャは、特に抵抗せず僕から離れた。邪魔になると思ったのだろう。


『さて、どうやって扉を破壊しようか……?』


 扉は、廊下側へ開くドアだった。

 おそらく、蝶番ちょうつがいのような金具で固定されているのだろう。

 鍵が掛かっているかどうかは分からない。

 ドアノブは固定式で、元の世界でよくあるような回したりレバーを動かすようなギミックは仕込まれていない。

 木製の扉に取っ手が横向きに取り付けられているだけだった。


【マニューバ】【グレート・シールド】


 僕は、【マニューバ】と【グレート・シールド】の魔術を発動した。

 そして、扉に体当たりをする。


 ――ドン! バキバキッ!


「キャーッ!」

「な、なんだっ!?」

「敵かっ!?」


 部屋の中には、二つのベッドがあり、その一つに裸の女性が寝ていて、その上に裸の女性がまたっていた。

 ベッドに仰向けで寝ている女性は、金髪縦ロールの髪型で、跨っている女性は染めたように赤い髪の女性だった。


「ユーイチ・イトウ!?」


 金髪縦ロールの女性が僕を見てそう言った。


「イザベラさん?」


 まさか、こんなところにイザベラ・フェーベルが居るとは思っていなかったため、僕は驚いた。


「なにぃ! こいつが!? なっ、バ……バケモノかっ!?」


 ベッドの近くに立っていた大柄な男が僕を見てそう言った。

 次の瞬間、身をひるがえす。


 ――ガシャーン!


 大柄な男は、窓を突き破って外へ逃げた。


「お、お頭っ!?」


 部屋の隅に居たフードを被った男がそう言って、男の後を追う。

 どうやら、窓を突き破って逃げた大柄な男がコンラッドだったようだ。


「コンラッドを逃がすな!」


 アルベルトがそう叫んだ。

 突然の出来事に一瞬呆然としてしまったが、カチューシャに追うよう指示を出す。


「カチューシャさん!」

「相分かった」


 カチューシャが割れた窓から飛行して外へ飛び出した。


「クレア……」

「お……姉ちゃん……?」


 アリシアが赤い髪の女性に走り寄り、彼女の身体を抱きしめた。


「生きてたの……?」

「ええ……遅くなってごめんなさいね……」

「ううん……よかった……」

「よかったですわ……」


 入り口付近に立っているセシリアがそう言った。

 彼女は、部屋の中までは入ってこなかったのだ。


 カチューシャが窓から入ってきた。


「主殿、ここから逃げた者どもを始末してまいりました」


 どうやら、コンラッドたちを倒してきたようだ。


「さっき逃げたコンラッドだっけ? 『組織』のリーダーだよね? 復活させなくていいかな?」


 僕は、ニヤニヤしながら裸の女性たちを眺めているアルベルトにそう訊いた。


「コンラッドだけは、確実に殺しておくべきだぜ」


 アルベルトは、真顔に戻ってそう答えた。


「ユーイチ様。コンラッドを復活させてはいけませんわ」


 セシリアも同意見のようだ。


「でも、重要な情報を持っているんじゃ?」

「『組合』に引き渡したら、逃げられるのがオチだろうぜ。そうだ!? 死んだところを確認しておかねぇと……姐さん、コンラッドの野郎はどの辺りに?」

「そこを出て左に行き突き当たりを右に曲がった辺りじゃ」

「分かった!」


 そう言ってアルベルトは、窓から外へ出て行った。

 アルベルトは、コンラッドが死んだところを確認しないと納得できないようだ。


【レーダー】に反応があった。

 青い光点が6つこちらに近づいてくる。

 クリスティーナたちかもしれない。


 僕は、部屋を出て廊下の角まで移動する。

 カチューシャも僕についてきた。


 長い廊下を遮る扉が開かれ、甲冑姿のルート・ドライアードが見えた。

 彼女は、宙に浮いている。【フライ】か【マニューバ】の魔術を使っているのだろう。


 僕の姿を見たルート・ドライアードは、加速して僕の側まで飛行してきた。

 そして、足元に跪く。


「主殿、ご命令を……」

「彼女たちは、大丈夫だった?」

「ハッ! 蘇生が必要な者は居りませんでした」


 ガチャガチャギシギシと足音を立てながら、他のパーティメンバーたちが近づいてきた。


「ユーイチ……」


 クリスティーナが僕を呼んだ。


「全員倒したの?」

「ええ、敵が居なくなったから、あなたのところへ案内してもらったの」


 彼女たちは【レーダー】の魔術が使えないので、ルート・ドライアードに先導されてここに来たのだろう。


「そっちはどう?」

「こっちも片付いたよ。アリシアの妹も助けたし、コンラッドとか言う『組織』のリーダーもカチューシャさんが倒したからね」

「うむ」

「そう……よかったわ」


 僕たちは、揃って部屋に戻った――。


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