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 僕は、グレースの革ベルトから手を放して立ち上がり、少しバックしてからUターンしてアルベルトが向かったほうへ移動する。


【レーダー】


 アルベルトが見あたらないので【レーダー】の魔術を起動した。

 50メートルくらい先に青い光点が映っている。

 アジトの入口から死角になる場所まで移動して身を潜めているのだろう。


 アルベルトは、少しカーブした先の建物の陰に居た。


「よぉ、ベルナルドは仕留めたよな?」


 ベルナルドというのは、先ほどの魔力系魔術師のことだろう。

 レリアが広範囲攻撃魔法を連射していたので蘇生する暇は無かったと思う。


 ヒーラーが嫌がる攻撃の一つは、広範囲攻撃魔法を連発されることではないだろうか。

 複数のメンバーを癒すことができる魔術は、回復系レベル5の【エリアヒール】だけだ。

【エリアヒール】は、エリア内に存在するモンスターを含む敵味方全てを回復してしまうため、戦闘中は使いどころが難しい。

 つまり、戦闘中の回復魔術は単体で発動するため、広範囲攻撃魔法で複数のメンバーにダメージを入れられるとヒールワークに支障を来すのだ。

 ヒーラーの数が多く、回復魔術の【魔術刻印】を複数刻んでいるならその限りではないが、現実的には難しいだろう。


「後ろに隠れていたので、確認したわけではありませんが、おそらく無力化されたかと」

「念のため、少し休憩してから行こう」

「そこまで慎重になる必要があるのですか?」

「実は、もう魔力があまり残ってねぇ」


 アルベルトは、戦闘には参加していないが、【インビジブル】や【トゥルーサイト】といった自己強化型の魔術をずっと使っていたので、残りの魔力があまり無いようだ。

 やはり、【メディテーション】で魔力―MP―を自動回復できないと自己強化型の魔術でも長くは使用できないということだろう。特に【インビジブル】は、魔力系レベル4の魔術なので消費する魔力も多そうだ。


【調剤】→『レシピから作成』→『魔力超回復薬』


 ―――――――――――――――――――――――――――――


 ・魔力超回復薬・・・600.00ゴールド


 ―――――――――――――――――――――――――――――


 僕は、【調剤】のスキルを使い『魔力超回復薬』を1本生成した。


『トレード』


 そして『魔力超回復薬』をアルベルトに『トレード』で渡す。


「これを使ってください」

「おっ、悪ぃな……」


 アルベルトが早速、『魔力超回復薬』を実体化させて飲み始める。


「何だこれ? 凄ぇ濃いぞ……?」

「僕が【調剤】で作成したポーションです」

「そうか……実はオレ、ポーション飲むの初めてなんだわ」

「そうなのですか?」

「ああ、体力や魔力は放っておけば回復するのにポーションを使うのは勿体ねぇじゃねぇか」


 普通の感覚ではそうなのかもしれない。

 命が掛かっているような場面ならともかく、街で普通に暮らしている人から見れば、100ゴールドもするポーションを買うのは勿体ないと感じても不思議ではない。

 ちなみに『魔力超回復薬』は、通常の『魔力回復薬』の6倍の600ゴールドだ。


「どうやって、今のレベルになったのよ?」


 アリシアがそう訊いた。

 アルベルトは、魔力系レベル4の魔術である【インビジブル】が使える程のレベルなので、かなりの戦闘経験があるはずだ。


「ああ、『組織』では西の森のゴブリン狩りをたまにやっててな。オレのような魔術師は、優先的に狩らせてくれたんだよ」


 PLのようなことをやっていたようだ。

 しかし、それだと尚のこと『魔力回復薬』が有用だったのではないだろうか。


「魔力が無くなったら、街に戻っていたのですか?」

「いや、こいつで戦っていたのさ」


 アルベルトはそう言って、短剣を両手に一本ずつ装備した。

 アリシアが使っているような刺突系の短剣ではなく、両刃で刃渡りが30センチくらいある小型の剣に近い形状のものだ。


「ああ、そう言えば、アリシアの戦闘スタイルを参考にしたって言ってましたね」

「そうだぜ。『閃光のアリシア』には感謝してるぜ」


 アルベルトは、アリシアにウインクした。


「全然嬉しくないわ」

「照れるなよ」

「照れてない!『組織』の人間に参考にされていただなんて、悪事の片棒を担いだ気分だわ」

「どんなに素晴らしい技でも使う人次第ってことだね」

「ふふっ、流石ユーイチ。いいこと言うわね」


主様ぬしさま、今よろしいか?」


 アルベルトとアリシアと物陰で話していたら、いきなりレイコから【テレフォン】が掛かってきた。


 ――何か問題が発生したのだろうか?


【テレフォン】


 僕は、左手を左耳に添えてから、レイコに向けて【テレフォン】の魔術を発動した。


「どうしたの?」

「娼婦たちからの問い合わせが何件かあったのですが、『ローション』を売って欲しいという客が居るようです」

「『ローション』を売って欲しいというお客さんに売ってもいいかってこと?」

「はい」

「そんなのレイコが判断して決めてくれればいいけど?」

「しかし、『ローション』は、主様が考案されたもの。私が勝手に判断してもよいものではありませんでしょう?」


『僕が考案したわけじゃないんだけど……』


 元の世界のものを再現しただけなのだが、こちらの世界に無いものだとそういう風に見られてしまうのだろう。


「大したものじゃないし、少し利益を乗せて販売すればいいと思うけど?」

「では、銀貨3枚程度で販売いたしましょうか?」


『ローション』の調剤での価格は、0.11ゴールド……つまり銀貨1枚と銅貨1枚だったはずだ。

 銀貨3枚だと2倍以上の価格になってしまう。


「銀貨3枚は、ボッタくり過ぎじゃない?」

「通常は、それくらいの利益を乗せるのが当たり前なのですが……では、銀貨2枚でどうでしょう?」

「いいと思うよ」


 レイコが言ったそれくらいの利益を乗せるという話は、お金を掛けて生産系のスキルを刻んだ職人の場合、2倍以上の価格で販売しないと元が取れないということだろう。

『夢魔の館』の娼婦たちは、無料で刻印されているため、利益を考える必要はない。


「あっ……」

「主様、どうなされました?」

「今、思いついたんだけど、【商取引】でも販売したらどうかな?」

「それは妙案ですな」

「じゃあ、レイコが販売して」

「それはいけませぬ。主様が利益を得るべきです!」

「僕にはお金は必要ないから、『夢魔の館』の運営費にあてて」

「……畏まりました。では、販売価格はどういたしましょう?」


『夢魔の館』で銀貨2枚で販売するということは、それよりも安くないといけないだろう。

 そうしないと、【商取引】の刻印を持った商人にメリットがないため売れないと思われる。


「じゃあ、0.15ゴールドで」

「安すぎませぬか?」

「【商取引】の刻印を持った商人にも利益がないと駄目でしょ?」

「確かにそうですな。しかし、そうなりますと『夢魔の館』での販売価格も上げたほうがよろしいのでは?」

「商人が銀貨2枚で販売すると銅貨5枚の利益にしかならないから?」

「その通りです。日常的に必要なものでもありませんし、商人からすれば魅力的な商品にならないかと……」


 確かにレイコの言うとおりかもしれない。

『春夢亭』を買収するときの交渉などで、レイコのことを武骨者で商人としての適性が低そうだと思っていたので、こんな商家の娘らしい一面があるのは意外だった。


「じゃあ、レイコが最初に言ってたとおり、『夢魔の館』では銀貨3枚で販売しようか。でも、【商取引】って、その品物があるかどうか検索しないと買えないよね?」

「はい。ですから、スズキ家の商人たちからそれとなく広めさせようと思います」


 レイコがこんな搦め手な方法を使うのも意外に感じる。

 使い魔と言ってもレイコについて知らないことが多いということだ。

 こちらの世界で一番付き合いの長いフェリアのことだって、どれだけ知っているというのだろうか……。


「なるほど。じゃあ、よろしく」

「畏まりました」

「通信終わり」

「ハッ!」


 僕は、【テレフォン】の魔術をオフにした。

 同時に左耳に添えていた左手を下ろす。


「ユーイチ、いいの?」

「ええ、終わりました」

「遠くに居る奴と話ができるなんて便利な魔法だな」

「使い魔限定ですけどね」

「じゃあ、オレが刻んでも使えねぇのか?」

「アルベルトさんが使い魔を持てば、その使い魔と通信することは可能ですが……」

「ほぅ、オレが『閃光のアリシア』を使い魔にしたら、遠くに居ても連絡を取り合うことができるってことか?」

「なに馬鹿なことを言ってるのよ!?」


『むしろ逆じゃないかな……?』


 アリシアのほうがレベルが高いので、使い魔になるとしたらアルベルトのほうだろう。


「じゃあ、オレを使い魔にするか? あんたの使い魔にだったら、なってやってもいいぜ?」

「あんたみたいな使い魔は願い下げよ! あたしはユーイチの使い魔になるって決めてるの!」

「へぇ……? そうなのか?」


 アルベルトが僕に向かってそう訊いた。


「前にアリシアが言ってたのって、妹さんを助けることだったの?」

「そうよ。あの子を……クレアを助けてくれたら、貴方のものになるわ」

「羨ましい話だな。オレも坊やにあやかりたいぜ」

「貴様っ! まだ言うか!?」

「ヒイッ!? すいやせん! 姐さん!」


 カチューシャに一喝されたアルベルトがそう言った。


「魔力は、まだ回復しないの?」


 アリシアがアルベルトに訊いた。


「6割方は回復したが、もう少し待ってくれ」

「それだけ回復してるなら、もういいでしょ? どうせ案内以外では役に立たないんだから」

「ひでぇ言われようだな」


 アルベルトがそう言って肩をすくめる。


「僕もすぐに移動するのに賛成です。早くしないと蘇生猶予時間が過ぎてしまいますからね」

「ユーイチ……『組織』の人間に情けを掛ける必要はないのよ?」

「ああ、その通りだ。オレ以外はクズばっかりだったからな……」

「あんたもクズの一人でしょ?」

「オレは違うって」

「あっ! 分かった! 他の『組織』のメンバーが助かったら、あんたの悪事をバラされちゃうものね」

「……ちっ、違うって!?」


 アルベルトが慌てて否定する。どうやら図星だったようだ。


「じゃあ、急いだほうがいいですね」

「心配しなくてもクレアが証言してくれるわ」

「ゲッ!?」

「クレアさんの他にも捕まってる人が居るんじゃ?」

「ああ、出荷前の女たちが居るぜ」


 誘拐され人身売買の商品にされた女性たちのことだろう。


「クレアを助けた後にそのたちも助けましょう」

「そうですね」

「じゃあ、こっちだ」


 アルベルトは廃屋の中に入っていく。


 僕たちもその後を追った――。


 ◇ ◇ ◇


 廃屋は、元店舗だったようだ。

 入り口の大きなガラスは、割れて床に散らばっていた。


 土間の通路を奥に進むと裏口の扉があった。

 アルベルトは、その扉を開いて廃屋の裏に出た。

 そこは、狭い路地裏で扉から1メートルほど先に隣の建物の壁があった。


「こっちだ」


 アルベルトは、そう言って狭い路地をアジトの方へ向かって歩き出した。

 アリシアがその後に続き、カチューシャを背負った僕は、裏口の扉を閉めてから二人の後を追った。


 狭い路地裏の先は、10メートルほど行ったところで行き止まりになっていた。

 正確には、左右に50センチメートルほどの狭い隙間があるが、元は家財道具だったと思われるガラクタが置いてあって進めそうにない。


「ここからは、【レビテート】を使って上から移動するぜ」

「分かったわ」

「分かりました」

「あるじどのぉ……退屈なのじゃ……」


 カチューシャが耳元でそう囁いた。


「もう少しの辛抱ですよ」

「せめて、主殿も妾も裸だったらのぅ……」


 カチューシャが不穏なことを呟いた。


 アルベルトとアリシアが【レビテート】を使って屋根の上へ移動した。

 僕も【フライ】で二人の後を追う。


 右手のほうからは、金属と金属がぶつかり合う音や威嚇するような声が聞こえてくる。

 クリスティーナたちが『組織』の構成員と戦っている戦闘音だ。

 ルート・ドライアードが付いているので大丈夫だとは思うが、クリスティーナたちは僕の使い魔ではないので、死んだらそれまでだ。

 そう考えると不安になってくるが、考えてみればそれが当たり前だし、蘇生猶予状態という保険まであるのだから、これで死んだら運命と考えるべきだろう。


 アルベルトとアリシアの後に続いて屋根を乗り越えたら、中庭のような場所に出た。

 その空間の中央に二階建ての木造住宅が見える。


『あれがアジト……?』


 アルベルトは、屋根を乗り越えた後、高度を落として地面に着地した。

 そして、アジトらしき建物ではなく、その向こうにあるあばら屋の入り口に向かって歩き出す。

 入り口は、両開きの扉になっていて開け放たれていた。


『不用心だな……』


 僕がそんなことを思いながら移動していると、扉の奥からバタバタと足音が聞こえてきた。

【レーダー】にも接近する複数の青い光点が表示されている。


「急げーッ!」

「襲撃って、マジか!?」

「女の冒険者らしいぞ!?」

「よっしゃーぁ! 捕まえろーッ!」

「ナメやがって! 滅茶苦茶にしてやるぜッ!」


 5人の軽装戦士風の男達が建物の中から飛び出してくる。


 アルベルトは、立ち止まって息を潜めている。【インビジブル】は使っているのだろうが、【レビテート】や【フライ】を使用していないため、足音などの気配を感づかれないよう気を配っているのだと思う。

 実際、アルベルトの足下にある雑草は、踏まれて不自然に曲がっている。用心深い者が見れば、気付くかもしれない。


 アリシアは、【レビテート】で少し浮いた状態でイライラしたポーズを取っている。

『組織』の男達が好き勝手なことを叫んでいるのが気にくわないようだ。


 男達は、右のほうにあるあばら屋の裏口のようなところへ入って行った。

 その先にクリスティーナたちが戦っている通りがあるのだろう。


 アルベルトが慎重に移動を再開する。

 建物の入り口へ入っていく。

【レビテート】を使ったようで、玄関内部の廊下の上に浮いていた。

 廊下は木製の板張りなので、体重を掛けて歩くと音がするからだろう。


 アリシアもアルベルトの後に続いている。

 僕たちも中に入った。


 すると、奥から押し殺したような女性の嬌声が聞こえた。

 声は、断続的に聞こえる。

【レーダー】でも十メートルくらい先に6個の青い光点が表示されているのが確認できた。


 アリシアがアルベルトを追い越して走り出した。

 アルベルトが止めようと手を伸ばす。

 予想外のアリシアの行動に僕は驚いて声を上げそうになった。

 しかし、流石に敵地の真ん中で声を上げるのは不味いと思い自重する。


 アルベルトもアリシアを追って走り出した。

 僕もカチューシャを背負ったまま、その後に続く。

 薄暗い廊下を進むと少し奥へ入ったところに木製の引き戸があった。


 アルベルトは、アリシアにハンドサインで下がるように指示をしてから、廊下に屈んで慎重な手つきでほんの少し引き戸を開いて中を覗いた。

 部屋の中は明るいため、薄暗い廊下に細長い光が差す。

 僕も空中を移動して中を覗く。


 部屋の中には、裸で四つん這いになった女性に裸の男達が群がっていた。


「――――っ!?」


 僕は息を飲む。

 女性の嬌声が聞こえてきた時点で男女がエッチなことをしていると予想していたのだが、まさかこんな風に5人の男性が1人の女性を犯しているとは思わなかったのだ。


 女性が顔を上げてこちらを見た。

 そして、妖しい笑みを浮かべる。

 金髪ショートカットの美女だ。


『気付かれた!?』


「なぁ、俺たちこんなことしてていいのかよ?」


 女性を囲んでいる一人の男がそんなことを言った。


「この女を放っておくわけにはいかないだろ?」

「逃げられでもしたら、コンラッドさんに殺されるぜ?」

「でも、殴り込んできた冒険者は大丈夫なのかよ?」

「ここまで来たら戦えばいいさ。増援も送ってるだろ。待ってりゃそのうち、捕まえてここに連れてくるだろうぜ」

「女ばかりの冒険者パーティらしいからな。いい加減、こいつにも飽きてきたしな」

「フッ……」


 女性が馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「何がおかしい?」

「その冒険者たちなら、すぐそこまで来てるわよ」

「――――!?」


 アルベルトが慌てた様子で引き戸から離れて廊下の端に寄った。

 僕も反対側の端に寄る。

 アリシアも僕の側に移動した。


 ガラッ!――


「誰か居るのかッ!?」


 一人の男が引き戸を開け放ってそう言った。


「…………」

「……誰も居ねぇじゃねぇか……脅かしやがって……」

「――――っ!? こいつ!?」


 女性が男達を振り切って立ち上がった。

 そして、物凄いフックのようなパンチを近くに居た男に繰り出した。


 ――ゴッ!


「がぁあっ!」


 殴られた男が吹き飛んだ。


『チャンスだ!?』


「カチューシャさん!」

「相分かった!」


 カチューシャが僕の背中から離れ、前に出て右手を前にかざす。

 次の瞬間、カチューシャの前方から引き戸を開いていた男に向けて光が走る。


 裸の男の胸で光が弾けた――。


 男は半透明の蘇生猶予状態となって倒れる。


「な、なんだ!?」

「誰か居るぞ!」

「敵か!?」

「魔術師だ!」


 カチューシャは、右手を前にかざした格好のまま部屋の中へ移動した。

 そして、カチューシャの前方から4本の光が残りの男達に向けて走る。

 男達は、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。


「主殿、片付けましたぞぇ?」


 僕は、部屋の中に入ってカチューシャの隣に移動する。


「ご苦労様」


 そして、カチューシャの肩に手を置いてそう言った。


「うむ。主殿に労いの言葉を掛けられるのは格別じゃのぅ」


 カチューシャがこちらを向いて幸せそうな顔をした。

 5人の男達を蘇生猶予状態にした後だけに、この笑顔はちょっと引いてしまう。

 しかし、男達はまだ死んだわけではない。


「アルベルトさん、この人たちは復活させたほうがいいですか?」

「こんなクズ共を助ける必要はねぇぜ」

「珍しく意見が合うわね」


 アリシアもアルベルトの意見に同意した。

 確かに先ほどの場面を見たら助ける気は失せるが、そんな簡単に人の命を奪ってもよいものか判断に悩むところだ。

 刻印を刻んだ人間は、モンスターと違って翌日に復活するわけではない。死んだら終わりなのだ。

 しかし、情けを掛けて助けた後にまた犯罪を繰り返す可能性がある。それはアルベルトも同じだが、アルベルトは、そこまで悪人には見えない。他の『組織』のメンバーとアルベルトにそれほどの差があるものだろうか?

 結局、僕は今復活させても荷物になると考え、男達を復活させることを諦めた。


「ユーイチ様」


 名前を呼ばれたのでそちらを見る。

 視線の先には、男達に犯されていた金髪ショートカットの女性が居た。

 ボーイッシュなショートカットの髪型に似合わず、大きな胸と豊満な腰つきの女性だった。

 しかし、豊満なだけではなく、お腹や太ももの筋肉は鍛えられており引き締まっている。


『冒険者なのかな?』


 僕は、先ほど『組織』の男に放ったパンチを思い出す。

 身長は、僕よりも少し高そうなので170センチメートル前半くらいだろう。


 裸体を隠そうともしていない。

 よく見ると彼女の身体は全く汚れていなかった。

 刻印を刻んだ女性特有の輝くように綺麗な裸体を晒している。


「わっ! 隠してくださいよ!?」


 僕は、女性の身体に少し見蕩みとれた後、慌てて視線を逸らした。


「ふふっ、可愛い方ですわね」

「もしかして、【エアプロテクション】の魔術を?」

「流石、ユーイチ様。ご慧眼けいがんですわ」


 彼女は、精霊系の魔術が使えるようだ。

 しかも、冒険者にしては珍しい【エアプロテクション】の魔術を刻印していた。

 その上、【インビジブル】を使って姿を消している僕たちが見えているようだ。

 装備は何も身に着けていないようなので、精霊系だけではなく魔力系の魔術師でもあるようだ。


「あの? どうして僕の名前を?」

「あら、お忘れですか? わたくしのこと?」


 ――どこで会ったっけ?


 そう考えた瞬間、僕の脳裏に彼女の映像が蘇った。

『プリティ・キャット』の屋外テーブルに座る『組合』の職員たちの映像だ。


「ああ、貴女は『組合』の……?」

「ええ、ソフィア様の部下のセシリアですわ。ユーイチ様……わたくしのご主人様……」


 セシリアは、そう言って僕に抱きついた。


「わっ……何を……?」

「ほぅ……」

「アルベルト、あなたは向こうを向いていなさい」

「オイオイ、そりゃねぇぜ」

「死にたいの?」

「ひいっ! わ、わかったよ……」


 アルベルトがアリシアに脅されているようだ。


「な、何で……?」

「ソフィア様がユーイチ様をご主人様と思っておられるのですから、当然、わたくしたちにとってもユーイチ様はご主人様ですわ」


 ソフィアの部下だから、ソフィアの主人は自分達にとっても主人だと言いたいようだ。


『トレード』→『セシリア』


 僕は、セシリアにマジックアイテムの毛布を『トレード』で渡す。


「ありがとうございますわ」


 セシリアは、『アイテムストレージ』から毛布を取り出して羽織った。


「どうして、ここに……?」


 僕は、セシリアにそう質問した。


「それが……家に帰る途中で攫われてしまったのです……」

「何故、貴女が……?」

わたくしは、『組合』ではソフィア様の子飼いの部下と見られております……ソフィア様に対する警告のために狙われたのでしょう……」

「人質ということですか?」

「いえ、そうではありません。わたくしが『組織』に攫われてもソフィア様は救出しようとは思わないでしょう」

「どうして!?」


 僕は、ソフィアがそんなに薄情な人間だとは思えなかった。


「誤解しないでください。ソフィア様は、心優しいお方です……。しかし、『組合』から救出部隊を派遣することはできないのです……」


 職員一人のためにリスクは冒せないないということだろうか?

 ということは、アデリーナに頼んだソフィアへの伝言も無駄になるということかもしれない。


『まぁ、いいけど……』


 どのみち、『組織』が壊滅した後に来るであろう『組合』の部隊はどうでもいい存在だ。


「ねぇ? 早く、行きましょ」


 アリシアが急かした。


「分かりました。アルベルトさん、案内してください」

「おぅ、いいぜ」


 アルベルトがそう言って建物の奥へ向かって歩き始める。


 僕たちは、その後に続いて移動を開始した――。


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