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「嬢ちゃん、ホントにいいのか?」


 薄暗い部屋の中で髭面の大男がイザベラ・フェーベルにそう問いかけた。


 男は刻印を刻んではいるが、顔には深い皺が刻まれており、口の周りには無精髭をそのまま伸ばしたような髭を生やしていた。そのため、男の外見は50代半ばくらいに見える。

 通常、刻印体は、元の肉体を模してはいるものの、髭や皺といったものは消え去るのだが、本人が強くアイデンティティを感じている場合に限っては残るのだ。

 つまり、暴力の世界に生きてきたこの男は、相手を威嚇する風貌に強いアイデンティティを感じているということだろう。


わたくしを『嬢ちゃん』と呼ばないでくださる? 今回で4度目ですわよ? 少しは学習してくださいな」

「わりぃ、わりぃ」


 男は悪びれずにそう言った。まるで反省している様子がない。

 男の態度にイザベラは苛立った。


「フェーベル家に連なるわたくしを侮辱されるのでしたら、あの話は無かったことにいたしますわよ?」

「だがよぉ? そういう態度が今のフェーベル家の立場を招いたんじゃねぇのか?」

「…………っ!?」


 痛いところを突かれてイザベラは言葉に詰まった。

『ローマの街』で権勢を誇っていたフェーベル家も今や急激に凋落しつつある。

 組合長であるソフィアの不興を買ったという噂により、多くの商家がフェーベル家から距離を置くようになったのだ。

 分家のレーマン家に至っては、『組織』の人間を『組合』の牢から逃がしたことで潰されてしまった。


 イザベラが男を睨んだ。


「おお、怖い怖い……だが、組合長を敵に回したのは失敗だったな」

「情けないですわね。それでも『組織』のおさですの?」

「世間では、『組織』と呼ばれて、恐れられちゃいるが、ワシらは『ローマの街』の『組織』だからな」


 一般に『組織』と呼ばれる集団は、一つの大きな組織ではなく、街ごとに『組織』を率いるリーダーが居て、その街の集団を仕切っていた。それぞれの集団には、縄張りがあり、お互い不干渉で棲み分けているというだけだった。そのため、『組織』同士に横の繋がりはないのだ。

 しかし、ダークエルフは、それぞれの『組織』を裏から支援していた。


 男は、名をコンラッドと言う。

 事情を知る者たちは、『ローマの街』の『組織』を『コンラッド一味』と呼んでいた。


「そんなに組合長が恐ろしいのですの? わたくしには分かりませんわ」

「そりゃ、お嬢ちゃんがひよっこだからだ。アレはヤベぇぜ? 遠目に見ただけで、全身に悪寒が走りやがった……」

「でっ、ですが、お強いのは組合長、お一人でしょう? それに組合長がそんなにお強いのでしたら、今頃、あなた方は根絶やしにされているはずですわ」

「ワシらには、ダークエルフの助力もあるしな。だが、率先してドラゴンの尻尾を踏むことはあるまい?」

「…………」


 イザベラが俯く。

 コンラッドは、話題を変えた。


「で、あんたの依頼だが、学園のひよっこを一人、殺せばいいんだな?」

「あの男は、ひよっこなどではありませんわ」

「だがよぉ? 学園に入学するような奴がそんなに強ぇのかよ?」

「だから、先ほども言いましたでしょう? あの男は、学園のパーティを率いて地下迷宮のオークを殲滅したのです!」

「その話は、とてもじゃないが信じられねぇな……何か裏があるはずだ。聞けば、そのひよっこ、組合長のお気に入りだそうじゃねぇか? 組合長が裏で手を回していたとワシは見ている……」

「そのような話は聞いておりませんわ」

「地下迷宮なら、いくらでも伏兵できるからな。学園の冒険者パーティが地下迷宮のオーク共を全滅させたって与太話よりは、ずっとまともだろ?」

「まさか、手を抜くおつもりですの?」

「そうは言ってねぇよ。ダークエルフ4人にワシの手下を6人付ける」

「たった10人で大丈夫ですの?」

「ダークエルフは言わずもがなだが、ワシの手下も手練れ揃いだ。その男を殺せば、残りの女は好きにしてもいいんだな?」

「ええ、構いませんわ」

「そういえば、そのパーティに閃光のアリシアが居るって話はホントなのか?」

わたくしが嘘を言っているとおっしゃるの?」

「そうじゃねぇが、アリシアの名を騙る偽者ということはねぇか?」

「そんなことをして何になりますの?」

「この街で名を売ることができるだろ?」

「ユーイチ・イトウが仕組んだとおっしゃるのですか?」

「組合長も噛んでるかもな。だとしたら、本人にも了解済みだろう」


 閃光のアリシアには、赤毛という大きな特徴がある。

 同じような赤毛で体格が似ている者を探せば、成りすますことは可能だろう。


「確かにそうですわね……」


 コンラッドが語った説は、イザベラの胸にストンと落ちた。

 そんな売名行為をユーイチが裏で行っていると決めつけることで、自分に正義があるかのような錯覚を引き起こしたのだ。


「じゃあ、嬢ちゃんは、今からワシの女だ」

わたくしを『嬢ちゃん』と呼ばないで!?」

「はっ、そういう気の強いところもワシ好みだ。時間を掛けてたっぷりと躾けてやるぜ……」


 そう言って、コンラッドは立ち上がった――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ――チャポン……


「ふぅ……」


 僕は、『ハーレム』の大浴場で溜め息を吐いた。


『疲れた……』


 刻印を刻んだ体――刻印体――は、肉体的な疲労を感じることがない。

 しかし、精神的な疲れは感じるのだ。

 尤も、その精神的疲労は、【戦闘モード】を起動すれば吹き飛ぶ程度のものだが、この程度のことで【戦闘モード】を起動するのは躊躇ためらわれた。


 あの後、僕は『ロッジ』に居た女性たち全員から授乳された。

 浜辺に残してきたオフィリスが心配だったので、授乳時間は、片側5分ずつ……一人あたり約10分程度と急いで行った。

 それでも4時間近く掛かったため、もう昼過ぎになってしまっている。


「ふふっ……ユーイチくん、最高でしたわ……でも、少し物足りませんわ……」


 ――ムニュ……


 背後からグレースが抱き着いてきた。

 グレースから授乳されたときのことを思い出して欲望がムクムクと頭をもたげてくる。


【戦闘モード】


 僕は、【戦闘モード】を一瞬だけ起動して冷静になった。


 使い魔やこれから使い魔になる女性たちから授乳されるときには、多少の気恥ずかしさはあるものの、それほどエッチな気分にはならないのだが、グレースから授乳されるときは【戦闘モード】を何度も起動しないといけないほど興奮してしまう。

 使い魔の中には、彼女と同じくらい豊満なボディを持った者も居るが、何故かグレースの身体を見ると直視するのが躊躇われるほどに恥ずかしくなるのだ。

 彼女の性格や仕種、物腰といった全体的な雰囲気も影響していると思うが、一番の理由はグレースが僕の使い魔ではないからではないだろうか。

 僕にとって使い魔は、家族に近い存在なので、裸を見てもそれほど動揺することはないということだ。


 それに出会った状況もあるだろう。使い魔となった女性たちの多くは普通ではない特殊な出会い方をしている。

 学園で偶然パーティメンバーとなったグレースたちとは様々な点で違いがあるのだ。

 同様にクリスティーナやレティシア、レリアの裸体もグレースほどではないにせよ、見ると強く動揺してしまう。同じパーティメンバーでもカーラやアリシアは、そうでもないのだが……。

 カーラは、日頃の言動からあまり女性を感じさせないからだろう。

 アリシアは、初対面で僕を利用するつもりなのが分かっているから、無意識に警戒しているのかもしれない。


「グレースさん。あまり、くっつかないでください……」

「あらあら……そんなことを言われたら悲しいですわ……」

「裸ではマズいですよ……」

「あたくしは、マズくありませんわぁ」


 そう言ってグレースは、背後から胸を押し付けてきた。


「はぁ……」

「なんじゃ、主殿……? おなごに裸でかしずかれておるのに溜め息ですかぇ?」


 湯船の中で体育座りをした僕の正面からカチューシャの声が聞こえる。

 というよりも顔のすぐ前に気配を感じた。


 目を開けるとカチューシャの顔が目の前にあった。

 入浴を楽しもうと気にしないようにしていたが、カチューシャが正面から身体を寄せていることには気づいていた。


「ちょっと、カチューシャさん。近づき過ぎです……」

「そう邪険にしないでくだされ……悲しくなりまする……」


 カチューシャが美貌を歪め悲しそうな表情をする。

 歳下の少女のような外見のカチューシャにこんな顔をさせるのは心が痛んだ。


「別にカチューシャさんを嫌っているわけでは……ただ、裸でくっつかれるのは……」

「主殿は、そろそろ女を知ったほうが良いのではないか? 早ぅフェリア殿を抱いて、妾たちにもお情けをくだされ……」

「…………。でも……まだ、その時期じゃないと思うんだよね……」

「ふむ……。何が主殿をそこまで頑なにしておるのかのぅ……? 女体にょたいに興味が無いわけではあるまい? 妾の身体に熱い視線を送っておられるときもあるでな……いつも身体の火照りを抑えるのに苦労しておるのじゃ……」

「えっと……」


 ジロジロと露骨に見ていたことはないと思うが、チラ見くらいはしていたので、僕は反論ができなかった。


「ええ、ユーイチくんは女嫌いというわけではありませんわ。あたくしもユーイチくんの視線でいつも気持ちよくしていただいておりますもの……」


 背後から抱きついているグレースがそう言った。


 ――ザバッ……


「ほぅ……ご主人様は、女の身体に興味があるのか……」


 ――ザバザバザバザバザバ……


 レヴィアがそう言ってこちらへ向かって湯船の中を歩いてくる。

 そして、僕の右側面に回り込んだ。

 僕は、彼女の身体を見ないように左に顔を背ける。


 ――ムニュ……


「あんっ……」


 肩に乗ったグレースの乳房に頬が当たる。

 しかし、そんなことは気にしてはいられない。


「さぁ、ご主人様……わたしの身体を好きに観察されよ……」

「貴様ッ! 妾を差し置いて、何をしておる!?」


 ――ザバッ!


 そう言ってカチューシャが立ち上がった。


「カチューシャ殿……こう言っては何だが、貴女の身体は、少し幼すぎるのではないか? ご主人様くらいの年齢の男ならば、年上の女に興味を抱くはずだが?」

「ぐぬぬぬっ……きっ、貴様!?」

「そう、興奮しないでください。ご主人様に好みなほうを選んでいただけば良いでしょう?」

「…………くっ!? では、主殿……妾とそのダークエルフのどちらをお選びになりますかぇ?」

「どっちも選びませんよ……一体何の話ですか? 目のやり場に困るので座ってください」

「では……」


 カチューシャが体育座りをしている僕の膝の上に跨った。


「ちょっ、何を!?」


 カチューシャが手を伸ばし、僕の顔を両手で掴んで正面へ向ける。

 膝の上に跨ったカチューシャの裸体を下から見上げる形となる。

 僕は、その刺激の強い光景を見た瞬間に【戦闘モード】を発動した。

 時間が停止したかのような空間で冷静になった僕は、【戦闘モード】を解除する。


「主殿……主殿のフェリア殿と最初に結ばれたいというお気持ちは尊重いたしまする。ですが、妾たちに欲望をぶつけていただいても良いのですよ? 主殿にでしたら、何をされても構いませぬ……」

「…………」

「さぁ……」


 カチューシャが僕の頭に手を回して、顔を近づけてくる。


「ありがとう……でも、やっぱり……そんな風に欲望に溺れることはできないよ……」

「何故でしょう? 理由をお聞かせくだされ……」

「うまく言葉にできないけど、使い魔たちをそんな性欲のけ口として扱いたくはないんだと思う。もし、そんな関係になってしまったら、今の関係が崩れてしまうかもしれないし……」

「妾は、主殿に欲望の捌け口にしていただきたいのじゃが……それに妾たちが主殿の使い魔であることは永遠に変わりませぬが?」

「そういう意味じゃないよ。もし、僕とカチューシャさんが関係を持ったら、僕たちの関係も変化するでしょ?」

「どうじゃろう? 妾にとって、主殿は主殿であることに変わらぬと思うがのぅ……まぁ、主殿の精を受けたらどうなってしまうか分からぬが……」


 カチューシャがそう言って淫蕩な笑みを浮かべた。

 正当派美少女タイプのカチューシャがこういった表情をすると凄く淫靡な印象を受ける。ニンフや一部のエルフからも同様の印象を受けたことを思い出す。

 僕は、もう一度【戦闘モード】を一瞬だけ起動した。


「僕の生まれ故郷では、一人の女性と結ばれたら、別れるまで他の女性と関係を持つのは悪いことだと思われているんだ……」

「それは当たり前ですわ」


 レティシアがそう言った。

 今までは、カチューシャの左斜め後ろから赤い顔をしてこちらを窺っていたのだが、黙っていられなくなったのか話に割り込んできたようだ。


「はっ、処女のお嬢様は世間知らずだねぇ?」


 いつものようにカーラがレティシアの言葉に口を挟んだ。


「なっ!? 何ですって!?」


 レティシアが柳眉を逆立ててカーラを睨む。


「レティが考えているほど、世の中は綺麗事ばかりじゃないんだよ」

「そんなことは分かっておりますわ。それにユーイチもわたくしと同じ考えなのでしょう?」

「ちょ、おまっ。ユーイチの今の状況を見てみろよ」


 レティシアが周囲を見渡す。


「……でっ、ですが、授乳は神聖な行為なのですわ」

「ほっほっほ……これはまたかわいいことを言いよるのぅ……」


 カチューシャがレティシアの言葉に反応した。


「カチューシャ様。ユーイチがそう言っていたのですわよ?」

「主殿の言葉ならば尊重したいところではあるが、貴様も主殿に乳房を吸われて股間を濡らしておるのじゃろう?」

「なっ……!?」


 レティシアが顔を赤らめて黙り込んだ。


『否定しないんだ……』


「神聖な行為とか言って、ホントは感じてたんだな?」

「お黙りなさい!」


 カーラにからかわれてレティシアが憤慨した。


「レティ、あまり興奮しないで」


 クリスティーナがやんわりとレティシアを窘めた。


「しかし……」

「諦めなさい。カチューシャ様の言葉に反論できない時点で貴女も認めているのでしょう?」

「そう言うクリスはどうなのですか?」

「……わたくしもユーイチに授乳しながら感じていたわ……」


 クリスティーナが頬を赤らめながらそう言った。


「主殿……ここに居る者たちは皆、主殿に抱かれたがっておるのじゃ」

「待ってください。でも、授乳には性的な快感は伴わなかったのでは?」

「……確かに主殿に乳を吸われると幸せな気分にはなるがのぅ……じゃが、主殿に乳首を吸われるのじゃ。感じぬわけがなかろう……」

「達するほどじゃないだけ……」

「十分に気持ちいい……」


 少し離れた場所から、エレナとモニカがそう言った。


「そんな……」


 僕は、今まで神聖な行為だと思っていたことが、実は性的な愛撫だったという事実を知ってショックを受けた。


「でもよぉ? 今さらじゃねーか? あのマットプレイは、ほとんどセックスみたいなもんだろ?」


 カーラが更に追い打ちをかけてきた。


「いや、あれは使い魔とのスキンシップだし……」

「主殿が『まっとぷれい』と呼んでおられるまぐわいじゃが、妾たち使い魔は、主殿の身体を使って何度も果てておるのじゃぞ?」

「なっ!?」

「知らなかったのですかぇ?」

「で、でも、【戦闘モード】を起動すれば……?」

「主殿と肌を合わせて盛り上がった気分に水を差すことなぞ、我ら使い魔にできはせぬよ」


『マットプレイは、もう止めたほうがいいかな……』


「主殿? もしかして、『まっとぷれい』を禁止にするおつもりかぇ?」

「いや、その……」

「妾のせいで、皆の楽しみを奪ったとあらば、妾が他の使い魔たちに恨まれてしまうぞぇ……後生じゃから、めないでくだされ……」

「…………。分かりました」


 僕は、複雑な気分でそう言った――。


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