11―48
11―48
「あの生臭い匂いの元は、サハギンだったというわけね?」
テーブルの反対側からクリスティーナがそう言った。
「まぁ、そういうことです」
「うへぇ……」
カーラが隣のテーブルから顔を
あれから僕たちは、『ロッジ』に戻って遅めの昼食を摂った。
その後、食後のコーヒーを飲みながら、課外授業を再開すべく偵察の結果をパーティメンバーに伝えていた。
「ユーイチ、戦ったのですか?」
クリスティーナの隣に座るレティシアがそう訊いてきた。
「いや、素通りしたよ」
「サハギンには、透明化の魔術を見破ることはできないというわけね?」
クリスティーナが確認する。
「うん。サハギンは、【インビジブル】を使ったオフィリスに気付かなかったからね」
「じゃあ、オレたちが戦わないといけないってことかよ? ユーイチが倒しておいてくれれば楽だったのにな」
「カーラ、それでは課外授業の意味がありませんわ」
「もう、十分だろ?」
カーラが言うように課外授業としては、オークに囚われていた女性たちを救出しただけでも十分すぎる成果だろう。
「カーラ、今さらそんなことを言っても仕方ないわよ」
「そうですわ。
「奥へ進まなければ、シンシアたちを助けることもできなかったのだぞ?」
クリスティーナを挟んでレティシアと反対側に座ったレリアがそう言った。
「そうだけどよぉ……」
カーラのほうを向いていたクリスティーナが正面に向き直り、僕と視線を合わせた。
「ユーイチ、そのサハギンたちを倒せば、地下迷宮から出られるのよね?」
「サハギンが居る広間にあるプールから海に出られるよ」
「海に繋がっているとはな……」
レリアがそう言った。
「『ローマの街』から海までは、かなりの距離がありますわ」
「そうね」
「サハギンが居る場所へ続く長い通路は、歩いて移動すると半日くらい掛かるんじゃないかな」
「うへぇ……」
カーラが先ほどと同じような声を上げた。
「カーラ、いい加減にしてくださいな」
「何だよ? 別にいいだろ?」
「
「ユーイチ、そろそろ出る?」
クリスティーナがカーラとレティシアを無視してそう言った。
「そうですね」
「マジかよ? 今からだと夜になっちまうんじゃねぇか?」
「走れば、1時間くらいで抜けられると思うよ」
「歩いて半日掛かる距離を1時間で移動できるのかしら?」
クリスティーナがそう訊いた。
「距離的には、20~30キロメートルくらいだと思うから、時速20~30キロで走れば1時間で移動できるでしょ? オフィリスは10分と掛からずに走り抜けたよ」
「100キロ以上で走ったの?」
「クリスたちも【ウインドブーツ】を使えば100キロくらいで走れると思うよ」
今の彼女たちは、全員が精霊系レベル4以上の魔術を使えるため、【ウインドブーツ】で移動することも可能だ。
「おお、そりゃいいな」
「そうね」
「じゃあ、行きましょうか」
僕は、そう言って立ち上がった――。
◇ ◇ ◇
僕は、【ウインドブーツ】を使って疾走するパーティメンバーの後ろを【マニューバ】の魔術で飛行していた。
左腕には、【フライ】を慣性モードにしたカチューシャがしがみついている。
地下迷宮内は暗闇なので、クリスティーナ、レティシア、カーラの頭上には、【ライト】の魔術で設置された光源が載っている。レリアは、【ウィル・オー・ウィスプ】の魔術で召喚した青白い光の玉を側面に引き連れて走っていた。
『ロッジ』を出るとき、マリエルやアンジェラのパーティメンバーが一緒に来たがったが、今回は『ロッジ』で待機してもらうことにした。
この長い通路を大人数で移動するのは時間の無駄だと思ったのだ。
地下迷宮の奥がどうなっているのか自分の目で確認したいということだったので、サハギンを退治した後に『ロッジ』の扉を開くということで納得してもらった。
彼女たちは、僕に授乳したことで、以前よりも素直になったような気がする。少なくとも親密度が増したことは間違いない。
堅物な印象のマリエルでさえ、柔らかい表情を見せるようになったくらいだ。
長い通路を移動しはじめてから、かれこれ10分が経過した。サハギンの棲息地へだいぶ近づいてきたが、その間、誰も一言も喋っていない。
何故なら、全員が【エアプロテクション】を起動しているからだった。
通路内に立ちこめる臭いにカーラが不満を言ったので、【エアプロテクション】を使えば臭いを遮断できると僕がアドバイスしたら、全員が【エアプロテクション】を使うことに賛同したのだ。
言葉による意思疎通ができなくなるが、このパーティのレベルなら問題はないだろう。
突然、パーティメンバーの走る速度にブレーキが掛かった。
僕は、慌てて【マニューバ】の速度を落とす。
危うくグレースの背中に突っ込むところだった。
『そういや、フェリアにぶつかったことがあったっけ……』
この世界に来たばかりの頃、ゴブリンの巣穴へ移動していたときのことだ。
懐かしく感じるが、あれからまだ半年も経っていない。
その間にいろいろなことがありすぎて、そう感じるのだろう。
クリスティーナが振り返って、身振りで指示を出した。
映画などで見かける軍隊のハンドサインほどではないが、冒険者の間でも共通のハンドサインがあるようだ。
僕が受けた授業では、まだ習っていなかったので、出発する前に簡単に説明してもらった。
しかし、教えてもらうまでもなく、だいたいの意味が分かるようなサインになっていた。
例えば、指示を出すパーティメンバーを指差した後、続けて移動先を指差すことで、そのメンバーに「移動」を指示したり、先頭のパーティメンバーが手を開いた状態で後ろに突き出すと「止まれ」を意味していたりといった具合だ。
ただ、「来い」のサインは、手のひらを下向けにして手前にヒラヒラさせるものだった。海外では、手のひらを上に向けた状態で手前に腕を引く動作だったはずだ。日本式なのは、日本語が共通言語になっていることに関係があるのかもしれない。
サハギンとの戦闘についても簡単な打合せをした。
昼食を摂っているときにモニカたちから聞いた話では、サハギンの強さはノーマルオークとそう変わらないらしいので、適当に戦っても問題はないだろうという結論になった。アンジェラやマリエルのパーティもサハギンと直接戦った経験は無いそうだが、書物に書かれた内容や他の冒険者からの伝聞、学園で習う知識などの情報すべてがサハギンの強さはノーマルオーク程度ということになっているようだ。クリスティーナたちも座学の授業でそう習ったとのことだった。
ただし、水中で戦うとサハギンが有利、冒険者は不利になるとのこと。水中は、サハギンにとってのホームグラウンドなのだろう。そう考えると、アウェーである陸の上でノーマルオークと同じくらいの強さということは、サハギンはノーマルオークよりもレベルの高いモンスターなのかもしれない。
また、僕とカチューシャは、ピンチにならない限り手を出さないということになった。カチューシャは不満そうだったが、ノーマルオーク程度のモンスターを相手に僕たちが手を出すまでもないだろう。
サハギンが居る部屋の手前でクリスティーナが振り返らずに手のひらを後ろに突き出した。「止まれ」を意味するハンドサインだ。
それを見たパーティメンバーたちが止まったので、僕は、【レビテート】を起動してから【マニューバ】をオフにした。
そして、少し上昇する。上からパーティメンバーたちが戦う様子を観戦しようと思ったのだ。
僕が空中で静止すると、左腕にしがみついていたカチューシャが少し上昇して僕の首に腕を回してきた。
「あるじどのぉ……」
カチューシャの甘えるような
――声が聞こえる!?
【エアプロテクション】を使っているため、【テレフォン】を使わないと声は聞こえないはずだ。
カチューシャは、【テレフォン】を使ったのだろうか?
僕は、驚いてカチューシャのほうを向いた。
――チュッ
至近距離で対面したカチューシャにキスされた。
面食らって
カチューシャが僕の首に腕を回したまま正面へ移動した。
そして、身体を密着させる。足も開いて僕の腰に回してきた。
「ああ……あるじどのぉ……」
また、カチューシャの声が聞こえた。
現在、カチューシャの口元は、僕の左耳の近くにあり、僕もカチューシャの左耳の側に口を寄せている。
「カチューシャさん、聞こえますか?」
「ああ、聞こえますぞぇ?」
【エアプロテクション】の魔術は、耳元に口を寄せれば相手に言葉を伝えることができるようだ。
『つまり、【エアプロテクション】の領域が重なった部分から声を伝えることができるってことかな?』
ただ、先ほどカチューシャが左腕に抱き着いていたときには、声を伝えることはできなかった。
【エアプロテクション】同士が重なり合った部分から音が相手に伝わるというわけではないということだ。
耳元に口を寄せて話さないと伝わらないということだろう。
僕は、【エアプロテクション】を使った冒険者たちが会話をするシーンを思い浮かべる――。
パーティメンバー同士がモンスターを前にヒソヒソ話をしているコミカルな情景が思い浮かんだ。
『傍から見れば、内緒話をしているように見えるだろうな……』
僕は、正面から抱き着くカチューシャの肩越しにパーティメンバーの様子を窺う。
既に戦闘が始まっていた。
音が聞こえないので気付かなかったのだ。
クリスティーナ、レティシア、カーラの3人は、サハギンを一撃で倒していた。
グレースは、防御に徹しているが、複数のサハギンからの攻撃をものともしていない。
レリアとアリシアは、【レビテート】で空中から奥のサハギンの群れに【ブリザード】などの広範囲攻撃魔法で攻撃していた。
サハギンは、三又の槍を片手に持ち、突き込むように攻撃している。槍による攻撃自体は、それなりに鋭いものの、陸の上では体の動作が鈍いためか、簡単に回り込めそうな印象だ。
それから、10分と掛からずにサハギンの群れは殲滅された――。
◇ ◇ ◇
僕は、戦闘が終わった後、パーティメンバーの近くに降りてから、しがみ付くカチューシャを引きはがして床に降ろした。
そして、【エアプロテクション】をオフにする。
「あんっ、主殿のいけず……」
カチューシャが
カチューシャも【エアプロテクション】をオフにしたようだ。
「そのキャラは何なんですか?」
「男はこういうのが好きなのじゃろう?」
「カチューシャさんには、似合いませんよ」
「妾も男に媚びるのは好かんが、主殿になら話は別じゃ……」
『ロッジ』
僕は、サハギンの棲息していた広間に『ロッジ』の扉を出した。
――ガチャ
扉を押し開けて中に入る。
「「ご主人様」」
「あっ、ユーイチ!」
「ユーイチ……」
「ユーイチ殿、お帰りなさいませ」
「「お帰り」」
『ロッジ』に入ると中に居た女性たちに挨拶された。
「早かったね?」
アンジェラがそう言ってテーブルの席から立ち上がった。
他の女性たちも立ち上がって近づいてくる。
「ええ、意外と手間は掛かりませんでした」
「我々も外に出てよろしいですか?」
マリエルがそう訊いた。
「ええ、そのために来たのです」
僕は、そう言って身を翻す――。
僕が『ロッジ』の扉から出ると、アンジェラのパーティメンバーとマリエルのパーティメンバー、ダークエルフのレヴィア、元冒険者のべリンダとダニエラが続いて出てきた。
レヴィアとべリンダ、ダニエラの3人は、本人たちの希望により、僕の使い魔となっている。
『うっ、生臭い……』
外に出ると辺りにはサハギンの生臭い匂いが漂っていた。
不快だが耐えられないほどではない。
【エアプロテクション】を使うと会話ができなくなるので我慢することにした。
「うっ……」
「生臭い……」
「それは、分かってただろ?」
『ロッジ』から出てきた女性たちが充満するサハギンの匂いに顔を
全員が外に出て扉が閉められたのを確認してから、『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へ戻す。
その直後、地下迷宮内に複数の光源が発生した。
外に出た女性たちが【ライト】や【ウィル・オー・ウィスプ】の魔術を使ったのだ。
「ここが……?」
マリエルがそう呟いた。
「ユーイチ、あのプールが海に繋がっているのね?」
近くに居たクリスティーナが僕に質問した。
「うん、そうだよ」
「だったら、早く行こうぜ? ここは臭くてたまらん」
カーラがそう言って、やれやれという風なジェスチャーをする。
カチューシャが近寄ってきて、僕の左腕にしがみついた。
一言も喋らないのは、【エアプロテクション】を使っているからだろう。
「でも、この人数で移動するのは……」
僕は、周囲を見渡す。
『ロッジ』から出てきた人たちを加えると、ここには、23人が居る計算になる。
外に出たと思ったら、また中に入れでは、彼女たちも納得しないだろう。
「ここから先は、安全なのよね?」
「さっきは、ここから外の海岸までにモンスターは居なかったけど……」
「でしたら、全員で移動すればいいですわ」
レティシアがそう提案した。
「分かった。でも、皆さん泳げるのかな?」
刻印体は呼吸の必要が無いので【エアプロテクション】を使えなくても溺れることはないだろうが、泳ぎが苦手な人や溺れた経験があってトラウマになってる人が居るかもしれない。
「大丈夫よ。『ローマの街』では、バルネアで泳いで育った人が多いのよ」
子供の頃にバルネアで泳いでいたということらしい。
確かにバルネアは、日本の銭湯などに比べ深くてプールに近い印象だ。
「じゃあ、行きましょうか」
「待って」
僕が中央のプールへ向かおうとしたら、クリスティーナに呼び止められた。
彼女のほうを見ると全身鎧を装備したクリスティーナの身体が白い光に包まれる。
そして、光の中から下着姿のクリスティーナが現れた。
身に着けているのは、僕が前に渡した『魔布の黒ブラジャー』と『魔布の黒Tバックパンティー』だ。
「なっ……」
「ふふっ……あまり見ては駄目よ?」
僕は、目を逸らす。
「なんで……?」
「そりゃおめぇ、鎧を着てちゃ泳ぎにくいからに決まってるじゃねーか」
カーラがそう言った。
彼女のほうを見るとカーラは既に全裸だった。
「カーラ、何を脱いでいますの!?」
すかさずレティシアがツッコミを入れる。
「別にいいだろ? このほうが泳ぎやすいんだよ」
「では、あたくしも……」
今度は、グレースが白い光に包まれて全裸になる。
「わっ……」
僕は、その光景に慌てて目を逸らす。
「目を逸らされるのは悲しいですわ……」
「べ、別に見たくないからというわけでは……」
「じゃあ、ご覧になってくださいな?」
「……もう!? からかってるでしょ?」
「ふふっ、そんなことありませんわ。ユーイチくんが見たいのでしたら、好きなだけご覧くださいな」
「ほれ、主殿。あのおなごもそう言うておるのじゃ、この機会にじっくりと女体を観賞するがよい」
「カチューシャさんまで……止めてくださいよ……」
「主殿は、可愛いのぅ……」
カチューシャの身体が白い光に包まれて、全裸になった。
「ちょっ……カチューシャさん!?」
「良いではありませぬか……」
そう言ってカチューシャは、僕の左腕を放して正面へ回り込んだ。
そして、【レビテート】で少し上昇してから、僕の頭を薄い胸に抱き寄せる。
「ちょまっ……うぷっ……」
カチューシャの大胆な行動に唖然としてしまい対応が遅れた僕は、カチューシャに抱きしめられてしまう。
小さいが柔らかい感触にドギマギしてしまった。
僕は、一瞬だけ【戦闘モード】を起動してから、カチューシャの腋の下に手を入れて、強引に引きはがす。
「あんっ……」
「こんなところで何やってるんですか!?」
少し怒りを滲ませてそう注意した。
「おおぉ……あるじどのぉ……もっと妾をしかってくだされ……」
カチューシャが震えながら身もだえた。
『駄目だ……この人は……』
カチューシャが特別なのか、使い魔になったからなのか分からないが、僕は彼女の異常な反応に呆れてしまう。
「ユーイチ……」
「
いつの間にか左右に来ていたエレナとモニカがそう言って、浮かび上がった。【レビテート】を使ったようだ。
そして、左右から僕の頭を抱きしめる。
彼女たちは全裸だった――。
巨乳というわけではないが、カチューシャよりは十分に大きな乳房を押しつけられて、僕は【戦闘モード】を起動した。
『僕は、何をやってるんだ……』
【戦闘モード】を起動して冷静になった頭にそんな思考が横切る。
彼女たちに一方的にされている行為ではあるが、優柔不断な態度を取っている僕のほうにも問題があるのではないだろうか?
毅然とした態度で断っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
――しかし、僕の性格では、毅然とした態度を取ることはできなかっただろう。
『こうなる運命だったんだな……』
僕は、諦めて彼女たちの抱擁に身を任せた――。
―――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます