11―44

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「凄い……」

「ありえない……」


 スケルトンの大軍を殲滅して【ストーンフロア】の後ろへ移動すると、モニカとエレナがそう呟いた。


「そうですか?」

「個人が持つ火力とは思えない……」

「ユーイチ、抱いて……」


 そう言ってモニカが僕に抱きついた。


「ちょっ、意味が分かりませんよ……」

「モニカ……ずるい……」


 そう言ってエレナも抱きついてくる。

 彼女たちとは、身長があまり変わらないので、密着されると顔がすぐ側まで接近するのでドギマギしてしまう。


「もう、二人ともからかわないで下さいよ」


 僕は、そう言って体を離そうと一歩下がった。


「からかってない……」

「そう……」


 二人は、僕に抱きついたまま真剣な表情で見返してくる。


「……えっと、ごめんなさい……僕には好きな人が居るから……」

「残念……」

「ホントに……」


 そう言って、二人は僕を放してくれた。


「フフフ……小娘どもよ。主殿には先約があるのじゃ……」


 背後からカチューシャがそう言って、僕の左腕にしがみついた。

 まるで、その相手はカチューシャだと言わんばかりだ。


「いや、カチューシャさんのことじゃなくてフェリアのことですよ?」

「分かっておる。フェリア殿の後は、我ら使い魔の相手をしてくれるのじゃろう?」

「……先のことは分かりませんよ」


 僕は、そう言って言葉を濁した。


「主殿は、イケズじゃのぅ……じゃが、そういうところもゾクゾクするぞぇ」


 カチューシャが僕の左腕にしがみつきながら体を震わせた。


「カチューシャさん、変なことを言ってないで、下に降りますよ」

「妾は、こうして主殿にはべらせていただきますゆえ、ご随意に……」


 僕は、カチューシャを連れて【フライ】で【ストーンフロア】から下へ降りた。

 僕たちに続いて、エレナ、モニカ、レリア、アリシア、レヴィア、べリンダ、ダニエラも【ストーンフロア】から降りてくる。最後にホムンクルスのオフィリスが降りてきた。


「お、ユーイチ、遅かったじゃねーか。話は聞こえてたけどよ」

「ふふっ、ユーイチくんったら、また女の子に迫られてましたのね」


 カーラとグレースに声を掛けられた。


「もう、やめてくださいよ。どうして、こっちの女性は、こんな積極的なんですか?」

「『東の大陸』では、そうじゃなかったのかしら?」


 クリスティーナがそう訊いた。


「そうですね。もっとお淑やかな女性が多かったと思います。このパーティだと、レティみたいな……」

「まぁっ、ユーイチったら、お上手ですわ」


 レティシアが嬉しそうにそう言った。


「へぇ? ユーイチは、あたしたちの中ではレティが好みなの?」


 アリシアがそう訊いてきた。


「ですから、僕には好きな人が……」

「でもよぉ? 女の好みはあんだろ?」


 カーラがそう言った。


「そうですね……容姿だけならカーラも好みのタイプですよ」

「ちょっ、おまっ……」


 カーラが慌てた。少し頬が赤くなっている。


「まあっ、カーラったら可愛いですわ」

「カーラにこんな一面があるとは思いませんでしたわ」


 グレースとレティシアがカーラをからかう。


「ユーイチ、てめぇ! からかったな!?」

「いえ、ホントの話ですよ。カーラって、黙っていれば凄い美人だし、背も高いし、黒髪で肌も白くて綺麗だし……」

「…………ぅ」

「ねぇ、ユーイチ。わたくしたちのパーティの中では、カーラの容姿が一番好みなの?」


 クリスティーナにそう尋ねられる。


「そうですね。僕は、『東の大陸』出身なので黒髪の女性のほうが好みかもしれません。でも、みんな美人だし、それぞれに良さがあると思いますよ」

「まぁっ、お上手ですわね。ユーイチくん」

「調子がいいわね。でも、ちょっと嬉しいと思っちゃう自分が憎いわ」

「カーラが固まったままですわ」

「カーラは、こんな風に褒められたことがないのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、彼女は、言葉遣いが男の子みたいでしょ? 今でこそ白い肌をしているけれど、刻印を刻むまでは、日焼けして真っ黒だったのよ」


 カーラは、刻印を刻む前は、日に焼けた小麦色の肌をしていたようだ。

 そのほうが、彼女のキャラクターに合っていると思う。


「へぇ……。昔からの知り合いなのですか?」


 僕は、カーラを横目で見た後、クリスティーナに質問した。


「ええ、親戚ですもの」

「そうなんですか?」

「だから、一緒に入学してパーティを組んでいるのですわ」


 話を聞いていたレティシアがそう補足した。


 家名は違うがクリスティーナたちの家とカーラとグレースの家は、親戚関係のようだ。

 おそらく、母方の親戚とかそういう経緯で苗字が違うのだろう。

 クラスの全てのパーティが商隊の冒険者パーティのように親戚縁者で構成されているわけではないようだが、大きな商家の子女は、親戚同士で集まって入学するということなのだろうか。

 前にリカルドのパーティメンバーのバルトロ・アマティが入学したときに、このパーティで取りたかったという話をレティシアがしていたことがあるので、僕のように一人で入学してくる生徒も珍しくはないようだが。


「ユーイチ殿……」


 背後からマリエルに声を掛けられた。

 振り向くとパーティメンバーを従えたマリエルが近くに来ていた。

 僕がパーティメンバーたちとの会話を終えるのを待っていたようだ。


「マリエルさん、何でしょうか?」

「感服いたしました……。まさか、これほど短時間にスケルトン共を殲滅することができるとは……」

「個体の強さは大したことありませんでしたからね。広範囲攻撃魔法で殲滅できたのが大きかったと思います」

「普通は無理……」


 モニカが冷静に突っ込みを入れた。


 確かに彼女の言うとおり、広範囲攻撃魔法は威力が分散されるため、消費する魔力――MP――に対して1体当たりのダメージが低い。

 つまり、マナ効率が悪いので、相当なレベル差でもない限り、それほど有効な攻撃手段ではないのだ。

 マナ効率だけを考えれば、【マジックアロー】や【フレイムアロー】のようなレベル1の攻撃魔法を撃ち続けるのが効率的だが、DPS――単位時間当たりの攻撃力――は稼げない。大量に刻印してマシンガンのように撃ちまくることができればいいのだが、そんな数の【魔術刻印】を刻む冒険者は居ないだろう。


「ホント、凄かったぜ。ホレちまいそうだ」


 ドミニクがモニカの背後からそう言った。


「凄かったわね」

「ホントですわぁ」


 アミエ姉妹からも賞賛の声が上がる。


『何か、また居心地の悪いパターンになってきたな……』


 それから、アンジェラのパーティも加わって、暫くの間、僕は褒め殺しという名の居心地の悪い時間を過ごした――。


 ◇ ◇ ◇


「ユーイチ、この後は、どうするの?」


 救いの言葉は、クリスティーナから発せられた。


「勿論、奥に行きましょう」

「でも、大丈夫かしら?」


 クリスティーナは、罠の心配をしているようだ。


「念のため、偵察を出します。オフィリス」

「はいですわ」

「走って奥にある扉まで行ってきて。あ、飛行魔法や【レビテート】は使わないで。着いたら【テレフォン】で連絡して」

「畏まりましたわ、ご主人サマ」


 ホムンクルスのオフィリスは、そう言って奥へ向かって走り出した。

 5メートルくらいのストロークで飛ぶように走っていく。


『あれじゃ、落とし穴があっても飛び越えちゃうんじゃ……?』


 しかも、僕が中央付近に設置した【フレイムウォール】の炎を避けようともせず、直線的に向こうまで移動しているようだ。


 僕は、やらないよりはマシだろうと思うことにした――。


 ◇ ◇ ◇


「ご主人サマ、到着いたしましたわ」


 数分でオフィリスの声が左耳の耳元から聞こえてきた。


【テレフォン】


 僕は、左手を左耳に当てて【テレフォン】の魔術を応答モードで起動した。


「大丈夫だった?」

「はい。何も問題はございませんでしたわ」

「ご苦労様。そこで待ってて」

「分かりましたわ」

「通信終わり」


 僕は、【テレフォン】の魔術をオフにして、左手を下ろした。


「オフィリスが向こうに着いたようです。罠は無かったみたいなので、移動しましょう」

「ええ、分かったわ。みんな、出発するわよ」

「了解いたしました」

「分かったぜ」

「分かりましたわ」

「ああ」

「行きましょ」


 僕のパーティメンバーたちがいつもの隊列で歩き出した。


「皆さんは、後ろからついてきてください」


 僕は、振り返ってマリエルにそう言ってゆっくりと【フライ】で前進する。

 向こうの扉までは、高度は取らずに地表付近を移動することにした。

 スケルトンを殲滅したこのホールには、さしあたっての危険は無いだろうからだ。


「分かりました」


 そう言って、マリエルも僕のすぐ後についてきた。


「ユーイチ、スケルトンは飛行していると反応しないの?」


 モニカが僕にそう質問してきた。


「天井付近を飛行しているときには、反応しませんでしたよ」

「じゃあ、無視することもできた……?」

「ええ」

「それでは、我々にも向こう側へ行く手段があったというわけですか?」

「はい、そうです。しかし、スケルトンを倒さずに向こうへ行くのは危険かもしれません」

「奥にどんな危険があるか分からないわ」


 ローラがそう言った。


「でもよ? 奥を探索することはできたわけだろ?」

「モニカさんが偵察することはできたかもしれませんね」

「一人では危険じゃありませんこと?」

「逆……足手纏い……」


 ジョゼットの言葉にモニカがそう返した。いささかキツイ言い回しだ。


「魔力系の魔術師が一人なら逃げることもできますからね」

「そう……」


 いざというときは、【フライ】で空中へ逃げてしまえばいいのだ。

 スケルトン・アーチャーが反応しない限りは大丈夫だろう。


「結果的に僕たちが来たわけですから、判断ミスということは無いと思います。下手に動いていたら、全滅していたかもしれませんし……。あのスケルトン軍団を全滅させることができるくらいに強くなるというほうが正攻法でしょう」

「そりゃそうだけどよ……何年掛かるんだよ……?」

「何年じゃ無理……何十年も掛かる……」

「うへぇ……」


 ドミニクが顔をしかめた。

 彼女は、カーラが装備しているような革鎧のインナーの上に金属製の胸当てや腰鎧を装備していた。

 盾は持っておらず、武器も装備してはいない。


『そういえば、ドミニクさんが武器を装備しているところを見たことがないな……?』


 興味があったので訊いてみる。


「ドミニクさんは、何の武器を使っておられるのですか?」

「あたしは、大剣使いだよ」

「へぇ、そうなんですか」


 何となくカーラとキャラが被るので槍使いなのかもと予想していたのだが、大柄な女戦士に大剣という組み合わせは物語などでは定番だ。


「おかしいかい?」

「いいえ、むしろハマりすぎかと……」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

「いい意味とは限らない……」


 モニカがそう突っ込みを入れた。


「ユーイチ、そうなのか?」

「いえ、ドミニクさんみたいな女戦士の人には、定番の武器だなと思っただけです」

「そうか? 女の大剣使いは少ないと思うけどな……?」

「ユーイチ殿。『東の大陸』には、大剣使いの女戦士が多いのですか?」

「どうだろう? 女性の重装戦士は、だいたい盾を持っているかな。イメージとしては、大剣使いの女戦士は多そうだけど、実際にはそうでもないかも?」


 言われてみれば、ファンタジー小説やゲームやアニメで多いというだけで、この世界に来てからグレートソードやクレイモアといった大剣を使う女性冒険者は初めて見たかもしれない。

 僕がこの世界に来て最初に見た両手持ちの武器を使う女性冒険者はイリーナだが、彼女の武器は、棹状武器―ポールウェポン―のハルバードだった。


 前を歩くパーティメンバーたちが針路を変更した。

 僕が設置した【フレイムウォール】を迂回しているのだ。


 それから、僕たちは15分ほどで奥の扉へ到着した――。


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