11―43

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 僕は、ゆっくりと飛行しながら広間を見渡した――。


『ホントに広いな……』


 広間の左右の幅は、【ワイド・レーダー】に映っているスケルトンの配置から推測すると500メートル以上だと思われる。

 スケルトンが端から端までびっしりと並んでいるとしても、500メートルくらいの広さがあるはずだ。


 天井も凄く高い。

 マリエルが回想で語っていたように100メートルくらいあるかもしれない。


 そして、前方の数百メートル先にはスケルトンが整列しているのが見える。【ワイド・レーダー】の表示から推測すると扉から最前列のスケルトンまでの距離は、500メートル未満だ。おそらく、300メートルから400メートルくらいではないだろうか。


【テレスコープ】


 視界を拡大してスケルトンを観察する。

 骨格標本が洋風の剣と円形の盾を装備しているような外見だった。鎧のような防具は装備していない。

 剣は、長さや形状からショートソードだろう。盾は、金属製のラウンドシールドだと思われる。

 このタイプのスケルトンをスケルトン・ウォーリアと呼ぶらしいが、防具を装備していないため戦士と言うよりも剣士と言ったほうがイメージとしては近いかもしれない。ゲームでは単に「スケルトン」と呼ばれるであろう雑魚っぽい外見のモンスターだった。

 見た目は、オーク・ウォーリアよりも貧弱な印象だが、強さは同じくらいだという話だ。


 僕は、【テレスコープ】をオフにしてから高度を上げた。

 天井近くまで一気に上昇してから、眼下のスケルトン軍団を眺めてみる。


 スケルトンたちは、上空から見ると縦長の長方形に並んでいた。

 横方向には、端から端までびっしりと並んでいる。

 おそらく、縦横共に同じ数のスケルトンが並んでいるのだろう。

 縦の間隔を横の間隔よりも広くとって整列しているため、同じ数でも縦長になるのだ。


 そして、広間の上空からスケルトンの大軍へ接近していく。

 スケルトン軍団の真上に来たが、スケルトンは反応しなかった。

 高度が100メートル近いので、距離が離れ過ぎていて反応しないのかもしれない。


 また、約半数のスケルトンは、大きめの弓を持っていた。

 スケルトン・アーチャーというタイプのスケルトンだろう。


 ――スケルトン・アーチャーが持っている弓は、ロングボウだろうか?


 長さが1メートルを軽く超えていると思われる大きな弓だ。日本の弓道で使われるような上長下短の非対称な形をした弓ではなく、上下対称の形状をしている。


 僕は、スケルトンの大軍をスルーして広間の奥へ向かった。

 スケルトン軍団を超えた数百メートル先に反対側の壁があるのが見える。

 その壁の下には、入り口と同様に両開きの石の扉が設置されていた。


『空中からパーティメンバーを運べば、反対側に行けるじゃん……』


 反対側の扉の向こうがどうなっているのか分からないためリスクは高いが、マリエルたちも先に進もうと思えば進めたわけだ。

 つまり、モニカが一人ずつ【フライ】で運べばよかったのだ。


 反対側の扉の向こうを調べてみたかったが、今は予定通りにスケルトンを攻略すべきだろう。

 僕は、引き返してスケルトン軍団の真ん中あたりで停止し、高度を落としていった。

 天井から半分くらいの高さまで降りたところで、中央付近のスケルトンが僕のほうを一斉に見上げた。

 その動作は、末端にまで伝播でんぱしていき、全てのスケルトンが僕のほうを見上げた。

 すると、スケルトン軍団の約半数の弓を持ったスケルトン・アーチャーが僕に向かって矢をつがえた。

 そして、弓を引き絞り一斉に矢を放つ。


 自分に向かって何万本もの矢が飛んでくる光景を見て意識がカチリと切り替わった。

 自動的に【戦闘モード】が起動したのだ。

 その瞬間、万を超える矢がピタリと静止した。いや、よく見るとじわじわと接近してきている。

 さすがに魔法や弓矢による攻撃は、完全に停止したようには見えないが、それでもかなりスローモーションに見えていた。


【フラット・エクスプロージョン】


 僕は、【フラット・エクスプロージョン】の魔術を起動した。

 通路と違って、この場所は広いので【フラット・エクスプロージョン】を発動するスペースがあったのだ。

 効果範囲を示すガイドが表示されたので、スケルトン・アーチャーを効果範囲に収めて発動する。


 スケルトンの大軍の真ん中に白い光が炸裂した。

 光が収まると効果範囲内のスケルトンは、全て消え去っていた。

【フラット・エクスプロージョン】の効果範囲は、50メートル×20メートルの長方形なので横方向に10回くらい使って、やっと1500体程度のスケルトンを倒すことができると思われる。

 スケルトン軍団を全て倒すには、【フラット・エクスプロージョン】でも400回以上発動しないといけない計算になる。勿論、これは整列した状態のスケルトンを一方的に攻撃した場合の話だ。


【フラット・エクスプロージョン】


 もう一発、スケルトン・アーチャーに【フラット・エクスプロージョン】を撃ち込んだ。

 一発で100体以上を倒すことができるため、なかなか効率は良いのだが、いかんせんスケルトンの数が多すぎて焼け石に水のような気がしてくる。

 上から見ていると、スケルトンの大軍の一部に小さな四角い空間ができるだけなのだ。


【フレイムウォール】【フレイムウォール】【フレイムウォール】【フレイムウォール】【フレイムウォール】


 スケルトン・ウォーリアとスケルトン・アーチャーの境に【フレイムウォール】を5つ設置してみた。

 端から端まで設置したいところだが、仮に500メートルの距離だったとすれば、100枚もの【フレイムウォール】を設置する必要があるため、これはスケルトン・ウォーリアとスケルトン・アーチャーの境界を示すために設置したのだ。


 本命は、この呪文だ――。


【ヘル・フレイムウォール】


 僕は、久しぶりに【ヘル・フレイムウォール】を発動した。

 この魔術は、対トロール用に開発したものだが、あれ以来使っていなかったのだ。


「ゴオォーッ!」という音と共にスケルトン・アーチャーが並ぶ空間の100メートル×100メートルの範囲が炎に包まれた。

 効果範囲内のスケルトン・アーチャーは、一呼吸置いて白い光に包まれて消え去る。

 本来は、DoT――時間継続ダメージ――の攻撃魔法なのだが、今の僕が使うと威力が高すぎるため即効性のある範囲攻撃魔法になってしまうようだ。

【ヘル・フレイムウォール】を作ったときには、魔力――MP――の8割を消費する魔法だったのだが、今の僕だとほんの僅かしか魔力のバーは減らなかった。


 ゆっくりと僕に接近してきている矢に変化が訪れる。

 数メートル先の空間で僕を避けるようにゆっくりと曲がり始めたのだ。

 僕は、【戦闘モード】をオフにした。


 矢がいきなり加速して僕の後方へ飛んでいった――。


 ――カッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ……


 一拍の間を置いて数万の矢が天井に当たる連続音が頭上から聞こえてきた。


【マニューバ】


 僕は、【マニューバ】を起動してパーティメンバーが居る広間の入り口へ引き返した――。


 ◇ ◇ ◇


 高度を落として飛行していき、矢避けの【ストーンウォール】をくぐり、クリスティーナの前に降り立つ。


「ユーイチ、派手にやっていたわね」

「お前一人で倒しちまうつもりか? それも楽でいいけどな」

「やっぱり、カーラは他力本願すぎますわ」

「凄ぇ光ってたけど、何やってたんだよ? それに炎も見えるぜ」

「魔法だよ」

「それくらいは、オレにも分かるって」


 カーラが憮然とした表情でそう言った。


「久しぶりに自作の広範囲攻撃魔法を使ってみたんだけど、敵が多すぎてそれほど減らせなかったんですよね……」

「魔法を自分で作る奴なんか、ユーイチ以外に見たことねーぞ?」

「それは、【工房】を持った冒険者が少ないからだよ」

「なるほどねぇ」


 新しい魔術を作成することは、いずれかの系統の魔術の素質を持った冒険者には難しいことではない。【魔術作成】は、【大刻印】の基本機能だからだ。発動させるためには、それなりのレベルが必要なようだが、成長すれば魔術師なら誰にでも使うことはできる。

 しかし、作成した魔術を使用するためには、魔法石に魔術を刻んだ刻印石を作って、指輪などの装備品に付与するか、【刻印付与】が使える人間に魔術のレシピを渡して刻印してもらう必要があるのだ。


 冒険者で【基本魔法】の【工房】を刻んでいる人は稀――一般的に【工房】は、冒険者ではなく職人のための【魔術刻印】なのだ――だし、【刻印付与】に至っては、『組合』でも刻印してくれない門外不出の【魔術刻印】なのだ。エルフでも伝承者と呼ばれる刻印魔術師以外は刻んでいないようだった。そうでなくても【刻印付与】は、魔力系の高レベル魔術なので使い手が限られてしまうという問題もある。


「来るわよ!」


 クリスティーナが僕の背後を見ながらそう言った。


「じゃあ、僕は上から支援します」

「お願いね」

「はい」


 僕は、クリスティーナたちの背後から【ストーンフロア】の上へ戻った。


「さっきの魔術は何……?」


 上に登ると白無垢姿のエレナが質問してきた。


「えっと、後で説明します。とりあえず、スケルトンを退治しないと」

「分かった……」


【ストーンフロア】の上には、カチューシャ、レリア、アリシア、レヴィア、ベリンダ、ダニエラの他、エレナとモニカも来ていた。


「お二人は、前に出ないでください」

「ん……分かってる……」


 モニカがそう答えた。

 モニカのほうは、黒っぽいローブ姿だ。


 僕は、【ストーンフロア】の最前列に移動した。


「主殿、お疲れ様でした」

「ご主人様、ご無事で」

「凄かったです」

「ええ、本当に……」


使い魔たちが僕の周りに寄ってきた。


「ユーイチ、ご苦労様」

「ユーイチ、わたしたちは、どうすればいい? 指示をくれ」


 レリアがそう訊いてきた。


「上から【ファイアストーム】のような広範囲攻撃魔法で攻撃してください。あっ、魔力切れには注意してくださいね」

「分かった」

「そうね。魔力が切れたら【ウインドバリア】が使えないから、ここから降りたほうがいいわね」

「妾も【ファイアストーム】を使ってよいかぇ?」

「勿論です。数が多いので僕たちが頑張らないと殲滅できませんよ」

「妾にお任せあれ!」


 カチューシャが嬉しそうにそう言った。


「殲滅するつもりなんだ……」

「本気か?」

「殲滅は可能です。さっきの感じでは、時間を掛ければ僕一人でも倒せそうでしたから……」

「うむ、主殿なら余裕であろぅ……」

「勿論、カチューシャさんにも可能ですよ」

「そうであろう。妾は主殿の使い魔じゃからな」

「レヴィアたちは、エレナさんとモニカさんを護っていて」

「ハッ!」

「分かりました」

「はい!」


 ――キン、キン、ガキン!


 下の方から、金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 クリスティーナたちがスケルトン・ウォーリアとの戦闘を開始したのだ。


 眼下には、大量のスケルトン・ウォーリアがひしめき合っている。


 ――シュボボゴゴォオオオーーー!!


 ――シュボボゴゴォオオオーーー!!


 ――シュボボゴゴォオオオーーー!!


 3箇所で直径10メートルくらいの巨大な炎の渦が巻き起こった。

 レリア、アリシア、カチューシャが【ファイアストーム】を発動したのだ。

 3箇所のうち1箇所の【ファイアストーム】では、効果範囲内のスケルトン・ウォーリアが白い光に包まれて消え去った。

 カチューシャが発動した箇所だろう。


「主殿、やりましたぞぇ」

「レリアでも一撃では倒せないか……」

「それは無理だ」

「ふふん。妾は、一撃じゃったぞ?」


 カチューシャが得意げにそう言った。


「くっ……魔術の威力を競うなど子供じみている……」


 レリアが悔しそうにそう言った。

 意外と負けず嫌いな面があるようだ。


「矢が来るわよ!」


 アリシアの言葉で奥を見ると大量の矢がこちらに向けて飛んでくるのが見えた――。


 その光景を目にしても、今度は【戦闘モード】が発動しなかった。

 おそらく、無害なことが分かったので、ビビらなくなったということだろう。恐れや怯えが【戦闘モード】を自動起動させるトリガーになっているのだと思われる。


 矢は、【ウインドバリア】に遮られ、僕たちから逸れて後方へ飛んでいく。


 スケルトン・アーチャーは、数百メートルの先から矢を放ってきているが、先ほど頭上を飛行したときには、どうして反応しなかったのだろうか?

 中世の戦争で使われていた弓で射た矢がどれくらい飛ぶのかは知らないが、【工房】で作成された装備品の弓矢は、魔法の武器なので普通の弓矢とは威力が全く違うはずだ。以前に弓装備を作ってトロールで試し撃ちしてみたことがあるが、物凄い攻撃力だった。


【ヘル・フレイムウォール】


 僕は、少し奥に並ぶスケルトン・ウォーリアを効果範囲に入れて【ヘル・フレイムウォール】を発動した。

「ゴオォーッ!」という音と共に数十メートル先から奥へ炎が広がる。


 先にスケルトン・アーチャーを倒したいところだったが、スケルトン・ウォーリアの大軍の向こうに居るため、まずはスケルトン・ウォーリアの数を減らすことにしたのだ。


「ユーイチ、その魔術は何だ?」

「【ヘル・フレイムウォール】という僕が作った魔法です」

「一瞬であれだけのスケルトン共が消えただと!?」

「先ほども使っておられましたのぅ……妾にも後で刻んでいただけますかぇ?」

「ええ、カチューシャさんなら使いこなせると思います」

わたしには無理なのか?」

「分かりません。大量の魔力を消費するので、発動できないかも……?」


 レリアは、エルフということもあり、冒険者としてはかなりレベルが高いが、【ヘル・フレイムウォール】を発動させることができるかどうかは微妙なところだろう。

 確実に使うなら、自分で同じような魔術を作成してアイテムに付与すればいいのだが、彼女は【工房】のスキルを持っていないので、彼女が作成した魔術のレシピを『トレード』で渡して貰ってから彼女に【刻印付与】で刻むといいかもしれない。そもそも、【ヘル・フレイムウォール】は、効果範囲が広すぎて使う機会が少ない魔術なのだ。もっと効果範囲を狭めた範囲攻撃魔法のほうが使いやすいだろう。


【ホールド・ヴォーテックス】


 ――ゴォオオオーーーッ!


「わっ!?」

「なんだ!?」

「何ですの!?」

「凄ぇ……」

「竜巻ですわね……」


 僕が【ホールド・ヴォーテックス】を発動すると足元から驚きの声が聞こえてきた。


【ホールド・ヴォーテックス】


 ――ゴォオオオーーーッ!


 僕は、【ヘル・フレイムウォール】の効果範囲の左右に【ホールド・ヴォーテックス】を発動した。

 巨大な竜巻がスケルトン・ウォーリアを巻き上げている。【ホールド・ヴォーテックス】に巻き込まれたスケルトン・ウォーリアは、白い光に包まれて次々と消え去っていった。


「【ヴォーテックス】の魔術か!? 何という威力だ……」

「巻き込まれたらあたしたちも死にそうね……」

「当たり前じゃ。主殿の魔力なら妾以外は、【マジックアロー】でも死ぬぞぇ」

「カチューシャ様は大丈夫なの?」

「妾は、主殿の使い魔ゆえ、貴様たちとはレベルが違うからのぅ」

「あたしもユーイチの使い魔にしてもらおうかしら……?」


 それから、僕たちは30分と掛からずスケルトンの大軍を殲滅した――。


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