11―24
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リザードマン8体との戦闘は、10分ほどで終了した。
「リザードマンは、オーク・ウォーリアよりも強そうだね」
「ええ、1体の強さは、オーク・ウォーリアよりも上だと思うわ」
僕の質問にクリスティーナが答えた。
「でも、数が少ないから脅威度は低いか……」
「その通りよ」
「オーク・プリーストのようなヒーラータイプが居なかったのも良かったね」
「ええ、本当に……。でも、そんなに難度が高かったら、アンジェラ様たちにも突破することができないわよ?」
「そりゃそうだ」
僕とカチューシャを除いても、アンジェラのパーティより、現在のクリスティーナたちのほうがレベルが高いと思われる。
アンジェラのパーティが地下迷宮の
『しかし、油断はできないよな……アンジェラさんたちと同格の冒険者パーティがこの地下迷宮で行方不明になってるそうだし……』
今のところ、オークの棲息地以外では、地下迷宮に冒険者の死体らしきものは見かけていない……。
僕たちのパーティは、クリスティーナに先導されて通路からリザードマンが居た広間へ出た。
「広い湿地帯ね……」
湿地帯の広間は、僕たちが入ってきた入り口の通路とは反対側の位置に出口の通路があった。
地下迷宮内なので木などは存在せず、床に泥水が溜まった四角い空間という印象だ。
左右と奥行きの長さは同じくらいで、天井の高さは通路の天井の3倍くらいあるので30メートルくらいだろうか。
地下迷宮の入口の階段を降りた深さよりも天井が高いと思われる。これは、この地下迷宮は、奥に行くにしたがい、より地底深くに移動していることを示唆している。
また、床は、通路よりも少し低くなっていて、そこに泥が溜まっているのだ。
僕は、飛行しているため分からないが、パーティメンバーの足下を見た感じでは10センチメートルくらいブーツの底が泥に沈んでいるように見える。
ここで戦闘をしていたら、前衛のメンバーたちは、泥に足を取られて動きづらかっただろう。
「このエリアの何処かに底なし沼みたいな場所があるということはないかな……?」
「どうして、そう思うのかしら?」
「行方不明になったパーティが居るんだよね? 死体も出ないとなると、そういうところに
「それは無いだろう」
レリアが話に割り込んできた。
「どうして、そう思うの?」
「シンシアのパーティにも魔力系魔術師が居た」
「そうね。エレナ様の双子の妹、モニカ様が
「なるほど……」
つまり、【レビテート】や【フライ】の魔術が使える魔力系魔術師は、底なし沼に嵌っても脱出できるというわけだ。
それに刻印を刻んでいる冒険者なら、底なし沼に沈んでも簡単には死なないだろうし、人間とは肉体が持つパワーが違うため、水の中を泳ぐように抜け出せるかもしれない。
「ユーイチ、本当に底なし沼があったら、助けてくれよな?」
「ええ、勿論」
「あたしに任せなさい」
カーラと僕のやり取りを聞いていたアリシアがそう答えた。
アリシアは、【レビテート】を使って少し宙に浮いている。
泥水の中に入るのを嫌ったのだろう。
移動中は、魔力――MP――を温存するために必要な魔術しか使っていないはずだ。【メディテーション】を使えるとはいえ、僕やカチューシャほどのMP回復力がアリシアにはないため、無駄な魔術を使う余裕がないのだと思う。
「向こうに敵が
カチューシャがそう警告を発した。
【テレスコープ】
僕は、視界を拡大して入ってきた通路とは、反対側にある通路の奥を見る。
しかし、敵らしきものは見あたらない。
この広間は、端から端までが十分に【レーダー】の効果範囲内なので、【レーダー】に映った敵が広間の中に存在するとは思えなかった。しかし、カチューシャが【レーダー】を確認していなかった可能性もないとは言えない。
【レーダー】
念のため、【レーダー】の魔術を起動して敵の位置を確認してみるが、敵を示す赤い光点は、前方の通路の奥を指している。
「確かに【レーダー】に反応がありますが、敵の姿が見えませんね」
「見えない敵だとでも言うの?」
「アンジェラさんからは、何か聞いていませんか?」
「いいえ……リザードマンの次は、迷宮の最奥に居るオーガのはずよ」
「ここは、足場が悪いので、向こうの通路まで移動しましょう」
「ええ、そうね」
僕たちは、リザードマンが棲息していた湿地帯の広間を慎重に移動していく。
反対側の通路に辿り着いたが、【レーダー】を見る限り、見えない敵は移動していない。
距離は、数十メートル先だ。
前方の天井に四角い穴が空いているのが見えた。
「天井に穴が空いてる……」
「確かに空いておるのぅ……」
「どこ?
「あっ、幻術で隠してあるのよ」
「ふむ。確かに【トゥルーサイト】を起動すると見えるな」
アリシアとレリアも気付いたようだ。
僕は、一瞬だけ【トゥルーサイト】をオフにしてみた。
確かにオフにすると天井の穴は見えなくなる。
僕とカチューシャは、常に【トゥルーサイト】を使用しているため、幻術で隠されていることに気付かなかったのだ。
「その穴の中に敵が居るということかしら?」
「そうだと思います」
アンジェラが注意しなかったということは、彼女たちは気付いていなかったのかもしれない。
もし、そうなら襲って来ない可能性も考えられた。
「ユーイチ、どうするの?」
「僕が引っ張ってきます」
「分かったわ。気をつけてね」
「ええ」
僕は、パーティメンバーを飛び越えて、天井に空いた四角い穴の下へと移動する。
天井付近から近づくと、いきなり攻撃されたときに距離的に余裕がないので、床付近から近づいたのだ。
真下から見上げると水のような物体が穴の内部に貼り付いていた。
その物体がブヨッと動いたかと思えば、僕のほうに向かってドロッと落ちてきた。
意識がカチリと切り替わる。
危険を察知して【戦闘モード】が起動したのだ。
意識が加速し、落下してくる物体が空中で静止したかのように見える。
【マニューバ】
僕は、【マニューバ】の魔術を起動して回避する。
そして、【戦闘モード】を解除した。
――バシャッ!
落ちてきたのは、巨大なアメーバーのような物体だ。
ドロッとしたゼリー状の生物が床に広がっている。
直径は、2メートルくらいありそうだ。
このモンスターは、スライムだろう。
そうとしか考えられない。
『この世界にスライムが居るとは……』
僕は、この世界でスライムについて聞いたことが無かったので少し驚いた。
スライムは、ブヨブヨと僕のほうへ移動しながら、体の一部を触手のように伸ばしてきた。
おそらく、僕の体に巻き付けて取り込むつもりなのだろう。
僕は、【マニューバ】でバックダッシュをしてから振り返り、パーティメンバーの居る方へ向かって移動した。
「あれは、スライム?」
僕がパーティメンバーたちに近づくとクリスティーナがそう言った。
「ええ、そうだと思います」
「この迷宮にスライムが居るなんて、知りませんでしたわ」
「オレも聞いたことがないぜ」
レティシアとカーラがそう言った。
「スライムって強いの?」
「スライムは、群体魔法生物よ。武器は効かないわ。正確には、武器で攻撃しても効果が薄いの」
つまり、非常に細かいスライムがくっついて大きな個体を形成しているということだろう。
武器で攻撃しても効果が薄いというのは、例えば、剣で斬っても剣に触れた部分の個体が死ぬだけで、スライム全体にはあまり影響がないということだ。
スライムは、こちらに向かって移動してきている。
速度は、人が歩く速度とそう変わらないように見えた。
「ユーイチに貰った武器の出番だぜ!」
カーラがそう言って、駆けだした。
「ちょっと、カーラ!」
「何を勝手なことをしていますの!?」
クリスティーナとレティシアが慌ててカーラの後を追った。
――シュボゴゴゴーッ!
――シュボゴゴゴーッ!
――シュボゴゴゴーッ!
前衛の3人が【フレイム・シールド】の魔術を発動して火炎放射器のように炎を操り、スライムを攻撃している。
スライムは、炎を受けたところが部分的に白く光って、みるみるうちに体積を減らしていく。
そして、数分で跡形もなく消え去った。
「意外と大したことなかったね」
「気付かなければ危なかったわよ?」
「そうなの?」
「スライムに貼り付かれた冒険者はかなり危険な状態に陥るわ」
「確かに他のメンバーが攻撃できないのはマズいか……」
冒険者に貼り付いたスライムを攻撃すると貼り付かれた冒険者にもダメージを与えてしまうだろう。
「ええ」
「装備に貼り付かれてもダメージを受けるのかな?」
「それは大丈夫よ。スライムは、装備の隙間から侵入して直接肌に触れて攻撃をするのよ」
「直接触られるとダメージを受けるということか……」
「全身鎧でも隙間から侵入されるから厄介よ」
「耳とかから体内に侵入されることはあるの?」
「その場合は、引き抜けばいいわ。スライムは、基本的に分裂しないから、内部に小さなスライムが残ることはないのよ」
「どうやって攻撃してるんだろう?」
「酸のような消化液を分泌するらしいわね」
「スライムって人を食べるの?」
「そういう話よ」
これは、刻印を刻んだ冒険者を食べるという意味ではなく、死んだ冒険者の遺体や刻印を刻んでいない普通の人間に対してどうかという話だ。冒険者は、酸を掛けられても溶けたりはせず、ダメージを受けて体力――HP――が減るだけなのだ。
「行方不明になったパーティの遺体がスライムに食われた可能性は?」
「それはない」
また、レリアが否定した。
彼女としては、そのパーティが壊滅したことを心情的に否定したいのだろう。
「仮に一人がやられてもスライムを倒すのはさほど難しくはない」
「死んだメンバーは蘇生すればいいということですね」
「ああ、仮に蘇生できなかったとしても全員がやられる可能性は極めて低いだろう」
スライムに有効な攻撃手段が無かったとしても逃げればいい。
スライムは、移動速度が遅いので逃げることは簡単だ。
「ユーイチ、知ってるか?」
「何を?」
「スライムを使った拷問があるって話だぞ?」
「え? どんな?」
「裸にして鎖に繋いだ女冒険者にスライムをけしかけるのさ」
「…………」
「スライムの攻撃力は大したことがないから、辱められながら時間を掛けてゆっくりと体力を減らされるんだよ」
――ゴクリ……
「カーラ、それは男どもが読むスケベな本に載ってる妄想でしょ?」
「バレたか」
アリシアが突っ込みを入れた。
どうやら、カーラの話はこの世界のエロ本のネタらしい。
「次にスライムを見つけたら、カーラを裸にしてけしかけたらいいですわ」
「ユーイチは、オレのそんな姿を見てみてぇか?」
「い、いえ……」
「おっ、見たいようだな。でも、流石にスライムに貼り付かれるのはゴメンだぜ」
僕は、話を変えることにした。
「アンジェラさんは、どうしてスライムのことを教えてくれなかったのかな?」
スライムが襲って来なければ、アンジェラも気付いていない可能性が高いが、天井の穴の下を冒険者が通ると落ちて来るようなので、彼女が知らないはずはない。
「アンジェラ様は、
「でも、下手したら死人が出るよ?」
「この辺りまで来ることが出来るパーティなら蘇生できるから問題ないわ」
「アンジェラ様も人が悪いですわね」
レティシアも感想を述べた。
「さっ、そろそろ移動するわよ」
クリスティーナがそう言って歩きだした。
僕たちは、地下迷宮の奥へ向け移動を再開した――。
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