11―23

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 ――コンコン……


「どうぞ」


 ――ガチャ


「失礼します」


 ソフィアの執務室に入ってきたのは、組合職員のドロテア・フェーベルだった。

 彼女は、フェーベル家出身の組合職員で、フェーベル家の密偵でもあった。

 大商家の血縁なので、刻印を刻んでいる。

 外見年齢は、20代半ばだが、実年齢は50を超えているだろう。

 金髪セミロングの髪型で気が強そうな目をした女性だった。


 ソフィアを見る目には、少し侮蔑が混じっている。

 大商家の関係者には、彼女のように家名を持たないソフィアを侮っている者が居るのだ。


「あら? 何かありましたか?」


 時刻は、朝の10時過ぎで、ソフィアは報告書に目を通しているところだった。

 組合長は、名誉職のようなものなので、実務を担当しているわけではないが、提出された報告書に目を通したり、問題が発生したときに指示を出すことはある。


「はい、ソフィア様。本日、セシリアが出勤しなかったので、手の空いている者に彼女の家を見に行かせたところ、昨日さくじつから帰宅していないようだとのことです」

「まぁっ……昨日きのうは、わたくしが家の近くまで送ったのですけどね……」

「そうでしたか……」

「事件に巻き込まれた可能性もあります。すぐに捜索隊を編成してセシリアを探してください」

「畏まりました」

「そう言えば、貴女あなたの姪御さんが救出されたようですね?」

「はい……」

「嬉しくないのかしら?」

「いえ、そんなことは……」


 ドロテアは、複雑な表情を浮かべている。


「流石、ご主人様ですわ……」

「ご、ご主人様ですか……?」

「あら、知らなかったの? ユーイチ様のことですよ」

「ソフィア様ともあろう御方が学園の生徒を特別扱いするのは感心いたしかねます」

「個人的な問題です。それに彼のおかげで姪御さんは助かったのですよ?」

「それは……そうですが……」


 ドロテアは、悔しそうな顔をした。


「では、失礼します」


 そう言って、ドロテアは、部屋を出て行った。


「ふふっ、上手くいっているわね……」


 ソフィアは、笑みを浮かべて独りごちた――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 午前中、僕たちのパーティは、地下迷宮の奥へ向けて探索をしていた。

 コボルトやゴブリンとの散発的な戦闘が繰り返され、経過した時間の割にはあまり奥まで進んでは居ない。

 しかし、直線距離で入り口から3キロメートルくらいは移動しているのは確かだ。『マップの指輪』を使って確認したので間違いない。


『マップの指輪』は、意外にも地下迷宮でのマッピングに役立った。

 起動しておけば、『ローマの街』のどの辺りに居るのかが分かるのだ。

『ローマの街』の空撮画像は、前にドライアードたちを使って作成したことがあるので、地下迷宮の入り口の場所なども『マップの指輪』には記録されていた。


 地下迷宮は、入り口から西のほうに向かって延びているようだ。

【マップ】の魔術を起動していると自分の現在位置が表示されるので、地下迷宮の行き止まり地点に書き込みを入れることで、地下迷宮の大凡おおよそのサイズを調べるつもりだった。

 その気になれば、全ての通路を書き込んで、地下迷宮のマッピングをすることもできるが、流石にそれは面倒臭いし、『ローマの街』の空撮画像の上からマジックで書き込むようなものなので見辛いのだ。


 また、刻印を刻んだ人間は、普通の人間に比べて遙かに記憶力が良いため、冒険者にもマッピングという作業は馴染みがない。

 これまでは、地下迷宮に入っても迷ったりすることは考えられなかったので、地下迷宮のマッピングを行うなんてことは考えもしなかったが、好奇心から迷宮の奥がどうなっているのか調べるために簡単なマッピングを行おうと考えたのだ。これは、元の世界でのゲームの影響かもしれない。


「結構、広いね」

「ええ、時間を掛けすぎると今日中に一番奥まで行けないかもしれないわね」


 僕の質問にクリスティーナが答えた。


「まぁ、慌てる必要はないよ。時間はまだまだあるわけだし」

「いや、とっとと片付けようぜ!」


 カーラがそう言った。


「どうして急ぎますの?」

「早く終われば休みが増えるじゃんか」


 確かにカーラが言うように課外活動の一週間は、仕事が早く終われば残りは休日になるのだが、冒険者の学園は、元の世界の学校とは違い、自らの意志で入った塾――合宿制の自動車教習所のほうが近いかもしれないが、体験したことがないので比較はできない――のようなものなので、休みが増えて喜ぶ生徒はあまり居ないと思う。

 カーラは例外的に休みが増えて喜ぶ生徒のようだ。


「課外活動の成果としては、オークを退治して囚われていた女性たちを助けただけで十分でしょうね」

「じゃあ、オレたちは無駄なことをしてるのかよ?」

「あなたねぇ? ユーイチから素晴らしい武器を頂いたのに、どうしてそんなにやる気がないのかしら?」

「まぁ、確かに武器のテストと考えれば嫌じゃねぇな」


 クリスティーナ、レティシア、カーラに渡した【フレイム・シールド】の魔術が刻まれた装備は、だいたいイメージ通りの効果を発揮した。

【ライトニング】のように直線上に存在する全ての敵にダメージを与えることはできないが、最前列の敵にそれなりのダメージを与えることができるようだ。

 彼女たちのレベルでは、コボルトでも瞬殺することはできないようだが、消費MPはそれほど高くないため、使い勝手は良いそうだ。

【フレイム・シールド】の炎を受けた敵は、ダメージを受けるのを嫌がって左右に移動するので、敵を寄せるのにも使えることが分かった。ゾンビならダメージを受けても気にせずに向かってくるのだろうが、コボルトやゴブリンは、炎を避けるように移動していた。

【フレイムウォール】だと、突き抜けて来ることが多いので、炎に対して恐れのようなものは無いのかと思っていたが、回避できる場合には回避するということだろう。


「それじゃ、そろそろ休憩しましょうか?」


 クリスティーナは、立ち止まって、僕のほうを振り返りそう言った。


「そうですね」


『ロッジ』


 僕は、壁際に『ロッジ』の扉を召喚した――。


 ◇ ◇ ◇


 僕たちは、昼食を摂った後、午後1時頃まで休憩をして、地下迷宮の攻略を再開した。


 休憩地点を出発してから20分くらい経つが、一度も戦闘が発生していない。

 休憩前も10分くらい戦闘が無かったので、この辺りはモンスターが少ない安全地帯なのかもしれない。

 少し前の通路の分岐地点から北へ移動していたのだが、この通路はハズレだったようで前方に行き止まりの袋小路が見える。


「この先は、行き止まりだね」

「そう……じゃあ、引き返しましょう」


 僕たちは、分岐地点まで戻った。

 そして、分岐を南に移動する。


 5分ほど移動すると通路が直角に右へ折れているのが見えた。


「カチューシャ様、敵は居ませんか?」


 クリスティーナが僕と一緒に空中に浮かぶカチューシャに質問をした。


「うむ。角の先に敵はおらぬ」


 僕は、『マップの指輪』を使い、地下迷宮の位置を確認していたので、【レーダー】はカチューシャに使ってもらっていた。

【マップ】や【レーダー】は、ある程度のサイズで表示しないと実用的ではないため、両方を起動すると視界が妨げられるからだ。


 カチューシャの言葉を聞いて、クリスティーナは移動を再開した――。


 パーティの隊列は、最前列の左側を歩くクリスティーナがパーティを牽引している。彼女の動きを見て、僕たちは移動したり立ち止まったりしているのだ。そして、その右側にレティシアが数メートルの距離を置いて並んでいる。その間の少し後方に槍を持ったカーラが続き、更にその真後ろにグレースが続いている。

 そして、グレースより少し後方の左右にアリシアとレリアが並んでいた。

 灯りは、前衛の3人の頭上に【ライト】の光源が設置され、レリアは【ウィル・オー・ウィスプ】を出していた。僕とカチューシャとアリシアは、【ナイトサイト】の魔術を使っている。


 僕とカチューシャは、パーティの最後尾に続いているが、二人とも【フライ】で空中を移動していた。

 徒歩だと前が見えにくいということもあるが、一番の理由は、【フライ】での移動のほうが楽だからだ。

 カチューシャは、【フライ】での移動があまり得意ではないようで、僕の左腕にしがみついて慣性モードで僕の移動に合わせて移動している。

【フライ】は、一定速度で移動するのは簡単だが、時折、立ち止まったりする徒歩の集団についていくのは、それなりに神経を使うのだ。

 普通の魔力系魔術師なら、こういった場面では、【フライ】ではなく【レビテート】を選択すると思う。無重力状態のようになり、空中を三次元的に移動する【フライ】よりも地に足のついた二次元的な【レビテート】のほうが使いやすいことは想像に難くはないだろう。


 通路の角を右に曲がると数百メートルくらいありそうな長い直線の通路に出た。

 南向きの通路を右に曲がったので、この先は西へ向かって移動することになる。

 僕は、角の位置を【マップ】に書き込む。分岐の無い長い通路は目印になると思ったからだ。


「みんな、注意して。この先には、リザードマンが棲息しているはずよ」


 クリスティーナがパーティメンバーに注意を促した。


『ロッジ』で昼食を摂った後、アンジェラに何処まで進んだかと進捗を聞かれ、クリスティーナがそれに答えると、この先にはリザードマンが棲息していると教えられていたのだ。

 ここ数十分の敵に遭遇しなかったエリアは、緩衝地帯ということなのだろう。

 種族の違うモンスター同士が出会うと戦闘になるのかどうかは分からないが……。

 少なくともゾンビには、他のモンスターと戦う習性があるようだが、ゾンビは特殊なモンスターなので、例外という可能性もある。


【テレスコープ】


 僕は、奥を詳しく見るため視界を拡大した。

 どうやら、通路の奥には広い空間があるようだ。


「クリス、この先に広い空間があるみたいだよ」

「そう。カチューシャ様、敵が居たら教えてください」

「うむ」


 僕たちのパーティは、真っ直ぐに続く通路を慎重に移動していく。


「敵じゃ。敵がる」


 広間の入り口が数十メートルくらい先に見えてきたとき、カチューシャがそう言った。


「何体ですか?」


 クリスティーナが質問する。


「今のところ2体だけじゃな」

「通路に引き込んで戦ったほうがいいかもしれませんね」

「ええ、そうしましょう」

「では、僕がおびき寄せます」

主殿あるじどの、妾も……」

「カチューシャさんは、ここで待機していてください。僕が引っ張ってきた敵の数が多い場合は、眠らせてください」

「分かり申した」

「じゃあ、行ってきます」


 僕は、そう言って、広間に向かって【フライ】でゆっくりと飛行する。


【レーダー】


【レーダー】で確認すると左右の離れた位置に1体ずつ赤い光点が見える。

 視界に広間の中が見えるようになってくる。

【レーダー】に映っている敵とは別に奥に何体かのモンスターが居るのが見えた。


 ――リザードマンだ。


 リザードマンは、直立した蜥蜴とかげのように見えるが、蜥蜴をそのまま立たせた形ではない。

 脚が長いし、全体的なフォルムは猫背の人間のようだった。

 この世界のワーウルフは、元の世界の物語に出てくる狼男のように変身したりはせず、人間と狼のキメラのようなモンスターだった。それに対し、リザードマンは、人間と蜥蜴のキメラのようなモンスターだ。

 ただ、大きな違いとして、ワーウルフは武器を持っていなかったが、リザードマンは、シミターのような曲刀と円形の盾――ラウンドシールド――を装備している。

 背丈は、僕とそう変わらないが、やや前屈みの姿勢なので、実際には180センチメートルくらいありそうだ。

 体格も人間とそう変わらないが、皮膚が分厚そうだし、長い尻尾があるので体重は、同じくらいの背格好の人間よりも重いと思われる。


 広間に近づくにつれ【レーダー】には、赤い光点が増えて行く。


 そして、広間に出た――。


 天井が通路よりもずっと高い。

 左右の幅は、50メートルくらいありそうだ。

 床には、湿地帯のように濡れた泥が溜まっている。


『底なし沼みたいなところがありそうで怖いな……』


 しかし、アンジェラからはそういう注意を受けてはいないので、おそらく大丈夫なのだろう。


 ――シャーッ!


 広間に出た途端、リザードマンに発見された。

 奇声を上げながら僕のほうへ向かって、一歩一歩、飛び跳ねるように走ってくる。

 数は、全部で8体のようだ。


 僕は、リザードマンを引き連れてパーティメンバーが待つ通路へ移動する。

 リザードマンは、なかなか脚力があるようで、割と移動が速い印象だ。

 とはいえ、【フライ】の飛行速度に比べると少し遅いため、全力で飛行すると引き離してしまうだろう。


 パーティメンバーたちが見えてきた。


「リザードマン、数は8体です!」

「了解!」


 僕が報告をすると、クリスティーナが返事をした。


「では、妾が6体を眠らせるぞぃ」


 カチューシャがパーティメンバーを飛び越えて僕とすれ違った。

 僕は、パーティメンバーたちの頭上で反転する。


 リザードマンが先頭の2体を除いて崩れ落ちるのが見えた。

 カチューシャが【スリープ】の魔術で眠らせたのだ。


 ――シュボゴゴゴーッ!


 ――シュボゴゴゴーッ!


 クリスティーナとレティシアの盾から真っ直ぐに炎が吹き出した。

 それぞれ、1体ずつのリザードマンに炎が当たる。


 ――ギィシャーッ!


 ――ギィシャーッ!


 リザードマンたちが悲鳴を上げる。

【フレイム・シールド】の魔術により炎を受けたリザードマンたちは、左右に避けようとするが、クリスティーナたちは盾の方向を巧みに変えて動きに追従する。


 1体のリザードマンがレティシアに接近して、炎を受けながらシミターを振るった。


 ――ガキン!


 それをレティシアが『炎の盾』で受け止める。


「主殿ぉ……」


 僕が戦闘を眺めていると隣に戻って来ていたカチューシャが話し掛けてきた。


「何ですか?」

「妾も攻撃して良いだろうか?」

「いえ、カチューシャさんは、敵を眠らせるという仕事を終えたのですから、この戦闘に参加する必要はありませんよ」

「見ているだけでは、退屈なのじゃ……」

「8体ですからすぐに終わりますよ」

「分かり申した……」


 そう言って、カチューシャは、僕の左腕にしがみついた――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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