11―25
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湿地帯の広間を抜けた先のスライムが天井から降ってきた通路は、長い直線の通路で少なく見積もっても数百メートルはありそうだった。
1キロメートルはないが、500メートルくらいはありそうというのが僕の見立てだ。
通路の天井を見ると先ほどスライムが落ちてきた穴と同様の穴が100メートルくらい先にもあった。
【トゥルーサイト】を使っていても視界を拡大しないと分かりづらい。
そして、その穴は一定の間隔を置いて通路の先にも設置されているようだ。
「向こうにもスライムの穴があるね」
「うむ、そうじゃな」
――もし、僕がスライムに貼り付かれたらどうなるんだろう?
あの程度のモンスターに苦戦するとは思えないが、貼り付かれたら引き剥がすのは難しいだろう。使い魔を召喚して自爆攻撃させれば倒すことはできると思うが、僕自身も大ダメージを受ける可能性が高い。
スライムは、強力な魔術を使っても倒せるとは限らない。スライムの全てを範囲に収めることができる広範囲攻撃魔法なら、大した威力の魔法じゃなくても一撃で倒せるはずだが、僕の使い魔が使う魔術は威力が高いので、洒落にならないダメージを受けると思う。
一度だけなら自動で蘇生魔術が発動するので、死ぬことはないだろうが、もっと強力なスライムがこの世界の何処かには存在するかもしれない。
――何気にスライムは、今まで遭遇したモンスターの中で一番厄介なタイプの能力を持っているのではないだろうか?
「カチューシャさん、悪いけど次のスライムを引っ張ってきてもらえますか?」
「うむ。
カチューシャが空中を浮遊しながら、前方にある天井の穴の下へ飛行していく。
そして、天井からスライムがドロッとカチューシャに向けて落ちるのが見えた。
カチューシャは、危なげなくスライムを回避してこちらへ移動してきた。
「主殿、次はどうすれば良いのじゃ?」
「カチューシャさん、スライムに貼り付かれてみてもらえますか? 嫌でしたら、ホムンクルスにやらせますが?」
「ユーイチ!? 何をっ!?」
僕の言葉にクリスティーナが驚いた。
「相分かった」
カチューシャがスライムのほうへ移動していく。
「あ、自己強化型魔術は、【トゥルーサイト】以外は切ってください」
「了解じゃ」
カチューシャが空中から着地した。
「ユーイチ、本気なのかよ?」
カーラが僕にそう尋ねた。
「みんなは、下がっていてください。これは実験です」
スライムが触手を伸ばし、カチューシャの身体に巻き付けた。
そして、抱き寄せるようにカチューシャの身体を引き寄せる。
カチューシャは、その場で回れ右をしてこちらを向いた。
スライムが足下からゆっくりとカチューシャの身体を包み込んでいく。
「どうですか? ダメージはありますか?」
僕は、少し離れた場所から聞いてみた。
「いや、全くダメージは受けないぞぇ?」
おそらく、【リジェネレーション】が自動起動してダメージを相殺しているのだろう。
「【リジェネレーション】を切ってみてもらえますか?」
「【リジェネレーション】は起動しておらぬよ」
「それなのにダメージを受けないのですか?」
「うむ」
カチューシャがそう言った瞬間、彼女の身体が白い光に包まれた。
そして、カチューシャは、ゴスロリドレスから全裸になる。
「ちょ、何で裸に……?」
「このほうが分かりやすいじゃろう?」
「それは、そうですが……」
「くっ……何処を触っておるのじゃ……」
スライムは、既にカチューシャの胸の辺りまで呑み込んでいる。
しかし、ほぼ透明なのでカチューシャの裸体は丸見えだった。
「痛くはないのですか?」
「スライムが触れておる部分は、少し熱くてチクチクするのぅ……これは癖になるやもしれぬ……」
「大丈夫なの?」
クリスティーナが心配そうに言った。彼女は、全身鎧を装備しているので、表情は見えない。
「全くダメージは受けておらぬよ」
「どうしてそんなことが……?」
クリスティーナは、カチューシャがダメージを受けないことを疑問に思っているようだ。
「おそらく、体力の自然回復がスライムのダメージを上回っているのだと思います」
「とんでもないわね……」
仮にカチューシャの体力――HP――が100万ポイントだったとすれば、24時間で100万ポイントのHPが回復しているわけで、1秒当たり11ポイントくらいの自然回復の効果があるということだ。
それ以下のダメージを受けても【リジェネレーション】が発動することはなく、見かけ上、HPが減ることもないという現象が起きるはずだ。それが、今のカチューシャの状態なのだろう。
「うぉっ、こやつ妾を全て呑み込むつもりかぇ!?」
遂にスライムは、カチューシャの全身を包み込んでしまった。
カチューシャは、目と口をしっかり閉じている。流石に不快なのだろう。
【テレフォン】→『カチューシャ』
この状態では、こちらの声が届くか分からないので【テレフォン】で伝えることにした。
「【エアプロテクション】を使ってみてください」
それだけを伝えて【テレフォン】の魔術をオフにする。
――バシャッ!
カチューシャの周囲からスライムが弾けた。
【エアプロテクション】により弾き飛ばされたようだ。
『この魔術もよく分からないな……』
【エアプロテクション】は、周囲の物質を消し去るときもあれば、こうやって弾き飛ばすこともあるようだ。
汚物などは消し去り、水中では水の侵入を防ぎ、スライムは弾き飛ばした。
「もういいですよ。服を着て、こちらに来てください」
「うむ」
カチューシャの身体が白い光に包まれて、いつものゴスロリドレス姿となる。
そして、僕のほうへ飛行してきた。
「主殿!」
僕は、胸に飛び込んできたカチューシャを受け止める。
「わっ!」
「妾は、主殿の役に立ったかぇ?」
「ええ、ありがとうございました。これでスライムに貼り付かれたときの対処方法が分かりました」
カチューシャが使った【エアプロテクション】により弾き飛ばされたスライムは、分裂した個体がブヨブヨと移動して再集結していく。
スライムは、分裂すると合体することを優先するようだ。
「ユーイチ、どうするの?」
「スライムは、【エアプロテクション】で剥がすことができることが分かりました」
「
「これでスライムは、全く脅威では無くなりましたね」
「よし! 今度は、オレがスライムを体験してやるぜ!」
カーラがそう言って、スライムのほうへ移動する。
「ちょっと、カーラ!」
カーラの身体が白い光に包まれ、彼女は一糸纏わぬ姿となった。
頭の上に【ライト】の光球が載っているので、少し滑稽な印象を受ける。
「何を脱いでいますの!?」
レティシアが驚きの声を上げた。
カーラは、再集結したスライムの上でこちらを向いた。
ゆっくりとスライムが裸のカーラを呑み込んでいく。
「おっ、熱っ……熱っ……これは、結構キツいぜ……」
カーラは、スライムの攻撃に対してカチューシャよりも強い痛みを感じているようだ。
これは、二人の体力――HP――の差かもしれない。
「カーラ、ダメージはどう?」
カーラがスライムに胸の辺りまで呑み込まれたのを確認してから質問した。
「大丈夫だぜ。この程度なら何時間でも耐えられそうだ」
「【リジェネレーション】を切ってみて」
「ああ……リジェネを切ると流石にダメージが入るな……それでも1時間くらいは耐えられそうだぜ」
「ありがとう。もういいですよ」
「何だよ、ユーイチ? オレのこんな姿を見ても何も感じないのか?」
カーラは、黙っていれば凄い美人だ。
彼女の言動から小麦色に日焼けした健康的な肌を連想しがちだが、彼女の肌は真っ白だった。刻印を刻む前は日焼けしていたのかもしれないが、刻印を刻んだことで本来の肌の色に戻ったのだろう。
刻印を刻んだ後の体は、刻印を刻む前の体を模してはいるが、違いはある。頭髪や眉毛、睫毛といった本人のアイデンティティに関わる体毛は再現されるものの、脇毛や陰毛のようなものは消え去る。しかし、髭などは、本人に強い思い入れがあれば残るのだ。
日焼けについても同様だろう。基本的に本来の肌を再現するものの、日焼けに対して強い思い入れがある人なら刻印を刻んでも日焼けした肌になったはずだ。
また、カーラはスタイルも抜群だった。長身でしなやかな体つきに大きな胸と客観的に見れば、かなりレベルが高いと思う。身長は、クリスティーナやレティシアと同じくらいだが、カーラのほうが少し華奢で女性らしい体格だ。
しかし、何故かカーラの裸を見ても興奮したり、恥ずかしかったりということはあまりない。
勿論、無感動ということではなく、『綺麗だなぁ』という漠然とした感想はある。
この世界に来て、女性の裸を見る機会が凄く増えたが、見慣れたというわけではない。そもそも、元の世界では写真や動画でしか女性の裸を見ることが無かった。
もし、これがカーラではなく、グレースだったら、直視できなかったと思う。
つまり、少なからず本人の性格などが影響しているということだ。
カーラのように男勝りな性格の女性には、あまり色気を感じないのかもしれない。
『自分のことなのによく分からないな……』
「何だよ……無視するなよ……あっ……そこは、駄目だ……」
カーラが頬を赤らめモジモジしながらそう言った。
スライムは、カーラを肩の辺りまで包み込んでいるが、それ以上は登っていないようだ。
カーラは、カチューシャよりも20センチくらい背が高く体格も良いので、丸ごと包み込むことができないのだろうか。
「カーラ……そろそろ、【エアプロテクション】を使ってから服を着てください」
「ユーイチ、オレの身体を目に焼き付けたか?」
「ま、まぁ……」
僕は、刻印を刻んだときから記憶力が高まった。高まったというより、瞬間記憶のような能力を会得したと言ったほうがいいだろう。いや、記憶というよりも記録と言った方がいいかもしれない。
過去に体験した出来事を任意に脳内再生することができるのだ。ハードディスクに記録された動画ファイルを再生するようなイメージだと思ってもらえばいいだろう。
更に【工房】のスキルを使えば、過去に見た光景を写真のように紙や書籍に写し出すことも可能だ。
実際に『エドの街』で『夢魔の館』のチラシを作ったときにレイコたちの写真を印刷したことがあった。厳密に言えば、カメラで撮影したものではないので写真ではないのだが、写真としか表現できないものだった。
――バシャッ!
カーラを包み込んでいたスライムが彼女の周囲に飛び散った。
【エアプロテクション】を使ったのだろう。
「ふぅ……熱痛いだけで、あんまり気持ちよくはねーな。ユーイチに見られていなかったら、何も面白くないぜ」
そう言いながら、裸のカーラがこちらに歩いてくる。
「よくやるわね。感心するわ」
アリシアがカーラを呆れたような目で見ながらそう言った。
「カーラ、服を着てください」
「そうですわ。何を考えているのですか!」
「おっと……」
カーラが白い光に包まれて装備を身に着けた。
「さぁ、今のうちにスライムを殺すわよ!」
クリスティーナがそう言った。
再集結中のスライムの近くへ前衛の3人が移動する。
「ちょっと、待って!」
僕は、彼女たちを止めた。
「何ですの?」
「グレースさん、【ファイアボール】で攻撃してみてください」
グレースは、ここのところヒーラーとしてはあまり活躍していない。パーティメンバー全員が精霊系の回復魔術を持っているため、以前に比べ回復魔法を使う機会が極端に減ったのだ。
この世界は、ゲームではないので、パーティメンバーの体力――HP――を確認する手段がない。そもそも、冒険者同士でパーティを組むというシステムが存在しないのだ。
そのため、基本的に回復魔法を受けるときは自己申告となる。外からでは、他人を回復するタイミングが分からないためだ。長く同じパーティで経験を積めば、ある程度はタイミングが掴めるようになるのかもしれないが、魔力――MP――を無駄にすることはできないため、回復して欲しいパーティメンバーがヒーラーに自己申告で回復魔法を要請するほうが効率がいい。
「分かりましたわ」
グレースの言葉を聞いて、カーラが左に移動した。グレースからスライムへの射線を空けたのだろう。
グレースの前方からバスケットボール大の火の玉がスライムに向けて発射された。
――ドォーンッ!
地面を這うスライムに着弾して爆発した。
スライムは、グレースが放った【ファイアボール】の魔術により大半を焼き尽くされたが、効果範囲外だった部分があったようで、小さな破片がいくつか残っている。それらは、再集結しようと互いに接近していく。
――シュボゴゴゴーッ!
カーラがロングスピアの穂先をスライムに向け【フレイム・シールド】の魔術で小さくなったスライムに止めを刺す。
そして、僕たちは、地下迷宮の攻略を再開した――。
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