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 アデリーナの話によれば、先週の木曜日の夕方頃に人相の悪い3人の男達が店にやって来たそうだ。

 最初は、客として対応していたようだが、店員の身体にベタベタと触ったり、女性客――この3人組の男達以外は、全員が女性客だったそうだ――にも同じようなセクハラ行為をし始めたので、パペットに命じて眠らせてから、ナディアが『組合』にソフィアを呼びに行ったようだ。

 事情を聞いたソフィアと『組合』の職員数名が『プリティ・キャット』を訪れ、3人組の男達を『組合』へ連行していき、地下牢に入れたとのこと。

 とりあえず、それで一件落着かと思われたのだが、その日の深夜から翌日の朝までの間に3人組の男達は、『組合』の地下牢から脱獄したらしい。


 金曜日の夕方、脱獄した3人組を含む31人のガラの悪い男達が『プリティ・キャット』に来て嫌がらせを始めたので、アデリーナたちは二体のパペットを使って応戦。その際、男達は武器を振り回して暴れたそうだ。

 パペットたちが全員を眠らせてから、ナディアが再び『組合』にソフィアを呼びに行き、やって来たソフィアが多数の衛兵と共に男達を連行して行ったようだ。


 流石に次に脱獄されるのは、ソフィアが許さなかった。

 最初に脱獄されてしまったのは、『組合』内の人間が手引きしたためだと分かっていたので、その職員を特定して処罰し、指示をした商家にも厳重な抗議をしたのだ。

 後で聞いた話だが、珍しく怒りを露わにしたソフィアに対し、職員たちは震え上がったそうだ。


 ちなみに、脱獄を手引きするよう指示した商家は、イザベラの取り巻きのアドルフとエドガーの出身家であるレーマン家だった。ソフィアに睨まれたレーマン家は、その後1ヶ月以内に解体された。

 ソフィアは、『ローマの街』の全ての商家にレーマン家が『組織』の人間を地下牢から逃がす手引きをしたため、今後、レーマン家と取引する商家は『組織』の手先と見なすと通達したようだ。

 苛烈な対応だが、『組合』の地下牢に入れた犯罪者を逃がすような商家を見逃すわけにはいかなかったのだろう。

 こういった背信行為を行うと家が潰れることが分かっていれば、他の商家に対する一罰百戒にもなる。


 その後、『プリティ・キャット』に『組織』の人間とおぼしきガラの悪い者たちは来ていないようだが、大事おおごとになってしまったため、客足も途絶えてしまったとのこと。

 ソフィアに指揮された50人以上の衛兵が31人の男達を捕らえるという事件が起きたのだ。話題にならないほうがおかしいだろう。

『ローマの街』の人たちに『組織』に目をつけられた危険な店と認識されてしまったのではないだろうか。


 この世界の噂話の影響力も馬鹿にはできない。

 テレビやラジオは疎か新聞や雑誌すら存在しない世界なので、市井の人々の情報源といえば、井戸端会議のような情報交換の場が重要となってくる。

 おそらく、事件が起きると伝言ゲームのように尾ヒレが付いて情報が伝達されていくのだろう。


「……なるほど」

「申し訳ございません!」


 アデリーナが深々と頭を下げた。その動作で団扇で煽られたように僕の顔に風が吹いた。

 花のような香りがする。

 アデリーナの髪が僕のすぐ目の前の距離にあった。

 その髪の向こうにメイド服の胸元から零れ落ちそうな胸の谷間が見える。

 僕は、慌てて目を逸らした。


「アデリーナのせいではありませんよ」

「そうですわ。わたくしが悪いのです」


 ソフィアがそう言って、アデリーナの隣に並んだ。


「ユーイチ様、どうかわたくしに罰をお与え下さい」

「いやいや、ソフィアのせいでもないでしょう?」

「いいえ……。わたくしが対応を間違えたために、ご主人様であるユーイチ様にご迷惑をおかけしてしまいました……」

「まぁ、特に実害があったわけでもないし……」

「そんなっ!? お客様が来なくなってしまったのですよ?」

「別にお金には困っていないので、ソフィアがたまに来てくれればいいですよ」

「はい、それはもう……毎日、通わせていただきますわ……」


 ――組合長って暇なんだな……。


 たぶん、名誉職みたいなものなのだろう。


 僕がそんなことを考えていると、ソフィアが言葉を続けた。


「それから、ユーイチ様好みの職員を連れて参りますわ」

「その人たちをどうするつもりなんですか?」

「ユーイチ様の好きにしていただいて結構ですわ」

「……ソフィア。そんな非人道的なことをしてもいいと思っているのですか?」

「ユーイチ様のご寵愛を受けたがる者は、多いと思いますわよ」

「でも、『組合』の職員って、商家の息の掛かった人が多いんですよね?」

「そういう者ばかりではございませんわ」

「まぁ、ソフィアの奢りで連れてくる分には問題ありませんよ」

「はい。では、何人か見繕って参りますわ」

「無理強いはしないで下さいね」

「分かりましたわ」


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、【00:28】だった。

 そろそろ、寝る時間だ。


「じゃあ、そろそろ寝ます」

「あっ、主殿。妾と一緒に寝てたもれ……」

「一緒には寝ませんよ?」

「そんなぁ……」

「カチューシャさんは、ソフィアと一緒に寝てください」

「それは危険じゃ。寝ている妾が殺されて主殿のお命が狙われるかもしれんのじゃぞ?」

「カチューシャ様、そんなこといたしませんわ……」


 ソフィアが心外だという風に否定した。


「ホムンクルスを護衛に出しておきますから大丈夫ですよ」

「むっ? 主殿、ホムンクルスとは何者じゃ?」


 僕は、壁際にホムンクルスたちを召喚する。


『オフェーリア』『オフィリス』


 白い光に包まれて、メイド服姿のホムンクルスたちが召喚された。


「ご主人様、お呼びですか?」

「ご主人サマ……」

「な、何じゃ……? こやつら……凄まじい力を感じるぞ……」


 カチューシャが目を見開いて驚いた。

 対して、ソフィアには驚いた様子が見られなかった。

 ソフィアは、初代組合長の弟子だったので、【ゴーレム作成】の【魔術刻印】について知っていてもおかしくはない。もしかすると、初代組合長に【ゴーレム作成】の【魔術刻印】を刻印されていて、このホムンクルスたちよりも強いゴーレムを所持している可能性もある。


「ソフィアは、【ゴーレム作成】を知っていたみたいですね」

「ええ……。しかし、これほどの力を持ったゴーレムは、初めて見ましたわ」

「もしかして、初代組合長に刻印してもらっているのですか?」

「いいえ、わたくしは、その【魔術刻印】を持っておりませんわ。持っていたら、『組織』をのさばらせることも無かったでしょう……」

「そうなんですか?」

「ええ、【ゴーレム作成】の【魔術刻印】は『魔女』のために作ったものだと聞いております」

「ソフィアが見たゴーレムというのは、初代組合長が所有しておられたものですか?」

「はい。そうですわ」

「初代組合長なら、もっと凄いゴーレムやホムンクルスを持っていてもおかしくないのでは?」

「伝説の人物ですから過大評価されるのも分かりますが、初代組合長よりもユーイチ様のほうが様々な面で優れていると思いますわ」

「それはないでしょう……? 僕には、【ゴーレム作成】のような刻印を作り出すことはできませんし……」

「それは、まだお若いからですわ。その若さで初代組合長に匹敵する強さというのが凄いのです」


 ソフィアは、初代組合長のことを初代組合長と呼んでいる。

 僕に合わせてそう呼んでいるのだろうか?


「初代組合長って、何て言うお名前なんですか?」

「それは……わたくしも知りません……ですから、当時は単に『組合長』と呼ばれていましたわ……」


 ソフィアは、悲しそうな顔でそう言った。

 初代組合長は、弟子にも名前を明かしていなかったようだ。


「まぁ、初代組合長は、いろいろな施設を【工房】で作っておられたみたいなので、ゴーレムを作るのにあまりお金を掛けていなかったのかもしれませんね」

「おそらく、ユーイチ様のほうが自由に使えるお金が多いと思いますわ……」

「でも、僕は、モンスターからの収入しかありませんが、初代組合長は、商家から集金していたのでは?」

「はい。ですが、そういったお金は、自由に使わず、街のために使われていたようです」

「なるほど。『自由に使えるお金』というのは、そういう意味でしたか……」


 清廉潔白な初代組合長は、刻印を刻んだときに得たようなお金は、全て公費として扱ったということだろう。

 忙しくてあまりモンスターを狩りに行くこともできなければ、使い魔を使ってトロール狩りをしている僕のほうが、自由に使えるお金は多いかもしれない。


 ふと、会話が途切れた。


「じゃあ、僕はいつもの部屋で寝ます」

「あっ、待ってくれ。主殿……」

「ソフィアとカチューシャさんは、僕が使う部屋の向かい側の部屋を使ってください」

「畏まりましたわ」


【フライ】


 僕は、【フライ】を起動して空中へ舞い上がり、リビングの天井に空いた穴から1階の昇降場へ出た。

 そのまま、1階の天井の穴から2階へ移動する。

 そして、2階の廊下を突き当たりまで移動して、【フライ】を解除した。

 左側の扉を開けて、来た方を見ると、ホムンクルスのオフェーリアとオフィリスがすぐ側にいた。僕の後をピッタリとついて来たようだ。

 その向こうにカチューシャとソフィアが続いており、更にアデリーナを先頭に店員たちも2階へ上って来ていた。


「「ご主人様、おやすみなさいませ」」

「おやすみ」

「あるじどのぉ……」

「じゃあ、カチューシャさんとソフィアもおやすみ」

「おやすみなさいませ」

「おやすみなさいませ、主殿……」


 カチューシャが何か言いたそうだったが、同じ部屋で寝るのは問題があるので、無視して部屋に入った。

 オフェーリアとオフィリスが続いて部屋に入って扉を閉めた。


『装備7換装』


 寝間着に換装して、下駄を脱いでベッドに上がり横になる。


「オフィリス、僕の貞操を守って」

「はい。畏まりましたわ」


 少し声を弾ませてオフィリスがベッドに上がり、僕の下半身に覆い被さった。


『オフェーリアはどうしよう?』


 一人だけ立たせておくのも可哀想な気がする。


「オフェーリアは、膝枕をしてくれる?」

「はい。畏まりました」


 オフェーリアが僕の体を抱き起こして据え付けの枕を抜いた。

 そして、枕のあった場所に足を投げ出した姿勢で座り、僕の体をゆっくりと横たえる。

 後頭部にオフェーリアの太ももの感触を感じた。


『そう言えば、この街に来る途中でフェリスたちに膝枕をしてもらう約束をしてたけど、まだ果たせてないな……』


 駅馬車の中でフェリアに膝枕をしてもらったときのことを思い出した。


『【07:00】まで睡眠』


 僕は、眠りに就いた――。


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