11―6

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 眠った瞬間に目が覚めた。

 後頭部の太ももの感触もお腹の上に抱きつく華奢な身体の感触も眠る前と全く同じだ。


 目を開けると僕をのぞき込んでいたオフェーリアと目が合った。


「お、おはよう……」

「おはようございます。ご主人様」

「ご主人サマ。おはようございますわ」

「起きるから、オフィリスは、ベッドから降りて」

「はいですわ」


 オフィリスが起き上がり、ベッドの上から石畳の床に下りた。

 僕は、体を起こした。


「じゃあ、二人ともありがとね」


 そう言って、ホムンクルスたちを『アイテムストレージ』へ戻す。


『装備5換装』


 ベッドから下りて、装備を換装する。

 そして、扉を開けて廊下に出た。


【フライ】


 扉を閉め、【フライ】で飛行して地下のリビングまで移動した。


「あ、ユーイチ様。おはようございます」

「おはようございます。ご主人様」


 僕がリビングに降りるとアデリーナとナディアが立ち上がって挨拶してきた。


「二人ともおはよう」


 ――ニャーン……


 テーブルの下から猫の鳴き声がした。


「猫たちもおはよう」


 今日は、月曜日なのでアデリーナとナディアは休みなのだ。


「休日は、何してるの?」


 興味があったので、世間話も兼ねて質問してみた。


「……特に何もしていませんよ」


 僕の質問にアデリーナが答えた。


「ずっと、この家に居るの?」

「はい。ここで母と一緒にお茶したり、お風呂に入ったりして過ごしていますわ」


 次の質問には、ナディアが答えた。


「街へ繰り出して、ショッピングしたりすればいいのに……」

「あまり、そういったことには興味がありませんね」

「はい。ご主人様に頂いた【商取引】や【工房】の刻印がありますから……」


『元々、出不精な性格だったのだろうか? それとも使い魔になって価値観が変わったのだろうか?』


 本人たちが納得しているのならいいが、遠慮しているのなら遠慮しなくてもいいと伝えておいたほうがいいだろう。


「この街は、世界で一番大きな街らしいから、見て回るのもいいと思うよ。勿論、無理強いはしないけど、僕に遠慮しなくてもいいからね。使い魔と言っても君たちには自由に行動する権利があるのだから」

「そんな……」


『トレード』


 何か言いかけたアデリーナに8万ゴールドを渡す。


「ユーイチ様、こんなに頂けません……」

「みんなに1万ゴールドずつ配っておいて。これは命令だよ」

「は、はい……ぐすっ……」


 アデリーナは、何故か涙ぐんでいた。


「ご主人様っ! ありがとうございます!」


 突然、ナディアが僕に抱きついた。


「わっ!?」


 アデリーナからトレードでお金を渡されたのだろう。

 僕は意表を突かれて驚いた。

 普通の人間だった頃なら、受け止めきれずに押し倒されていたと思う。


「お金のことは、別に気にしなくてもいいから……使い魔がモンスターを倒した場合、全て僕のお金になるわけだからね」

「でも、あたしたちはモンスターを倒していませんから……」

「まぁ、そのうち戦闘をする機会もあるかもしれないし、前払いだと思っておいて」


 一度、トロール狩りにでも連れて行ったほうがいいかもしれない。

 そうすることで、彼女たちも気が楽になるだろう。


「そういや、ソフィアたちはまだ寝てるのかな?」

「いいえ、ソフィア様とカチューシャ様は、既にお出かけになりました」

「そうなの?」

「はい。『組合』に行くと言っておられましたわ」

「へーっ、何しに行ったんだろ……?」

「それは、分かりません……」


 僕の独り言にもナディアは律儀に反応した。


「クリスたちは?」

「まだ、浴場に居られるようです」

「そう……まだ、時間はあるからね」


 まだ、朝の7時過ぎなので、2時間くらい余裕はある。


 僕は、部屋の奥へ移動してテーブル席に座った――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ガチャ


「ぉおおおー! やめりょぉおおおー!」

「あぁあああーっ! い、いけませんわーっ!」


 浴場への扉が開いて、中からカーラとグレースの嬌声が聞こえてきた。

 この建物の扉は、防音がしっかりしているようだ。

『ハーレム』の浴場の引き戸は、閉めていても割と音が廊下に漏れるのだが……。


「ユーイチ、あの二人を何とかして」


 扉を開けて出てきたクリスティーナがそう言った。


『ルート・ニンフ帰還』


「……あ……ハァハァハァハァ……」

「……も、もう……終わりですの……?」


「やっと、静かになりましたわ」


『ルート・ニンフ召喚』


 白い光に包まれて裸のルート・ニンフが僕の左斜め後ろの位置に召喚された。


「あっ、旦那さま」


『ルート・ニンフの装備1換装』


 ルートニンフが光に包まれてフードを被ったローブ姿となった。


「ルート・ニンフ、ここに座って」

「分かった」


 ルート・ニンフが僕の左側の席に座った。


『エスプレッソコーヒー』


 僕は、【料理】のスキルを使い、ルート・ニンフの前に『エスプレッソコーヒー』を出した。


「良かったら飲んで」

「ええ、旦那さま」

「カーラたちはどうだった?」

「可愛かったわよ」


 ニンフに掛かれば、カーラやグレースは可愛いそうだ。


「カーラが可愛いって、凄いですわね」

「ふふっ、今度、あなたも可愛がってあげるわ……」

「けっ、結構です!」


 レティシアが赤くなってそう言い返した。

 彼女たちは、寝間着姿だ。しかも、衣服がしっとりと濡れ、肌に張り付いていた。

 蒸し風呂ではないが、湿度の高いところに長時間居たからだろう。


「ねぇ、【エアプロテクション】を使ってみて」

「分かりましたわ」


 レティシアの濡れた衣服が一瞬で乾いた。


「便利でしょ?」

「…………」


 レティシアが口をパクパク動かしているが、声が聞こえない。

【エアプロテクション】を起動しっぱなしにしているようだ。

 僕は、首を振ってみた。


「……あ……この魔術を使うと音が聞こえなくなるのですわね」

「うん。体に付いた水滴とかを消滅させるときには、一瞬だけ起動すればいいよ」

「そういえば、レリアが髪を洗わなくてもいいと言ってましたわね」

「シャワー代わりにもなるよ」

「それは、便利ですわね」


 冒険者は、長く風呂に入れないこともあるので、女性冒険者には嬉しい魔法だろう。


「あと、寒いところや水中で使うといいよ。音が聞こえなくなるから、その点は注意が必要だけど」

「分かりましたわ」


 まだ、浴場から出てきていないカーラとグレースを除いたパーティメンバーが席に着いた。

 4人は、テーブルの反対側へ移動して、僕から見て左からクリスティーナ、レティシア、レリア、アリシアが並んで座った。


『エスプレッソコーヒー』『エスプレッソコーヒー』『エスプレッソコーヒー』『エスプレッソコーヒー』


 それぞれの席の前に『エスプレッソコーヒー』を出した。


「ありがとうございますわ」

「ユーイチ、ありがとう」

「ありがとうね」

「すまないな……」


 彼女たちは、コーヒーを飲み始めた――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ガチャ


 暫くすると、背後で扉の開く音がした。

 カーラたちが出てきたのだろう。


 ――むにゅ……


 後頭部に柔らかいものが押し当てられた。


「なっ……」

「ユーイチよぉ……」

「カーラ、服を着てください」

「そうですわ。何を裸でユーイチに抱きついていますの!?」

「その通りだ! 貴様は、ユーイチに近づくな!?」


 レティシアに続き、レリアが立ち上がって抗議をした。


「……聞いてくれよぉ。ニンフに一晩中苛められて、どうにかなりそうだったぜ……」


 カーラが二人を無視して、僕の耳元で情けない声でそう言った。


「ふふっ、可愛かったわよ」

「ななっ、何で居るんだよ!?」


 カーラは、隣に座っているのがルート・ニンフだと気付かなかったようだ。

 フードを被った後ろ姿なので気付かなくても仕方がないだろう。


「裸のまま帰還させたので、召喚して服を着せたんですよ。次にどこで召喚するか分からないので」

「ふふっ、裸でも大丈夫よ」

「そっちが良くても僕が気にするの!」

「まあっ……」


 元々、全裸で生活していたニンフたちには、裸を見られることに対する羞恥心が皆無なのだろう。

 テーブルを見ると、ルート・ニンフの前にあるカップは、空になっていた。

 僕は、カップを片付けて、ルート・ニンフを帰還させる。


『ルート・ニンフ帰還』


「あっ……」


 僕の隣に座ったルート・ニンフが白い光に包まれて消え去ったので、カーラが気の抜けた声を出した。

 カーラは、長椅子を乗り越えて、ルート・ニンフが座っていた場所に座った。


「カーラ、服を着てくださいよ」

「今さら、何言ってんだよ。それにこのほうがいいだろ?」

「よくないですわ!? パーティの風紀を乱さないでください!」


 テーブルの反対側の席からレティシアが叱責する。


「あたくしもユーイチくんの隣に座らせて貰いますね」

「どうぞ……」


 グレースが僕の右側の席に座ろうとした。

 見るとグレースも服を着ていなかった。

 カーラもそうだが、今まで湯船に浸かっていたからか、身体がしっとりと濡れている。


「……グレースさんも服を着てくださいよ」

「あらあら、ごめんなさいね。このほうが開放感があって気持ちがいいのですわ。湯上りの火照った身体にこの開放感……ああっ……心地良いですわぁ……」


 グレースは、裸族のようなことを言って席に着いた。


「貴様ら、いい加減にしろ!」

「フフフ……。レリアは、可愛いですわね。別にあなたのユーイチくんを取ったりしませんわ……」

「ななな、何を言っているのだ貴様は!?」

「レリア、落ち着きなさい」


 クリスティーナがレリアをたしなめた。

 僕は、左右を見ないようにして、正面に座るレティシアに話掛ける。


「朝食はどうします?」

「じゃあ、サンドイッチをお願いしますわ」

「オレも、オレも」

「あたくしにもお願いしますわ」

わたくしにもお願い」

「あたしも」

「私にも頼む」


 まだ、飲みかけのカップもあったが、とりあえず、テーブルに出してある食器を全て片づける。


『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』


 そして、それぞれのテーブルに『サンドイッチセット』を出した。


『エスプレッソコーヒー』


 最後に自分の席の前に『エスプレッソコーヒー』を出す。


「ありがとな」


 カーラが肩を組んできた。

 そして、頭を抱き寄せられる。


 ――むにゅ


 頬に柔らかい感触を感じた。


「ちょっと、カーラ! 何をやっていますの!?」

「御礼だよ。レティも何かしたほうがいいんじゃねーの?」

「そんな御礼がありますか!?」

「男なら喜ぶぜ。なぁ、ユーイチ?」

「……こんな状況では嬉しくないですよ」

「じゃあ、今度は二人っきりのときにしてやるぜ」

「お断りします」

「プッ……」

「な、何だよ!?」

「あなたたち、静かに食べられないの?」

「わーったよ」


 カーラは、僕の肩に回した腕を解いて、サンドイッチを食べ始めた。


「はぁ……」


 僕は、溜め息を吐いて『エスプレッソコーヒー』を啜った――。


 ◇ ◇ ◇


 時間になったので、僕たちは学園に向かった。

 そして、教室に9時半過ぎに到着した。


「おはよう」

「「お、おはよう……」」


 僕は、クラスメイトに挨拶をして、いつもの席に座った。

 僕の左側にアリシア、右側にクリスティーナが座る。レティシアは、クリスティーナの向こうの席に座った。

 テーブルの反対側の席には、僕から見て左からカーラ、グレース、レリアの3人が座る。


 一週間ぶりの学校だからか、妙に騒がしく感じた。

 もしかすると、フェーベル家の救出作戦が話題になっているのかもしれない。

 盗み聞きをする趣味はないので、他のパーティの噂話に聞き耳を立てたりはしないが。


「ユーイチ、今日はどうするの?」


 右隣に座るクリスティーナが話し掛けてきた。

 学校が終わった後の話だろう。


「月曜と水曜は、今まで通り地下迷宮へ行きましょう。火曜と木曜は『オークの砦』で……」

「はぁ……毎日やるのかよ……」


 左斜め前の席に座ったカーラが話に割り込んだ。


「日曜は、休みにしましょう」

「それでもハード過ぎるだろ……」

「これくらいやらないと強くなれませんよ?」

「わーったよ! やりゃーいいんだろ?」


 カーラの気持ちも分かる。

 日々、ダラダラと過ごしたいというのは、この世界に限らず多くの人が望んでいることだろう。

 僕もゲームやインターネットなどの暇つぶしがあれば、引き籠もってダラダラと過ごしていたかもしれない。

 しかし、この世界は、VRMMORPG――バーチャルリアリティ・大規模多人数同時参加型オンライン・ロールプレイングゲーム――も真っ青なファンタジー世界なので、命の危険が無いなら、冒険者の真似事をするほうが面白いと考えるかもしれない。


「カーラ、ユーイチのおかげでわたくしたちは、強くなれるのよ。強くなれば、このパーティから死者が出る危険も減るわ……」

「そうですわ。弱い冒険者には、悲惨な運命が待ち受けていますのよ。イザベラなんて、今頃は、どんな目に遭っているか……」

「…………」

「あっ……。イザベラの件は、ユーイチのせいではありませんわよ」

「ええ、次の課外活動でイザベラさんたちを助けましょう」


 僕は、気を遣ってくれたレティシアにそう答えた。


「イザベラは、自業自得なのだから、アンジェラ様たちを助けるついででいいわ……」


 クリスティーナがそう言った。


 ガラッ――


 そんな話をしていたら、教室の引き戸が開く音がした。

 そろそろ、授業が始まる時間なのでジュリエッタ先生が入ってきたのだろう。

 教室内が静まりかえる。


「えっ……?」


 右隣のクリスティーナが小さな声を上げた。

 彼女のほうを見ると、驚いたような顔をしていた。


 ――ざわっ、ざわ、ざわ、ざわ……


 先生が来たことで一瞬静まりかえった教室内がざわめきだした。


 僕は、その原因を探るべく教壇のあるほうを見る。

 ジュリエッタ先生に続いて、黒いゴスロリドレスを着た金髪美少女が教室に入っていた。


「カチューシャさん……」


 それを見た僕は、呆然と呟いた――。


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