第十一章 ―組織―

11―1


 第十一章 ―組織―


―――――――――――――――――――――――――――――


11―1


 課外活動から戻った翌日、メイド喫茶『プリティ・キャット』に立ち寄ると『ウラジオストクの街』に居るはずのカチューシャが待っていた。


あるじどのぉーっ!」


 僕が近づくとカチューシャは、空中へフワリと浮かび上がり、飛行して勢いよく僕の頭に抱きついた。


「うぷっ」


 ヒラヒラしたゴスロリ風のドレス越しにカチューシャの小さな胸が僕の顔に押し付けられ潰れているのを感じる。

 香水をつけているのだろうか、カチューシャの身体からは、バラのような香りがした。


「おお……。逢いたかったぞ……」


 カチューシャが感動して盛り上がっているようなので、すぐに引きはがすのは可哀想だと思い、暫くの間、カチューシャの抱擁に付き合った。


「…………」


 僕は、数分が経過するのをドギマギしながら待った後、カチューシャの腋の下に手を入れて引きはがした。


「ひやぁんっ!?」


 突然、腋の下を触られたカチューシャが驚いたような声を上げた。

 中学生くらいの少女を腋から持ち上げているような危ない構図だが、カチューシャは飛行魔法を使っているようで、重さは感じない。尤も飛行魔法を使っていなくても今の僕には大して負担にはならないだろうが。


 カチューシャを抱えたまま、少し視線を上げるとカチューシャと目が合った。


「カチューシャさん、どうしたのですか?」

「主殿に逢いたかったのじゃ……」

「それなら、『夢魔の館』で待ち合わせればよかったのでは?」

「主殿が来られたと聞いてレイコ殿の娼館へ行ったのじゃ。そしたら、主殿は既に帰られた後で逢えなんだ。次に来られるのは、だいぶ先になると聞いたので、主殿を追ってこの街まで来たのじゃ」

「どうして、【テレフォン】で連絡しなかったのですか?」

「大した用もないのに主殿を煩わせることはできぬよ。それに黙って来たほうが、こうやって感動的な再会が果たせると思うてな……」


 どうやら、カチューシャは、ドラマチックに再会するためにサプライズ的な演出をしたつもりのようだ。


「家のほうは、いいのですか?」

「ああ、出奔してきた」

「ええっ!? それは大変じゃないですか!?」

「家に居ても退屈じゃからのぅ……。置き手紙をして出てきたのじゃ」

「後で問題になったりしませんよね?」

「大丈夫じゃ。問題ない。家の者は、わらわには逆らえんよ。煩い隠居が居らぬほうがあやつらも気楽じゃろうて……」


 ――カチューシャというかせが外れて、ボンネル家が暴走したりすることはないのだろうか?


「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「主殿は、心配性じゃのう。次の当主は、デニスに任せるように言い伝えてある。あやつは、なかなかに正義感が強い男じゃから大きな問題を起こすことは無かろう」

「え? でも、デニスさんは冒険者をやっていたくらいなので、跡継ぎではなかったのですよね?」

「うむ。じゃが、必ずしも長男が家を継ぐというわけではないのじゃ。妾の孫たちの中では、デニスが一番当主に向いておった。しかし、実績が無いので推す理由が無かったのじゃが、主殿のおかげでその理由が出来たのじゃ」


 おそらく、『ナホトカの街』との『ゲート』の件だろう。


「でも、跡継ぎを途中で変えるのは、火種になりませんか?」

「いや、次の当主は、まだ決まって居らなんだのじゃ」

「そういうやり方は、ボンネル家だけなのですか? それとも『ウラジオストクの街』では、一般的なのですか?」

うちだけではないよ。『ウラジオストクの街』の商家は、長子継承ではなく、実力によって選ばれるのじゃ」

「子供を作るのは、長男だけなのですよね?」

「いや、そうとも限らんよ。商家の規模にもよるが、刻印を刻む前に子供を作るかどうかは、本人次第なのじゃ」


 商家の慣習もなかなか複雑なようだ。

 それは、当然のことかもしれない。

 世の中の仕組みがすべてステレオタイプで単純化されているわけがないのだ。

 十人居れば、考え方は十通りあるわけで、この世界の人間がロボットのように同じことを繰り返しているはずがない。


「ねぇ? ユーイチ? そろそろ、わたくしたちにも紹介してもらえるかしら?」


 会話が途切れたところでクリスティーナが口を挟んだ。


「ええ、紹介します。こちらは、『ウラジオストクの街』の商家『ボンネル家』出身のカチューシャさんです」


 僕は、カチューシャの身体を床に降ろしてから、パーティメンバーに紹介した。

 カチューシャは、【フライ】か【マニューバ】といった飛行魔法を使っていたが、僕が床に降ろすそぶりを見せると魔法を切って床に降りた。


「カチューシャじゃ。見知りおくがよい」

「初めまして。わたくしは、このパーティのリーダーのクリスティーナ・メリエールです」

「ふむ。主殿もそなたのパーティメンバーなのかえ?」

「ええ、そうですわ。カチューシャ様は、ユーイチの使い魔なのですか?」

「うむ。その通りじゃ」


 クリスティーナは、僕たちの会話からカチューシャが僕の使い魔だと推測したようだ。


 次にレティシアが前に出た。


「レティシア・メリエールと申します」


 そう言って、頭を下げた。


「うむ。カチューシャじゃ」


「グレース・トリスタンですわ」


 グレースがクリスティーナたちの後ろから頭を下げた。


「カーラ・イゾルデです」

「レリアだ」

「アリシア・マーキュリーよ」


 続いて、カーラとレリアとアリシアが挨拶をした。


「カチューシャじゃ。そなたたちは、主殿の使い魔になって居らぬようじゃな?」

「え? ええ……、それが何か?」


 クリスティーナが驚いた表情をしてそう答えた。


「主殿、どうしてこやつらを使い魔にせぬのじゃ?」

「なっ……!? カチューシャさん、誤解されるようなことは言わないでください! 僕は、誰彼だれかれ構わず使い魔にしているわけではありませんよ? 成り行き上、そう望んだ人たちだけ使い魔にしているだけです。それに本人が望んでいないと召喚魔法は成功しませんからね」

「ふむ。まぁ、こやつらなら刃を向けられても主殿が寝首を掻かれることはあるまいのぅ……」


 どうやら、カチューシャは、僕が使い魔ではない冒険者集団と行動を共にしていることに対して危惧を抱いているようだ。


「彼女たちが僕を暗殺しようとすることはあり得ませんよ」

「ふふっ、主殿は純粋じゃのう。主殿は、ご自分がどれだけの力を持っておるのか、また、それを危険視する人間がどれくらいおるのかをご自覚なされたほうがよいぞ」

「でも、彼女たちは、学園で偶然、同じパーティメンバーになっただけですから……」

「動機がないというのじゃな? 今はそうかもしれんが、将来的には分からぬぞ」

「お言葉ですが、カチューシャ様。わたくしたちは、ユーイチの力を知っております。ですから、敵対しようなどと思いませんわ」

「家に主殿を害するように命じられてもかえ?」

「ええ、そんなことをすれば、メリエール家が消滅してしまいますわ」

「なるほど、そなたは、主殿の力をよく分かっておるようじゃな」

「はい」

「じゃが、主殿。そこのおなごは危険じゃぞ?」


 カチューシャは、そう言って奥の席に座るソフィアを見た。


「あら? わたくしのことですか? ユーイチ様の奴隷であるわたくしが?」

「何を言っておる!? 貴様は、口先だけで実際には主殿の使い魔になっておらぬではないか!?」


 カチューシャが声を荒げてそう言った。

 この店に来たときには、ソフィアとカチューシャは、同じ席に並んで座っていたので、仲が良いように見えたのだが、錯覚だったようだ。


「カチューシャ様。ですから、それには訳がございまして。いずれユーイチ様の使い魔になることは女神様に誓ってお約束いたしますわ」

「どうして、今すぐ使い魔になることはできぬのじゃ?」

「それは……まだ言えませんわ……」

「主殿、やはりこやつは危険じゃ!? そこのひよっこ共とは違い、妾とそう変わらぬ力を持っておるからの!」


 カチューシャは、【冒険者の刻印】を刻んでいるだけあって、ソフィアの実力を見抜いたようだ。


「ですが、わたくしでは、ユーイチ様の足下にも及びませんわ」

「油断させて寝首を掻くつもりじゃないのかぇ?」

「まさか!? そんな恐ろしいこといたしませんわ。ご主人様であるユーイチ様のお命は、この身に代えましても護る所存ですわ」

「ふんっ! 口では、何とでも言えるわっ!」

「困りましたわね……。どうすれば、信じていただけるのでしょう……?」

「では、今すぐ主殿の使い魔になれ。簡単なことじゃろう? どうれ、妾が召喚魔法を掛けてやろう」

「ちょ、ちょっと! カチューシャさん!?」


 僕が制止するよりも早く、カチューシャは【サモン】の【魔術刻印】を起動したようだ。

 ソフィアが白い光に包まれた。


 ――パキン!


 しかし、陶器が割れるような音がして光が弾けた。

 どうやら、召喚魔法が不発に終わったようだ。


『失敗……したのか……?』


 前にユウコがトウコに掛けたときと反応が違った。

 あのときは、トウコが光に包まれたあと、光が消滅するだけだったが、今回は召喚魔法が弾かれるような感じだった。


「主殿! こやつ召喚魔法が効かぬぞ!?」


『どういうことだ? もしかして、ソフィアさんのほうがレベルが高いから効かなかった? それとも【マジックシールド】のような魔術で弾かれた?』


 僕の使い魔になる意志がない場合には、トウコと同じ反応になるはずだ。しかし、ここはそういうことにしておいたほうが、カチューシャを刺激しなくて済むだろう。


「カチューシャさん、もう良いでしょう。ソフィアさんには、僕の使い魔になる意志がないのです。しかし、それだけで、僕の命を狙っていると考えるのは、飛躍しすぎだと思いますよ?」

「ユーイチ様!? わたくしは、いずれユーイチ様の使い魔になります! ですが、それは今ではないのです! それだけは、信じてください!?」


 ソフィアが立ち上がって、悲痛な顔で訴えた。


「え、ええ……」


 僕は、その態度に圧倒され面食らってしまった――。


―――――――――――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る