11―2

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 僕たちは、『プリティ・キャット』のテーブル席に着いた。


 奥の2つとその隣の3つの4人掛けテーブルを占有する。

 僕たち以外に客は居ないので、3つのテーブル席を占有しても店に迷惑が掛かることはない。


 元々、一番奥の席にソフィアが座っていて、その対面に僕が座った。

 カチューシャは、座っていた席をソフィアの隣から僕の隣へ移した。

 先ほどカチューシャが座っていたソフィアの隣には、アリシアが座る。

 僕たちのテーブルの手前のテーブル席には、グレースとカーラが座り、クリスティーナとレティシアとレリアは、隣のテーブルの席に着いた。


 クリスティーナたちの居るテーブルは、僕たちが使っているテーブルとは向きが90度回転している。

 そのため、僕から見て左にある席に背中を向けた状態でクリスティーナとレティシアが座っているのだが、彼女たちは、注文を済ませた後、会話に参加するため反対向きに座り直した。

 鎧を脱いだラフな格好で膝の上に紅茶の入ったティーカップとソーサーを載せている。

 また、カップを落とさないようにティーカップの取っ手を指でつまんでいた。


 僕もケーキセットをコーヒーで注文したので、眼前のテーブルの上にはイチゴのショートケーキとブラックコーヒーが置いてある。


「ふぅ……」


 コーヒーを一口啜って息を吐く。

 先ほどのドタバタから一息つけた気分だった。


「ユーイチ様、課外活動は如何いかがでしたか?」


 僕の正面の席に座るソフィアが話し掛けてきた。


「ええ、いろいろと勉強になりました」

「ふふっ、それは良かったですわ。でも、ユーイチ様には退屈だったのではありませんか?」

「いえ、この辺りの冒険者がどんな仕事をしているのか知ることができましたし、クリスたちを鍛えることもできましたから」

「まぁ!? どのような鍛錬をされたのですか?」

「オークの拠点を攻略しました」

「それは、もしかして『ボローニャの街』の南にあるオークの拠点のことですか?」

「いえ、『東の大陸』へ『ゲート』で移動しました」

「『東の大陸』まで? それは凄いですわね」


 僕は、個人的に『ゲート』と同じ移動手段を所有しているということは秘密にしておいたほうがいいだろうと考え、『ゲート』で移動したということにした。


「あれは、キツかったぜ……」


 僕の背後にあるテーブルの向こう側に座るカーラがしみじみとそう言った。


「あたくし、オークに囚われてしまうのではないかと恐ろしかったですわ」


 カーラの隣に座ったグレースが同調する。


「ユーイチの奴、オレたちだけでオークの大軍と戦わせやがったからな。運が悪けりゃ、オレたちもオークの慰み者になるところだったぜ」

「ユーイチは、わたくしたちだけで勝てると見込んでそうしたのですわ。実際にユーイチの戦術通りに戦って勝ちましたわ」

「そうだけどよぉ……」


 カーラが恨めしそうにそう言った。

 危険な目に遭わされたことを根に持っているようだ。


「そう言えば、フェーベル家の救出作戦は、失敗したようですね」


 僕は、ソフィアに聞いてみた。

 組合長であるソフィアなら詳しい事情を知っているかもしれないと思ったのだ。


「ええ……。わたくしのせいですわ……」

「えっ……?」


 ソフィアの言っている意味が分からず、僕は返答に詰まった。


「ユーイチ様の件でフェーベル家の者を呼び出して釘を刺したのです。そのことが多くの者に知れ渡ってしまい、二度目の救出作戦では冒険者が集まらなかったのでしょう……」

「どういうことですか?」

「ユーイチは、この街に来て日が浅いから分からないと思うけど、フェーベル家がソフィア様のご不興を買ったという噂が流れれば、積極的にフェーベル家に関わろうとする者は居なくなるわ」


 クリスティーナが補足してくれた。

 ソフィアが呼び出して説教した家は、それだけで没落してしまうということだろう。

 それだけ、ソフィアの力が絶大なのだ。


「なんか間が悪かったですね」

「ユーイチ様が気に病む必要はございません。すべてフェーベル家が悪いのです」


 とはいえ、アンジェラのパーティメンバーたちのように作戦に参加した者からすれば災難だっただろう。

 尤も冒険者の数が揃っていても失敗した可能性はあるが。


「他に何か最近の出来事で僕に関係がありそうなことはありませんでしたか?」


 僕は、話題を変えた。


「そうですわね。ユーイチ様に関係があるとは思えませんが、『ラティーナの街』の近くでマレビトの死体が発見されたそうですわ」

「――――!?」


 僕は、他にも元の世界の人間がこちらの世界に飛ばされて来たという事実に驚いた。

 勿論、マレビトの話はフェリアなどからも聞いていたので、そういうことが稀にあるということは知っていたが、物語の中の出来事のようなもので僕の身近で現実に起きるとは思っていなかったのだ。


「その死体は、何か珍しいものを持っていなかったのですか?」

「はい……。マレビトと思われる人間や死体を発見したら、『組合』へ報告して持ち物などには手を着けないようにと『組合』の職員を通じて広く知らせてはいるのですが、現実には身ぐるみ剥がされていることが多いのです。勿論、滅多にあることではないので、わたくしの知っている数件のケースがそうだったというだけですが……」

「なるほど……。でも、身ぐるみ剥がされた死体なら、どうしてマレビトだと分かるのですか?」

「身ぐるみ剥がされているというのは、言葉の綾ですわ。実際には、衣服まで剥がされていることはございません。マレビトの着ている服は、奇抜なデザインのものが多いようですが、それほど価値があるわけではございませんから……。勿論、マレビトを研究する者が居たとすれば価値が出るのかもしれませんが、実際には、あまり価値がございませんので、剥ぎ取っても売るのは難しいでしょう……」

「どうしてですか?」

「大した金額にならないものを足がつく危険を冒してまで手に入れようと考える者は居りませんわ」


 つまり、そういった盗品などを買い取って商人へ売り捌く仲買業者のようなことをしている者が居るのだろう。


「そのマレビトの死体も何も持って居なかったということですか?」

「はい。わたくしが直に確認したわけではございませんが、報告書には特に何も所持していなかったと書かれておりましたわ」


 ――本当だろうか?


 現代人なら、スマートフォンのような携帯端末くらいは常に持っていそうなものだが。

 勿論、たまたまそういったものを携帯していないときに吸い込まれた可能性はあるし、僕が持っていたコンビニの袋のように吸い込まれたときに別の場所に飛んで行ってしまったため、発見されなかったという可能性もある。


「その死体は、どうなったのですか?」

「埋葬されましたわ」

「そうですか……」

「ユーイチ様は、この件が気になるのですか?」

「え? ええ、マレビトとか凄く珍しいじゃないですか」

「確かにそうですわね。わたくしも長く生きておりますが、噂レベルではないマレビトの話を聞いたのは、これで3件目ですわ」


 おそらく、ソフィアの年齢は150歳を超えているだろう。

 150年で3回なら、50年に1回くらいは元の世界との『ゲート』が開いているということだ。

 実際には、僕のようにソフィアが知らないケースもあるので、もっと頻繁に開いている可能性が高い。


「他には、ありませんか?」


 僕は、話題を変えるためにソフィアに質問した。

 するとソフィアは、僕の向かい側の席で立ち上がった。

 そして、深々と頭を下げる。


「申し訳ございません。ユーイチ様」

「な、何ですか?」

「先ほどのフェーベル家の件ですが、続きがございまして……。どうやら、わたくしに釘を刺されたフェーベル家は、ユーイチ様を間接的にターゲットにしたようです」

「どういうことです?」

「『組織』の人間を使って、この店に嫌がらせをしてきたのです」

「ああ、お客さんが少ないのはそのせいですか?」

「はい……。申し訳ございません……」

「ソフィアが悪いわけではないでしょう?」

「しかし、わたくしが余計なことをしたためにユーイチ様にご迷惑を……」

「別に迷惑ということはないですよ。この店の収入なんて元からアテにしていませんし」

「ありがとうございます。しかし、何らかの対策が必要だと思いますわ」

「前に考えていたのですが、お客さんを送迎したらどうかなと……」

「それは、良いお考えですわ。わたくしも協力させていただきます」

「そんな、『ローマの街』の組合長に送迎させるなんて……」

わたくしは、ユーイチ様の奴隷です。ご主人様のために働くのは当然ですわ」

「オイ、ユーイチ! お前、組合長に一体何をしたんだよ!?」


 背後からカーラが驚きの声を上げた。


「いえ……特に何も……」

「ああん、ユーイチ様は、いけずですわぁ……。わたくしをあんなに虜にしてしまわれたのに……」


『もしかして、母乳を吸ったこと……?』


 その割にソフィアは、僕の使い魔になるつもりがないようで、カチューシャの掛けた召喚魔法は失敗した。


「…………」


 僕は、無言で冷めたコーヒーを啜った。


 ふと、左斜め前を見るとウェイトレスのターニャがモジモジとしながら、僕のほうをうかがっていた。

 僕に何か用があるようだ。


「ターニャ。僕に何か用があるの?」

「は、はい!? ご主人さまっ!? あ、あのっ……」


 突然、声を掛けられてターニャはしどろもどろになっている。


「落ち着いて……」

「は、はいっ……。そのっ……。クセニア伯母さんから連絡がありました。ご主人さまの都合が良いときに連絡してほしいとのことです……」


 そういえば、すっかり放置していたが、クセニアには『アスタナの街』の『女神教』の教団と交渉するよう命じていたのだ。

 忘れたわけではなかったが、正直どうでもいい話だったのと、向こうから連絡があるだろうと放置していたのだ。

 直接、僕に【テレフォン】で連絡して来ればいいものを、姪のターニャを通じて連絡してくる辺り、かなり遠慮しているようだ。

 図太そうなカチューシャでさえ、僕に直接【テレフォン】で連絡するのを躊躇っているくらいなので、使い魔からするとその行為は、凄くハードルの高いことなのかもしれない。

 携帯電話どころか固定電話も存在しない世界なので、通信に慣れていないということもあるのだろう。


「分かった。後で連絡するよ」

「は、はい。お願いします」


 メイド服を着た中学生くらいの少女に恐縮されるのはバツが悪かった――。


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