10―50

10―50


 眠った瞬間に目が覚めた――。


「……おおおおおおおぉーーっ! 駄目だぁ! もぉ! オレぇ! おかしくなるぅ!!」

「……ぁああぁーっ! あたくしぃ! そんなことされたらぁ! また凄いのが来ちゃいますぅーー!!」


 カーラとグレースの叫び声が浴場の中にこだましている。


 意識を体に向けると、いつの間にか左腕に誰かが抱き着いていた。

 見ると青い髪をした裸のニンフが僕の左腕にしがみついている。


「ルート・ニンフ?」


 僕は、このニンフがルート・ニンフなのかと聞いてみた。

 ルート・ニンフも見た目は、他のニンフと全く同じなので、裸だと見ただけでは、どの個体なのか判別できないのだ。


「はい。旦那さまぁ……」

「そろそろ起きるから、離れて」

「……分かった」


『ルート・ニンフの装備1換装』


 裸のルート・ニンフが白い光に包まれて魔術師のようなローブ姿となった。

 そして、ルート・ニンフを帰還させる。


『ルート・ニンフ帰還』


 ルート・ニンフが白い光に包まれて消え去った。


「はぇ?」

「あらら?」


 カーラとグレースが拍子抜けしたような声を上げた。

 ルート・ニンフを帰還させたため、彼女たちとまぐわっていたニンフたちが消え去ったからだろう。


『キャンプルーム』


 僕は、『キャンプルーム』の扉を一瞬だけ召喚して自動清掃機能を発動した。

 視線を下げるとオフェーリアが僕のお腹に抱き着いている。


「ご主人様……」

「ありがとう」


 僕は、フェリアと同じ顔で金髪のオフェーリアの頭を撫でる。

 そして、オフェーリアを『アイテムストレージ』へ帰還させた。


 ◇ ◇ ◇


「死ぬかと思ったぜ……」

「あたくしも天国が見えましたわ……」

「カーラの声が煩くて、あまり眠れませんでしたわ」


 僕たちは、『キャンプルーム』の浴場を出たあと、テーブルでお茶を飲んでいた。

 カーラとグレースが少し休憩したいと言い出したのだ。

 まだ、8時過ぎなので、10時までは十分な時間がある。


「ユーイチよぉ、あいつらは何だったんだ?」

「ニンフですよ」

「だから、それが分からないんだって」

「妖精です」

「あれがか!?」

「イメージが違いますわ」

「『東の大陸』には、『妖精の国』という場所がありました。そこには、様々な妖精が住んでいたんです」

「何処にあるの?」


 クリスティーナが質問してきた。


「富士の麓にあるトロールの洞窟の奥です」

「トロールはどうしたのだ?」


 今度は、レリアが質問してきた。


「突破しました」

「前に言ってた、死にかけたってやつか?」

「ええ」

「それにしてもニンフって強いのな。ユーイチとそんなに変わらない感じがしたぜ」

「ホントですわ。あたくし怖くて抵抗できませんでしたもの」

「あのニンフたちは、ユーイチの使い魔なのだな?」

「ええ、そうです」

「ユーイチ、あなたは他にどれくらいあのニンフのような者たちを従えているの?」


 クリスティーナが真剣な表情で質問してきた。


「それは、秘密です」

「そう……」

「それで、カーラたちは欲求不満が解消されたの?」


 アリシアがカーラたちに質問をした。


「お、おぅ……解消されたというか……」

「吹き飛びましたわ」

「なぁ、ユーイチ? また、あのニンフたちを貸してくれるか?」

「あたくしもお願いしますわ」

「ええ、いつでも……」


 どうやら、二人はニンフとのまぐわいにハマってしまったようだ。

 これで、僕の貞操が狙われる可能性は低くなったはず。


『計画通り』


 僕は、ニヤリとした――。


 それから、気になったことをグレースに質問する。


「そういえば、グレースさんは、さっき天国と言ってましたけど、この辺りでは天国や地獄のイメージはどうなっているのですか?」

「生前に善行を積んだ人は天国へ召され、悪行を重ねた人は地獄へ落とされると言われていますわ」

「それは、『女神教』の教えですか?」

「ええ、そうですわ」


 この世界の宗教でも天国や地獄という概念があるようだ。


「では、天国に行った人は、その後、どうなるのでしょうか?」

「永遠に天国で暮らすのですわ」

「地獄に落ちた人は?」

「生前の罪に応じて地獄で苦しんだ後、胎児に転生するのですわ」


 輪廻転生の考えもあるようだ。

 それにしても、変化のない天国で永遠に暮らすというのは、退屈すぎて地獄のようなものではないのだろうか?


「やっぱり、ユーイチはお子様だな。天国なんて信じてるのかよ?」

「いえ、どのような信仰があるのか知りたいだけです」

「『東の大陸』には、『女神教』が無かったの?」


 クリスティーナが質問した。


「ありましたが、僕は信心深く無かったので……」


 僕は、そう言って、誤魔化した――。


 ◇ ◇ ◇


 あれから僕たちは、8時半くらいに1階へ降りて朝食を食べたあと、『キアーナ亭』を出て商業地区へ移動した。


 朝食は、前回と同じでクロワッサンに厚切りハムと苦いコーヒーだった。

 ゆで卵くらいは付いていてもいいのにと思う『キアーナ亭』の朝食メニューだ。

 クリスティーナに聞いたところでは、コーヒーが贅沢品のようで、それで原価が圧迫されているのだろうとのことだった。

 コーヒーのような嗜好品は、この世界では贅沢品のようだ。

 お腹が膨れるわけでもないコーヒーを飲むためにコーヒーの木を大量に栽培するのは馬鹿げているからだろう。

 少量が生産されて、富裕層向けの嗜好品として取引されているということではないだろうか。


 僕は、クリスティーナに連れられて、大きな石造りの店にやって来た。

 看板には、『メリエール商会』と書かれている。

 クリスティーナの実家が経営している店のようだ。


「これは、クリスティーナお嬢様。今日は、何かご入用ですか?」


 僕たちが店に入ると執事風の老紳士がクリスティーナに挨拶をした。

 広い店内を見渡すと高級そうな調度品で飾られているが、商品らしきものは何も置いていないようだ。


「いいえ、この子が【工房】で作ったアイテムを販売している店を見たいと言うので連れて来たの」

「こちらの魔術師のお坊ちゃまですね。何がお知りになりたいので?」


 クロークを装備していない『装備5』の姿だった僕を見て、老紳士がそう言った。


「このお店では、どんなものを取り扱っているのですか?」

「そうですね。わたくしどもが取り扱っている商品を全て口頭で申し上げるのは時間がかかってしまいますので、後でカタログを差し上げましょう」

「ありがとうございます。この店では、商品を見ることはできないのですか?」

「お客様が商品を見ないと判断できないようなものは、奥の展示場に置いてございます」

「この店で取り扱っておられる商品の中で【工房】のスキルで作成されたものはどれくらいあるのですか?」

「当店で販売しております商品は、全てメリエール家ゆかりの職人が【工房】で作成したものばかりです」


 僕は、この店で販売されている全ての商品が【工房】で作成されたものだと聞いて驚いた。

 思った以上に【工房】で作成されたアイテムが流通しているということだ。


「この店は、高級店みたいですが、一般庶民たちの生活には、【工房】によるアイテムはどの程度、使われているのでしょうか?」

「当店をご利用になるお客様は、商家の方だけではございません。町人の方もご利用になられておいでです」


 これも意外だった。

 王侯貴族のような身分制度が無くても、商家の人間は自分達を貴族のように思っているという印象があったからだ。


「ユーイチ、あなたが思っている通り、商家の中には、町人を馬鹿にしている者も居るわ。しかし、組合長がそういった差別を禁止しているの。大きな問題を起こしたら、最悪の場合、家が潰されるわ。実際にそういう事例も過去にはあったそうよ」

「ソフィアが?」

「ええ、ソフィア様も元はただの村人だったそうよ。尤もその頃は、今のような商家が存在しない時代だったそうだけれど……」

「そっか、ソフィアは初代組合長とも知り合いだったみたいだし……」

「ソフィア様は、初代組合長の弟子だったのよ」

「そうだったんですか?」


 ――初代組合長は、弟子たちに裏切られて亡くなったそうだが、ソフィアは裏切りに加担したのだろうか?


 そもそも、裏切った弟子たちは、死んでいる筈だ。

 彼女がそんなことをする人間には見えないので、裏切りに加担せずに生き残った可能性が高いだろう。


「知らなかったの? あんなにソフィア様と親しげなのに……」

「彼女とは、この街に来たときに土地を買って知り合ったのです。お互い『エドの街』の組合長とも知り合いだったという縁もありまして……。それよりも初代組合長の弟子たちは、裏切って死んだと聞いていますが?」

「ソフィア様は、唯一、初代組合長を裏切らなかったの。だから、生き残って次の組合長になられたのよ」

「そうだったんですか……」


 予想した通り、ソフィアは初代組合長を裏切らなかったようだ。


「どうして、ソフィア様は、あなたの奴隷になりたがっているの?」

「それは……分かりません。おそらく、僕の力をアテにしているからじゃないかと……」

「そんな風には見えなかったけれど……。まぁ、いいわ。とにかくソフィア様の力は絶大で、この街で彼女に逆らおうって者は居ないわ」

「それなのに、どうして『組織』を野放しにしているのでしょう?」

「それは、奴等がダークエルフと手を組んでいるからでしょう」

「ダークエルフって、そんなに強いのですか?」

「レリアが何百人も居たら、いくらユーイチでも勝てないでしょう?」

「なるほど……」

「その顔は、勝てるって顔ね」

「いえ、僕一人では難しいかもしれませんね……」


 暗に使い魔を使えば勝てると匂わせた――。


 実際には、僕一人でも勝てると思う。

 強力な攻撃魔法を次々に喰らうと危ないが、現在いまの僕は、大抵の魔術を回避できるし、【グレート・マジックシールド】の防御力も相当に上がっているので、当たってもダメージをあまり受けない可能性が高い。


「じゃあ、奥の展示場へ行きましょう」

「では、こちらへどうぞ」


 老紳士に案内されて、僕たちは店の奥へ移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 店の奥にある通路をくぐると、広い倉庫のような場所に出た。

 そこは、まるで水回りのメーカーがやっている展示場のようだった。


 大理石のようなもので造られたキッチンや浴槽、トイレらしきものが所狭しと置いてあった。

 左の奥の壁際には、バルネアで見たものと同じ獅子の像が設置してあり、その口から浴槽にお湯が注がれている。


 展示場の奥は、家具のような調度品が並んだゾーンとなっていた。

 様々なテーブルや椅子、食器棚や本棚、タンス、ベッドのような家具が置いてある。


「こういう家具って、庶民にも買える価格なんですか?」

「ここに置いてあるものは、高級品ばかりですが、町人の皆様にも手の届く価格の家具もございます」

「へーっ……。例えば、テーブルだと、安いものでいくらくらいですか?」

「4人掛けの簡素なテーブルですと、金貨5枚くらいでしょうか」

「なるほど……」


 カーラが僕たちのやり取りを聞いて口を挟む。


「ユーイチって金持ちの割に細かいことを気にするよな」

「ユーイチくんは、町人の立場で値段を考えているのですわ」

「ユーイチくらい金があるなら、町人に配ってやればいいじゃん」

「カーラ、そのような施しは、逆効果なのだ」


 レリアがカーラの意見に異を唱えた。


「どうしてだよ?」

「仮にユーイチが毎月、町人に金を配ったとする。すると、町人たちは働かなくなり、堕落していくだろう」

「そんなもんかねぇ?」


 金を稼ぐ為の労働をしなくなるというのは確かにそうかもしれないが、余った時間で趣味のようなものに没頭して、発明などをするかもしれないので、技術の発展などを考えれば悪くないのではないかと僕は思った。

 そういった、余裕がないと文明は発達しないのだ。

 人間が文明を発達させることができたのも外敵を知らせてくれる犬を飼うようになったことで、ゆとりができた為だという話を聞いたことがある。


「人は弱い生き物だ。自らを律して生きてゆけるものは少ない」

「そりゃ、エルフは偉いってことか?」

「そうではない。我々とて人間とそう変わらぬよ」

「そうか? エルフは糞真面目だろ?」

「貴様、それは私を見てそう思ったのか?」

「まぁ、他のエルフはよく知らないしよ……」

「エルフも一人一人性格が違う。中には色を好むエルフも居るくらいだ」

「レリアもむっつりスケベじゃんか」

「なっ、勝手なことを言うでない!?」

「ユーイチもそう思うよな?」


 ――「スケベ」という言葉は、女性に対しても使うのだろうか?


 僕は、関係ないことを考えていた。


「え? 何がですか?」

「ちょ、お前。聞いてろよ」

「こんなところで、言い争いは止めてくださいな」

わたくしに恥をかかせないで頂戴」


 僕は、老紳士に質問する。


「ここに置いてある家具なんかは、マジックアイテムも含まれているのですか?」

「はい。高級品は、マジックアイテムとなっております」

「刻印から出し入れできるタイプのものなのでしょうか?」

「いえ、そういったものは、特注とさせていただいております」

「なるほど……」

「ユーイチも【工房】のスキルが使えるのよ」

「左様でございますか。機会がございましたら、お取引させてください」

「駄目よ。ユーイチは、ウチのパーティメンバーで職人じゃないのだから」

「これは、申し訳ございません」


 僕は、『メリエール商会』の展示場で商品を見て過ごした――。


 ◇ ◇ ◇


 僕たちは、午前中に『メリエール商会』で過ごした後、商業地区にあるレストランで昼食を摂ることにした。

 ランチメニューは、「カルボナーラ・スパゲッティ」だったので、それを注文した。


『メリエール商会』で貰った商品カタログをパラパラと眺めながら食事をする。

 そのカタログは、元の世界の通販カタログに似ていた。

 勿論、モデルの女性がイメージ写真として掲載されているようなことはなかったが……。


 その後、メリエール家が懇意にしているという職人の工房のひとつへ案内して貰った。

 そこは、ログハウスのようなデザインの建物だった。

 入り口の近くに『バール工房』と書かれた看板が鎖で吊り下げられている。


 クリスティーナが玄関の段を上り、入り口の扉を開けた。


 ――ガラン、ガラン


 クリスティーナが扉を開けると、ハンドベルを振ったような鐘の音が鳴った。

 鳴子のような呼び鈴が玄関の扉と連動していたようだ。


 僕たちもクリスティーナに続いて建物へ入った。

 玄関から入ったエントランスは、壁や床、天井が木で造られた部屋で、それほど広くはない。

 天井には、4箇所に【ライト】の魔術のような魔法の照明が設置されている。

 この建物は、魔法建築物なのだろう。


 室内には、正面にカウンターがあり、右手に4人掛けのテーブルと4脚の椅子が置いてあった。

 商談をするために造られた場所のようだ。


 カウンターの向こうには、奥へと続く通路があった。


「……はい」


 奥の通路から、40代半ばくらいに見える頑固そうな髭面の男性が出てきた。

 身長は、クリスティーナと同じくらいだろうか。

 ガッシリとした体つきをしている。


 男性は、髭面だが刻印を刻んでいるようだ。

 だとすれば、刻印を刻んだときの年齢は、50歳を超えていたのかもしれない。

 刻印を刻むと少し若く見えるようになるからだ。


「久しぶりね。バール」

「クリスティーナお嬢様……。お久しぶりでございます。今日は、何を?」

「今日は、社会科見学よ。この子に職人の仕事について教えてあげて」

「この坊主にですか?」

「失礼な態度は駄目よ。この子を怒らせたら、メリエール家が潰されてしまうわ」

「ちょっと、クリス。そんなことしませんよ」

「ふふっ、でもそれくらいの力があるのは間違いないでしょ? その上、ソフィア様まで従えているのだから」

「ソフィアは、まだ使い魔になったわけではありませんからね。彼女の本心は分かりません。口では、何とでも言えますし……」

「あなたにそんな嘘を吐くのは、ソフィア様でも怖いのではなくて?」

「僕を騙したところでリスクは低いでしょう」

「そうかしら? あなたは、簡単には敵に回らないと思うけど、絶対に敵に回したくないとソフィア様も考えておられるはずよ」

「それは、同感です。彼女は、僕を巧く利用しようとしているのではないかと……」

「何のために?」

「『組織』を潰すためとか?」

「なるほどね。その可能性はあるかもしれないわね。『ローマの街』の『組合』にとって、『組織』の存在は害悪だから……」


 バールと呼ばれた男性が口を挟んだ。


「あの? それでこの坊ちゃんは、何が知りたいので?」

「そうですね……。例えば、【工房】のスキルを使って調味料が造れるようですが、どんな調味料を造ることができるのですか?」

「どんなも何も、何でも造れるよ」

「胡椒や味噌なんかもですか?」

「味噌という調味料は知らないが、胡椒は造れるし、その味噌という調味料も現物があれば造れると思うよ」

「【工房】のスキルで食べ物を造ることができるのですか?」

「ああ、例えば【商取引】のスキルでリンゴが買えるが、あれは、【工房】で作成したレシピを元に販売されているのさ」


 目から鱗だった。

【工房】という名前から、造られるものは、鍛冶によって作成するようなものがメインだと思っていたのだ。


「どうして、調味料などは【工房】で造るのに、他の食材は【工房】で造られないのでしょう?」

「そりゃ、お金の問題だよ。調味料は、手間暇掛けて作るよりも【工房】で造ったほうが安上がりなのさ」

「へぇ……。調味料の他にはどんなものが造られているのですか?」

「コーヒー豆や茶葉、煙草のような嗜好品だな。こういった物は、高値で取引されるから、栽培するよりも【工房】で造ったほうが安上がりなのさ」


 コーヒーは、少量が生産されて流通しているのではなく、【工房】により作成されているようだ。

 元になったコーヒー豆は、野生の原種なのか、試験的に栽培されたものなのかは分からない。


「米や小麦のようなものは、【工房】で作成すると高価になるのですか?」

「実は、【工房】では、一度に大量に作成すると単価が安くなるんだよ。だから、物凄く大量に作成すれば、安くなる可能性はあるが、そうすると余ってしまって販売価格が下がるだろうな」

「肉ならどうです?」

「ああ、肉は多くが【工房】で造られておるよ」

「そうだったんですか?」

「牧場でも肉は生産されるが、その肉を元に【工房】で同じものが作られるのさ」

「加工された肉を見ながら、【工房】で作成するということですね?」

「ああ、現物があれば、同じものを再現することができるからな」

「ちなみに小麦粉などは、農地で生産されたものに比べて【工房】で作成するとどれくらい高くなるのですか?」

「量にもよるが、10袋くらいだと5倍はするだろうな。【商取引】では、1袋が10倍程度の価格で売られているから、【工房】のほうがだいぶ安いが……」


 食料品以外についても質問してみる。


「なるほど……。例えば、靴は商家の人間ではない町人の方も【工房】で作成したものを買われていますよね?」

「ああ、そういったものは、【工房】で作成するほうが簡単だからな」

「靴は、普通の町人の人が買えるくらい安いんですよね?」

「安い靴は、銀貨5枚程度から売っているよ。ブーツのようなものは、多少値が張って金貨1枚くらいだな」

「なるほど。それらの靴は修理などはされないのですか?」

「いや、靴屋が靴底を張り替えたりするよ。そういった補修用の部品も儂らのような職人が【工房】で作成しているのさ」

「では、マジックアイテムの靴はどうです?」

「それは、冒険者の装備としての靴ではなく、町人が履くマジックアイテムということだね?」

「ええ、そうです」

「10倍以上の価格で取引されているよ。そういったものは、金持ち向けなので凝ったデザインになるからな」

「冒険者の装備の場合は、例えばソフトレザーを素材に靴を作成すると20ゴールドくらいですよね?」

「原価はそうだな。実際には、50ゴールド前後で売られる。だが、装備は戦闘用なので、素材自体が高いのだよ」

「素材を使わずにマジックアイテムを作成する場合と価格が違うわけですね」

「その通りだ。お前さん、【工房】が使えるのかい?」

「ええ、そういった普通のアイテムは、あまり造ったことはありませんが、装備品はいろいろと造りました」

「そのローブも自分で造ったのかい?」

「ええ」

「見たところ、相当な一品の様だな?」


 バールは、職人らしく、僕の装備に興味があるようだ。


「マジックリンネルを100枚追加してますからね」

「ひゃ、百枚だと!? よくそんなものが着られるものだ……」

「布素材ですから軽いので」

「……お前さんが今までに造った一番の装備を見せてくれないか?」

「分かりました」


『装備2』


―――――――――――――――――――――――――――――


 武器:アダマンタイトの打刀+1000

 額:グレート・ヘルムのサークレット

 服:魔布のローブ+100

 脚:魔布のスラックス+10

 腕輪:アダマンタイトの腕輪+10

 足:竜革のブーツ+10

 背中:魔布の隠密クローク+10

 下着:魔布のトランクス+10

 左手人差し指:グレート・ピットの指輪

 左手中指:ストーンフロアの指輪

 左手薬指:回復の指輪+10

 右手人差し指:マップの指輪

 右手中指:フラット・エクスプロージョンの指輪

 右手薬指:スケールの指輪


―――――――――――――――――――――――――――――


『装備2』に『アダマンタイトの打刀+1000』をセットしてみると装備できた。

 いつの間にか『アダマンタイトの打刀+1000』を装備できる筋力になっていたようだ。


『装備2換装』


 白い光に包まれて僕の装備が変更された。

 ローブ姿は同じだが、クロークと武器がセットされたのだ。


「おお……」


 僕は、『アダマンタイトの打刀+1000』を抜いて、バールに見せる。


「この刀です」

「ほぅ……。珍しい剣だな。直剣ではなくブレードか……」

「『東の大陸』の武器です」

「なるほど……。よく斬れそうだ。貸してくれるか?」

「重いので止めておいたほうが……」

「なに……」


 そう言ってバールが僕の手から『アダマンタイトの打刀+1000』を奪うようにもぎ取った。


「あっ」

「なっ……!?」


 あまりの重さにバールは、『アダマンタイトの打刀+1000』を手放した。

『アダマンタイトの打刀+1000』が床に落ち、バールの足の甲に当たった。


 ――サクッ


 そのまま、床に深々と突き刺さった。


『装備2換装』


 僕は、慌てて装備を換装し直した。


「バール!?」


 バールは、床に倒れて蘇生猶予状態となっていた。

 落とした刀が足の甲に当たって死んだのだ。


「オイオイ、マジかよ。足に当たっただけで死ぬとか……」

「グレース!」

「ええ」


 半透明のバールの体が淡く光った。

 次の瞬間、バールは白い光に包まれて蘇った。


 グレースが【リザレクション】を掛けたのだ。


「……儂は、何を……?」

「刀を足に落として死んだのですよ」

「あっ……。そうだ。その剣、なんて重さだ……」

「アダマンタイト鋼を千個追加してますからね」

「せ、千個だと!?」

「うわぁ……。そりゃ、えげつないわ。よくユーイチは、そんな武器を装備できるな」

「造ったときには、持てなかったので+500のほうを装備していたのですが、最近、装備できるようになりました」

「+500でも凄いわ。わたくしたちは、+8が限度でしたもの」

「今ならもっと重いものを装備できると思いますよ」

「ユーイチのおかげで、みんな強くなったものね」

「次の課外活動の前に装備を見直しましょうか」

「いいの?」

「ええ、気にしないでください」


 それから、僕たちは、バルネアに移動した――。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅ、生き返るぜ」

「気持ち良いですわ」

「あなた方、バルネアに裸で入浴しないでくださいまし」

「その通りだ」


 裸で入ってきたカーラとグレースにレティシアとレリアが抗議の声を上げた。


「んだよ。ユーイチには、隅々まで見られちまってるし、別にいいじゃねーか」

「ふふっ、あたくしも裸のほうが気持ちいいですから」


 ――ザバッ!


 僕の隣で湯船に浸かっていたカーラが立ち上がった。


「さぁ、ユーイチ。ニンフの御礼に今日は、オレが頭を洗ってやるぜ」

「待て! 貴様は、裸でユーイチの頭を洗うつもりなのか?」

「ん? 何か問題あるか?」

「大ありだ。馬鹿者! 今日は、私がユーイチの頭を洗ってやろう」


 レリアが助け船を出してくれた。


「じゃあ、レリアにお願いするよ」

「ちょ、ユーイチ!」

「服を着てくれたらカーラでもいいけど?」

「何だよ。オレの身体を見て楽しめよ……」

「結構です」

「ふっ、私の勝ちだな」


 ――ザバッ、ザバザバザバザバザバ……


 レリアが立ち上がって、排水口付近まで移動し、こちらを向いて縁に腰掛けた。


「さぁ、ユーイチ。こっちへ来い」


 ――ザバッ、ザバザバザバザバザバ……


 僕は、レリアの前に移動した。


 レリアは、いつもの黒いボディスーツ姿だ。

 僕が渡した下着は、寝間着には使っていないようだった。


 レリアは、エルフらしくクリスティーナやレティシアに比べて横幅のない華奢な身体をしている。

 太ももなんかも、ほっそりとしていた。

 全体的に華奢なので手足が長く感じる。


 しかし、色気が無いというわけではない。

 未成熟な青い果実のような色気を感じる。

 しかも、薄い生地のボディスーツは、ただでさえ透けているような感じなのに、今はお湯に濡れていて、ぴったりとレリアの身体に貼り付き、かなり危険な状態だった。


 僕は、手を突いて頭をレリアのほうへ差し出し、目を閉じた――。



 ◇ ◇ ◇


 ――ザバーッ!


 ――ザバーッ!


 ――ザバーッ!


 シャンプーで泡立った僕の頭に何度もお湯が掛けられた。


「ありがとう、レリア」


 僕は、顔を上げて礼を言った。


「気にしなくてもいい」

「そういえば、レリアは、シャンプーを持ってなかったんだよね? もしかして、買ったの?」

「ああ、それも気にしなくていい。ユーイチのおかげで1万ゴールド以上稼げたからな」


 レリアは、2回の『オークの砦』攻略で1万ゴールド以上稼いだようだ。


「マジかよ!? オレは2回合わせても8千ゴールドくらいだったぜ」

わたくしは、1万ゴールドくらい増えましたわ」

「あたくしは、9千ゴールドくらいですわね」

「あたしも9千ゴールドくらいかな」

わたくしもレティと同じくらいね」

「何だよ。オレが一番低いのかよ。直接、戦っていないグレースよりも低いって、あり得ねーだろ?」

「グレースは、【ダメージスキン】や【ホーリーウェポン】といった補助魔法を使っていたのだろう?」

「ええ、そうですわ」

「ヒールは使いましたか?」

「いいえ、使う機会はありませんでしたわ」

「ユーイチに頂いた鎧だと、ダメージを受けませんもの」


 ヒールを入れずにバフのみでもかなりの経験値が得られるようだ。

 その辺りの貢献度がどうなっているのかよく分からないが、おそらく【ホーリーウェポン】による攻撃力増加が大きいのではないだろうか。

 自分でモンスターにダメージを与えなくても攻撃力がアップした分のダメージを与えたように計算されるということかもしれない。


 僕たちは、バルネアを出た後、メイド喫茶『プリティ・キャット』へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 夕方の5時前だったが、外のテラス席には誰も客が居なかった。


「あっ、ご主人様っ!」


 店の外に居たナディアが僕を見て声を掛けてきた。


「ただいま」

「お帰りなさいませ!」


 入り口から中に入った。


「あっ、ユーイチ様」

「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」


 元村人のウェイトレスたちが挨拶をすると、奥のテーブルにソフィアと並んで座っていた少女が立ち上がった。

 黒っぽいゴスロリ風の服を着た金髪の美少女だ。


「主殿! 待っておったぞっ!」


 ゴスロリ美少女がそう言った。


「カチューシャさん!?」


 その少女は、『ウラジオストクの街』で出会ったカチューシャだった――。



―――――――――――――――――――――――――――――


 第十章 ―学園― 【完】


―――――――――――――――――――――――――――――

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