10―48
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『テルニの街』から『ローマの街』までの行程では、29日にキャンプした停車駅で夜間にゴブリンの襲撃が3度あったものの、僕たちのパーティには出番が無かった。
結局、4日間の課外活動で倒したゴブリンは23体だけだった。
学園で実技の授業を4日間受けるよりも1体少ない計算だ。ただ、ホブゴブリンやゴブリン・シャーマンといった上位種も含んでいるため、経験値的には、課外活動のほうが上だったと思う。
僕たちは、7月30日(木)の夕方4時過ぎに『ローマの街』の近くにある駅馬車の発着駅に到着して、クリスティーナがカードを交換した後、『ローマの街』へ入り、『組合』へ向かった。
「この街に帰ってくるのも久しぶりに感じるぜ」
「そうですわね」
「オークの拠点を攻略したからでしょうね」
「あれはキツかったぜ……。なぁ、ユーイチ。また、あそこへ行くとか言わないよな?」
「言いますよ? 地下迷宮と交互に攻略しようと思っているのですが、何か?」
「嘘だろ……?」
「ユーイチって、意外と戦闘狂なのよね……」
アリシアが諦めたような声でそう言った。
「そうでなくては、ユーイチのように強くなることはできないのであろうな……」
「来月の課外活動では、地下迷宮のオークを攻略するわけですから、あと1ヶ月でオークなんか楽勝というくらいにレベルアップしておくべきです」
「ユーイチくんが居れば、オークなんて怖くありませんわね」
「あまり期待しないでくださいね。依存していては、強くなれませんよ」
「でも、あたしはユーイチのおかげで助かったわ……」
「でもよ、ユーイチが居なけりゃ、オークの拠点でオークと戦うことなんて無かったんだぜ?」
「
「そりゃ、そうだけどよ……」
カーラは、長時間の疲れる戦闘は苦手のようだ。
刻印を刻むとルーチンワークが苦にならなくなるものの、面倒くさいという気持ちが無くなるわけではない。
いざ、戦闘を繰り返す段階になれば、黙々とオークを狩る作業を続けられるが、その戦闘を行うと知らされた段階では面倒に感じるのだろう。
◇ ◇ ◇
僕たちは、一時間ちょっと歩いて『組合』に到着した。
クリスティーナがカウンターでカードを渡して報酬を受け取ったようだ。
『トレード』で2.03ゴールドを渡された。
3ゴールドの報酬から必要経費を差し引いた額なのだろう。
「おっ、今回は2ゴールド超えたな」
「パーティの人数が増えたからですわ」
「オークの拠点で四千ゴールド以上稼げたから、今回の課外活動はかなり儲かったわね」
クリスティーナは、『オークの砦』で四千ゴールド以上の収入があったようだ。
大型種は、オーク・ウォーリアを半分くらいしか倒していないし、オーク・アーチャーも倒していないので、ノーマルオーク約千体とオーク・ウォーリアを200~300体で得た魔法通貨になると思う。
僕が一人で『オークの砦』を攻略したときは、150万ゴールドくらい稼げたはずなので、実質その半分の戦力を倒したとして、7人で割っても一人10万ゴールドくらいは稼げていないとおかしい。
その20倍以上の差が僕とクリスティーナの素質の差ということなのだろうか?
「……待て、クリス。オレは三千ゴールドくらいしか稼げていないぜ?」
僕がそんなことを考えていたら、カーラがそう言った。
「
レティシアが口を挟んだ。
「ユーイチは?」
クリスティーナに質問された。
「僕は、前の金額を覚えていないので、分かりません……」
「かーっ、これだから金持ちは……」
「レリアは?」
「ふむ……3600ゴールドといったところだな」
「あたしは、三千弱だったわ」
「あたくしもですわ」
体を張って仕事をしていたタンク二人の報酬が多いようだ。
「レリアよりも少ないのは、納得できねーぜ!?」
「何言ってるの。レリアが【ストーンウォール】を維持してくれたおかげでオークたちに囲まれずに戦えたのよ?」
「それは、そうだけどよ……」
魔法を掛けただけで楽して報酬を得たという印象なのだろう。
「レリアは、僕と一緒にオーク・プリーストの殲滅もしたからね」
「重要な仕事ですわ」
「ユーイチ、モンスターを倒したときに貰える金って、人によって違うんだろ?」
「ええ、素質の高い人は、同じモンスターを倒しても高いと聞いています」
「何か不公平だよな」
「一を聞いて十を知る人間も居るのだ。仕方があるまい」
「ユーイチ、素質が高い人は、飲み込みが早いということかしら?」
「うーん……。どうでしょうか? そういうのともまた違うのではないかと思います」
「どういうこと?」
「僕は、『経験値』という魔力のようなものを吸収する能力が高いのではないかと勝手に想像しています。同じ女性の母乳でも人によって飲んだときに得られる『経験値』が違うようですし……」
「『経験値』ねぇ? そんなもん学園の座学でも習ったことがねーぞ?」
「冒険者の成長については、どういう解釈なのですか?」
「戦闘によって成長するとしか聞いてないわね」
よく分かっていないからか、アバウトな解説をしているようだ。
「まぁ、考えても仕方がないわな。それより、これからどうすんだ?」
「『キアーナ亭』に行きましょう」
「そうですわね」
「泊まるんですか?」
「ええ、泊まりましょう」
「分かりました」
僕たちは、『キアーナ亭』に移動した――。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ」
僕たちが店に入ると、執事っぽい服装のウェイターが礼儀正しく迎えてくれた。
「7人だけど、席は空いてる?」
「勿論でございます。メリエール様。月末の木曜もメリエール様のためにテーブルを空けてお待ちしております」
「ありがとう。案内して」
時刻は午後6時過ぎだったが、一つのテーブルしか埋まっていなかった。
――これはテーブルを空けておく以前の問題だろう……。
先ほどのウェイターの言葉が怪しく感じられた。
単に様式美で言っているだけなのかもしれない。
今日は、アンジェラたちは来ていないようだ。
僕たちは、案内されたテーブルの席に着いた。
「アンジェラ様は、いらしていないのね」
「パルマ様は、ここのところ、来られてません」
「アンジェラたちは、オークに捕まったよ」
一つ向こうのテーブルから、金髪ショートカットの大柄な女性がそう言った。
「シモーネ様、それは本当ですか?」
クリスティーナが立ち上がって、そう聞いた。
「ああ、馬鹿なことしやがって……。あんたたちも早まるんじゃないよ? 尤もそのバケモノじみた魔術師さんなら何とかしてくれるのかもしれないけどね……。それにしても、ちょっと見ない間にあんたたちも強くなったね」
「あの人は?」
僕は、隣に座っているアリシアに聞いてみた。
「あたしは知らないわ」
「あの人は、ヴァニア・シモーネさんだ。あの人のパーティもこの店の常連だぜ」
向かいの席に座ったカーラが教えてくれた。
ヴァニア・シモーネは、プラチナの鎧を装備した重装戦士で身長はクリスティーナたちよりも高いだろう。
この街には、西洋人らしい大柄な女性が多いが、その中でも特に大柄な女性だ。
僕は、疑問に思ったことをヴァニアに質問する。
「フェーベル家の救出作戦は、失敗したのでしょうか?」
「ああ、大失敗さ。参加した冒険者の半分が死んで、アンジェラたちを含めた10人以上の女が囚われたという話だよ」
「一度、失敗したのにどうしてまた失敗したのですか?」
「それが2回目は、応募した冒険者の数が少なかったらしい」
「それなのに中止されなかったのですか?」
「フェーベル家のお抱えの冒険者で数を補ったそうだが、そいつらがひよっこばかりで使えなかったと聞いたな」
ヒーラーやキャスターならいいが、タンクの場合、弱い冒険者はかえって足を引っ張るだろう。
過剰にダメージを受けてヒールワークを乱すからだ。
むしろ、今回のような作戦では、烏合の衆で攻略するよりも連携の取れた少数精鋭で挑んだほうがいいかもしれない。
「そうですか。ありがとうございます」
「アンジェラたちを助けられるのなら、助けてやってくれ」
「ええ、次の課外活動で必ず」
救出するだけなら、今夜にでも可能だと思うが、そんな片手間でやってしまうと、僕の力を誤魔化せなくなるだろう。
このパーティ全員で時間を掛けて成し遂げたことにしたほうがいい。
それに一ヶ月あれば、クリスティーナたちも相当強くなるだろう。
彼女たちだけで攻略できるようになるのが理想だ。
◇ ◇ ◇
僕たちは、食事を摂った後、部屋に移動した。
『キャンプルーム』
部屋に入るなり、僕は、『キャンプルーム』の扉を部屋の真ん中に召喚した。
「あっ……」
「今日もやる気か?」
「…………」
「ええ、強くなるためです」
「はぁ……仕方ねぇなぁ……」
僕が扉を開けて中に入ると、パーティメンバーたちも『キャンプルーム』の中へ入ってきた。
全員が入ったところで、扉を閉めてから『アイテムストレージ』へ戻す。
『キャンプルーム・裏口』
そして、『キャンプルーム・裏口』の扉を召喚する。
前回、『キャンプルーム』内から帰還させたので、外は『オークの砦』に繋がっているはずだ。
『トレード』
僕は、クリスティーナに『魔力超回復薬』を12本渡した。
「それを2本ずつ配って」
「分かったわ」
「今日は、僕はここで待機しているから、僕抜きで攻略してみて」
「なっ、それは無理よ」
「どうして?」
「この間もあなたが居なければ、時間内に終わらなかったわ」
「明日は、休日だから時間は気にしなくてもいいでしょう?」
「そんな……」
「オイ、ユーイチ。オレたちがオークに捕まったらどうするんだよ?」
「そのときは、助けに行きますよ」
「それまで、オレたちはオークの慰み者かよ……」
「恐ろしいですわ……」
「大丈夫です。十分に勝算はあります。みんな大型種よりも強くなりましたし、僕が与えた装備もあるわけですから」
「それはそうですけれど……」
レティシアも不安げだ。
「僕が居ると依存してしまうでしょう? それは、おそらく成長を阻害すると思います」
僕が手出しをしなければ、僕に配分される筈の経験値が彼女たちに配分されるのは間違いない。
「では、行ってきてください」
「……分かったわ。戦闘準備! ポーションを2本ずつ配るから、1本はすぐ飲んでおいて」
「分かりましたわ」
「ああ、いいぜ」
「大丈夫かしら……?」
「覚悟を決めるべきだな……」
「……もう、あんな無様はしない」
パーティメンバーたちは、『キャンプルーム』の中でセットアップを行い、裏口の扉から出て行った――。
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