10―47

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 全員が入ったことを確かめてから、『キャンプルーム』の裏口の扉を閉めて、『アイテムストレージ』へ戻した。


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、【06:17】だった。

『キャンプルーム』の中は、『テルニの街』の現地時間になっているようだ。

 入り口の扉が『テルニの街』の宿屋に繋がっているからだろうか。

 出発の時間までは、まだ余裕がある。


「お風呂に入ってきては?」

「おっ、いいな。ユーイチも一緒に入ろうぜ」

「入りません」

「ちぇっ……」

「ユーイチも一緒に入りましょう」


 クリスティーナまでそんなことを言い出した。


「いや、それはマズいですよ……」

「バルネアでは、一緒に入っているじゃない」

「でも、バルネアでは、着衣で入浴しているわけですし……」

「今さらね。何度もわたくしたちの身体を見てるでしょう?」

「それは、仕方がなかったからで……」

「あらあら、ユーイチくんは仕方がないから見ていたのですか? お姉さん残念だわ……」

わたくしの身体に興味が無いと言われると自信を無くしてしまいますわ」

「興味があるから問題なんですよ……」

「ユーイチとなら安心して一緒に入れるわ。いいでしょ?」


『何だか非常にマズい展開になってきた……』


「レリアさんも何とか言ってくださいよ」

「べ、別に私は構わん。前にも言ったが貴様のような子供に見られても、どうということはない」

「おおっ、レリアがこんなことを言うなんてな」

「からかうでない!」

「さぁ、ユーイチ。遠慮しないでお風呂に行きましょ」


 アリシアが僕の手を取って浴場へ誘った。


「……分かりました。でも、バルネアみたいに服を着たままですよ?」

「ええ、行きましょ」


 僕は、パーティメンバーと共に『キャンプルーム』の浴場へ移動する。


「おお、広いな」

「喫茶店の地下にあった浴場と似ていますわ」


『装備7換装』


 僕は、浴衣に着替えて、下駄を脱いで洗い場を横断し、サッサと湯船に入った。

 体育座りで湯船の端にもたれる。


 ――ザバッ


 右隣で水音がした。

 見ると裸のクリスティーナが湯船に腰を下ろしているところだった。


「ちょっ!?」

「ユーイチ、こっちを見ては駄目よ」


 僕は、慌てて目を逸らした。


「どうして裸なんですか?」

「だって、このお風呂は、裸で入ったほうが気持ち良いのですもの……」


 ――ザバッ


「そうですわ」


 左隣でも水音がして、裸のレティシアが湯船に入ってきた。


 ――ザバッ


 ――ザバッ


 ――ザバッ


 ――ザバッ


 ――ザバザバザバザバザバ……


 ――ザバザバザバザバザバ……


 ――ザバザバザバザバザバ……


 裸のパーティメンバーが僕を囲うように湯船に入ってきた。


「わあぁぁ……ちょっと……」


 僕は、慌てて目を閉じて下を向いた。


「ふふっ、可愛い反応ですわ」


 グレースがそう言った。

 同時に僕の頭が撫でられる。


「裸で同じお風呂に入るのは、マズいですよ……」

「いいじゃない。ユーイチはおかしなことしないでしょ?」

「そうだぜ。もしかして、オレたちに何かするつもりなのか?」

「いえ、それはないですけど……」

「では、構いませんわね」


【戦闘モード】


 僕は、諦めて【戦闘モード】を一瞬起動して冷静さを取り戻した。


「ねぇ、ユーイチも脱いだら?」

「分かりました」


『装備8換装』


 湯船の中に入った状態なら、それほど変わらないと思い、僕は裸になった。

 クリスティーナが言った通り、裸で入浴するほうが気持ちが良い。


「ふぅ……」

「おっ、開き直ったみたいだな?」

「『ローマの街』の女性って、みんなこうなの?」

「こうって何だよ?」

「男の人と一緒に平気で入浴したり……」

「それは、誤解ですわ。カーラのような人は『ローマの街』でも特殊な部類ですわ」

「ちょっと待て! レティも今、ユーイチと一緒に風呂に入ってるじゃねーか!?」

「ユーイチだからですわ。ユーイチは、わたくしの弟みたいなものですから」

「弟ねぇ……? つまり、レティは弟に欲情する変態ってことだな?」

「なっ!? 何を言ってますの!?」

「ユーイチの頭を洗ってるときとか完全に欲情してたよな?」

「してません!」

「オレの目は誤魔化せねーぜ? あの顔は、絶対に欲情してた。あのときのことを思い出してみろよ?」

「なっ、勝手にそう思っていてください」

「まぁ、クリスも欲情してたけどな」

「ちょっと、わたくしに矛先を向けないで頂戴!?」

「お前たち、静かに入浴できないのか?」


 レリアが見かねて口を挟んだ。


「そういうレリアだって、ユーイチに腋の下を触られて欲情してたじゃんか」

「なっ、何を言っているのだ!?」

「恥ずかしがることは、ございませんわ。あたくしも感じてしまいましたもの」


 僕は、パーティメンバーの成長について聞いてみる。


「皆さん、魔術のレベルは、上がりましたか?」

「ええ、わたくしは、回復系レベル3と精霊系レベル3まで使えるようになったわ」


 クリスティーナがそう言った。


わたくしは、回復系レベル2と精霊系レベル3までですわ」


 レティシアが答える。


「オレは、精霊系がレベル3に上がったぜ」

「あたくしも精霊系がレベル3に上がりましたわ」


 カーラとグレースが続けて言った。


「あたしも精霊系がレベル3に上がったわ」


 アリシアも精霊系魔術がレベル3にレベルアップしたようだ。


 つまり、現在パーティメンバーが使える魔法をまとめると、以下のようになる。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ・クリスティーナ : 回復系レベル3、精霊系レベル3

 ・レティシア : 回復系レベル2、精霊系レベル3

 ・カーラ : 精霊系レベル3

 ・グレース : 回復系レベル3、精霊系レベル3

 ・アリシア : 魔力系レベル5、精霊系レベル3

 ・レリア : 精霊系レベル5


―――――――――――――――――――――――――――――


 思ったよりも成長していないように感じるが、普通の冒険者の成長速度なら、こんなものなのだろうか。

 ただ、『オークの砦』のオークだけで、この半月の間に地下迷宮で得た経験値より、ずっと多くの経験値を稼げたはずだ。

 火曜日と木曜日に『オークの砦』を攻略すれば、地下迷宮と交互に攻略できていいかもしれない。


「それにしても、ユーイチってこんなに強かったのね」

「ホントですわ」

「ああ、チビっちまいそうだ……」

「ゾクゾクしますわぁ……」


 元から使えるアリシアと【冒険者の刻印】を刻んでいないレリアを除いたパーティメンバーは、相手の力量を察知するスキルが使えるようになったため、僕に対する見方が変わったようだ。


「その能力って、具体的にどんな風に相手の強さが分かるの?」

「言葉では説明しづらいぜ……。アリシアやレリアもオレたちより強いのが分かるけど、ユーイチには底知れない強さを感じるぜ」

「直感というのかしら、見ただけで『これは絶対に勝てない』って感じるのよ」

「戦おうとかしないでも?」

「あなたと戦おうなんて考えたら震えがくるわよ……」

「もしかして、ユーイチは【エルフの刻印】を刻んでいるのか?」


 レリアが鋭い質問をしてきた。


「実は、そうなんです……」

「一体、どうやって?」

「エルフの元伝承者と知り合いまして……」

「信じられない話だな……私が里を出てから、いろいろなことが変わったのだろうか……?」


 クリスティーナが口を挟む。


「じゃあ、ユーイチには、【リザレクション】が効かないのね?」

「ええ、1度だけ蘇生魔術が発動しますが、蘇生猶予状態にはなりません」

「でも、ユーイチが死ぬことは、ありえねーだろ」

「死にかけたことはありますけどね」

「何と戦って?」

「トロールの大群です」

「座学で習ったけれど、オーガよりも強いのよね?」

「そうですね。再生能力が高いみたいなので、オーガよりも手強いです」

「そんなモンスターの大群と戦うってどういう状況だよ?」

「『東の大陸』には、トロールの大群が棲息する洞窟があったんですよ」

「富士の麓にあるという洞窟だな?」


 流石にレリアは知っていたようだ。


「ええ、調子に乗って挑戦したら、死にかけました」

「ユーイチでもそんなことがあるんだな。ちょっと安心したぜ」


 僕たちは、暫くの間、入浴を楽しんだ――。


 ◇ ◇ ◇


『キャンプルーム』


 僕は、『キャンプルーム』の扉を召喚して宿の部屋に出る。

 パーティメンバーが全員出たところで、扉を『アイテムストレージ』へ戻した。


 ――今日は、7月29日(水)だ。


 時刻は、朝の7時過ぎだった。

 パーティメンバーたちと一階へ降りる。

 僕たちの他には、一番奥のテーブルにパーティとおぼしき6人の冒険者が座っていた。


「おはようございます」


 前に見た40代半ばくらいのウェイトレスが声を掛けてきた。


「おはようございます」

「朝食をお願い」

「畏まりました、こちらへどうぞ」


 ウェイトレスは、僕たちを近くのテーブルへ案内した。

 僕は、席に座った。


「暫くお待ち下さい」


 そう言って、ウェイトレスの女性が厨房のほうへ歩いて行った――。


 ◇ ◇ ◇


「なーんか、疲れた気分だぜ」

「そうですわね」

「一晩中、戦っていたからな」

「これから、また夕方まで歩かないといけないかと思うと気が滅入るぜ」

「お仕事だから、仕方ありませんわ」

わたくしたちに比べてカーラは装備が軽いからましよ」

「あー、それはそうだな」

「クリスたちにも軽装備を作りましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ。以前に比べると苦にならなくなっているから」

「ホントですわ。最初の頃は、装備が重く感じて大変でしたもの」


 クリスティーナとレティシアは、刻印を刻んだ当初と比べ、筋力が上がって金属鎧の重さが気にならなくなったようだ。

 僕も現在装備している『魔布のローブ+100』を初めて装備したときには重く感じたが、今では全く苦にならなくなっている。そろそろ、+1000とかにグレードアップしてもいい頃かもしれない。


 先ほどのウェイトレスが僕たちの朝食を運んできた。

 厨房との間を4回往復して、全員分の朝食をテーブルに並べる。


 朝食は、ミネストローネと小ぶりなスティック状のクラッカーのようなパンだった。

 個人的には、『ローマの街』の『キアーナ亭』の朝食よりも、こちらのほうが好みだ。


「「いただきます」」


 僕は、朝食を食べ始めた――。


 ◇ ◇ ◇


 朝食を食べ終えた僕たちは、『テルニの街』を出て、駅馬車の発着駅へと移動した。

 今回は、発着駅に寄るようだ。

 事務のカウンターでクリスティーナは、『ローマの街』の近くの発着場で渡されていたカードを渡して、別のカードを受け取っていた。


「そのカードって何なの?」


 僕は、興味を引かれて質問してみた。


「これは、巡回警備の依頼をちゃんと行ったという証よ」


 そう言って、クレジットカードくらいの大きさの金属の板を見せてくれた。

 カードは、少し擦り傷があるものの、駅馬車に乗るときに渡された金属製のプレートのようにベコベコではなかった。

 カードには、中央に大きく「復」という文字と右下に小さく「テルニ」という文字が入っていた。


「『復』って復路って意味?」

「そうよ。最初のカードには『往』の文字が入っていたの」

「なるほど……」

「このカードを明日、『ローマの街』の発着場で渡すと『組合』に届ける為の完了の『完』という文字が入ったカードを渡されるわ。それを『組合』に持って行くと報酬が貰えるのよ」

「へぇ……」


 つまり、このカードは、不正を防止するためにあるようだ。

 依頼を受けた後、何処かでサボって報酬だけ貰おうとした冒険者パーティが居たのかどうかは分からないが、冒険者と言えども信用はできないということだろうか。

 元の世界の物語に登場する冒険者は、食い詰めたゴロツキ連中がなるような職業だったりするが、この世界の冒険者は、大半が商家の出身者なので裕福な家に生まれた人間が就く職業だった。

 勿論、商家の出身だからと言って、モラルが高いとは限らないわけだが……。


 そして、僕たちは、駅馬車の発着駅を出た後、街道の巡回警備のため、『ローマの街』へ向けて出発した――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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