10―42

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 今日は、ゴブリンに遭遇することもなく、夕方の4時過ぎに『テルニの街』の城門近くへ到着した――。


 駅馬車の発着駅には寄らず、『テルニの街』の城門へ向かう。

 クリスティーナが全員分の通行税を支払ったので、僕たちは城門をくぐり、『テルニの街』の中へ入った。


「通行税はいいのですか?」

「ええ、それも報酬から必要経費として差し引くからいいのよ」

「なるほど」

「この依頼の報酬は、一人3ゴールドよ」

「へーっ……」


 ちょっと、安いようにも思うが、こんなものなのだろうか。

『エドの街』で受けられる『ムサシノ牧場』の警備のほうが1日1ゴールドなので割が良い。


「へーって、お前、今、安いと思っただろ?」

「まぁ……。4日掛かって3ゴールドだと安いのでは?」


 確か普通の庶民でも月に20ゴールドくらい稼ぐという話を聞いたことがある。

 そう考えると、モンスターを倒した時に得られるお金を含めても安いのではないだろうか。

 勿論、月に20ゴールド稼ぐ庶民というのは、一家の大黒柱である父親だけだろう。

 酒場でウェイトレスをしていたリリアは、客から貰うチップや身体を売ったお金で生計を立てていたようだが、チップはひとつのテーブルにつき銀貨1枚程度が相場のようだった。チップだけの収入だと1日に銀貨5枚がいいところだろう。


「それはそうだけどよ。でも、この仕事はあまり危険がないから人気あるんだぜ?」

「それは分かります」


 飲まず食わずでも大丈夫な冒険者には、報酬が安くても安全な仕事のほうが良いと考える者も多いのかもしれない。

 ただ、今回のように冒険者パーティが2日の行程で20体程度のゴブリンを倒すだけだと、なかなか成長しないのではないかと思う。

 ゴブリンの集団と遭遇せずに戦闘が無い可能性もあるわけだし、平均すれば学園の実技よりも戦闘経験が得られないかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


『テルニの街』の市場は、相変わらず賑わっていた。


「ちょっと、早いけれど、宿に行きましょう」


 そう言ってクリスティーナが案内したのは、僕が以前に宿泊した『ファルファ亭』だった。


「「いらっしゃいませー!」」


 僕たちが店の中に入ると3人のウェイトレスたちが元気よく挨拶をした。

 そのうちの一人が僕たちの前にやって来る。

 この前と同じ金髪ショートカットのウェイトレスだ。


「メリエール様。いらっしゃいませ。あら、そちらの魔術師様は、この間の?」

「どうも、その節はお世話になりました」

「いえ、こちらこそ。あの後、若いのに気前が良いって皆で噂をしておりましたのよ」

「ユーイチもこの宿に泊まったのね」

「ええ、『ローマの街』に行く前に」

「オレたちも課外活動では、この宿を使ってるんだぜ」

「では、お席にご案内いたします」


 ウェイトレスの女性に案内されて、店の奥へ移動する。案内された席は、以前と同じ一番奥の角にあるテーブルだった。

 あのときと同じように時間が早いからか、まだ誰も客が居なかったので、最初の客はこのテーブルに案内することになっているのだろう。勿論、一人客ならカウンター席だろうけど。


「いつもみたいに部屋をお願い」

「畏まりました。皆様、同じお部屋でよろしいですか?」

「ええ、いいわ」

「ご注文はどうされますか?」

「何にする?」

「あたしは、パスタが食べたい気分ね。ボロネーゼと赤ワインをボトルで」


 アリシアが最初に注文した。


「じゃあ、僕も同じもので」

「ワインは、あたしと一緒に飲みましょ」

「オレも今日はワインを飲むぜ」

「じゃあ、赤ワインを3本と人数分のグラスを持ってきて」

「畏まりました」

「料理は、みんな同じものでいい?」


 クリスティーナがパーティメンバーに問いかけた。


「ああ」

「オレもいいぜ」

わたくしもですわ」

「あたくしもそれで」

「ボロネーゼも人数分お願い」

「畏まりました」


 ウェイトレスの女性は、僕たちの注文を取った後、戻っていった――。


 ◇ ◇ ◇


 出てきた料理は、以前に食べたものと同じミートソース・スパゲッティーのような料理だった。


『これがボロネーゼだったのか……』


 僕は、料理に詳しくないので、ボロネーゼという料理は名前しか知らなかった。

 イタリア料理とかフランス料理といったものは、高校生の僕にはあまり馴染みがないのだ。


「ユーイチ」

「ああ、どうも」


 クリスティーナがグラスにワインを注いでくれた。

 僕もお返しにワインのボトルを手に取って、クリスティーナのグラスにワインを注いだ。


「それじゃ、乾杯しましょう」


 全員のグラスにワインが満たされたのを確認してから、クリスティーナがそう言った。


「何に?」

「そうね……わたくしたちのパーティに……」

「「かんぱーい!」」


 僕は、ワインの入ったグラスを掲げた――。


 ◇ ◇ ◇


 夕方の6時を過ぎた頃から店内には客が増えてきた。

 客の中には、僕たちの他にも駅馬車の街道を警備する依頼を受けた冒険者が居るかもしれない。

 しかし、宿泊した停車駅で見た顔はなかった。


「そろそろ、部屋に行きましょう」

「えぇ!? もうかよ?」

「人が増えてきたわ」

「こんな早くに寝ちまうのは勿体ねーぜ?」

「じゃあ、あなたは男漁りでもしてくれば?」

「最近、ご無沙汰で溜まっているのではなくて?」

「レティも言うようになったじゃねーか?」

「なっ!?」


 レティシアは、頬を赤く染めた。

 こういう話題では、カーラのほうが一枚上手のようだ。


「まぁ、いいや。今夜は、ユーイチに相手して貰おうかな?」

「しませんよ?」

「ふふっ、振られちゃったわね」


 僕たちが立ち上がると、ショートカットのウェイトレスがこっちに向かって来る。

 クリスティーナが銀貨を1枚テーブルの上に実体化させた。


「ごちそうさまでした」

「ありがとうございます。旦那様」


 ウェイトレスは、チップの銀貨をポケットに入れてから、僕たちに続いて入り口のほうへ移動した。


「女将さん、お会計です」

「はいよ」


 奥から前に見た太った女将が出てきた。


「これは、メリエール様。毎度、ご贔屓に……。あら、あんた。学園に入ったのかい?」

「ええ」


 女将は、僕のことを覚えていたようだ。


「こちらです」


 ウェイトレスは、伝票らしきメモを女将に渡した。


「宿代と朝食代を含めて、金貨2枚と銀貨2枚と銅貨7枚になりますよ」


 クリスティーナがピッタリの額をカウンターに実体化させた。


「まいどあり。いつも通り、二階の一番奥の部屋です」


 女将が部屋の鍵を差し出し、クリスティーナが受け取った。


「ええ。じゃあ、行きましょ」


 パーティメンバーのウェイトレスや女将に対する態度は素っ気ない。

 一般人など歯牙にも掛けていないというか、生まれたときからかしずかれるのに慣れているようだった。


「ご馳走様でした」


 僕は、女将とウェイトレスに会釈をして階段へ移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 僕が前に泊まったのと同じ部屋だった。

 8台のベッドが所狭しと置いてある圧迫感のある部屋だ。

 クリスティーナとグレースとレティシアが天井に【ライト】の魔術で明かりを設置する。

 一人2箇所ずつ設置したので、天井の6箇所に光源が設置された。

 これだけ【ライト】の光源が設置してあると、部屋の中はかなり明るい。

 僕たちには、あまり関係ないが、一般人だと寝るときに明かりが煩いと感じるかもしれない。


「じゃあ、ユーイチは一番奥のベッドね」

「はい」


『ローマの街』の『キアーナ亭』で宿泊した時と同じ位置にあるベッドへ移動する。


『装備7換装』


 僕は、寝間着に着替え、壁のほうを向いて、ベッドに腰を掛けた。

 背後からは、パーティメンバーたちが着替える衣擦れの音がする。


「ねぇ、ユーイチ。ここまでの課外活動はどうだった?」


 クリスティーナが後ろから声を掛けてきた。


「ピクニックみたいで楽しかったですよ」


 僕は、振り向かずにそう答えた。


「そう……。あなたが楽しめたのなら良かったわ……」


 クリスティーナがそう言った後、背後からごそごそと動く気配が消えた。


「もう、こっちを向いてもいいわよ」


 僕は、下駄を脱いで、ベッドに上がって、ベッドの上で胡座をかいた。

 クリスティーナは、こちらを向いてベッドに腰を掛けている。

 いつもの寝間着姿だ。

 キチンと足を揃えて、行儀良く座っている。

 バルネアで僕の髪を洗うときには、足を開いて座っていたが、あれは、排水口を足で塞いでしまわないようにしていたのだろう。

 清楚なクリスティーナやレティシアが意味もなく足を開いて座るとは思えなかった。


「来月の課外活動は、地下迷宮のオークと戦って囚われている女性たちを救出するということでいいの?」

「いえ、地下迷宮の探索ということにしておきましょう。あくまでもオークの拠点を襲撃するのは、ついでです。それにフェーベル家の作戦が成功している可能性もあるので、女性を救出するという目的は必要無いかもしれません」

「確かにオークの拠点へ攻撃を仕掛けるなんて計画は承認されないでしょうね……でも、本気なの?」


 捕まったらオークの慰み者になってしまうのだから、クリスティーナが慎重になるのも分かる。


「……じゃあ、これから実際にオークと戦ってみましょうか?」

「どうやって?」

「オイオイ、本気かよ?」

「一体、どうやって……」

「「…………」」


 僕の言葉にパーティメンバーは不安そうな顔をする。


「ちょっと、待ってください」


 僕は、地下迷宮でコボルトやゴブリンを狩って、彼女たちをチマチマと成長させていくのが面倒くさくなっていた。

 PL――パワーレベリング――するなら、効率よくやったほうがいい。


【工房】→『アイテム作成』


 僕は、目を閉じて『ロッジ』に似た部屋をイメージする。

『野外テーブルセット』のような8人掛けのテーブルセットを2×2の4台設置する。

 部屋のサイズは、幅14メートル、奥行き10メートル、高さ3メートルとした。

 入り口の扉は、『ロッジ』と基本的に同じものだが、直径30センチメートルの円形の物見窓を顔の高さに設置する。扉を召喚したときに外が見えるようにするためだ。


 そして、入り口正面の奥の壁に浴場へ通じる扉を設置した。

 浴場のサイズも幅14メートル、奥行き10メートル、高さ3メートルで、入り口から3メートルを洗い場として、奥の14×7メートルに湯船を設置する。湯船は、『ハーレム』などと同じ仕様だ。

 また、入り口から入って右奥の壁の中央に『アイテムストレージ』から出し入れ可能な裏口の扉を設置する。扉のデザインは、入り口の扉と同じ物見窓のあるタイプだ。

 入り口の扉を『アイテムストレージ』へ格納したときに『自動清掃機能』を発動させる機能を追加する。


 そして、以下の条件を追加した。


―――――――――――――――――――――――――――――


 追加条件1:分解不可

 追加条件2:譲渡不可


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 魔法石は、11個必要だった。

【商取引】で魔法石を購入してから作成する。


[作成]


 名前は、『キャンプルーム』にした。

 冒険者として活動中にキャンプ用として使うつもりだからだ。

『アイテムストレージ』には、『キャンプルーム』と『キャンプルーム・裏口』の2つのアイテムが追加された。


 作業を終えた僕は目を開ける。


『装備2換装』


 僕は、ベッドから下りて装備を換装した。

 クロークのフードを上げる。


『キャンプルーム』


 部屋の一番奥にはランプの載った台が置いてあるので、部屋の中央の通路の僕のベッドとクリスティーナのベッドの間の位置に『キャンプルーム』の扉を召喚する。


「なっ!?」

「えっ!?」

「何だ?」

「あっ、扉がっ……」

「ほぅ……」

「扉ですわね」


 突然、部屋の中に扉が出現したのでパーティメンバーたちは驚いたようだ。


「この中に入って」


 僕は、そう言って扉を開けて『キャンプルーム』の中へ入った――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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