10―41
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レティシアが一つ向こうの右の席から僕を呼ぶ。
「ユーイチ、お茶を頂けますか?」
「了解。他に欲しい人は?」
「
「オレにも」
「私も」
「じゃあ、あたしも」
「あたくしにもくださいな」
『ダージリンティー』『ダージリンティー』『ダージリンティー』『ダージリンティー』『ダージリンティー』『ダージリンティー』『ダージリンティー』
僕は、『ダージリンティー』を全員の席に出した。
「なぁ? こんな課外活動より、地下迷宮のほうが成長できるよなぁ?」
「野外での戦闘経験を積むことも大切なことよ」
「でも、やってることは、あんまし変わんねーじゃん」
「それは、ユーイチが敵を眠らせてくれるからでしょ」
「ユーイチもこのパーティのメンバーなんだから、同じことじゃん」
「そうだけど、ユーイチの【スリープ】が効かないモンスターが居るかもしれないわよ」
「そんなの、地下迷宮でも同じだろ」
「まぁ、敢えて乱戦で戦ってみるのもいいかもしれませんね」
「うむ。臨機応変に対応する力を身に着けるのも大事なことだ」
レリアが僕の意見に賛同した。
「ユーイチが【スリープ】を使わないということ?」
「少なくともピンチになるまでは、使わないということでどうでしょう?」
「じゃあ、ユーイチは
「ええ、僕とレリアが戦闘に参加したら、他のメンバーの負担が減って成長を阻害しますからね」
「あたしはいいの?」
アリシアがそう言った。
「アリシアは、【メディテーション】が使えるようになるまで精霊力を鍛えてください」
「分かったわ」
僕は、紅茶を飲みながら、パーティメンバーたちと過ごした――。
◇ ◇ ◇
――夜更け過ぎ。
【ワイド・レーダー】に反応があった。
見ていると赤い光点の集団が真っ直ぐにこちらへ向かって移動してくる。数は10体だ。
「モンスターです」
「何処から?」
「街道のある方角のやや左前方です。でも、10体ですし、他の冒険者に任せましょう」
「……そうね。そうしましょう」
【ワイド・レーダー】にまた新たな反応が出現した。
今度は、街道の方を見て右前方からだ。
暫く待って、数を数えると今度も10体だった。
「新たな10体が街道に向かって右前方からやって来ます」
「全部で20体ね。それでも
「ええ」
この広場には、僕たちを含め12パーティ、約70人の冒険者がキャンプしているのだ。
冒険者たちが、どれくらいの距離でモンスターを探知するのだろうかと見ていると、ゴブリンが街道に出現したところで気付いたようだ。
冒険者たちが騒ぎ出す。
「ゴブリンだーっ!」
「「戦闘準備!」」
「やっと来やがったか!?」
「飛んで火にいる夏の虫だぜ!」
「オラオラオラオラオラァ!」
「ヒャッハー!」
「汚物は消毒だーっ!」
一部の冒険者が口々に好き勝手なことを叫びながら、ゴブリンの来るほうへ飛び出して行った。
また、新たな赤い光点が【ワイド・レーダー】に出現した。
赤い光点は、どんどん増えていき、12個で増加が止まった。
今度は、街道とは反対方向から接近してきたようだ。
僕たちが居るところから近い場所に来そうだった。
「今度は、反対側から12体が接近してくるよ」
「じゃあ、そいつらは、オレたちが狩ってやろうぜ?」
「いいわ。そうしましょう。ユーイチ、いいかしら?」
「ええ、勿論」
「戦闘準備!」
クリスティーナの掛け声と共に僕を含めたパーティメンバーが立ち上がった。
僕は、食器を片付ける。
そして、ゴブリンがやってくる場所に移動した。
「この向こうから来ます」
「レティ、前に出るわよ」
「ええ」
クリスティーナとレティシアが前に出て盾を構えた。
【レビテート】
僕は、【レビテート】を起動して3メートルほど浮上した。
【テレスコープ】
視界を拡大してゴブリンの集団を確認する。
ゴブリン・シャーマンが1体とホブゴブリンが2体、弓持ちのゴブリンが4体、普通のゴブリンが5体のようだ。
「シャーマンが1体、ホブゴブリンが2体、アーチャーが4体居るね」
まだ、数百メートルの距離がある。
ゴブリンたちは、走って来ているが、深い草原なので、少し移動しにくそうだ。
50メートルくらいまで接近したとき、弓持ちのゴブリンたちが僕に矢を射ってきた。
その光景を見た瞬間にカチリと意識が切り替わった。
自動的に【戦闘モード】が起動したのだ。
4本の矢は、ゆっくりと近づいて来る。
避けると背後に居る冒険者たちに当たる可能性があるので、受け止めたほうがいいだろう。
【グレート・シールド】
念のためバフを入れておく。
素で受けても即座に回復すると思うが、防げるのに防がないのは精神衛生上悪いからだ。
そして、【戦闘モード】を強制的に解除する。
4本の矢が僕に当たった。
しかし、【グレート・シールド】により展開された防御フィールドに阻まれて、矢は僕が着ているローブに到達する前に威力が殺されて地面に落ちていく。
「ユーイチ!?」
「ん? 何ともないです」
「ホントかよ!?」
「ええ」
「クリス! ユーイチの心配をする必要はない。ユーイチが本気なら、この程度の敵は、1秒と掛からずに殲滅するだろう」
レリアがそう言った。
「わ、分かったわ。みんな来るわよ。気を抜かないで!」
「ええ」
「よっしゃーっ!」
「分かりましたわ」
「厄介なシャーマンから仕留めないと……」
アリシアがそう言ったが、現実問題としてゴブリン・シャーマンは、最後尾に居るので難しい。
「どうやって?」
クリスティーナがアリシアに尋ねた。
「あたしが、上から魔法で攻撃するわ」
「気をつけてね」
「心配いらないわ。あたしは、閃光のアリシアよ」
アリシアが【レビテート】で上昇して僕の隣に並んだ。
すると、ゴブリン・シャーマンは、手に持った杖を掲げて【フレイムアロー】を放ってきた。
【フレイムアロー】は、アリシアではなく、僕のほうへ向かって飛んでくる。
また、自動的に【戦闘モード】が発動して世界が静止した。
流石に魔法は、矢の速度よりは速いが、それでも僕にはスローに見える。
【グレート・マジックシールド】
無駄と思いつつ、【グレート・マジックシールド】を起動する。
無駄と言っても【メディテーション】の効果が上回っているため、MPが減ることもないので、無駄という表現も適切ではないかもしれない。
そして、【戦闘モード】を強制解除する。
ボシュっと音を立てて、僕の胸の辺りに【フレイムアロー】が当たって炎が広がった。
しかし、【グレート・マジックシールド】に阻まれて炎は、僕の体に届かなかった。
アリシアが【フレイムアロー】をゴブリン・シャーマンに向けて放った。
間髪を入れずに【アイスバレット】、【エアカッター】、【ストーンバレット】と連続で発射する。
全て、ゴブリン・シャーマンに当たった。当然、その程度では倒せない。やっと、レベル2の精霊魔術が使えるようになったばかりのアリシアの精霊力では、威力が低いのだ。
今までの経験から、僕はアリシアの精霊力では20発くらい撃ち込まないと倒せないだろうと予想した。
ゴブリン・シャーマン自体もレベル2までの精霊系魔術が使える術者なので、精霊力は同じくらいだろう。
ちなみにゴブリン・シャーマンがレベル2までの精霊系魔術を使えることは、学園の座学で習った。
しかし、アリシアは、魔力系レベル5までの魔術が使える魔力系魔術師であり、スティレットを装備して戦う軽装戦士でもある。
精霊系魔術の攻撃力は同じくらいだが、防御力やHP/MPはアリシアのほうがずっと高いと思う。倒すのに時間はかかるだろうけど、アリシアが負ける要素は皆無だ。
攻撃を受けたゴブリン・シャーマンは、アリシアに向けて【アイスバレット】、【エアカッター】、【ストーンバレット】を撃ってきた。
アリシアがそれらの攻撃を受ける。
「アリシア!? 大丈夫なの?」
それを見たクリスティーナが心配して声を掛けた。
「心配ないわ。魔力系には、【シールド】や【マジックシールド】という自己強化型魔術があるの。どんな攻撃でもダメージを半減してくれるから、大したダメージを受けないわ。ユーイチが攻撃を受けても無傷なのは、そのせいよ」
「マジかよ!? 魔力系は凄ぇな! オレも魔力系が使えるようにならねーかな?」
「金属製の鎧を着たほうが早いわよ」
「違ぇねぇ!」
それから、アリシアは27発目の攻撃魔法でゴブリン・シャーマンを仕留めた。
意外としぶとかったが、おそらく、【リジェネレーション】による回復効果で延命されたのだろう。
いくら、レベル2の精霊力による攻撃魔法だとしてもゴブリン・シャーマンのHPがそんなに高いとは思えなかった。
僕は、振り返って他の冒険者たちの動向を探る。
戦闘が長引けば、手助けをするために参戦してくるのではないかと思ったからだ。
しかし、いくつかの冒険者パーティが遠巻きに僕たちの戦闘を興味深そうに眺めているだけだった。
主にアリシアの戦いぶりを観戦しているのだろう。
その間にクリスティーナとレティシアとカーラの3人は、ノーマルゴブリンを5体とも倒していた。
今は、ホブゴブリンをクリスティーナとレティシアで1体ずつ相手にしている。
ホブゴブリンと言えども地下迷宮で散々戦っているので、二人は慣れたものだ。
むしろ、その背後から飛んでくる矢が気になって集中できていないように感じる。
「カーラとアリシアは、アーチャーをお願い」
「分かったぜ!」
「ええ、任せて」
カーラがクリスティーナたちの後ろから飛び出して、ゴブリン・アーチャーのほうへ向かった。
同時にアリシアが空中からゴブリン・アーチャーの一体に精霊系の攻撃魔法を放つ。
――ギャッ!
ゴブリン・アーチャーに4種類の攻撃魔法がヒットした。
ゴブリン・アーチャーたちは、アリシアの魔法攻撃をより脅威に感じたのか、アリシアに向けて矢を放ってきた。
アリシアに4本の矢が当たる。
剥きだしの太ももに突き刺さった矢が痛々しい。
しかし、矢はすぐに消え去った。
ゴブリン・アーチャーの『アイテムストレージ』へ戻ったのだ。
意外に感じるが、ゴブリン・アーチャーの放つ矢は、魔法の装備なのだ。
勿論、そうじゃないと僕たちのように刻印を刻んだ者には殆どダメージを与えられないので当然なのだが、ゴブリンのような雑魚モンスターが魔法の武器で攻撃してくるというのは、元の世界の常識から考えると不自然に感じてしまう。
魔法の装備なのは、矢だけではない。弓もそうだし、みすぼらしい鎧も魔法の装備だ。
トロールが持つ大きな木製に見える原始的な棍棒も魔法の装備だった。
モンスターは、何者かにそういう風にデザインされた魔法生物なのだろう。
生命の進化から自然に発生した生物とは違う存在だ。
戦闘に目を戻すと接近したカーラが【ホーリーウェポン】の掛かった淡く光る槍でゴブリン・アーチャーを突き刺す。
アリシアの魔法攻撃の後にカーラの一撃を受けてゴブリン・アーチャーは、白い光に包まれて消え去った。
それから、僕たちのパーティは、5分と掛からずにゴブリンの集団を殲滅した――。
―――――――――――――――――――――――――――――
その後、朝になってもゴブリンは出現しなかった。
――今日は、7月28日(火)だ。
「結局、あれで打ち止めだったのかよ」
「いつもは、もっと出現するのですか?」
「いいえ、昨日のように波状攻撃してきた場合には、それ以上、出現しないことが多いわよ」
「ゴブリンの数にも限りがあるというわけね」
アリシアがそう言った。
「なるほど……」
クリスティーナが立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ出発するわよ」
「了解」
僕も立ち上がった。
「ヘイヘイ」
「もっと、シャキっとしなさい!」
「レティは、口うるせーな。そんなんじゃ、いつまで経っても処女のままだぜ?」
「何ですって!?」
「お前たち、いい加減にしておけ」
「「…………」」
他のメンバーたちも立ち上がった。
僕は、食器とテーブルセットを『アイテムストレージ』へ戻した。
そして、僕たちは、『テルニの街』へ向けて出発した――。
―――――――――――――――――――――――――――――
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