10―13
10―13
「……んさま。ご主人様」
「んっ?」
フェリアに呼び掛けられ、僕は起きた。
こうやって、誰かに起こされるときは、比較的簡単に目覚めるようだ。
目を開けるとフェリアが上から覗き込んでいる。
「……着いた?」
「いえ、前方にモンスターの反応がございます」
「え? マジで?」
冒険者が巡回して駆除しているため、馬車が襲われることはまずないという話だったのだが、たまたま遭遇するのだろうか?
「はい。冒険者らしき者たちの反応もございます」
「戦ってるの?」
「そのようです」
【ワイド・レーダー】
僕は、【ワイド・レーダー】を起動して状況を確認する。
視界に円形のレーダースコープのような【ワイド・レーダー】が表示された。【レーダー】や【ワイド・レーダー】は、自分を中心とした円形の範囲で作用するため、円の上方向は北ではなく、前方ということだ。
また、対象の高度も分かるようになっている。術者と同じ高さではないときには、光点の上や下に線が出るし、視界の表示を斜めに向けることで立体的に表示することも可能だ。
馬車の前方、やや右寄りの位置に10個の赤い光点と12個の青い光点が見える。
光点の上に線があるので、僕たちのいる位置よりも少し低い場所のようだ。
青い光点――冒険者――は、手前に6個と奥に6個の2パーティで、赤い光点――モンスター――を挟み撃ちにしているようだ。
距離は、今現在で500メートルくらいだろうか。
馬車が前進しているので接近しつつある。
僕は起き上がり、御者台に通じる窓へ向かった。
窓を開けて、御者のおじさんに話し掛ける。
「おじさん、前方で冒険者がモンスターと戦っているようです」
「本当かい? よく分かるね」
「そういう魔法があるのです」
馬車の速度が落ちて行く。歩くくらいの速度になった。
「あそこから下りになるから見えるだろうよ」
今、馬車は、なだらかな上り坂を登っている。
そこを越えて今度は下り坂になるのだろう。
平坦なところだったら、もう見えているはずだ。
馬車が停止した――。
『モンスター退治を手伝ったほうがいいかな?』
いや、数的にも有利みたいだし、問題はないだろう。
青い光点が減っていくようなら手助けをすればいい。
「本当に戦ってるな」
「戦闘に出くわすのは珍しいんですよね?」
「いや、月に何回かはあるな」
「そうなんですか? 2パーティが戦っているようですが?」
「ああ、2パーティというのも珍しくはないな。戦っているところに別のパーティが駆け付けることはよくあるそうだ。3パーティで戦っているのを見たこともあるよ」
冒険者パーティの人数は、6人であることが多い。
10体以上のモンスターと戦う場合には、かなり時間がかかるのかもしれない。
戦闘時間が長ければ長いほど、馬車が戦闘に出くわす可能性も高いというわけだ。
また、2パーティというのも珍しくはないようだ。『テルニの街』→『ローマの街』の上り方向と、『ローマの街』→『テルニの街』の下り方向で冒険者パーティが巡回しているので、たまたま近くに居たパーティが合流することも珍しくないのだろう。
「助太刀しなくてもいいですかね?」
「あんたらは、客なんだから、何もしなくてもいいさ」
「でも、彼らが全滅したら、この馬車が襲われますよ?」
「ハッハッハ、そんなことはないだろうが、そうなった時には頼むよ」
「分かりました」
僕は、そう言って、窓を閉めて席に戻った。
【ワイド・レーダー】で状況を確認してみると、赤い光点が一つ消えていた。
それから、10分くらいでモンスターを示す赤い光点が【ワイド・レーダー】から消え去った。
――ガタン……
馬車がゆっくりと動き出した。
僕は、【ワイド・レーダー】をオフにして、窓の外を眺める。
街道の左右に6人ずつの冒険者が居た。
馬車から見て左側の冒険者パーティは、男3人女3人のパーティで右側の冒険者パーティは、男4人女2人のパーティだった。
この辺りの冒険者パーティも男女混成が多いようだ。
『現在時刻』
時刻を確認してみると、【11:55】だった。
『ローマの街』へは、午後2時前には到着するようなので、まだ2時間近く時間がある。
僕は、左側に体を倒してフェリアの膝に頭を載せた。
ミニスカートとフード越しにフェリアの柔らかい太ももを感じる。
『なんだか、落ち着くな……』
目を閉じて暫く膝枕を堪能する。
そして、先ほどと同じようにルート・ドライアードの太ももに足を載せて仰向けに寝ころんだ。
「じゃあ、また眠るから、着いたら起こして」
「畏まりました。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
『2時間睡眠』
僕は、眠りに落ちた――。
◇ ◇ ◇
「……きてください、ご主人様……」
「んっ?」
意識が覚醒した。
「着いた?」
「はい。今しがた到着いたしました」
馬車は既に停車していた。
僕は体を起こして席を立つ。
すると、僕の左右に座っていたフェリアとルート・ドライアードが立ち上がり、全身鎧に装備を換装した。
僕の体が回復系魔術のエフェクトに包まれた。フェリアがバフを掛け直してくれたようだ。
ルート・ドライアードが最後尾の扉を開けて外に出た。
僕も続いて外に出る。
『テルニの街』の外にあったのと同じような発着駅だった。
僕は、御者のおじさんに別れの挨拶をしておこうと御者台のほうへ向かう。
「ありがとうございました」
「気をつけてな」
「はい。では……」
僕は、『ローマの街』へ向かう。
街道に出るとすぐ側に巨大な城壁がそびえ立っているのが見えた。
城壁自体は、他の街と同じもののようだが、目的地である『ローマの街』の城壁だと思うと他の街のものよりも立派な城壁に感じてしまう。
ここが、この世界で一番大きな街らしいのだ。
そういった予備知識もあって、オーラのようなものを感じてしまうのかもしれない。
僕は、窓口で6人分の通行税を支払って、『ローマの街』へ入った。
通行税は、一人当たり銀貨1枚だった。『エドの街』と同じ金額だ。
『ウラジオストクの街』や『アスタナの街』では、街へ入る通行税が一人当たり銀貨2枚だった。その後は、『テルニの街』まで『ゲート』で移動してきたので、『中央大陸』では通行税が高いのかと思っていたのだが、そうでもないようだ。
街の入り口付近の広場は、多くの人で賑わっていた。
広場に居る人の数は、『オデッサの街』で見たほどではないが、流石に大都市といった印象だ。
おそらく、この通りを歩いていけば、『組合』に着くだろう。
念のため、近くに居る人に聞いてみたところ、この通り沿いにあるという話だった。
『ローマの街』の『組合』は、『組合』の本部らしいので、建物も相当に大きいのではないだろうか。
暫く歩いていくと道の両側が麦畑のような耕作地帯になった。
大都市の『ローマの街』でも城壁内で食糧の生産を行っているようだ。
外には、ゴブリンなどのモンスターが出現するようなので、『エドの街』や『アスタナの街』のように城壁の外には、村が存在しないのかもしれない。そういえば、『ウラジオストクの街』がそうだったはずだ。街の周囲にモンスターが出現するため、周囲には村が無く、城壁内に村があるようだった。しかも、増えすぎた人口を養うことができないためか、『貧民街』まで存在した。もしかすると、『ローマの街』も同じ構図になっている可能性がある。
『マップの指輪』
僕は、現在位置を確認してみた。
『ローマの街』は、『テルニの街』から南へ60キロメートルほどの距離にあるようだ。
駅馬車に乗って移動したのは、正味5時間というところだ。駅馬車の速度は、時速15~20キロメートルというところだったと思うので、街道上での距離は80キロメートルくらいだろうか。
◇ ◇ ◇
1時間以上歩いて耕作地帯を抜けた。
僕は、人気の無い路地を探して大通りを外れた。
そして、建物の陰に移動する。
「じゃあ、ここからは、僕一人で行動するね」
「そんな!? 危険です!」
フェリアが大袈裟に驚いた。
危険だと言われても街中で危険があるとは思えない。
仮に僕たちと同じくらいの強さの冒険者が居たとしても街中で戦闘になることはまずないだろう。
「大丈夫だよ。危険を察知したらすぐに召喚するから」
「……分かりました。決して無理はなさらないでください」
「うん」
『フェリア帰還』『ルート・ドライアード帰還』『フェリス帰還』『ルート・ニンフ帰還』『ユキコ帰還』
僕は、使い魔たちを帰還させた。
これから、暫くは一人で行動するつもりだ。
ベルティーナが言っていた『冒険者の学園』にパーティで入学するのは面倒だからだ。
確か入学に1万ゴールドかかるようだし、使い魔ということがバレてしまっては困る。
そんな高度な魔術が使えるのにどうして冒険者の学校に入学するのかと思われてしまうからだ。
僕は、大通りに引き返して『組合』へ向かった。
――この街での設定を考えておいたほうがいいかもしれないな……。
出自をいろいろと聞かれる可能性がある。
『エドの街』の商家の人間ということにすればいいのではないだろうか?
この街に『エドの街』に詳しい人間が居るとは思えないので問題ないだろう。
僕は、「イトウ家のユーイチ」と名乗ることにした。
『エドの街』にイトウ家という商家があるかどうか確認するのは難しいだろう。
暫く住んでいた僕も『エドの街』の商家の名前を全て知っているわけではない。
もしかすると弱小商家にイトウ家という商家があるかもしれないが、必要ならレイコに頼んでイトウ家という商家を作ってしまうのもいいかもしれない。『夢魔の館』の娼婦たちをイトウ家の人間にしてファミリーを築くのだ。
『マフィアみたいなものを想像してしまった……』
それで思い出したが、『ローマの街』には犯罪組織があるらしい。
あまり目立ちたくないので、関わらないほうがいいだろう。
――他に何か決めておくことはないだろうか?
年齢は、去年刻印を刻んだばかりで18歳とでも言っておけばいいだろう。
この世界では、数え年が一般的だし、実際に僕はもうすぐ数えで18歳になるからだ。
冒険者の学校に集まるのは、刻印を刻んであまり時間が経っていない人が多いと思われる。
勿論、人によって様々な事情があるだろうけれど、僕と同世代が多いのではないだろうか。
そんなことを考えながら、僕は『組合』へ移動した――。
◇ ◇ ◇
30分くらい歩くと『ローマの街』の『組合』に到着した。
『ローマの街』の『組合』は、『エドの街』の『組合』に似た外観だったが、建物の大きさが倍以上ありそうだ。
この街でも『組合』前の広場には、冒険者らしき人たちがたむろしている。
僕は、大きな入り口から『組合』の建物に入った。
奥にはカウンターがあり、窓口がいくつもあった。
左の奥には、依頼の貼った掲示板がある。
『エドの街』の『組合』と似た配置だが、エントランスホールの広さが全然違う。
フロアの面積は4倍くらいありそうだ。
僕は、土地の取得を行うために正面の空いている窓口へ移動した。
受付嬢は、金髪セミロングの若い女性だ。
よく見るとこの女性は刻印を刻んでいるようだった。
『流石にこの世界一の都市だな。『組合』の職員まで刻印を刻んでいるとは……』
「すいません」
「何でしょうか?」
「土地を購入したいのですが、ここでよろしいですか?」
「はい。どのような物件をお探しですか?」
「そんなに広くなくてもいいので、『冒険者の学園』にできるだけ近いところをお願いしたいのですが?」
「それは、なかなか難しいかもしれません。学園近くの土地は、人気がありますからね……」
「できるだけで構いませんので……」
「ご予算は、どれくらいですか?」
『エドの街』の地価は、平米当たり金貨1~2枚程度だったが、『ローマの街』の相場はどれくらいなのだろうか?
この世界最大の都市らしいので、ずっと高い可能性もある。
「特に予算は決めていないのですが、平米当たりの地価はいくらくらいなのですか?」
「商業エリアですと、金貨2枚といったところですね」
地価は、『エドの街』とそう変わらないようだ。
「じゃあ、立ち退き料なども含めて5000ゴールドくらいまでなら出せますが?」
「小さな土地でよろしいのですよね?」
「はい」
「そのご予算ですと、かなり大きな土地を取得できますが……?」
「ああ、予算はそれくらいまで出せるというだけで、別に大きな土地が必要なわけではありません」
「具体的にどれくらいの大きさの土地が必要なのですか?」
「そうですねぇ……小さな店を開きたいので、最低でも10メートル四方くらいの大きさは欲しいです。できれば20メートル四方くらいあれば尚、いいですね」
「分かりました。今日中に探しておきますので、明日もう一度来てくださいますか?」
「そんなに早く探せるのですか?」
「ええ、余っている土地は、限られておりますので」
「分かりました。よろしくお願いします」
「はい」
「あっ、それから、お店を開くのに『組合』の許可は必要でしょうか?」
「特に必要ありませんわ」
「でも、娼館とかなら許可が必要ですよね?」
受付の女性は、顔を曇らせた。
「この街では、いかがわしいお店でも無許可営業のところが多いのです……」
ベルティーナが言っていた犯罪組織のせいだろうか?
「そうでしたか。僕が開くのは、喫茶店なので問題ないということですね」
「ええ、それでしたら何も問題ありませんわ」
「『冒険者の学園』は何処にあるのですか?」
「大通りを西へ行けば見えてきますよ」
「ありがとうございます。では、また明日」
「またどうぞ」
僕は、『組合』を出て『冒険者の学園』へ向かった――。
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