10―14

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 僕は、『ローマの街』の『組合』を出た後、『組合』前の広場の近くで交差している大通りを西へ向かった。

『テルニの街』は、『ローマの街』の北にあるので、僕たちは北門から『ローマの街』へ入り、南へ向かって歩いてきたはずなので、南を向いた状態から交差点を右へ曲がったのだ。


 30分くらい歩くと左手に大きな建物が見えてきた。

 円形の壁で囲まれた巨大な建築物だ。

 おそらく闘技場――コロシアム――だろう。

 元の世界の写真などで見た古代ローマ時代のものとは、かなり違う感じだ。

 円形の建物という点では同じだが、囲っている部分が街の城壁と似たデザインだった。

 また、通りの右前方には、丘の上に大きな建物が建っているのが見える。

 あれが『冒険者の学園』ではないだろうか。


 僕は、丘の上の建物を目指して移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 更に30分ほど歩くと建物の正門らしき場所に着いた。

 門は開け放たれていて、門柱には「冒険者の学園」と書いたプレートがはめ込んである。

 ここが『冒険者の学園』で間違いないようだ。


 今日は、【フライ】を使わずに徒歩で移動していた。

【フライ】の移動に慣れてしまっているので、普通に歩くのは面倒くさく感じる。

 しかし、この街には暫く逗留とうりゅうする予定なので、あまり目立ちたくはないのだ。

 学園で学ぼうとする者が魔力系レベル4の【フライ】を使っているのは不自然だということもある。


 門の中には、警備の冒険者らしき男女が立っている。

 男3人、女3人の6人パーティのようだ。

 僕が門の中に入るとリーダーらしき男の人が僕の前に立ちふさがった。

 外見年齢は、20代後半くらいだろうか。金属製の鎧を装備しているので、おそらく重装戦士だろう。武器は持っていないようだ。


「この学園に何の用だ?」


 男は、不審人物に誰何すいかするような態度で聞いてきた。


「入学希望者です」


 僕は、クロークのフードを上げてからそう答えた。


「そうでしたか。ペリーヌ、こちらを応接室にご案内しろ」


 男は、入学希望者と言った途端に態度を豹変させた。


「分かったわ」


 女性冒険者の一人が前に出た。

 外見年齢は、20代半ばくらいの女性だ。ハイレグ水着のようなソフトレザーアーマーを装備している。

 胸当ても身に着けておらず、全体的に肌の露出が多い装いだ。

 直接モンスターと対峙する戦士ではないのかもしれない。

 おそらく、精霊系の魔術師なのだろう。


『この格好だと盗賊みたいだな……』


 この世界には、「盗賊」という冒険者のクラスは無いそうだ。

 RPGのように盗賊が必要とされるような場面が無いようなのだ。

 迷宮の中に宝箱が置いてあったり、それに罠が掛かっていて解除しないといけないなんていうシチュエーションが無いのだろう。

 ただ、盗賊の仕事としてよくある偵察は、この世界でも有効な戦術だと思うが、それは魔力系魔術師のほうがずっと向いているのだ。魔力系魔術師は、【インビジブル】で姿を消して、【フライ】で飛行し、【レーダー】で物陰に潜む人やモンスターを知ることができる。


「ふふっ……。坊やは、あたしの身体が気になるの?」


 女性冒険者の身体をジロジロと見ていたので、勘ぐられてしまったようだ。

 普段は、『魔布の隠密クローク+10』のフードを被っているので、何処をガン見していても気取られることは無いのだが、挨拶をするためにフードを上げたのを失念していた。


「す、すいません。そんなつもりでは……。あなたが何のクラスなのか考えていたのです……」


 僕は、慌てて弁解をした。


「クラスって?」

「重装戦士とか回復系魔術師とかそういった役割のことです」

「へぇ……。あたしは何だと思ったの?」

「精霊系魔術師じゃないかと」

「正解よ。あたしは、ペリーヌ。よろしくね、可愛い魔術師さん」

「ユーイチです。よろしくお願いします」

「じゃあ、行きましょ。こっちよ」

「はい。では……」


 僕は、他の冒険者たちに会釈をしてからペリーヌの後について行った――。


 ◇ ◇ ◇


「入学希望者を応接室へ案内するわ」


 ペリーヌは、玄関から少し入ったところにある窓口で職員らしき女性にそう告げた。


「分かりました」


 職員の女性がそう答えた。

 その後、更に廊下を移動していく。


 そして、ペリーヌに案内されたのは、豪奢な応接室だった。

 彼女は、僕が部屋に入ってソファーに座った後も応接室の入り口付近に立っている。念のため僕を見張っているのだろう。


 ――コンコン


 ソファーに腰を掛けて、落ち着かない気分で待っていると、10分ほどで入り口の扉がノックされた。


 ――ガチャ


 ペリーヌが扉を開けた。


「待たせたね」


 そう言って30代前半くらいの口髭を蓄えた紳士っぽい男性が応接室に入ってきた。

 僕は、ソファーから立ち上がる。


「初めまして、ユーイチと言います」


 自己紹介をして頭を下げた。


「学園長のエドガー・バロワンだ」


 紳士っぽいダンディーな男性が僕の対面といめんに立ってそう言った。

 まさか、学園長直々に面談されるとは思っていなかったので驚いた。


「驚いたようだね?」

「はい。まさか学園長にお会いするとは思っていませんでした」

「入学金の支払いもあるからね。それにこの学園では、有力商家の子女が生活しているから、不審な者を入れるわけにはいかないのだよ」

「なるほど……」

「座ってくれたまえ」

「はい」


 僕は、ソファーに座った。


「見たところ、君はこの辺りの生まれではないようだね」

「はい。『エドの街』から来ました」

「ほぅ……。そんな遠くから……」


 流石に学園長ともなると、『東の大陸』についての知識もあるようだ。


「では、叔父様。あたしは、これで失礼いたしますね」

「ペリーヌもご苦労だった」


 ペリーヌが応接室から出て行った。

 学園長を「叔父様」と呼んでいたが、彼女は、学園長の親戚なのだろうか?


「君は、この学園で学ぶ必要があるとは思えないのだが?」


 ユミコのように見ただけで僕の実力を見抜いたようだ。


「学園長は、冒険者だったのですか?」

「ああ、その通りだよ」

「確かに僕は、駆け出しの冒険者ではありませんが、刻印を刻んでから1年ほどしか経っていないので、冒険者としての知識が欠けているのです」


 実際には、刻印を刻んで数ヶ月なのだが、ここでは設定した通り1年と言っておくことにした。


「ほぅ……。1年でそれほどの雰囲気を身に着けるとは大したものだ」

「運が良かっただけです……」


 学園長は、質問を続ける。


「この学園のことは何処で知ったのかね?」

「『エドの街』の組合長から聞きました」

「それで、わざわざ『東の大陸』からやって来たのかね?」

「学園に入学するためだけに旅をしてきたわけではありません。目的の一つではありますが、この世界を見て回りたいと思って『東の大陸』を出ました」

「なるほど……。この学園に入学するためには、年に1万ゴールドの学費が必要となるのだが……?」

「入学金と学費が1万ゴールドずつ必要なのですか?」


 確か入学金が1万ゴールドと聞いていた。学費が別に1万ゴールド掛かるとすれば、2万ゴールドを支払う必要がある。


「いや、同じものだと思って貰えば良い。最初に支払う学費を入学金と呼んでいるだけだよ」

「そうでしたか。それなら、『エドの街』で聞きました」

「支払いは先払いで、1年経った時点で更新するかどうか決めてくれればいい」

「あの? どうすれば卒業できるのですか?」

「それは、本人次第だ。十分な実力がついた時点で学園を去ればいい。学費の返還はないから、更新時期に卒業する者が多いがね」


 卒業の検定試験なども無いようだ。

 今の話から推測すると『冒険者の学園』は、お金を払って技能を学ぶ塾のような所なのだろう。


「この学園は、『ローマの街』の『組合』が運営しているのですか?」

「ああ、その通りだよ」

「闘技場も?」

「そうだ」

「入学金は、今お支払いしてもいいですか?」

「ふむ。君は問題が無さそうだから入学を認めよう。入学金を支払ってくれたまえ」


『トレード』


 僕は、1万ゴールドを学園長に渡した。


「では、今から君はこの学園の生徒だ。『冒険者の学園』へようこそ」

「ありがとうございます」

「まずは、事務に行って手続きをする必要がある。ついて来たまえ」

「はい」


 学園長が席を立って応接室の入り口へ向かう。


 僕もソファーから立ち上がって、その後を追った――。


 ◇ ◇ ◇


 学園長は、事務の窓口へ僕を案内した後、去って行った。

 案内されたところは、先ほどペリーヌと一緒に立ち寄った事務の窓口だ。

 そこで僕は、書類に名前や年齢、出身地などを書かされた。

 書類に使われている文字が日本語なので良かったが、この世界の言語が異世界語だったら、入学することはできなかったかもしれない。

 名前は「ユーイチ・イトウ」、年齢は「18歳」、出身地は「エドの街」と記入しておいた。


「書類に不備な点はございませんわ。イトウ君、『冒険者の学園』へようこそ」

「よろしくお願いします」


 事務のお姉さんは、刻印を刻んだ女性だった。

 金髪のロングヘアで歳は20代半ばくらいだろうか。

 彼女は、僕に畏まった態度で挨拶をした後、ニッコリと微笑んで、少しくだけた態度になる。


「イトウ君、いつからこの学園に来られるの?」

「学園が始まるのは、朝の何時からですか?」

「午前の部が10時から12時まで、午後の部が13時から15時までよ」

「その後に外出することはできますか?」

「ええ。でも、寮生活になるから、あまり勝手な行動はできなくなるわよ?」

「寮があるのですか?」

「寮と言ってもあなたが想像しているものとは違うと思うわ……」

「それは?」

「それは、自分の目で確かめてみて」


 そう言って、事務のお姉さんはウインクした。


「じゃあ、明日は『組合』に行く用事があるので、明後日から来ます」

「分かったわ。じゃあ、明後日の朝9時頃にここに来て」

「分かりました」

「今日は、もう帰ってもいいわよ」

「ありがとうございました。失礼します」


 僕は、そう言って『冒険者の学園』を後にした――。


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