10―12
10―12
僕は、フェリアとルート・ドライアードの間の席に移動して座った。
馬車は、左に曲がり街道へ出たようだ。
元の世界の自動車のようなサスペンションが付いて無さそうな馬車なので、乗り心地が悪い。
ゴツゴツと石畳の上を移動する振動がダイレクトに伝わって来る。
左を向いて、フェリアとの間にある丸い窓から外を眺める。
街道の向こうは、草原だった。
草原を見渡すと、所々に木々が乱立した林のような場所も見えるが、森というほど深くはなさそうだ。
馬車の速度は、自転車で走るのと同じくらいだろうか。商隊の荷馬車よりはずっと速い。
暫く風景を眺めていると、一列に隊列を組んで街道の端を歩く集団が見えた。
装備からして冒険者のようだ。冒険者たちは、『テルニの街』の方向へ歩いている。
『何処かへ狩りに行った帰りなのだろうか?』
僕は、正面を向いて座り直した。
左右に居るフェリアとルート・ドライアードは、全身鎧を着ているので暑苦しいというか威圧感を感じる。
『フェリアの装備6換装』『ルート・ドライアードの装備6換装』
二人をメイド服姿にした。
すると、フェリアが話し掛けてくる。
「ご主人様……?」
「何?」
「よろしいのですか?」
フェリアが聞いているのは、ハーフエルフであるフェリアとドライアードであるルート・ドライアードは、衆目を集めるからだ。
「馬車の中だから別にいいと思うよ。外に出るときには装備を換装して」
「畏まりました」
僕は、また窓の外の風景を眺めながら過ごした――。
◇ ◇ ◇
1時間と掛からずに休憩所のような場所に到着した。
正確な時間は計っていなかったが、40~50分というところだと思う。
ここに着くまで反対側の通りにも冒険者たちの姿を見かけた。
「駅に着いたよ。10分休憩するから、外の空気でも吸って来たらどうだい?」
御者台から窓を開けて御者のおじさんがそう言った。
ここは、「駅」と言うらしい。と言っても、ここで下車したり、他の駅馬車に乗り換えたりすることはできないだろう。
「分かりました」
僕はそう答えて、天井に頭をぶつけないように屈んだ姿勢で立ち上がる。
フェリアとルート・ドライアードも立ち上がり、装備を全身鎧に換装した。
扉に近いルート・ドライアードが先行して扉を開けて外へ出る。
僕もその後に続いて外に出た。
休憩所には大きな広場があり、いくつかの建物まであった。
建物は、店舗やトイレのようだ。
御者台の近くへ移動すると、御者のおじさんは、桶に水を汲んで馬の前に置いていた。
作業が終わるのを待つ。
4頭の前に桶が置かれたのを見計らって話し掛ける。
「ここに到着するまでに何組かの冒険者パーティを見かけましたが、この辺りにはモンスターの拠点でもあるのですか?」
「いや、街道沿いにゴブリンが現れることがあるので、巡回しているのさ」
「それは、『組合』からの依頼でですか?」
「勿論だよ。『組合』が冒険者を雇っているのさ」
「もしかして、『ローマの街』までずっとですか?」
「そうだよ」
僕は、次の質問をする。
「ここは休憩所ですか?」
「その呼び方のほうが正しい気もするが、
「見たところ、お店もあるようですが、宿泊施設なんかもあるのですか?」
「いや、宿はないな。冒険者たちは、奥の広場で野営するらしいがな」
「駅にも護衛の冒険者が居るのですか?」
「ああ、勿論だとも」
「駅馬車がモンスターに襲われることもあるのですか?」
「なぁに、心配は要らないさ。冒険者たちが巡回しているおかげで、ゴブリンに襲われることは滅多にないよ」
「襲われる駅馬車も稀にあるのですか?」
「ああ、年に1、2度はあるな。儂の馬車が襲われたことはないが……襲われたら生きてはいないだろうがな」
「危険な仕事なのですね」
「それが儂ら駅馬車乗りさ。だが、他にも危険な仕事はあるからの……」
「じゃあ、ちょっと店を見てきます」
「ああ、遅くならないようにな」
「はい」
僕は、馬車を離れて建物のほうへ向かった。
広場には、僕たちの他にも馬車が停まっていた。
冒険者らしき人たちが広場の隅に立っているのが見える。
この駅の護衛に雇われた冒険者だろうか。
――建物の中に入ってみよう。
「いらっしゃい」
奥にあるカウンターの向こうに居るエプロン姿の若い女性が挨拶をした。
『ここで働くのは、危険じゃないのかな……?』
ここは、モンスターが出没する場所のようだ。
城壁に囲まれた街の店とは危険度が違う。
女性が向こうを向いたので、後ろ姿が見えた。
ソフトレザーアーマーのような革鎧の上にエプロンをしている。
冒険者なのだろうか?
店内には、あまり客は居なかった。
この店を利用するのは、僕たちのように駅馬車に乗ってきた客か冒険者くらいだろう。
他にも商隊は、この街道を行き来しているかもしれない。
僕は、カウンターのほうへ移動する。
やはり女性は、刻印を刻んだ人間のようだ。
「すいません」
「なんだい?」
「ここでは、何を売っておられるのですか?」
「ここに書いてあるだろ」
女性は、左手の親指を立てて背後の壁を指差した。
見ると壁にメニューが貼ってある。
―――――――――――――――――――――――――――――
・プレッツェル<1袋> ・・・・・・ 銅5
・ピザ<1枚> ・・・・・・・・・・ 銀2
・ドーナツ<1袋> ・・・・・・・・ 銅5
・水<ボトル> ・・・・・・・・・・ 銀1
・オレンジジュース<ボトル> ・・・ 銀1
・グレープジュース<ボトル> ・・・ 銀1
・エール<ジョッキ> ・・・・・・・ 銅5
・赤ワイン<ボトル> ・・・・・・・ 銀2
・白ワイン<ボトル> ・・・・・・・ 銀2
―――――――――――――――――――――――――――――
食べ物の種類が少なく、飲み物の種類のほうが多い。
『プレッツェルって何だっけ?』
名前だけは、何処かで聞いたことがあるような食べ物が書いてあった。
「ピザってすぐに作れるの?」
「ピザは、焼くのに5分はかかるよ」
「プレッツェルとドーナツは?」
「その二つは、出来たものがあるから、すぐに持って帰れるよ」
「あの……あなたは、冒険者ですか?」
「そうよ。あんたたち、この辺りの人間じゃないね?」
「『東の大陸』から来ました」
「『東の大陸』には、エルフが多く住んでいるのかい?」
冒険者の店員は、フェリスを見てそう言った。
「『東の大陸』のエルフは、300人くらい居るようです」
「へぇ……よく知ってるわね」
「エルフは、自分達の人口を正確に把握しているようです」
「大したものね」
「『ローマの街』にもエルフは居るのですか?」
「ああ、何度か見かけたことがあるよ」
――『エルフの里』を
ここ100年くらいの間に4人のエルフが中央大陸へ旅立ったという話だ。そのうちの何人かが『ローマの街』に住んでいる可能性はある。
「それで、どうして冒険者が店員をしてるのですか?」
「これは、『組合』からの依頼なんだよ」
「なるほど、ここで一般人が働くのは危険でしょうね」
「ああ、昔は一般人が働いていたようだが、ゴブリンに殺される事件が起きたこともあったらしい」
「この辺りに出現するのは、ゴブリンだけですか?」
「『ローマの街』を南へ行くとコボルトも出るよ」
「オークは、出ないんですね」
「この辺りには出ないが、『ローマの街』の地下迷宮にはオークの棲息地があるわよ」
そういえば、以前にベルティーナから『ローマの街』には、地下迷宮があるという話を聞いたことがある。
「街中にモンスターの棲む迷宮があるのは危険じゃないですか?」
「たまに馬鹿な冒険者が大量のモンスターを引き連れて出口に逃げて来ることがあるみたいだからね」
『それって、トレインじゃん……』
「もしかして、『ローマの街』に『ゲート』が存在しないのは……?」
「ああ、確かに。今まで考えたことも無かったけど、そうかもしれないね」
地下迷宮がある『ローマの街』は、対処しきれなければ大量のモンスターが街中で闊歩する可能性がある。その場合、『ゲート』を超えて他の街へモンスターが移動して街を襲う危険が無いよう考慮しているのではないだろうか。
――そろそろ休憩時間が終わる頃だ……。
「じゃあ、『プレッツェル』と『ドーナツ』と『グレープジュース』をひとつずつ下さい」
「はいよ」
僕は、情報提供料代わりに注文をした。
「はい、どうぞ。銀貨2枚だよ」
『トレード』
僕は、0.2ゴールドを『トレード』で渡した。
「まいどあり」
「では、ありがとうございました」
「じゃあね」
僕は、小さな紙袋を二つとコルクで栓をした瓶を受け取り、馬車へと向かった――。
◇ ◇ ◇
「おお、あんたたち。そろそろ出発するぞ」
馬車に戻ると御者のおじさんがそう言った。
「すいません。遅くなりました」
僕は、そう言って馬車の後部に回り込み扉を開けて乗り込んだ。
先ほどと同じ席に座る。
使い魔たちも乗り込んで同じ席に着く。
フェリアとルート・ドライアードは、座る前にメイド服に換装した。
「じゃあ、出発するよ」
御者のおじさんが窓を開けてそう言った。
「お願いします」
――ガタン……
窓が閉められ、馬車が動きだした――。
僕は、停車駅で買った片方の紙袋を開けてみた。
紙袋の中には、ドーナツが3つ入っている。
揚げたての熱々ではないが、ほんのりと温かい。
素朴なドーナツだ。粉砂糖のようなものも掛かっていない素揚げしただけのドーナツだった。
一つ取って食べてみる。
甘味の少ないドーナツだ。塩を振って食べたいような味だった。
食べ終えた後、ドーナツの袋をフェリアに渡す。
「適当に回して味見をしてみて」
「畏まりました」
フェリアは、ドーナツの袋を受け取って一つ取りだしてから囓った。
「どう?」
「はい。初めて食べるパンです。甘くて美味しいですね」
「それは、パンというよりはお菓子だと思うけどね」
「ご主人様は、この食べ物をご存じなのですか?」
「元の世界では、メジャーな食べ物だったからね。『エドの街』には、ケーキも無かったみたいだし、ドーナツも無かったのかも?」
「申し訳ございません。
「ああ、別に気にしなくていいよ」
「味見をしましたので、お母さんに渡しますね」
「うん」
僕は、おざなりに返事をしてもう一つの袋を開けた。
中には、ひも状の生地を結んでから焼いたような平べったいパンが何枚か入っている。
これがプレッツェルという食べ物のようだ。
イメージとしては、細長くて硬いスティックのようなものをイメージしていたので、少し意表を突かれた。
数えてみると、プレッツェルは5枚入っていた。
僕は、一枚を取り出して食べてみる。
もっちりした食感で、お菓子にしては甘くはない塩味のパンだった。
甘ったるいよりは、こっちのほうがずっと好みだ。
ドーナツに比べるとボリュームが無いので、3口くらいで食べてしまった。
今度は、プレッツェルの袋をルート・ドライアードに渡す。
「ルート・ドライアード、これを回して味見してみて」
ルート・ドライアードは席を立って、僕の斜め前に片膝をついて袋を受け取った。
「御意のままに」
『大袈裟すぎるよ……』
たかが買い食いのパンを受け取るのに騎士が叙勲されるみたいな態度を取られて閉口してしまう。
ここまで行くとからかわれているのではないかという気すらしてくる。
しかし、彼女は大真面目なのだろう……。
『これじゃ、人前では何も渡せないな……』
ルート・ドライアードは、プレッツェルの入った袋を受け取って席に戻った。
そして、袋から一つ取りだして囓る。
「美味しいです」
「僕もその菓子パンは、初めて食べたよ。甘くなくて少し塩味がするのがいいね」
「はい」
次に僕は、グレープジュースの瓶を眺める。
現代のワインの容器と変わらないくらい精巧な瓶だ。
「グレープジュース」と書いたシンプルなラベルが貼ってあるが、分量や製造元などの表記はない。
分量は、700ミリリットルくらいだろうか?
500ミリリットルよりは多く、1リットルよりは少ないように見える。
『どうやって造ったのだろう?』
【工房】でなら、これくらいのものは造れるだろうけど、【工房】で作成すると高いだろう。
――……いや、高いのは【料理】であって、【工房】で造った非マジックアイテムは、それほど高くない?
サクラコの話によれば、普通の村人が【工房】で作成した靴を行商人から買っているようだった。つまり、【工房】で作成した日用品の価格は、それほど高価ではないということだろう。
ただ、このボトルに入ったジュース1本の価格が銀貨1枚だったので、あんな辺鄙な場所で商売をしていることを考慮するとボトルの原価は銅貨2~3枚くらいじゃないと割に合わないと思う。【工房】でそんなに安くこの瓶を作ることができるのだろうか?
僕は、コルクの栓を抜いて、ラッパ飲みで少し飲んでみた。
『ユミコの酒場』で飲んだ葡萄ジュースと似たような味だ。
おそらく、ワインにするために絞ったものを、発酵させずに瓶詰めしているのではないだろうか?
生のままだと腐るかもしれないから、熱処理などを行っているのかもしれない。
皮ごと絞ってあるからか、少し渋みがあった。
しかし、個人的には好みの味で美味しいと思った。
フェリアのほうを見ると彼女も僕のほうを見ていたようで目が合った。
これは、『エドの街』でも似たようなものが出回っているのであまり珍しくはないだろう。
しかし、僕だけが飲んでいるのも気が引けるので、これも回し飲みしてもらうことにした。
「あまり珍しくはないけど、これも回して」
僕は、葡萄ジュースの瓶とコルクの栓をフェリアに渡す。
「畏まりました」
フェリアが瓶を受け取って、ラッパ飲みをする。
ラッパ飲みという行為なのに、左手で瓶を上品に持ち上げて飲んでいるので粗野な印象は受けなかった。
◇ ◇ ◇
『ゴミ袋』
使い魔たちの試食が終わったので、紙袋と空き瓶を回収して前に造ったマジックアイテムの『ゴミ袋』を召喚した。
小さなサンドバッグのような『ゴミ袋』の口を開いて紙袋と空き瓶を入れた。
口を縛って、『アイテムストレージ』へ戻す。
『景色を眺めるのにも飽きてきたし、どうするかな……?』
外の景色は、代わり映えがしない為、『テルニの街』から最初の停車駅までで既に飽きていた。
『寝るか……?』
手持ち無沙汰なときに時間をスキップすることができるので睡眠は便利なのだ。
「フェリア、僕は暫く眠るから、『ローマの街』に着くか、何か非常事態が起きたら起こして」
「畏まりました、ご主人様。よろしければ、
「え? こんなところで膝枕は恥ずかしいよ……」
「誰も見ておりませんわ。さぁ……」
そう言って、フェリアは座席の端へ移動して座り直した。
「主殿、足は私の膝の上に載せてください」
ルート・ドライアードがそう言って座席に深く座り直した。
『まぁ、フードを被っていればいいか……』
「じゃあ、お願いするね」
僕は、クロークのフードを被ってから、フェリアのほうへ体を倒して、膝の上に頭を載せた。
そして、足をルート・ドライアードのほうへ持ち上げて、木製の長椅子に仰向けに寝ころぶ。
仰向けだと左肩が少し通路にはみ出てしまい窮屈だが、寝るのに支障はないレベルだ。
ルート・ドライアードに膝が抱えられた。膝に胸が当たっている。
体を少し前に曲げて、僕の体を落ちないように固定しているようだ。
膝裏には、太ももの感触もあるので、膝全体が柔らかいものに包まれてドギマギしてしまう。
「ご主人サマ。
反対側の席からフェリスが口を挟んだ。
「え? いや、ただ寝るだけだから大人しくしていて」
「そんな……羨ましいですわ……」
「また今度、フェリスたちにも膝枕をしてもらうよ」
「約束ですわよ?」
「ああ」
頭のほうは、フェリアが左手で僕の頭をやさしく撫でながら、右手で僕の肩を軽く固定していた。
目を開けると、フェリアが下を向いているのが分かる。
『魔布の隠密クローク+10』のフードを被っているので、フェリアのほうから僕の顔は見えないはずだ。
下から見る二つの胸の膨らみが悩ましい。
――何だか覗きをしているような気分になってきた……。
『5時間睡眠』
僕は、変な気分にならないうちに目を閉じて眠りについた――。
―――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます