10―7

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 次の『ゲート』までは、徒歩で30分くらいの距離だった。

 僕は、【フライ】の魔術を使って地表付近を飛行していたが、他の通行人に合わせて歩くのと同じくらいの速度で移動したため、それくらいの時間がかかってしまった。

【フライ】での移動が楽なのは、『このまま真っ直ぐ飛行』と念じると勝手に移動しつづける点だ。体を動かしたり移動に気を遣う必要がないため、障害物が無いところなら寝ながら移動することもできる。


『ゲート』前の広場から『ゲート』の向こうに見える次の街を眺める。

 今までの街とは、比べ物にならないくらいの人が見えた。


「すいません、この『ゲート』の向こうにある街は何て言う街ですか?」


『ゲート』付近に居た20代に見える金属鎧を着た冒険者に次の街のことを聞いてみた。


「この先にあるのは、『オデッサの街』だよ。でも、あんたらは気をつけたほうがいいかもな」

「何がです?」

「腕が立ちそうな冒険者は、勧誘されるそうだ」

「何にですか?」

「兵隊さ」

「兵隊!? 軍隊があるのですか?」

「ああ、10年くらい前に『オデッサの街』の近くに2つの国ができたらしい」


 ――その2つの国で戦争をしているということだろうか?


「戦争をしているのですか?」

「いや、まだ戦いは行われていないようだが、2つの国の中間にある土地をどちらの国の領土とするかで揉めているようだ」

「どうして突然、国ができたのですか?」

「『オデッサの街』にあった2つの商家がそれぞれ街を作り、国を名乗るようになったようだ」

「国という意味が分かるのですか?」

「勿論だ。街や村の集まりのことだろう?」


 正確な理解とは言えないが、フェリアの解釈よりはより正解に近い回答だった。

 彼女は、『妖精の国』や『闇夜に閉ざされた国』などから、国というのは、「地域」や「領域」と同じような意味だと思っていたのだ。


「国の名前は?」

「ミコライウとキシナウだ」

「ありがとうございます」


 僕は、そう言って、『オデッサの街』への『ゲート』をくぐった――。


 ◇ ◇ ◇


【マップ】の魔術で調べてみると、『オデッサの街』は『ハリコフの街』から南西に約400キロメートルくらいの距離にあった。

 気候も『ハリコフの街』に比べ更に温暖なようだ。日が高くなって日中の気温が上がっていることもあるかもしれない。


『ゲート』前の広場は、人で溢れている。こんなに人が多い街は初めてだ。

 近くに海があるのだろうか、生暖かい風には潮の香りが混じっているように感じる。


 通行税を支払って使い魔たちのところまで戻ると人混みの中から一人の男が近づいてきた。

 年齢は、40代前半くらいだろうか。刻印を刻んでいるようだが、顎髭があった。

 身長は、180センチメートルを超えているだろう。筋骨隆々という表現がピッタリの体格をしている。

 革の胸当てをしているが、冒険者とはどこか違う雰囲気の装備だった。

 見慣れない紋章が防具の左胸や右肩に描かれている。モチーフは、三叉の槍だろうか。


「あんたたち、強そうだな。ウチの国で働かないか?」

「何ていう国ですか?」

「キシナウだ」

「どんな仕事です?」

「傭兵だよ。最も男らしい仕事さ」

「戦争が起きるというのは、本当ですか?」

「まだ分からんさ。そういう噂が流れているのは確かだがな」


 僕たちが話していると、通りから歩いてきた男が話に割り込んでくる。

 30代半ばくらいで金属製の胸当てを装備した、身長が175センチメートルくらいのガッシリした体格の男だ。

 こちらの男の防具には、鳥をモチーフにしたような紋章が描かれていた。


「魔術師殿、加勢するなら、我が国へお願いします」

「おい、割り込むのはマナー違反だぞ」

「両方の話を聞いて貰ったほうがフェアだろう?」


 男たちが睨みあった。


「人間同士で殺し合いはしたくないので、止めておきます」

「そうか……残念だ……」

「そうですか……」


 二人は、意外とあっさり引き下がった。

 何としてでも僕たちを戦力として使いたいというわけではないようだ。

 彼らはスカウトなので、僕たちの装備を見て相当な高レベルだということが分かったのだろう。

 しかし、積極的にスカウトするよりも相手側の陣営に加担しなければいいというスタンスなのかもしれない。

 得体のしれない超高レベル冒険者を仲間にするのはリスクも高いからだ。

 命令違反などを犯した場合に粛清することもできないわけだし。

 おそらく、僕たちなら両方の陣営の戦力と正面から戦っても撃退することが可能だろう。


「『ローマの街』へ行きたいのですが、次の『ゲート』は何処にありますか?」

「ああ……。それなら、この道を向こうへ行くとあるよ」

「ありがとうございます」


 僕は、人混みの中を次の『ゲート』へ向かって移動した――。


 ◇ ◇ ◇


『オデッサの街』は、港町のようだ。

 大通りのずっと先に海が見える。もしかすると、大きな湖かもしれない。

 飛行して上空から調べたかったが、今は次の街へ移動することが先決だ。

 そのうち、この辺りも使い魔たちに調査させればいいだろう。

 僕は、早く『ローマの街』へ行きたかった。


 ――向こうに見えるのが海だとすれば、何ていう海だろう?


 外洋ではないはずだ。

 地中海のエーゲ海やアドリア海だろうか?

 エーゲ海だとしたら、ギリシャの辺りということになるが、これまでに移動した距離だけで推測できるほど地理に詳しくはない。


 そんなことを考えているうちに次の『ゲート』に到着した。

 ここの広場も凄い人だ。


 傭兵志願の冒険者が多いのかと思いきや、刻印を刻んでいない一般人が多いように見える。見たところ男性が多いようだ。8割くらいが男性だろう。

 人が多いということは仕事が多いということだ。

 彼らは、そういった仕事を求めてこの街に集まっているのかもしれない。


 また、二人のスカウトが僕たちに声を掛けてくる。

 装備が先ほどの二人と同じだ。それぞれの国の兵士の正装なのだろうか。


「あんたら、うちの国で働かないかい?」

「いや、こちらのほうが好待遇にするから是非こちらへ……」

「向こうの『ゲート』でも声を掛けられたのですが、僕たちは『ローマの街』へ向かっているので……それより、ちょっとお聞きしたいのですが、傭兵志願の冒険者ってそんなに多いのですか?」

「……人と戦うのは、みんな嫌がるよ。だから、あまり成果は上がってない」

「ああ、全くだ。戦争になるって噂になってるしな……」


 冒険者相手に戦いたがる冒険者は少ないようだ。

 考えてみれば当たり前の話かもしれない。ゴブリンのような弱いモンスターを相手に戦ったほうが安全だし、嫌悪感も抱かない。よほど魅力的な報酬でもない限り、傭兵のような仕事はしたくないだろう。


「向こうでは、あまり積極的に勧誘されませんでしたが?」

「まぁ、正直なところ、冒険者は間に合ってるからな。あんたらみたいに強そうな冒険者じゃなければ必要ない」

「それに兵隊は、一般人を養成すればいいしな」

「一般人を戦いに?」

「ああ、刻印を刻む代わりにな……」

「一般人に刻印を刻んでいるんですか?」

「そうだ。刻印を刻まないと戦力にならないからな」


 確かに一般人を兵隊にしても相手が冒険者だったら、一方的に蹂躙されるだけだろう。

 僕は、『ニイガタの街』で起きた事件を思い出した。ゴブリンのような雑魚モンスターでも一般人には脅威なのだ。

 ゴブリンよりも強い冒険者相手に一般人の兵隊が役に立つとは思えない。


「『組合』は何も?」

「俺たちの国で何をしようが『組合』に口を出す権利なんかないさ」

「そうだとも」

「よく、刻印を刻む魔術師を確保できましたね?」

「それは、イヴァニューク家がこの街の刻印魔術師を連れて建国したからさ」

「そして、パヴレンコ家も一族の魔力系魔術師を修行に出して2年後に建国したわけだ」

「つまり、ライバルだった2つの商家がそれぞれ、刻印魔術師を連れて建国したってことですか?」

「ああ、その通りだ」

「おかげで、この街の刻印魔術師は現在空席さ」


 どうやら、2つの商家がそれぞれ建国し、一般人たちに刻印と引き換えに兵隊に志願させているようだ。


「しかし、刻印を刻んだばかりの者では、あまり戦力にならないのでは?」

「冒険者に頼んで訓練して貰ってるよ」

「ああ、それにオレたちが冒険者に声を掛けているのは、経験豊富な冒険者に指揮官をやってもらうためだ」

「国ができたのは、10年くらい前だそうですが?」

「正確には、ミコライウが9年前で……」

「キシナウが7年前だ」

「兵隊集めは、その頃から?」

「いや、半年ぐらい前からだ」

「この街のずっと北にある辺りの土地がどちらの国のものか揉めてからだな」


 つまり、この世界にも領土問題が発生しているということだ。

 今まで国という概念が存在しなかった世界で、この出来事は歴史的に大きな意味を持つのではないだろうか。


「この辺りには、あまりモンスターが居ないのですか?」

「ああ、この街の近くにモンスターは出ない」

「そうとは言い切れないだろう。先日、ゴブリンの一団と戦ったという報告を受けたぞ」

「そうだな。滅多に居ないと言ったほうがいいだろう」


 時折、ワンダリングモンスターが流れてくることはあるようだが、『オデッサの街』の近くには、あまりモンスターが出現しないようだ。


「その二つの国には、『組合』は無いんですよね?」

「勿論、『組合』は存在しない」

「その代わり、衛兵が居る」

「『組合』のように冒険者に仕事を斡旋することはないのですか?」

「ないな。何か問題が起きれば、衛兵が対応する。お抱えの冒険者たちに指示を出すこともあるがな」

「衛兵の中にも元冒険者が居るしな」

「なるほど……ありがとうございました」

「いや、あんたらも気をつけてな」

「ああ、機会があったら我がミコライウへ来てくれ」

「おい! 抜け駆けは卑怯だぞ! 来るならキシナウへな」

「分かりました。では……」


 そして、僕は、次の街へと続く『ゲート』をくぐった――。


 ◇ ◇ ◇


『オデッサの街』ほどではないが、次の街にも人が多かった。

 そういえば、何ていう街なのか聞くのを忘れていた。

 とりあえず、僕は通行税を支払うため窓口へ移動する。


「6名です」

「60ゴールドとなります」


 僕は、金貨60枚をカウンターに実体化させた。


「あの、この街は何ていう名前なのですか?」

「ベオグラードよ。……はい、確かに」

「ありがとうございます」

「『ベオグラードの街』へようこそ」


 この街は、ベオグラードというようだ。

 そろそろ、ヨーロッパに入っただろうか?

 それにしても、予想より『ゲート』が設置された街の数が多い。

 すぐに『ローマの街』に着くと思っていたら大間違いだった。

 おそらく、環境が厳しいロシアの中央部には、『ゲート』が設置されるような大きな街が少なく、人が暮らしやすいこのあたりには大きな街が多いのだろう。


 僕は、【マップ】の魔術を起動して『オデッサの街』から『ベオグラードの街』までの距離を調べてみる。

『オデッサの街』から直線距離で西へ約800キロメートルというところだ。


 僕は、近くに居る警備の冒険者に次の街への『ゲート』の場所を聞いて移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 次が『ローマの街』でもおかしくはないが、念のため『ゲート』をくぐる前に聞いてみたところ、次の街は『ボローニャの街』というようだ。

 イタリアっぽい地名なので、次くらいには『ローマの街』へ着いてもおかしくはない。


『ボローニャの街』へ移動して、通行税を支払い、誰かに次の街への『ゲート』の場所を聞こうと通りを見た。

 すると、背が低くずんぐりとした体格で髭面の男が通りを歩いて来るのが見えた。

 身長は、140センチメートルくらいだろうか。ずんぐりしているが、肩幅が広く胸板に厚みがあり、力が強そうな体格をしている。RPGに出てくるドワーフのイメージにそっくりだった。


『単にそういう体型の人間? それとも本当にドワーフ?』


 僕は、好奇心に駆られて、そのドワーフっぽい男に声を掛けた。


「あの、すいません」

「……何じゃ、貴様は?」


 僕を警戒するようにムッツリとした態度でドワーフっぽい男が答えた。


「もしかして、あなたはドワーフですか?」

「他の何に見えるんじゃ?」

「いや、そういう体型の人間かもって……」

「ふむ。確かに人間には様々な体型の者がおるでな」

「ドワーフの人たちは、何処に住んでいるのですか?」

「ワシらは、この街のずっと北にある山脈に穴を掘って暮らしておる」


 ――イタリアの北にある山脈と言えば、アルプス山脈だろうか?


 地理に詳しくないので、正確な位置が分からない。

 ヨーロッパの山脈といえば、アルプス山脈しか思い浮かばないのだ。

 僕が知らないだけで、他にも山脈があるのかもしれない。


「この街には、ドワーフは多いのですか?」

「一番、近い街じゃからな。お主の連れておるエルフに比べれば、珍しくはないじゃろう」

「ドワーフとエルフって、仲が悪いのですか?」

「何故、そう思う?」

「いや、何となく……」

「滅多に見ないから、好きも嫌いもないわい」


 この世界のエルフとドワーフは、住んでいる地域が離れすぎていて、摩擦なども全くないようだ。

 そのため、ファンタジーを題材にした物語の設定でよくあるようなエルフとドワーフが犬猿の仲ということはないようだ。


『確かその設定って、有名な古典ファンタジー小説によるものだったハズだしな……』


 それも容姿からくる生理的嫌悪とか性格の不一致みたいな理由ではなく、元々は仲が良かったエルフとドワーフが宝を巡って対立したという設定だったはずだ。


 見たところ、このドワーフは刻印を刻んでいるようだ。

 もしかして、ドワーフは妖精や雪女のような存在なのだろうか?


「あなたは、刻印を刻んでおられるようですが、ドワーフは何処で刻印を?」

「この街じゃよ。ワシらの中には魔力系の魔術を使える者がおらぬでな」


 どうやら、ドワーフも元は普通の人間のような存在だったようだ。


 ――しかし、ドワーフのような遺伝的特徴を持った人間の近似種を誰が作ったのだろう?


 それとも、自然発生したのだろうか?

 ホモサピエンス以外に進化した種族とか?


「刻印を刻んだドワーフは多いのですか?」

「いや、30人ほどしかおらぬのぅ」

「ドワーフは、何人くらい居るのですか?」

「ワシが知りたいくらいじゃわい」


 ドワーフは、人口を把握していないらしい。

 もしかすると、知られては困る情報なので誤魔化したのだろうか?

 いや、この街の人に街の人口を尋ねても殆どの人が知らないと思われる。

 正確な人口を把握していたエルフが異常なのだ。


「ドワーフが酒好きというのは本当ですか?」

「ふむ。ワシらはお前さんがた人間よりも酒に強い。そして、穴を掘る以外の時間は酒を飲むくらいしか楽しみがないんじゃ」

「なるほど……。なぜ、穴を掘るのですか?」

「フハハハハ……。そんな質問をされたのは初めてじゃわい」

「…………」

「ワシらは、金属を加工して生活しておるのじゃ。お前さんは、何処か遠くから来なさったのじゃろう?」

「ええ、『東の大陸』からです」

「なるほどの。エルフを仲間にしておるのもそのためか」

「仲間ではありませんわ。わたくしは、ご主人サマの奴隷ですの」

「まさか、人間がエルフを奴隷にしておるとは……」

「奴隷ではなく、使い魔ですけどね」

「どう違うんじゃ?」

「同じようなものですわ」

「…………」

「『東の大陸』から来たということは、『オデッサの街』にも寄ったのじゃろう?」

「ええ……」

「傭兵になれば、刻印を刻んで貰えるという噂は本当かの?」

「スカウトの人は、そう言ってました」

「これは、仲間に伝える必要がありそうじゃな……」

「しかし、戦争になるかもしれませんよ?」

「ふむ……」

「『東の大陸』のエルフは、ゾンビの襲撃で手当たり次第に刻印を刻んだため、子供を産めるエルフが居なくなってしまったのです。今じゃ、絶滅危惧種ですよ」

「何じゃ? それは?」

「数が少なくて絶滅しそうってことです」

「人間のような繁殖力を持たない種族は、気をつけないといけないわけじゃな」

「ええ……。話は変わりますが、『ローマの街』方面への『ゲート』は何処にあるか知ってますか?」

「ああ、それなら、この道を真っ直ぐ西へ行けば『テルニの街』への『ゲート』あるぞい。30分くらいかかるじゃろう」


 次の街も『ローマの街』ではないようだ。

 あと、いくつの『ゲート』をくぐれば辿り着けるのだろう?


「ありがとうございました」

「いや。またのぅ」


 僕は、ドワーフと別れて『テルニの街』への『ゲート』を目指した――。


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