10―8

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 僕は、『テルニの街』への『ゲート』を超えて通行税を支払った後、次の『ゲート』の場所を聞くために警備の冒険者が居るところへ行った。


「すいません。ちょっと、お聞きしたいのですが、『ローマの街』方面の『ゲート』は何処にありますか?」

「ん? 『ローマの街』に『ゲート』はないぞ。だが、『ローマの街』へは駅馬車を雇えば行けるよ」

「駅馬車ですか?」

「ああ、門の外に駅があるから、そこに午前10時までに行けばいい」

「何人くらい乗れるんですか?」


 僕は、バスのような馬車を想像していた。


「8人乗りだよ」


 思ったよりも小さいようだ。


「門へは、この道を向こうに突き当たりまで行けば着くよ。何処かに泊まって明日の朝7時から10時までに行けばいい」

「ありがとうございます」


『マップの指輪』


 僕は、冒険者たちから離れた後、『マップの指輪』を起動して現在位置をチェックした。

『テルニの街』は、『ボローニャの街』から南へ300キロメートルほど移動したところにあるようだ。

 僕は、いつものように【マップ】の現在位置に「テルニの街」と注釈を入れた。

 そして、街の入り口があるほうへ向かって移動する。


『日暮れまでは、まだ時間がある。何処で泊まろう?』


 駅馬車は、8人乗りのチャーター便のようだ。

 8人というのは、冒険者パーティの人数を考慮しているのではないだろうか。

 商隊の荷馬車くらいのサイズなら、もっと大人数を運べてもおかしくないはずだ。


 ――『テルニの街』から『ローマの街』まで、馬車でどれくらいかかるのだろうか?


『ナホトカの街』から『ウラジオストクの街』くらいの時間がかかるのなら、駅馬車で移動するより、飛行して移動したほうがいいかもしれない。

 ただ、駅馬車も使わずにどうやって此処まで来たのかと『ローマの街』に入るときに詰問される可能性もある。


 僕は、適当な路地裏で『ロッジ』を出して、明日の朝まで過ごそうかとも思ったが、折角なので適当な宿屋に泊まってみようと思った。

 宿泊に関しては、部屋の中で『ロッジ』に入るので路地裏から『ロッジ』に入っても変わらないが、折角なのでこの地方の郷土料理のようなものを食べてみたいと思ったのだ。

 まずは、門の近くまで移動して、そこから近くの宿屋に泊まることにする。


 そんなことを考えながら、僕たちは『テルニの街』の入り口へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 30分ほど歩いて『テルニの街』の入り口に着いた。

 時刻は、午後3時を回っていた。


 城門近くの広場は、結構な人混みだった。

 広場には、屋台がズラリと並んでいる。

 ザッと見たところ、パンや干し肉といった食料品のほか、雑貨のようなものも売っているようだ。

 イタリアの屋台と言うと、観光客相手にジェラートなどのスイーツを売ってるような洒落た店を連想するが、もっと生活感のある感じの屋台だ。露天のスーパーマーケットか市場と言った方が近いかもしれない。

 時間があるので、少し見て回ることにした。


 商品価格の書いたタグを見ると、どの商品もかなり安い印象だ。


 ――こういうときは、何か買って街に金を落としたほうがいいのだろうか?


 ――それとも、貴重な物資を無意味に消費しないほうがいいだろうか?


 そんなことを考えながら、僕は時間を潰した――。


 ◇ ◇ ◇


 日が傾いてきたので、僕は宿屋を探すことにした。

 城門の近くには、いくつかの酒場兼宿屋らしき店がある。

 その中で比較的綺麗で大きな店に入ることにした。看板には、『ファルファ亭』と書かれていた。


「「いらっしゃいませー!」」


 見たところ、店内に客は居なかった。

 まだ、時間が早いからだろう。

 ウェイトレスらしき3人の女性が元気に挨拶をした。

 そのうちの一人が僕の前にやって来る。

 くすんだ色の金髪ショートカットの女性だった。

 身長は、外国人にしてはそれほど高くはない。160センチメートルくらいだろうか。

 胸は、かなり大きかった。

 僕は、クロークのフードを上げた。


「6名様ですか?」

「ええ。ここは宿泊もできるんですよね?」

「はい」

「では、後で1泊お願いします」

「畏まりました。では、お席にご案内します」


 ウェイトレスの女性に案内されて、店の奥へ移動する。案内された席は、一番奥の角にあるテーブルだった。

 僕は、奥側の真ん中の席に座った。

 反対側の席にフェリス、ルート・ニンフ、ユキコが座る。

 フェリアとルート・ドライアードは、僕の背後の壁際に立った。

 いつものように護衛ポジションだ。


『彼女たちは、この護衛ポジションを望んでいるように見えるが、本当のところはどうなんだろう?』


 ――着替えさせて、一緒にご飯を食べさせたほうが彼女たちも喜ぶのではないだろうか?


 僕なら、壁際に突っ立っているよりそっちのほうがいいと感じるだろう。

 しかし、彼女たちは、一緒に食事を摂るよりも壁際で護衛することを望んでいるように見える。


「フェリア、ルート・ドライアード、二人とも一緒に食事をしない?」

「いえ、わたくしどもは、ご主人様の護衛です」

「その通りです」

「こんなところで、危険があるとは思えないけどね……」


 経済的には、フェリアたちにも食事をさせたほうが、この店や街にお金が落ちるのでいいのだが、彼女たちの意に反してまで、この街の経済に貢献する必要はない。


『その分、チップを多めに払おう……』


 僕たちのやり取りが終わるのを待って、ウェイトレスが注文を聞いてくる。


「ご注文はどうされますか?」

「僕たちは、遠くから旅をしてきたので、この辺りの料理をよく知らないんだよね。だから、何かオススメがあったら、4人分持ってきて」

「畏まりました。お飲み物はどうされますか?」

「ワインはある?」

「はい。赤と白がございます」

「じゃあ、赤ワインを4人分ください」

「それでしたら、ボトルを1本入れられたほうがよろしいのでは?」

「じゃあ、赤ワインのボトルを2本とグラスを4つで」

「畏まりました。ワインは、すぐお持ちいたしましょうか?」

「ええ、それで」

「では、暫くお待ち下さい」


 そう言って、ウェイトレスは戻って行った。


 そして、ウェイトレスは、2~3分で戻ってくる。

 トレイに2本のボトルとグラスを載せていた。


「お待たせいたしました」


 テーブルにワインのボトルとグラスを並べる。


「おぎいたしましょうか?」

「いや、いいよ。ありがとう」

「では、料理が出来上がるまでお待ち下さい」


 ウェイトレスは、そう言って頭を下げて戻って行った。


「ご主人サマ、お注ぎいたしますわ」

「ありがとう」


 フェリスが僕のグラスにワインを注いだ。

 そして、ルート・ニンフ、ユキコ、自分のグラスにも注ぐ。


「じゃあ、乾杯でもしようか」

「ええ、そうですわね」

「「かんぱーい」」


 ルート・ニンフとユキコは、乾杯の意味がよく分かっていないようだが、僕たちに倣ってグラスを少し掲げた。


 僕は、手に持ったグラスに入った赤ワインを一口飲んだ。

『ユミコの酒場』で飲んだワインに比べ甘味のない渋い味のワインだ。元の世界の赤ワインもこんな味のはずだ。殆ど飲んだことがないので、どれくらい味が違うのかは分からない。


 僕は、料理が来るまでワインを飲みながら待った――。


 ◇ ◇ ◇


 ウェイトレスが持ってきたオススメの料理は、ミートソース・スパゲッティーのような料理だった。


『流石、イタリアだな』


 パスタと呼んだほうが、この店の雰囲気には合っているだろう。

 もしかして、ピザもあるのだろうかと聞いてみたら、本当にあったので一番シンプルなものを注文した。

 中世のような文明レベルの世界だが、何故か香辛料などの調味料が現代とあまり変わらないレベルなので、こういった店で出される料理もかなり美味しいのだ。


 ◇ ◇ ◇


 店に入ってから2時間弱が経過していた。


 窓の外は、日が暮れてかなり時間が経過しているので真っ暗だ。店内にも客が増えてきている。

 見たところ、冒険者が多いようだ。

 この辺りの男性冒険者も髭を持った人が多い。

 髭にアイデンティティを感じているからだろう。


 ――そろそろ部屋へ移動しよう。


 僕は、立ち上がった。

 対面に座るフェリスたちも立ち上がった。

 僕たちが立ち上がったのを見て、ウェイトレスがこちらに移動してきた。

 テーブルの上に銀貨を3枚実体化させる。


「ごちそうさまでした」

「ありがとうございます。旦那様。では、こちらへどうぞ」


 ウェイトレスは、チップの銀貨をポケットに入れてから、入り口のほうへ僕たちを誘った。


「女将さん、お会計です」

「はいよ」


 奥から太ったおばさんが出てきた。


「こちらです」


 ウェイトレスは、伝票らしきメモを女将に渡した。


「えーっと、銀貨6枚と銅貨1枚になるよ」


 僕は、銀貨7枚を実体化させた。


「じゃあ、これで。お釣りは結構です」

「いいのかい? ありがとよ」

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。坊やたち、この辺りの人間じゃないね?」

「ええ、『東の大陸』から来ました」

「ほぅ……そりゃ何処にあるんだい?」


 女将は、『東の大陸』を知らなかったようだ。

 物理的な距離で言えば、日本とイタリアは1万キロメートルくらい離れているのではないだろうか。


 ――思えば、遠くへ来たものだ……。


『ゲート』を使い短時間で移動したとはいえ、その距離を思うと寂寥感せきりょうかんというのだろうか、心細いような寂しいような感情が湧き上がってくる。

 僕はこの世界の人間ではない。使い魔たちが居るとはいえ、僕はこの世界では異物なのだ。

 この寂しさは、そういった孤独感から来るものなのかもしれない。


「ここから、ずっと東へ行ったところにあります。『ゲート』をいくつも経由して来ました」

「そりゃ、凄いね。『ゲート』って言ったら、利用するのに1人10ゴールドもかかるだろ?」

「ええ」

「また、この店を利用してくれよ」

「はい。機会があれば是非」

「次は、『ローマの街』へ行くのかい?」

「そうです。『ローマの街』まで駅馬車だと、どれくらい掛かりますか?」

「6時間くらいだね」


『テルニの街』から『ローマの街』までは割と近いようだ。

 その日のうちに着くなら駅馬車を利用してもいいだろう。


「女将さん、この方たちが宿泊を希望されてるの」

「ああ、そうだったね。二階の一番奥の部屋だよ」


 そう言って、女将は部屋の鍵を差し出した。

 僕は、それを受け取る。


「ありがとうございます。宿泊料金は、先払いですか?」

「朝飯はどうするんだい?」

「明日は、起きたらすぐに移動したいので結構です」

「そうかい。じゃあ、宿代は1人銀貨1枚、6人で銀貨6枚だね」


 僕は、カウンターの上に銀貨6枚を実体化させた。


「まいどあり」

「では」


 僕は、そう言って入り口近くにある階段を上って二階へ行く。

 中二階の踊り場の壁にランプが下げてあるが、階段は薄暗かった。

 階段を上った先の廊下も途中の壁にランプが一つ下げてあるだけなので薄暗い。

【ナイトサイト】などを使う必要があるほどではないが、普段は『ロッジ』のような明るいところで活動しているため、たまにこういう店に来ると、一般的に夜の建物内は、薄暗いのが普通なんだと再認識させられる。

 店内は、各テーブルにランプが置かれていたし、壁にもいくつか下がっていたので、明るいというほどではなかったが、この廊下の様に暗くはなかった。


 廊下の一番奥の扉に鍵を差し込み鍵を開ける。

 そして、扉を開けようとした。


「お待ち下さい」


 フェリアが横から割り込んでドアのノブを掴んだ。

 僕は、下がった。


『部屋の中に暗殺者でも居るのか?』


 中に誰か居るかは、【レーダー】で確認すれば分かるはずだ。

『ロッジ』のような魔法建築物の中と外では【レーダー】は効かない。

 しかし、このような普通の建物の中に人が居れば、【レーダー】に映る。


 フェリアは、扉を開けて中へ入っていった。

 中には、誰も居ないようだ。


【レーダー】


 念のため【レーダー】を起動してみたが、このフロアに人は居ない。

 階下には、青い光点や緑の光点がいくつかあるようだが。


『一体何だったんだ?』


 ――単に様式美で先に入っただけなのだろうか?


 僕は、【レーダー】を切ってから部屋の中に入る。

 部屋の中は、それほど広くはないが、左右に4台ずつのベッドが所狭しと並んでいた。

 入り口から一番奥に小さな台があり、そこにランプが載っている。

 本当に寝るためだけの部屋という感じだ。


『ロッジ』


 僕は、通路の真ん中の手前から3番目と4番目のベッドの隙間に『ロッジ』の扉を召喚した。

 通路が狭いので外向きに開くタイプの扉だったら扉を開けることはできなかっただろう。


 僕は、『ロッジ』の扉を開いて中に入った――。


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