10―6

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「んっ…………」


 僕は、目を覚ました。

 お腹の上に柔らかい塊が載っているのが分かる。少し重い……。

 目を開けて視線を下にずらすと浴衣姿のフェリアと目が合った。

 乱れた浴衣の胸元から覘く胸の谷間が艶めかしくて欲望が頭をもたげてくる。

 僕は、【戦闘モード】を一瞬だけ起動した。


「おはようございます。ご主人様」

「おはよう、フェリア」


 手足にも使い魔たちがまとわりついていて動かせない。

 使い魔たちはフェリアを除いて全裸だった。フェリアとフェリス以外は、寝間着に相当する装備を持っていないこともあるだろう。フェリスは、何故かそれを着ていないが……。


『フェリスが裸族なのは、『妖精の国』に長く滞在していたからかな?』


『妖精の国』には、ニンフやフェアリーなど裸で活動する種族が居たのだ。


「あんっ……」

「んんっ……」


 起き上がるために左右の手を引き抜くとフェリスとルート・ニンフが声を上げた。

 彼女たちの汗か手が少しぬるぬるしている。

 僕は、『ハーレム』の扉を戻して自動清掃機能を発動させた。


 両腕を布団について上半身を起こす。


「ご主人サマ。おはようございますわ」

「フェリスもおはよう」

「おはよう、旦那さま」

「主殿、おはようございます」

「おはようございます……」

「ユーイチ様、おはようございます」

「「ご主人様、おはようございます」」

「みんな、おはよう」


 僕たちの左右には、クセニアと村人たちが裸で並んで寝ていた。


 ――今日は、7月7日(月)だ。


 あれから丸一日以上が経っていた。

 村人たちがメイド服を装備できるようにとトロール討伐を行うため、『ロッジ』の中で一日過ごしたのだ。


 昨夜、僕たちは『ハーレム』の寝間で睡眠を取った。

 この部屋で寝るのも久し振りだ。


『大浴場で眠った回数のほうが、ずっと多いんだよな……』


『装備2換装』


 僕は、寝間着の『装備7』から『装備2』へ換装した。


【フライ】


 飛行して『ロッジ』へと向かう。


 僕は、いつものテーブルのいつもの席に座った。

 使い魔たちも次々と『ロッジ』へ入って来る。

 ホムンクルスたちは、一昨日の寝る前に『アイテムストレージ』へ戻した。


「皆さんは、服を着てここで朝食でも摂りながら待っていてください」


 僕は、クセニアと村人たちにそう言った。

 僕が作った【料理】のレシピは、全て渡してあった。お金も1万ゴールド渡してあるので好きなものを食べることができるはずだ。


「ご主人様、どちらへ?」


 クセニアが聞いてきた。


「『ベゲニ村』です」

「「――――っ!?」」


 クセニアと村人たちから息をのむ声が上がる。


「遺体を埋葬する必要があるでしょうし……」

「分かりました。わたくしも一緒に祈りましょう」

「ええ、村に着いたらお呼びします」

「ご主人様、わたくしにそのような丁寧な言葉遣いは必要ありませんわ」

「うん、わかった」


『ロッジ』


 そして僕は、『ロッジ』の扉を召喚して、外へ出ようとする。


「お待ちください」


 フェリアに止められた。同時に僕の体が一瞬、回復系魔術のエフェクトで光る。

 彼女の心配性は、病的なレベルだと思う。

 扉を開けたところにモンスターが居ても僕がやられることは、まずあり得ない。仮に物凄く強いモンスターだったとして、一撃で死んでも自動的に蘇生するのだ。

 以前、扉を開けて外に出た瞬間にゾンビに襲われたことがあったが、あのときも問題なく対処できた。


『フェリアは、僕を幼い子供だと思っているのかな……』


 年齢的に見れば、そうであってもおかしくはない。

 好きな女性に子供扱いされるのは情けない気分になるが、実際に僕がフェリアから見て子供なのは事実なのでどうすることもできない。


 僕は、フェリアに道を譲った。

 彼女は、僕に頷いてから、『ロッジ』の扉を開けて外に出る。


 僕もフェリアに続いて外に出た――。


 ◇ ◇ ◇


 外は、まだ少し薄暗かった。

 時刻は、朝の7時を少し過ぎたところだ。


 この辺りは、『闇夜に閉ざされた国』の領域に近いからか日照時間が短いのかもしれない。

 いや、『闇夜に閉ざされた国』までの距離は、『エルフの里』とそれほど変わらないだろう。


 ――内陸部だから標高が高いのが原因だろうか?


『分からない……』


 僕は、頭を振って思考を切り替えた。

 今、そんなことを考えても仕方がない。

 やるべきことをやってしまおう。


 僕は、使い魔たちが『ロッジ』から出たのを確認してから扉を閉じて『アイテムストレージ』へ戻した。


 僕は、【フライ】で飛行して『ベゲニ村』の外壁を超えて、村の中心部へ移動した。

 上から見ると村の真ん中辺りにちょっとした広場があるのを見つけたので、そこに降りる。

 広場にも惨殺された死体が何体か転がっている。


 あれから、丸二日経ったが、まだ少しだけ白い煙が上がっているところもある。

 しかし、もう殆ど鎮火したと言ってもいいだろう。

 一昨日のように黒煙がモクモクと上がっているのに比べたら、焚き火に水を掛けて消火した後に白い煙が上がっているようなものだ。


『ロッジ』


 僕は、適当なスペースに『ロッジ』の扉を召喚する。

 扉は、雪原の上に少し浮かせて設置した。


 扉を押し開いて中へ入る。

 女性たちは、まだ食事中のようだ。

 僕の姿を見て女性たちが慌てて立ち上がろうとする。


「あ、そのまま食べていてください」


『エスプレッソコーヒー』


 僕はテーブルに座り、『エスプレッソコーヒー』を飲みながら、彼女たちが食事を終えるのを待った――。


 ◇ ◇ ◇


 女性たちの食事が終わったので、彼女たちを連れて外に出た。

 村人たちはメイド服姿なので寒そうに見えるが、既に刻印を刻んでいるため、人間だった頃に比べると寒さに対する耐性は格段に高いだろう。

 そのため、この程度の寒さでは裸だったとしても問題ないと思う。


「足元が悪いので【レビテート】を使ったほうがいいですね」

「畏まりましたわ」

「「はいっ」」


 全員が『ロッジ』の扉から出たのを確認して扉を閉めて『アイテムストレージ』へ戻す。


「「――――!?」」

「ヒッ!?」

「嫌っ!?」

「そんな……」


 村人たちが周囲の惨状を見て声を上げた。


「皆さん、【戦闘モード】を起動してください」

「「は、はいっ!」」


 僕は、女性たちに【戦闘モード】を起動するよう指示した。

 気が動転していても一瞬で冷静になれるはずだ。


「皆様、女神様にお祈りを捧げましょう……」


 クセニアがそう言って、目を閉じて両手を合わせる。

 村人たちもそれに倣った。

 仏教で行う合掌に似ている。


 ――『女神教』と仏教には、何か関連があるのだろうか?


 この世界は、言語にしてもそうだが、日本文化の影響が強いようなので、日本で広く信仰されている仏教の影響を受けている可能性はある。


 僕も亡くなった村人たちに手を合わせて哀悼あいとうの意をひょうした――。


 ◇ ◇ ◇


 作法がよく分からないのでクセニアに聞いてみる。


「亡くなった人たちを埋葬してもいいの?」

「ええ……。ですが、ご主人様。それは大変なのでは?」


 確かにこれだけの数の遺体を埋葬するのは、普通は手間がかかるだろう。


「穴を掘る魔術があるから、それを使えば比較的簡単に埋葬できるよ」

「そんなことが……」

「ここから、村の奥へ向かって魔法で更地にしてもいいかな?」

「は、はい。見たところ家屋も焼失しておりますし……」


 僕は、ユキコのほうを見た。


「ユキコ、雪女たちを召喚して」

「畏まりました……」


 広場に白い光が溢れ所狭しと白い装束を着た雪女たちが召喚された。

 全部で255人居るはずだ。

 その光景に女性たちが驚きの声を上げる。


「「わぁっ……」」


 僕は、雪女たちに指示を出す。


「この先にある遺体を全て、この近くまで運んで」

「「畏まりました」」


 雪女たちは、飛行して村の奥へ移動していく。

 数分で雪女たちは帰ってきた。

 遺体を抱えた雪女は、30人ほどだった。


「空いてる所に並べて」

「「はい……」」


 僕は、村の奥を見ながら、右手中指に装備した指輪を起動する。


『フラット・エクスプロージョンの指輪』


 効果範囲を示すガイドが視界に表示されたので、1メートルくらい雪の中にめり込ませてから発動する。

 視界が真っ白に染まった。


「「キャッ!?」」


 背後で複数の悲鳴が上がった。

 前方から風が吹き付け、周囲の雪が空中に舞った。


 光が収束すると、数メートル先にある段差の向こうに幅20メートル、奥行き50メートルくらいの平らな地面があった。


 僕は、雪女たちに次の指示を出す。


「村中の遺体をあの地面の上に並べて、【グレイブピット】で埋葬して」

「「畏まりました」」


 雪女たちが、村中にある村人の遺体を運んで埋葬した――。


 ◇ ◇ ◇


 村人たちの埋葬は、30分ほどで終わった。

 僕は、雪女たちにねぎらいの言葉を掛けてから帰還させた。

 埋葬した村人たちに花束でも添えたかったが、全く面識のない死者に献花けんかをするのは、偽善でしかないだろう。

 僕は、もう一度手を合わせて、村人たちの冥福を祈った。


『ロッジ』


「気が済んだ人から中に入って」

「「はいっ……」」


 メイド服姿の村人たちは、意外とあっさり『ロッジ』の中へ入って行った。

 続けてクセニアも中に入ろうとする。


「あっ、クセニアさんは、【マニューバ】を起動して、『アスタナの街』までついてきて」

「畏まりました」


 ――そう言えば、彼女たちは【戦闘モード】を解除したのだろうか?


「皆さん、【戦闘モード】は解除したよね?」

「いいえ、そう命じられておりませんから……」

「じゃあ、【戦闘モード】は解除して。【戦闘モード】を戦闘時以外で使うときは、すぐにオフにしていいから。冷静になりたいときに使って」

「「はいっ」」


 僕は、『ロッジ』の扉を閉めてから、『アイテムストレージ』へ戻した――。


 ◇ ◇ ◇


 その後、僕たちは【インビジブル】と【マニューバ】を起動して『アスタナの街』の近くまで移動した。

 街道付近の人気のない場所に降り立つ。


「じゃあ、【インビジブル】と【マニューバ】を切ってからついてきて」

「ハッ!」

「御意!」

「分かりましたわ」

「分かった」

「はい……」

「畏まりました」


 僕は、【インビジブル】と【マニューバ】をオフにして、【フライ】に切り替えて『アスタナの街』の入り口の関所へ移動する。

 この街の城壁も『エドの街』と同じデザインのようだ。

 同じ人物――初代組合長――が作った魔法建築物なので、全く同じものの可能性が高い。


 ――どうやって作ったのだろう?


【工房】で作ったのは分かるが、街全体を囲うものを作るのは難しいし、各街ごとのワンオフ仕様となるため非効率的だ。

 おそらく、ブロック構造で繋げていったのではないかと思う。

 しかし、パッと見た感じでは、継ぎ目が見あたらない。

 所々にある見張り台への螺旋階段の建物でジョイントしているのだろうか?


 僕は、そんなことを考えながら、通行税を支払う窓口へ向かった。


「7名です」

「金貨1枚と銀貨4枚。もしくは、銀貨14枚となります」


 僕は、金貨1枚と銀貨4枚をカウンター窓口に実体化させた。

 小さな窓口から手袋をした手が硬貨を回収する。


「はい、確かに」

「では、こちらへどうぞ……」


 護衛の冒険者らしき者たちに促されて、『アスタナの街』の城門をくぐった。

 流石に冒険者でも寒いのか、毛皮のコートを身に纏っている。


「クセニアさん、『ローマの街』方面の『ゲート』は何処にありますか?」

「こちらです、ご案内いたしますわ」


 僕は、クセニアに案内されて、次の『ゲート』へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 雪が積もっていて寒いからか、大通りでも人通りは少ない。

 僕たちは、その少ない人たちから注目を浴びていた。

 人が少ないので、よそ者が珍しいのかもしれない。

 僕が【フライ】で浮遊しながら移動していることもあるだろう。

 また、他のメンバーは、クセニアも含め、【レビテート】で少し浮いた状態で歩いている。


 そんな『アスタナの街』の中を1時間近く移動した。


「あれが、『ハリコフの街』への『ゲート』ですわ」


 次の街は、『ハリコフの街』と言うらしい。

『ハリコフの街』への『ゲート』は、『ウラジオストクの街』との『ゲート』よりも街の奥にあった。

 位置的には、南西へ2キロメートルくらいの距離だ。

 すぐ側にあったほうが、移動が便利だと思うのだが、いろいろな理由があるのだろう。

 思いつくところでは、この街の店や宿屋を利用して貰うためかもしれないし、単に広い土地が確保できなかっただけかもしれない。


「ありがとう。じゃあ、クセニアさんは教団へ戻ってくれる? 教団の人たちを説得できるようなら説得してみて」

「はい。刻印を無料で戴ける代わりにご主人様の奴隷になるという条件でよろしいですね?」

「奴隷じゃなくて使い魔ね……」

「では、いってらっしゃいませ。ご主人様」


 クセニアが頭を下げた。


「うん」


 僕は、『ハリコフの街』への『ゲート』へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


『ゲート』の向こうに見える『ハリコフの街』には、雪は積もっていなかった。

 こちら側とは、気候が違うようだ。

『ゲート』の周囲に居る冒険者たちが値踏みするように僕たちを見ている。

 冒険者たちから注がれる好奇の視線を無視して、僕は『ハリコフの街』の街への『ゲート』をくぐる。


 周囲の気温が『ゲート』内で変化した。

『ロッジ』の中と同じくらいの気温だ。おそらく、摂氏20度前後だろう。

 そして、『ゲート』を抜けるとまた気温が下がった。

 摂氏10度くらいだろうか。肌寒いと感じる気温だ。

『ハリコフの街』は、雪は積もっていないが、気温は低いようだ。


 ――元の世界では、どの辺りになるのだろう?


『マップの指輪』を発動させて、【マップ】の魔術を起動してみたが、周囲を探索していないため現在位置しか分からなかった。

『ハリコフの街』は、『アスタナの街』から西へ2500キロメートルくらいの距離にあった。

 おそらく、ロシアの何処かにある都市ではないだろうか。

 しかし、ヨーロッパへは、かなり近づいていると思われた。

 次の『ゲート』か、次の次くらいには、『ローマの街』へ到着しそうだ。

『ゲート』を使えば、今日中に『ローマの街』へ到着するだろう。


 僕は、『ゲート』の通行料を支払うため窓口へ向かった。


「6名です」

「金貨60枚になります」


 僕は、カウンターの上に60枚の金貨を実体化させた。

 受付嬢が窓口から金貨を確認する。


「はい、確かに。ようこそ『ハリコフの街』へ」

「ありがとう」


 僕は、次の『ゲート』までの道を尋ねるため、近くに居る冒険者のところへ向かった。


「すいません、ちょっとお尋ねしたいのですが、『ローマの街』方面の『ゲート』へはどちらに行けばいいですか?」

「ああ、それなら……。この大通りを、向こうへ行って、大通りが交差したところで右へ曲がればいい」


 30代半ばくらいに見える革鎧を着た冒険者の男性がそう教えてくれた。


「ありがとうございます」


 僕は、教えられた通り、次の『ゲート』へと向かった――。


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