9―30

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 デニスに案内された場所は、デニスの実家から『女神教』の神殿方向へ少し戻ったところにある広い空き地だった。

 空き地の広さは、幅が30メートル以上で、奥行きは100メートルくらいありそうだ。

 空き地は整地されておらずデコボコで雑草も生えていたが、手入れはある程度されているのか、雑草が伸び放題という感じではなかった。


 僕は、少し前に出てから振り向いて注意する。


「整地しますので、少し下がってください」

「ほぅ、どうやってこの空き地を整地するのか見ものじゃのぅ」


 僕は、右手の中指に装備した指輪を起動する。


『フラット・エクスプロージョンの指輪』


 効果範囲を示すガイドが視界に表示された。

『夢魔の館』のときとは違い前方に90度回転させ縦向きにイメージを誘導する。

 デコボコした地面に少しめり込むくらいの高さに下げて『発動』と念じる。

 目の前の空間が真っ白に染まった。

 白い空間から風が吹きつけ、周囲に砂埃すなぼこりが舞い上がる。

 光が消え去るとデコボコで雑草が生えていた空き地にキッチリ長方形に窪んだ平らな地面ができていた。

 その地面は、転圧されているわけではないので、乗ると足が少し沈みそうな感じだ。


「おおっ!」

「これほど広範囲に作用する魔術を事もなげに……」


 デニスとカチューシャが驚いている。


「デニスさん、どの辺りに『ゲート』を設置すればいいですか?」


 デニスが10センチメートルほど低くなった土の地面を歩き出す。

 デニスが通り過ぎた地面には、足跡が残っているのが見える。

 僕は、【フライ】で飛行してその後ろをついていく。

 カチューシャと使い魔たちも飛行して続いたので、整地した地面にはデニスの足跡だけが残った。


「では、この辺りに設置してもらえますか?」


 デニスは、僕が【フラット・エクスプロージョン】で整地した範囲の丁度真ん中辺りを指した。


「分かりました」


『ゲート・表』


『アイテムストレージ』から『ゲート』を召喚すると設置場所を確認するためのガイドが視界に表示された。

 ここまでは、『ロッジ』などのアイテムと同じだ。しかし、『ゲート』は一度設置したら『アイテムストレージ』へ戻すことができなくなる。そのため、設置場所は慎重に決める必要があった。

 デニスに指定された辺りにガイドの位置を確認しながら慎重に『ゲート』を設置する。

 次の瞬間、『ゲート』が白い光に包まれて地面の上に出現した。


「凄い……」

「うむ」


『ゲート』は、平らな地面の上にピッタリと置かれた状態だ。このままでは段差ができるので、『ゲート』の周囲に石畳などを敷くべきだが、それは僕が行うことではないだろう。


「では、ここで少し待っていて貰えますか?」

「ええ、勿論」

「妾も待っておるよ」


 デニスとカチューシャが答えた。


【インビジブル】


「き、消えた!?」

「騒ぐでない。ユーイチ殿は、【インビジブル】の魔術を使われただけじゃ」


【ハイ・マニューバ】


 僕は、【ハイ・マニューバ】の魔術を起動して飛翔する。

 使い魔たちも僕に続いた。

 東へ飛行しながら、高度を数百メートルまで上げる。

 上空から、僕たちが商隊と一緒に通った街道が見える。

 かなり曲がりくねっている印象だ。


 そんな街道を大雑把に辿りながら『ナホトカの街』へ向かって飛行する。

 数分で『ナホトカの街』が見えてきた。

 街道から『ナホトカの街』への入り口近くの森に降り立ち、【インビジブル】と【ハイ・マニューバ】をオフにする。


【フライ】


 僕は、【フライ】を起動して街道に出た。

 そのまま、『ナホトカの街』の入り口で6人分の通行税を支払って街の中に入る。


 そして、港のほうへ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 僕たちは、『ナホトカの街』に入った後、物陰で【インビジブル】と【ハイ・マニューバ】を起動して一気に港近くまで移動した。


『ロッジ』


 港近くの人気の無い場所に『ロッジ』の扉を召喚する。


 ――ガチャ


 【インビジブル】と【ハイ・マニューバ】をオフにしてから『ロッジ』の扉を押し開いて中に入った。


「あっ、ご主人様っ!」

「遅かったですね」

「心配いたしましたわ」

「それが、デニスさんの実家はカチューシャさんに聞いて分かったんだ」

「カチューシャ叔母様に?」


 レーナがそう答えた。


「デニスさんのお祖母さんみたいだけど、レーナには叔母さんになるの?」

「いえ、本当の関係は大叔母に当たるわ」


 どうやら、大叔母様というのを略して叔母様と呼んでいるようだ。

 レーナが一呼吸置いて話を続ける。


「あたしたちのお爺様の弟君がカチューシャ叔母様と結婚されてボンネル家の婿養子となったの。その後、お爺様が亡くなられて、あたしの父やその兄弟はボンネル家の養子になったそうよ」


 しかも、なかなか複雑な事情があるようだ。


わたくしたちの父のことですわ」


 オリガがそう付け足した。


「デニス以外の男たちの父親もボンネル家の養子なのよ」


 ミラが更に補足した。


「そんなに養子を?」

「ええ、カチューシャ叔母様が没落した家の子供たちを引き取ったそうよ」


 ――貴族の義務みたいなものが大商家にはあるのだろうか?


 僕は、理由が分からずそんな感想を抱いた。


「じゃあ、とりあえず外に出て」

「「はい」」


 レーナたちが外に出た。

 僕は、『ロッジ』の中に残るトウコとカナコを見る。


「そういえば、トウコさんとカナコは、時間大丈夫なの?」

わたくしは、引退した身ですから問題ありませんわ」

「あたしも大丈夫よ。ただ、後でウチのパーティメンバーも呼んであげたいのだけれど?」

「夜は『夢魔の館』へ戻る予定だから」

「分かったわ」


『ウラジオストクの街』の『女神教』教団員や『夢魔の館』に来ているであろう娼婦希望者たちを使い魔にする必要があるだろう。

 定期的に戻っておかないと増えすぎてしまうだろうし。


 僕は、外に出て『ロッジ』の扉を閉めてから『アイテムストレージ』へ戻した――。


 ◇ ◇ ◇


 レーナたちに案内されて、デニスが言っていたボンネル家の土地に到着した。

 そこは、港の外れにある貨物置場のようだった。

 地面は、コンクリートのようなもので固めてあるが、そこらじゅうにひび割れがある。


「ここは、貨物置場みたいだけど、使ってないの?」

「ここを使わないといけないほどの荷物が入ってくることは、滅多にないわ」

「じゃあ、ここで間違いない?」

「ええ」

「『ゲート』は、真ん中辺りに設置すればいいかな?」

「それでいいと思いますよ」


 僕たちは、敷地の中央付近まで移動する。


『ゲート・裏』


『ゲート・表』と対になった『ゲート』がボンネル家の所有する貨物置場に現れた。


「うわぁ……」

「凄い……」

「流石、ご主人様ですわ」


 レーナたち3人は『ゲート』が召喚された光景を見て感嘆の声を上げた。


「忘れないうちに伝えておくけど、『ゲート』の代金は、支払いに時間がかかるみたいだから、レーナたちに渡すようデニスさんには言っておいたから」

「分かりました。デニスに渡されたら、ご主人様にお渡しすればいいのね?」

「いや、代金のうち1万ゴールドずつを3人で取っておいて、残りはレイコという『夢魔の館』の女将に渡しておいて」

「そんな!? 戴けませんよ」

「あっ、分かった。ご主人様は、あたしたちに娼婦になれって言ってるのね?」


 ミラが何故か嬉しそうにそう言った。


「いや、3人はデニスさんのパーティの重要な戦力だから」

「しかし、この『ゲート』があれば、ゴブリンと戦うこともなくなりますわ……」


 確かにオリガの指摘どおり、一番危険な行程をスキップできるようになるため戦力はあまり必要ないかもしれない。

 しかし、ヒーラーのオリガが抜けるとデニスのパーティは、冒険者パーティとして機能しなくなるだろう

 商隊の護衛のみなら、それほど問題はないかもしれないが……。


「その辺りは、デニスさんと相談してから決めるように。商隊の護衛だけなら、3人が抜けても問題なさそうだからね。ただ、別に娼婦をする必要はないよ。他にやりたいことがあれば、それをやればいいし、今のまま商隊の護衛がいいなら続ければいい。とりあえず、暫くは今のまま商隊の護衛を続けて」

「分かったわ」

「そうね。何があるか分からないものね」

「分かりましたわ」


 僕は、『ゲート』を見上げる。

 ほぼ正方形の開口部にある両開きの扉は閉じていた。扉には、半分くらいの高さに大きなリング状の取っ手が付いている。

 まずは、この扉を開けないといけない。


「フェリア、ルート・ドライアード、この扉を開けてくれる?」

「ハッ!」

「御意!」


 フェリアとルート・ドライアードが飛行して、扉に付いた丸い取っ手を引いて手前に扉を開いた。

 ギギギギギと扉が音を立てそうなシーンだが、無音で扉は開かれる。

 開かれた扉の向こうには、2メートル弱の短い通路があり、その向こうには金属の壁が見える。

 その金属の壁は、設計通りなら反対側の扉だ。


 扉には、開いた状態で固定するギミックがないため、閉じないように石のようなもので扉を押さえておく必要がある。

『ウラジオストクの街』と『アスタナの街』を結ぶ『ゲート』の扉も四角いブロックのようなもので固定されていた。

 このままでは、風が吹いたら扉が閉まってしまうだろう。


「レーナたちは、向こうの扉を押して開けて」

「分かった」

「ええ」

「分かりましたわ」


 レーナたち3人は、小走りで『ゲート』の中へ入っていく。

 僕も【フライ】で飛行して3人の後に続いた。『ゲート』の内部は、外よりも温かく感じる。『ロッジ』などと同様に魔法建築物の内部だからかもしれない。

 そして、3人は『ゲート』の扉を押し開ける。


「おおっ」

「ほぅ、早いの」


 開いた扉の向こうには、デニスとカチューシャが立っていた。

 僕たちは、二人の前へ移動する。


「この『ゲート』は、『ナホトカの街』と繋がりました」

「ユーイチ殿、ありがとうございました」

「いえ。それより、警備とか地面に道路を造ったりしないといけないんじゃ?」

「ええ、その通りです。では、オレはその手配に行ってきます」


 そう言って、デニスは身を翻して走り去った。


「騒々しいのぅ」


 デニスの後ろ姿を見送ったカチューシャが呆れたように言った。

 おそらく、この『ゲート』が出来て一番喜んでいるのはデニスだろう。

 商隊の護衛を行う冒険者パーティのリーダーという立場なら、一番トラブルが起きる行程をショートカットできるようになるため喜んで当然だ。


 ふと、空を見上げると少し日が傾いてきたようだ。

 まだ、暗くなるような時間ではないが、こちらの大陸……いや、この辺りでは、日照時間が短いのだ。


「では、僕たちは、そろそろ戻ります」

「なんじゃ? 我が家に泊まるのではないのかぇ?」

「はい。神殿に泊まるつもりです」

「ほぅ。では、妾も連れて行ってたもれ」

「え? どうしてですか?」

「みなまで言わせるでない。そなたを気に入ったからに決まっておるじゃろう」

「でも。カチューシャさんは、デニスさんのお祖母さんだし……」

「妾を年寄り扱いしよるのかぇ? 坊やにたっぷり教えてあげてもよいのじゃぞ?」


 カチューシャは、その美貌を歪ませて淫蕩な笑いを浮かべた。


「いえ、それは結構です……」

「なんじゃ、こんなにおなごを侍らせておるくせに……遠慮は要らぬぞ?」

「いえ、本当に……では、いろいろとやることがありますので、帰らせてもらいます」


 僕は、そそくさとその場を去ろうとした。


「待つのじゃ! デニスが戻って来たら、一緒に参ろうぞ」

「……分かりました」


 カチューシャに引き留められた。

 どうやら、カチューシャは神殿についてくるつもりのようだ。


『どうやって誤魔化そう……』


 僕は、この後のことに頭を悩ませた――。


 ◇ ◇ ◇


 10分ほどでデニスは戻ってきた。

 予想に反して一人だったので、僕は意外に感じた。おそらく、人の手配だけして戻ってきたのだろう。


「お待たせしました」

「いえ。では、僕たちは戻ります」

「ユーイチ殿、今日は我が家でお泊まりいただけませんか?」

「すいません。神殿で泊まることになっていますので……」

「そうでしたか……では、無理にお引き留めすることはできませんね」


 僕は、レーナのほうを向いた。


「レーナたちは、どうする?」

「あたしたちも神殿に行っていいですか?」

「時間は大丈夫なの?」

「この『ゲート』が出来たので、明日出発する必要はなくなりました」


 デニスが僕の質問に答えた。


「では、いつ出発されるのですか?」

「今日と明日で『ゲート』の周囲を整備して、明後日の朝に出発するつもりです。レーナたちは、明後日の朝、この場所に集合してくれ」

「分かったわ」

「はいはい」

「了解ですわ」

「じゃあ、デニスさん。今後、『ゲート』のことで何かあったら、レーナたちに言付けてください」

「分かりました」


 僕は、空き地から通りへ移動する。


「お婆様?」

「なんじゃ?」

「お帰りになられるのですか?」

「いや、ユーイチ殿と一緒に神殿へ行くのじゃ」

「な!? ユーイチ殿にご迷惑を掛けないでくださいよ?」

「分かっておるわい!」


 そんなやり取りが背後から聞こえてきた。

 僕は、ため息をいて、神殿へ向かう。


 神殿までは、ゆっくり移動しても10分くらいだったが、日は更に傾いて薄暗く感じるくらいになっていた。

 人気の少ない通りから神殿の入り口の階段を上り、神殿の中へ入る。

 広いエントランスを移動して女神像の前に着いた。


「「ご主人様」」


 グルフィヤとクリアーナが僕の前に来た。

 二人は、片膝をついて頭を下げる。

 背後でカチューシャが「ほぅ」と感嘆した声を出しているのが聞こえた。


「アナスタシアさんは、居られますか?」

「ご主人様、我々にそのような丁寧な言葉を掛けていただく必要はありません」

「そうですわ。教主様も含めて、皆ご主人様の奴隷なのですから……」

「奴隷じゃなくて使い魔ね」

「ええ、同じようなものですわ」


 僕は、「いや、全然違う」と言いたかったが、時間の無駄なので先を促した。


「では、こちらへどうぞ」


 僕たちは、午前中に来たときと同じ応接室に案内された。

 クリアーナも同行している。

 VIPの護衛と客が応接室で問題を起こさないか監視するために『騎士』が付き添う決まりがあるのかもしれない。


「少々お待ち下さいませ」


 そう言ってグルフィヤは、応接室から出て行った。

 アナスタシアを呼びに行ったのだろう。


 僕は、応接室のソファーに深く腰掛けてアナスタシアが来るのを待った――。


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