9―31

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 ――チャポン……


「ふぅ……」


 僕は、『夢魔の館』の地下にある大浴場で息を吐いた。

 背後には、フェリアとルート・ドライアードが僕の体を支えるように控えている。

 左右の肩に二人の柔らかい胸の膨らみが当たっているので、最初はドギマギしていたが、【戦闘モード】を発動したら気にならなくなった。


 ――ザバザバザバザバ……


「ふふっ、主殿あるじどの。何を黄昏たそがれておる」


 湯船の中を全裸のカチューシャが歩いて来た。

 僕は、慌てて目を逸らす。

 デニスの祖母であるカチューシャの外見は、金髪美少女なのだ。


「目を逸らすとは何事じゃ。わらわの身体が気に食わぬのか?」

「いや、逆です。魅力的なので見ていられないというか……」


 僕はしどろもどろになりながら答えた。


「ふふっ、初奴ういやつじゃ……」


 カチューシャが至近距離まで近づいて膝立ちになり、俯いた僕の頭を抱き寄せた。


「わっ……」

「さぁ、また妾の乳房を吸ってたもれ……」


 顔面を小ぶりな乳房へ誘導される。

 僕は、カチューシャの桜色をした乳首に吸い付いた。


「ああ……これじゃ……この感じ……何とも愛おしいのぅ……」


 カチューシャに授乳されるのは、これで2度目だった。

 彼女は、既に僕の使い魔となっている。

 神殿でアナスタシアを待っていたときから、一日半以上の時間が経過していた。

 アナスタシアに指示を出し、使い魔にする教団員たちを交代で『夢魔の館』へ招き入れ、娼婦希望者と共に使い魔にしたのだ。


『ウラジオストクの街』の『女神教』が運営する娼館の娼婦たちも含めると184名が新たに使い魔となった。

 この一日半の間には、使い魔たちに指示を出し、トロール討伐を2度行っている。

 それにより、レベルアップした新規の使い魔たちに召喚魔法を使わせて階層的に使い魔にしたのだ。

『ウラジオストクの街』の教団員は、グルフィヤと『騎士』を除いてアナスタシアの配下とし、『騎士』はクリアーナの配下にした。


 ちなみに騎士団は、32名で構成されていた。

 8名で構成された部隊が4チームあるためだ。毎年、最も優秀な騎士見習いが叙任されるようだ。そして、最古参の『騎士』が引退する。最古参の『騎士』は、騎士団長も兼任しているとのことだった。

 現在の騎士団長は、タチアナという名の女性だった。身長がクリアーナよりも高い金髪ポニーテールで巨乳の女性だ。


 また、エルフと雪女には、この大陸にも北のほうに行けばあると思われる『闇夜に閉ざされた国』の領域を探索に向かわせた。

 雪女には北に向かい大陸の東側の海岸沿いから、エルフには少し西へ移動した辺りから探索を開始してもらった。

【レーダー】に黄色や青色の光点を発見したら、連絡するように命じてある。


 最初は、『ゲート』を使い『アスタナの街』へ移動しようと思ったのだが、シベリア送りになった『魔女』たちの話が気になったのだ。

『闇夜に閉ざされた国』の雪原には、ダイアウルフのような危険なモンスターが棲息している可能性が高いので、そんなところへ送られたとしたら生きている可能性は低いと思う。

 それに、もし生きていたとしたら、この街の教団へ復讐するために何らかのアクションを起こすはずだ。

 勿論、初代組合長の圧倒的な武力に恐れをなして復讐など考えなかった可能性もあるが……。

【マップ】は、ユーラシア大陸の北東部が埋まりつつあったが、今のところ探索に向かった使い魔たちからの連絡はない。


 そんな回想をしながら、僕はカチューシャに授乳され続けた――。


 ◇ ◇ ◇


「ご主人様?」


 左の耳元で囁く声がした。

 僕は、カチューシャの乳房から口を離す。


「あんっ。まだ早いじゃろう……」


【テレフォン】


「もしもし?」


 僕は、カチューシャを無視して左耳に手を当て【テレフォン】を通話モード――【テレフォン】を送ってきた使い魔に返信すること――で起動した。

【マップ】を視界内で拡大して、【テレフォン】を掛けてきた使い魔の位置を特定する。

 かなり西側で探索している使い魔なので、エルフの誰かだろう。正直、声だけでエルフの誰なのかを判別することはできないが、【テレフォン】を掛けてきたのがエルフだというのは、【マップ】を見なくても分かっていた。雪女は、個体差が無くユキコと全く同じ声なので消去法で雪女ではないということが分かったからだ。勿論、『夢魔の館』の娼婦や教団員などのあまり知らない使い魔の可能性がないわけではなかったが、声で判別できないような使い魔からいきなり【テレフォン】が掛かってくる可能性は極めて低いと思われた。


「メーテロペーでございます」

「何か見つけた?」

「はい。【レーダー】に青い光点が2つ見えます」


 僕は、【マップ】上のメーテロペーが居る地点をマークする。

 位置的には、元の世界ではモンゴルから北へ行った辺りだろうか。地理には疎いので正確なところは分からない。

【マップ】上で大凡おおよその距離を測ってみると、『ウラジオストクの街』から北西へ3000キロメートルくらいの距離にあった。

 マークした地点を拡大してみると、雪に覆われた大地にクレバスのような亀裂が確認できる。おそらく、峡谷のような地形になっているのだろう。

【マップ】の画像は、上空から撮影した空撮写真のように見える。使い魔の視界が記録されるためだ。『闇夜に閉ざされた国』の領域なのに明るい画像で記録されているのは、使い魔たちが【ナイトサイト】の魔術を使っているからだ。


「ありがとう。探索を続けて」

「畏まりました」

「通信終わり」


 僕は、【テレフォン】をオフにした――。


 ◇ ◇ ◇


 朝の6時になったので、レーナたちや『ウラジオストクの街』に住む者たちを連れて『夢魔の館』から『ロッジ』に戻った。

 娼婦たちには、1万ゴールドずつ魔法通貨を渡してあるし、それ以外の者は1000ゴールドずつ配った。――といっても僕が直接渡したわけではなく、レイコとアナスタシアに配ってもらった――

 料理レシピも渡すよう指示してあったので、『ロッジ』に居る使い魔たちに適当な席で食事をするように指示をする。すると、『ロッジ』のテーブル席は半分以上が使い魔で埋まった。


 教主アナスタシアには、200万ゴールドを渡しておいた。

 一部は、『貧民街』への施しに使い、他は僕の使い魔となった教団員への給金にてるよう命じた。

 これまでは、集めた寄付金を教団員の刻印付与に使っていたようだが、これからは『夢魔の館』へ教団員を送り込むことで刻印が無料で刻めるようになったので、寄付金を『貧民街』での炊き出しや教団員への給金としても使えるようになるはずだ。


 また、『夢魔の館』への移動のため、主要メンバーに『移動部屋』を渡した。

『移動部屋』を渡したのは、アナスタシア、グルフィヤ、クリアーナ、タチアナ、カチューシャ、レーナの6人だ。

 それにより、アナスタシアとグルフィヤはトウコと、クリアーナとタチアナはリディアと、カチューシャはベルティーナと、レーナはカナコと、それぞれ『移動部屋』で行き来することができるようになった。


 大陸北部へ探索に出していたエルフと雪女たちは、フェリスとユキコに命じて帰還させた。

 大陸東側から探索を開始した雪女とエルフの探索範囲が重なったことや、【レーダー】に黄色や青い光点が存在する地点を発見するという当初の作戦目標が達成されたこと、一日半以上も荒野を飛行し続けるという苦行から解放してあげたかったことなどの理由により帰還させることにしたのだ。

 探索の続きは、また今度行えばいいだろう。


 今日は、6月24日(水)だ。

 朝の7時までにレーナたちは、僕が作った『ナホトカの街』へ繋がる『ゲート』の前へ行かないといけない。


「そろそろ出掛けよう」


 僕は立ち上がってそう言った。


「そうですわね」

「「はいっ」」


 オリガに続いて使い魔たちが次々に席を立つ。

 僕が扉の前に移動すると、僕の体が回復系魔術のエフェクトで光った。

 甲冑姿のフェリアに先に扉から出るよう身振りで促した。

 彼女は、頷いてから『ロッジ』の扉を開けて『女神教』の神殿にある応接室へ出る。


 続いて僕も扉から出た――。


 ◇ ◇ ◇


 神殿で教団関係者と別れ、まだ薄暗い通りを僕たちは新しい『ゲート』に向かった。

 今日は、時間的なものなのか通りを行き交う人がそれなりに見受けられる。


『女神教』の神殿から、歩いて10分くらいで僕が設置した新しい『ゲート』に到着した。

 一昨日までは、『ゲート』以外には何も無かった場所は、劇的に変化している。

 周囲に高い塀が作られ、『ゲート』の側には通行税を徴収するための施設が作られていた。

『ゲート』の扉も風で閉じないように大きな四角いブロックで固定されている。

 警備の冒険者らしい人たちの姿も見受けられた。

 また、前の通りには新しい『ゲート』を一目見ようと野次馬が集まっている。

 人通りが多かったのは、この『ゲート』ができたためのようだ。


『ゲート』の近くには、商隊が待機していた。

 デニスのパーティメンバーも既に来ている。


「ユーイチ殿!」


 デニスが僕たちを見つけて声を上げた。

 僕たちは、デニスの前まで移動する。


「デニスさん、おはようございます」

「おはようございます。ユーイチ殿」

「皆さんも、おはようございます」

「「おはようございます」」


 僕は、他のパーティメンバーにも挨拶を済ませてデニスに話し掛ける。


「すっかり変わりましたね」

「おかげさまで、何とか間に合いました」

「商隊のローテーションも変わるのですか?」

「そのあたりは、他家と協議中です」


 僕は、振り返ってレーナを見る。


「レーナ、リリアを頼むね」

「ええ。『ニイガタの街』の『紅梅亭』へ送り届ければいいのよね?」

「うん。それで頼むよ」

「分かりました。ご主人様」

「寂しくなりますわ……」

「ホント……」


 オリガとミラは、僕との別れを惜しんでいるようだ。


「すぐには無理だけど、そのうち逢えるよ」

「そのうちって何時ですか?」

「じゃあ、今は6月だから12月になったら、いつでも休みの日に連絡して」

「ああん、半年も逢えないのですかぁ?」

「昨日のように、たまに『夢魔の館』へ戻ることがあるから、偶然、逢えるかもしれないし……」

「分かりましたわ」


 僕は、デニスに出発するよう手で合図した。

 デニスは、僕を見て頷く。


「商隊、しゅっぱーつ!」


 デニスの掛け声の後、商隊の荷馬車が『ゲート』に向かって移動を開始した――。


 ◇ ◇ ◇


 デニスのパーティが護衛する商隊を見送ったあと、『ナホトカの街』へ繋がる『ゲート』前から神殿方面へ移動した。

 通りを暫く移動してから、人気ひとけのない横道へ入る。


「とりあえず、【インビジブル】と【マニューバ】を起動して」

「ハッ!」

「御意!」

「分かりましたわ」

「いいわよ」

「はい……」


【インビジブル】【マニューバ】


 僕は、【インビジブル】と【マニューバ】を起動して街の上空へと舞い上がる。


 ――さて、どうしようか?


 メーテロペーが発見した【レーダー】上に青い光点が表示されたという場所に行くつもりなのだが、このまま『ウラジオストクの街』から3000キロメートルも飛行していくか、もしかすると近くなる可能性に賭けて、『アスタナの街』へ『ゲート』で移動してみるか……。


 少し考えて、僕は『ゲート』で移動することにした。

『ウラジオストクの街』は、大陸の東の端にある街なので、少なくとも見当違いの方向へ転移することはないだろうと考えたのだ。

 もしかすると、大きく戻る必要があるかもしれないが、その距離が3000キロメートル未満なら失敗ではないため、『ウラジオストクの街』よりは目的地に近い可能性が高いように思えた。

 僕がアスタナという都市の位置を知っていれば、悩む必要もなかったのだが……。

 これまでの経験から、おそらく現実世界にも存在する地名のはずだからだ。


 僕は、【マニューバ】で飛行して『アスタナの街』へと繋がる『ゲート』に向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 数分で『ゲート』の近くへ到着した。

 人気のない路地を探してみると、『ゲート』の近くは人通りが多く、少し離れた場所にある路地になってしまった。

 その路地に降り立ち【インビジブル】と【マニューバ】を解除する。使い魔たちも僕に倣って【インビジブル】と【マニューバ】を解除した。


【フライ】


 僕は、【フライ】を起動して路地から通りに出た。

 通りを『ゲート』に向かって移動する。

 10分ほど移動すると『ゲート』の近くに到着した。


『ゲート』の扉は、こちら側は開いているが、向こう側が閉まってる。

 まだ、開く時間になっていないようだ。


 僕が【フライ】で飛行しているからか、周囲の人々は、僕たちに近づこうとはしなかった。

 人混みの中、僕たちの周囲にだけ空間が出来ているのだ。

 勿論、人混みと言っても日本の大都市のようなものではない。この街の人口なんて、元の世界の都市に比べたら大したことはないだろう。


 僕は、『ゲート』の側にある通行税を支払うとおぼしき建物に移動する。

 石造りの小屋で街の城壁にある通行税を支払うための窓口があった建物と似ている。

 違いは、城壁にある窓口は城壁にくっついていたが、ここは独立した小屋となっている点だ。

 中に居るのは、おそらく『組合』の事務員だろう。


「すいません、『ゲート』を通りたいのですが、どうすればいいですか?」

「通行税は、向こうの街でお支払いください。『ゲート』の向こうは、まだ早朝なので開くまで2時間ほどお待ちください」


 どうやら、時差の関係で『ゲート』の向こうの街は、まだ暗い早朝のようだ。また、通行税は受け入れ側の街にだけ払えばいいらしい。

 確かに『ウラジオストクの街』へ入るときに通行税は支払っているので、出るときにも取られるのはおかしい。


「分かりました」


 僕は、そう言って時間を潰すために人気のない場所に向かった――。


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