9―18
9―18
『現在時刻』
目を覚まして念のために時刻を確認してみると、【06:00】だった。
朝の6時に目が覚めるように睡眠を取ったのだ。
今日の日付は、6月21日(日)だろう。
僕は、昨夜からずっと湯船の中に居る。
普通の人間なら体がふやけてしまっているところだが、刻印を刻んでいるので湯船の中に長時間居ても大丈夫なのだ。
前後左右から抱きつかれているような圧迫感があった。
胸や後頭部、両腕に柔らかい感触がある。
目を開けると女性のうなじと長い黒髪が見えた。
少し頭を起こすと長く尖った耳が目に入る。
どうやら、フェリアが正面から抱きついているようだ。
かなり危ない体勢だ。
『寝ている間に貞操を奪われていたりして……』
『いや、僕の意に反することを使い魔であるフェリアがするわけがないか……』
『使い魔になる前なら分からないが……』
彼女とは、同じベッドで寝たこともある。
刻印を刻んだ者の眠りは浅い。しかし、身の危険――貞操の危機ではなく――を感じなければ目を覚まさないかもしれない。
『まぁ、どうでもいいか……フェリアになら、喜んで捧げてもいいし……』
「フェリア、そろそろ起きたいんだけど……?」
「んっ、ご主人さまぁ……んあ?……もっ、申し訳ございません!」
――サバッ
フェリアが僕から離れて後ろに下がった。
彼女は、恥ずかしそうに俯いている。
――こ、これは……。も、萌える……。
いつもは、キリッとした感じのお姉さんなので、こういう一面を見せられるとドキドキしてしまう。
それにしても寝ぼけたような反応だが、刻印を刻んでいても寝ぼけることなんてあるのだろうか?
僕自身は、そういう状態になったことはない。ただ、ウトウトとまでは行かないが、ボンヤリした状態になることはできる。湯船で目を閉じているときなどは、そうやって、ボーッと過ごしていることが多かった。
「お、おはよう……」
「おはようございますっ!」
フェリアが妙に力の入った挨拶を返してきた。
「あっ……」
「んんっ……」
「あるじどのぉ……」
「あぁ……」
「はぁ……」
「あんっ……」
「ご主人さまぁ……」
僕が体を起こすと周囲で使い魔やレーナたちが声を上げた。
「出発する準備をしよう」
――サバッ
僕はそう言って、湯船から立ち上がった――。
◇ ◇ ◇
『ロッジ』に戻ると使い魔やレーナたちは裸のままだった。
僕は、視線を逸らして服を着るよう指示をする。
「みんな服を着て」
「ハッ!」
「御意!」
「分かりましたわ」
「いいわよ」
「畏まりました」
「「はいっ」」
使い魔やレーナたちが白い光に包まれて装備を換装した。
「あ、あのっ、どうすれば……?」
リリアが裸のまま聞いてきた。
「『装備』と念じてみて」
「は、はいっ!」
「クローク以外を装備して『装備換装』と念じるんだ」
「はい」
白い光に包まれてリリアが白無垢姿となった。
「『装備1』と念じてみて」
「はい」
「今の装備と同じ装備をセットして」
「分かりました」
「次に『装備2』と念じてみて」
「はい」
「全ての装備をセットして」
「はい」
「裸になるときは、『装備8換装』と念じて」
「こうですか?」
白い光に包まれてリリアが全裸姿になった。
「『装備1換装』と念じれば、さっきの服装を装備できるけど、とりあえずは、元の服を着ておいて」
「分かりました」
そう言って、リリアが脱ぎ捨ててあった胸元が大きく開いた給仕服を身に着け始めた。
『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』
僕は、朝食をいつも使っているテーブルの隣のテーブルに出した。
「良かったら食べて」
「あっ、美味しそう」
「ありがとうございますわ」
「ありがとうございますっ」
「フェリスたちは、食べたかったら自分で出して」
「ええ、分かってますわ」
服を着終わったリリアが僕の隣に来た。
「リリアも座って食べて」
「ありがとうございます」
僕も一緒に食べ始めた――。
◇ ◇ ◇
隣のテーブルに居るフェリスたちは、食事を摂らなかった。
【冒険者の刻印】に比べて【エルフの刻印】は、お腹が空かないためか、食事に対して無頓着になるようだ。
僕自身も食欲があったわけではなく、一緒に食べないとレーナたちが遠慮するだろうと思ったから食べたのだ。
僕は、食後のコーヒーを
今日は、デニスのパーティと商隊の護衛をしながら移動することになっている。
護衛については、僕たちは雇われているわけではないので、商隊の護衛をする義務はないのだが、少しは手伝ったほうがいいだろう。
戦闘が起きた場合、防衛の主体はデニスのパーティにやって貰って、いざというときの戦力として後方で待機する形になるのではないかと思う。
『現在時刻』
時刻を確認してみると、【06:18】だった。
そろそろ出たほうがいいだろう。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「ええ、そうね」
徒歩での移動は、時間がかかる。
レーナは、精霊系魔術が使えるので、【ウインドブーツ】を使えば高速に移動できるが、ミラやオリガはそうはいかない。
待ち合わせの時刻に間に合いそうになければ、彼女たちをフェリアたちに抱き抱えて貰って飛行すればいいだろう。
『ロッジ』
僕は、『ロッジ』の扉を召喚した。
【フライ】
「お待ち下さい」
僕が【フライ】で移動して扉に手を掛けて出ようとしたら、フェリアに止められた。
同時に僕の体が回復系魔術の白いエフェクトに包まれる。
宿屋の中なので大丈夫だと思うのだが、フェリア的には安心できないということだろう。
僕は、扉が内向きに開く左側に大きく避けてフェリアに先を譲る。
フェリアが扉を開けて『ロッジ』から出た。
僕も続いて扉から出る。
部屋の中は、真っ暗だった。
【ライト】
天井に【ライト】の魔術を張り付ける。
そのまま、入り口のほうへ移動して、全員が『ロッジ』から出たのを確認してから、『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へ戻した。
フェリアに視線を送ると、彼女は頷いて鍵を外し、扉を開けて廊下へ出る。
僕も続いて廊下に出た。
宿屋の廊下は、光源が離れた間隔に設置されたランプの明かりのみなので薄暗かった。
『このランプは、夜間は点けたままなのだろうか?』
部屋にはトイレが無かったので、もしかすると宿泊客のために点けたままなのかもしれない。
廊下を歩いて、カウンターへ移動する。
――チン
リリアがカウンターの呼び鈴を鳴らした。
「はいはい」
奥から宿の受付のベラが出てきた。
少し眠そうだ。
「おはようございます」
リリアが挨拶しながら部屋の鍵を差し出した。
「あら? リリア、あなた……」
「ええ、こちらのご主人様の奴隷にして貰ったの……」
「まあっ……」
「では、お邪魔しました」
「またね、ベラ」
「失礼するわね」
僕たちは、驚くベラを尻目に宿屋から酒場へ続く廊下を移動する。
酒場に着いて店の奥を見ると、薄暗い酒場の中で冒険者パーティらしい6人の客がテーブル席で食事を摂っていた。
おそらく、僕たちが宿の部屋に入った後に宿屋を利用した宿泊客なのだろう。もしかすると、朝食だけ摂りに来た冒険者パーティかもしれないが……。
「リリアはどうするの?」
「家に帰ります」
「じゃあ、6日後にこの店で待ち合わせましょうか」
「分かりましたレーナ様」
「もう様付けにする必要はないよ。同じご主人様に仕える奴隷同士なんだからね」
「いいえ、そんな……」
「まぁ、周囲の目もあるから好きにしな」
「はい……」
僕は、気になっていたことを聞いてみる。
「その……リリアが貢いでいるっていう男の人は大丈夫なの?」
「はい。刻印を戴いたので大丈夫ですわ。この身体はご主人様のものです。あいつの好きにはさせません」
「できるだけ穏便にね」
「畏まりました……」
リリアは、刻印を刻んだばかりだ。
とはいえ、一般人になら、どんな大男にも負けることはないだろう。
問題なのは、その男が冒険者などを雇って危害を加えた場合だ。
「リリアは、魔法が使えた?」
「はい、精霊系の魔法が使えるようです」
『トレード』
僕は、『体力回復薬』と『魔力回復薬』をリリアに渡した。
「これは……?」
「もし、戦闘に巻き込まれたら使って」
「ああっ、ありがとうございますっ……」
「うぷっ!?」
リリアに抱きつかれた。
僕は、すぐにリリアの抱擁から逃れて先を促す。
「じゃあ、集合場所に行こう。レーナ、案内して」
「分かったわ」
僕たちは、酒場を後にした――。
◇ ◇ ◇
酒場の前でリリアと分かれた後、レーナの案内で『ナホトカの街』の入り口に移動した。
街の入り口には、酒場から20分ほどで着いた。
酒場を出たときには、周囲が真っ暗だったので、レーナが【ウィル・オー・ウィスプ】を召喚した。歩いている間に少しずつ明るくなっていったが、まだ辺りは少し薄暗い。
『エドの街』に比べると日の出が遅いのかもしれない。そういえば、日の入りも少し早かったように感じた。
ちなみに精霊系魔術が使えるようになったリリアにも【ウィル・オー・ウィスプ】を使うよう別れ際に指示をしたので、彼女は【ウィル・オー・ウィスプ】を召喚した。使い方は説明しなくても【魔術刻印】が教えてくれるはずだ。
街の入り口には店舗が並び、人でごった返していた。
港町らしく、朝が早いようだ。
『ナホトカの街』の入り口付近には、『ニイガタの街』のような壁が左右に続いていた。
おそらく、モンスターの侵入を防ぐために街の半分を囲っているのだろう。
入り口の門も『ニイガタの街』で見た可動式のバリケードみたいなもののようだ。
「おーい! レーナ!」
人混みの中からレーナを呼ぶ声がした。
見るとデニスが手を振っている。
僕たちは、そちらの方へ移動した。
「おはようございます。ユーイチ殿」
「おはようございます」
今日のデニスは、ヒーターシールドと呼ばれるタイプの盾を装備していた。
デニスの背後には、4人のパーティメンバーが居て、その向こうに2台の大きな荷馬車が並んでいる。
馬車馬は、アーシュよりも一回り大きく、足なども太かった。品種は知らないが、ばんえい競馬に出ていそうな馬だ。
2頭立ての荷馬車で御者台にはそれぞれ2人の御者が乗っている。荷馬車の貨物部分には、幌は無いものの、荷物にはカバーが掛けてあり、ロープで縛ってあった。
早朝に少し雨が降るからだろう。
「ユーイチ殿、紹介します」
デニスがそう言って、パーティメンバーを紹介してくれた。
デニスとレーナ、ミラ、オリガ以外のメンバーとは、関わっていなかったからだ。
最初に紹介されたのは、ニコライという重装戦士だ。
口の周りに髭を生やした黒髪の男性で身長は180センチメートルくらいだろうか。デニスよりは少し背が低いが、代わりに横幅があり、力はニコライのほうが強そうに見える。
外見年齢は、髭のせいでよく分からないが30代半ばくらいだと思う。
装備は、デニスの装備をスチール製にしたような感じだ。
次に紹介されたのは、ヴァレリーという軽装戦士だ。
このパーティの男性陣の中では、一番若そうだった。おそらく、刻印を刻んだのは20代半ばくらいだったのではないだろうか。
デニスほど髪は短くないものの、同じような明るい金髪でスラリとした優男風の女性にモテそうな風貌をした男性だ。
身長は、レーナと同じくらいなので、175センチメートルくらいだと思われる。
全身革装備で、胸当ても革製のものを装備している。武器は、ショートソードのようなものをベルトに吊り下げていて、左腕に金属製のラウンドシールドを装備している。
その次に紹介されたのは、オレグという名の重装戦士だ。
オレグは、デニスよりも背が高く、190センチメートルくらいありそうだ。
スチール製と思しき
しかし、船で何度か見かけたので顔は覚えている。30歳くらいに見えるくすんだ金髪で口髭のある大男だった。
武器は、両手持ちの大剣を背中に装備している。
こういった背中に装備された武器は、物理的に抜くことができないように見えるが、念じると手に装備されるという魔法装備らしいギミックになっているのだ。
実は、普通の剣も念じれば手に召喚できる。僕が愛用している
そして、最後にアレクセイという重装戦士を紹介された。
金髪で顎髭を蓄えた紳士っぽい見た目の男性で、歳はデニスと同じくらいに見える。
身長は180センチメートルくらいだろうか。デニスより少し低いが、体格は似たような感じだ。
装備的には、ニコライとほぼ同じようだ。
紹介が終わった後、レーナたちを見ると、彼女たちも武器を装備していた。
レーナは、柄の長い剣をベルトに吊して装備している。おそらく、両手持ちで使うこともできるバスタードソードと呼ばれるタイプの剣だろう。刃渡りはロングソードとあまり変わらないように見える。
オリガは、レイピアとヒーターシールドを装備していた。回復職は、メイスというイメージなので、ちょっと意外なチョイスに感じるが、よく考えたら僧侶ではないので、どんな武器でもおかしくはないだろう。
ミラは、ショートソードとラウンドシールドを装備している。全体的にヴァレリーと似たような装備だ。
「では、出発いたしましょう」
「了解です」
「商隊、しゅっぱーつ!」
デニスが大きな掛け声を掛けると、馬車が街の入り口に向かって動き出した――。
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