9―19

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 朝7時になったためか、可動式のバリケードみたいな入り口が開いたので、商隊がデニスの号令と共に出発した。

 デニスと4人の男性パーティメンバーが荷馬車の前に移動して歩き出す。


「ご主人様」


 どうしようかと思っていたら、レーナが声を掛けてきた。


「あたし達と一緒に後ろから行きましょう」

「いつもそうなの?」

「ええ、先頭がデニス。そして荷馬車の左右に男達が2人ずつ。殿しんがりにあたし達3人というのが基本隊形なのよ」


 見ると4人の男性パーティメンバーは、左右に分かれて御者台付近に移動している。


「分かった」


 僕は、そう言って2番目の荷馬車の後ろへ移動した。


【レーダー】


 念のため【レーダー】の魔術を起動しておくことにした。

 縮小して視界の右上の隅に移動させる。

 そういえば、この商隊には、デニスのパーティメンバー以外には、御者台に乗っている4人しか居ない。


「ねぇ、商隊の人って4人しか居ないの?」

「この先は、御者しか必要がないの。だから、他の者たちは、この街で荷下ろしの仕事を手伝ってるのよ」

「なるほど」


 また、見たところ僕たち以外に街から外に出て行く人は居ないようだ。

 モンスターが徘徊している地域のようなので、危険だからだろう。

 入り口には、警備とおぼしき冒険者パーティが左右に展開していた。人数からして2パーティだと思われる。


 街道は、『東の大陸――日本の本州――』の街道と同じような広い石畳の道路だった。

 幅が5メートルくらいあるので、この大きな荷馬車でも楽に通過できる。

 しかし、すれ違いは難しいだろう。あまり端に寄ると脱輪してしまいそうだ。


 荷馬車の車幅は、2.5メートルから3メートルくらいだろう。

 荷馬車には、僕の背丈くらいの車輪が4つ付いている。

 車軸は金属製のようだが、車輪は木製だった。


 ふと、移動速度が上がった。

 前方を歩くレーナたちが小走りになる。

 僕は飛行していたので、少し速度を上げた。

 追いついてレーナに聞いてみる。


「いつもこれくらいの速度で移動しているの?」

「ええ、そうですよ。ゆっくり歩いていたら何日も掛かってしまいますから」

「なるほどねぇ……」


 一般人の商隊メンバーが御者台に乗る4人だけというのも、こうやって小走りくらいの速度で移動するためだろう。

 普通の人間だと、マラソン選手でもないかぎり、走ってついていくのは大変だと思う。

 その点、冒険者は走って移動しても全く疲れないから問題はない。


 街道の左右には樹木が生い茂っていた。

 それほど急ではないが、アップダウンもあるので山間部の道路を歩いているような感覚だ。

 実際、周囲に低い山が見えており、山の近くを歩いているのは間違いない。

 つい先ほど港町を出たとは思えない風景だった。

 道路が石畳という点を除いては、日本の山間部と似たような風景だ。


 僕は、そんな風景を眺めながら、商隊の後を使い魔たちと一緒について行った――。


 ◇ ◇ ◇


『ナホトカの街』を出てから2時間ほどが過ぎた頃、1回目の休憩があった。

 見ると街道に面した広場が設けられている。

 50メートル四方はありそうな広場だった。

 奥には、川が流れているようだ。


 荷馬車は、広場に入って停車した。

 御者が降りて車輪に輪留めを入れている。

 その後、荷馬車の側面に吊り下げられていた桶を取って奥へ歩いて行った。

 おそらく、水を汲みに行ったのではないだろうか。


 デニスが近づいてきた。


「ユーイチ殿」

「モンスターは出ませんでしたが、これが普通なのですか?」


 僕は、疑問に思ったことを質問した。


「ええ、ここまでの間でモンスターが出ることはまずないですね」

「どの辺りで出ることが多いのですか?」

「次の休憩地点までは、割と安全です」

「ということは、二回目の休憩が終わってからが危険ってことですか?」

「はい」

「モンスターが出たら、僕たちも手伝ったほうがいいですか?」

「ゴブリン共の数が多かったり、弓や魔法を使うのが居たらお願いしたいですね」

「分かりました」


 どうやら、ゴブリンにはアーチャーやシャーマンが含まれていることもあるようだ。

 冒険者達はともかく、馬や御者が狙われたら問題だろう。


「そういえば、デニスさんのパーティは、ボンネル家の人で構成されているみたいですね」

「ええ、そうです」

「これだけパーティメンバーが居て、兄弟の人は居ないのですか?」

「同じパーティメンバーだと全滅したときに問題だということで避けられています」

「なるほど」


 とは言ったものの、少し疑問だった。

 刻印を刻んで冒険者をやっているということは、家の後継者争いからは脱落しているはずだ。

 しかも刻印を刻んでしまうと子孫を作れなくなるので、冒険者の兄弟姉妹が全滅しても商家にとってはあまり問題にはならないと思うのだが……。

 おそらく、感情的な理由なのだろう。


 ふと、馬車のほうに目を向けると馬が桶から水を飲んでいた。

 やはり、御者たちは向こうの川へ水を汲みに行っていたようだ。


「馬にリンゴをやってもいいですか?」


 デニスに聞いてみた。


「勿論、馬も喜ぶと思います」

「フェリアとドライだけついてきて」

「ハッ!」

「御意!」


 僕は馬の近くに移動する。

 御者台に近づくといかつい髭面の御者たちが怯えたような表情になった。

 船の上でレーナとの戦いを観ていたのだろうか。

 僕がフードを被ったままだということもあるだろう。

 得体の知れない魔法使いのように見られているのかもしれない。

 しかも、僕の背後には、全身鎧プレートアーマーを着たフェリアやルート・ドライアードが付き添っているのだ。


 僕は、馬の前に移動した。

 近くで見ると巨大な馬だ。全体的にアーシュに比べて体も大きくガッシリとしている。

 以前、アーシュのために購入したリンゴを持っていたので『アイテムストレージ』から左右の手に取り出し、それぞれを2頭の馬の口元に運んだ。

 リンゴを見た馬は、僕の手に乗ったリンゴを咥えてかみ砕きながら食べた。


 見たところ、性格はおとなしそうな馬だった。

 よく考えたら、気性の荒い馬が馬車馬に使われるとは思えない。

 2頭が食べ終えたあと、もう一台の荷馬車の馬たちにもリンゴをふるまった。


【エアプロテクション】


 手にリンゴの汁が付いたので、【エアプロテクション】を一瞬だけ起動する。

 警戒されているのか、デニスのパーティの男性メンバーは、話し掛けては来なかった。

 会釈をすると頷き返されただけだ。


 僕は、レーナたちが居るところへ戻った――。


 ◇ ◇ ◇


 休憩は1時間ほどで終わり、移動が再開された。

 ますます緑が濃くなってきた街道を冒険者たちが小走りで移動する。

 それから、1時間ちょっと経った頃だろうか、長く緩やかな下り坂を下りた後に街道の左側に海が見えてきた。

 見たところ打ち寄せる波が静かなので湾内の内海だろう。

 この辺りの地理には詳しくないので、もしかすると大きな湖なのかもしれないが、一部の方角には水平線が見えるので、おそらく海だろう。


「海? だよね?」


 念のためレーナに聞いてみた。


「ええ、そうですよ」


 僕は、この辺りに港町を作ったほうが『ウラジオストクの街』に近いだろうと思った。

 いや、この辺りはモンスターの生息地に近いから危険なのかもしれない。

 これまでのところ、全くモンスターの気配は無かったが、いつ襲われてもおかしくはないのだ。

 暫く海岸線近くの街道を進んだ後、右にカーブするとまた前方に山を見ながら進むようになった。


「ご主人様」


 それから、10分くらい進んだ頃だろうか、フェリアが警告を発した。

 僕は、視界に表示されている【レーダー】を確認してみたが、何も映ってはいない。


【ワイド・レーダー】


 広域版の【レーダー】を起動する。

 すると、前方やや左斜めの方角に赤い光点が9個表示された。

 まだ、かなり距離がある。


「フェリアとルート・ドライアードだけついてきて」

「ハッ!」

「御意!」

「ああん、わたくしでは、お役に立てませんの?」


 フェリスがねるようにそう言った。


「フェリスたちは、後方を警戒してて」

「仕方ありませんわね」


 僕は、空中に舞い上がって荷馬車を空中から追い越した。

 そして、先頭を走るデニスの隣に移動する。


「ユーイチ殿!?」


 デニスが空中から降りてきた僕を見て驚いた。


「モンスターが居ます」

「本当ですか!?」

「ええ、まだ遠いですが、前方やや左の方角ですね」

「街道は、この先、緩やかに左にカーブしています」

「この速度だと会敵までは、10分近く掛かりそうです」

「ゴブリンの数は分かりますか?」

「【レーダー】にはここのつの光点が確認できます」

「固まっているのですよね?」

「ええ、集団行動をしているようです」

「周囲には、そのゴブリンが9体だけというのは間違いないですか?」

「ええ、他の方向には敵の気配はありません」

「ありがとうございます」


 そう言って、デニスは背後に向かって指示を出す。


「ユーイチ殿によれば、前方にゴブリン9体が居るそうだ。10分以内に戦闘となる可能性が高い。各自戦闘準備をしろ!」

「「おぉーぅ!」」


 背後で男性冒険者たちが野太い声を上げた――。


 ◇ ◇ ◇


 街道が左に緩やかにカーブしていったので、モンスターの居る方向は前方やや右に変わっていた。

 モンスターの居る方位は、数分おきにデニスに教えている。


 かなり近づいていた。

 僕は、【ワイド・レーダー】を拡大する。

 すると、モンスターを示す赤い光点が一斉にこちらに向かって移動を開始した。


「来る!」

「商隊、停止! 戦闘用意!」


 デニスが大声で指示を出す。


「あっちの方向です!」


 僕は、ゴブリンと思しきモンスターの赤い光点が来る方向を指差した。


「行くぞ!」

「「おおっ!」」


 次の瞬間、デニスとヴァレリーとオレグが飛び出して行った。

 重装戦士のニコライとアレクセイは、右側の御者台付近へ移動していた。

 御者や馬を護るつもりだろう。


 ゴブリンは、100メートルほど先の街道の右側の森の中から出てきた。

 ノーマルゴブリンとホブゴブリン2体ずつが確認できる。

 迎撃に向かったデニスたちと交戦に入りそうだ。


 森の中から炎の矢が飛んで来た――。


 先頭を走るデニスに当たった。

 意表を突かれたようで、盾での防御は間に合わなかったようだ。

 しかし、金属の胸当てに当たったようなので、それほどダメージはないと思われる。


 どうやら、ゴブリン・シャーマンが居るようだ。

 しかも、一部のゴブリンは、右側に回り込もうと移動している。

 側面からこの商隊を攻撃するつもりだろう。


 森の中から複数の矢が飛んで来た――。


【戦闘モード】


 僕は、【戦闘モード】を起動した。

 その瞬間、矢が静止したように感じたが、よく見るとコマ送りのようにゆっくり近づいてきている。


「――――っ!?」


 ――このままでは、馬に当たってしまう!


【ストーンウォール】


 僕は、慌てて街道の端に【ストーンウォール】を展開して矢を止めた。

 そして、【戦闘モード】を解除する。


「うぉっ!」


 突然、石の壁が目の前に展開されたので、ニコライが驚きの声を上げた。


「ドライ、回り込んだ敵を排除しろ」

「御意!」


 両手でハルバードを持ったルート・ドライアードが【ストーンウォール】を迂回して森の中へ飛び込んだ。

 右側に回り込んだ4つの赤い光点は、【ワイド・レーダー】から瞬く間に消え去った。


「ご主人様!」


 レーナが隣に走ってきた。


「右に回り込んだアーチャー4体は倒したよ。奥にシャーマンが居るみたい」

「分かりました。そいつはあたしがっ!」


 そう言って、レーナは前方の戦闘に参加すべく走り出した。


わたくしたちも行きますわよ!」

「当然!」


 その後をオリガとミラが追う。

 残りは、ノーマルゴブリン2体、ホブゴブリン2体、ゴブリン・シャーマン1体のようだ。

 ゴブリン・シャーマンは、森の中に居て姿が見えない。

 時折、森の中から魔法の攻撃が飛んできている。


 ヒーラーのオリガも向かったので、デニスたちが敗北することはないだろう。

 仮に死者が出たとしても【リザレクション】で復活させればいい。


【テレスコープ】


 僕は、観戦モードで戦闘を見ようと空中に浮かび上がって【テレスコープ】を起動した。


 100メートル近く離れた前方の街道では、デニスとオレグがホブゴブリンを1体ずつ引き受けていた。

 ヴァレリーは、2体のゴブリンを相手に守勢に回っている。

 デニスとヴァレリーには、攻撃の意志が感じられない。

 自分達は、足止めをして攻撃は他のメンバーに任せるつもりのようだ。

 誤算だったのは、ゴブリン・シャーマンの存在だろう。

 戦闘中に高速で飛んでくる魔法を回避するのは難しく、確実にダメージを受けている。

 できるだけ、モンスターをゴブリン・シャーマンが居る方角へ誘導して盾にしようとしているのだが、ゴブリンたちのほうもそれが分かっているようで、魔法の射線を通すように動いている。


 ゴブリン・シャーマンの攻撃は、【フレイムアロー】【アイスバレット】【エアカッター】【ストーンバレット】の4種類だけだ。

 ゴブリン・シャーマンにもレベルが存在するのかどうかは分からないが、今のところ【ファイアボール】や【ライトニング】といった精霊系レベル3の攻撃をしてくるのを見たことがない。

 精霊系レベル2の魔術は使えるのかもしれないが、精霊系レベル2には攻撃魔法が無いのだ。


 レーナたちが戦闘に参加した。

 最初に2体のゴブリンと戦っているヴァレリーを支援するようだ。


 オレグが回復系魔術の白い光に包まれた。

 一番、ダメージの蓄積が大きかったようだ。

 僕が見た限りではデニスが一番魔法攻撃を受けた回数が多そうだったが、装備が良いためかダメージ自体は低いようだ。

 続けて、ヴァレリーにも回復魔法が掛けられた。

 そして、オレグの大剣に【ホーリーウェポン】の効果が掛かるのが分かる。

 レーナのバスタードソードにも【ホーリーウェポン】が掛かっているようだ。


 レーナは、ヴァレリーの横を通り過ぎて森の方へ移動した。

 街道の端で魔法を発動する。

 青白い稲光が走った。


 ――ガガガーン!


 少し離れているため、それほど轟音ではないが、【ライトニング】の攻撃音が聞こえてきた。

 次にレーナは、【アイスバレット】を発射した。魔法攻撃に徹している。森の中に入るつもりはないのだろうか。

 森の奥から、【フレイムアロー】が飛んで来てレーナに当たった。

 レーナは、すかさず【ストーンバレット】で反撃をする。

 すると、今度は森の中から【アイスバレット】が飛んで来てレーナに当たった。


 レーナとゴブリン・シャーマンは、精霊系レベル1の攻撃魔法を撃ち合っている。

 レーナが【フレイムアロー】や【ファイアボール】を使わないのは、森で火災が発生しないように配慮しているのだろう。


 次にレーナは、【エアカッター】を撃った後、森の中に入って行った。

 ここからでは、木々が邪魔で森の中は見えない。

 精霊系レベル3の魔術が使えるレーナと使えないゴブリン・シャーマンでは、よほどのポカをしない限りレーナに軍配が上がるだろう。

 僕は、視線を手前の戦闘に戻した。


 2体のゴブリンは、ヴァレリーとミラが1体ずつ引き受けていた。

 ヴァレリーは、相変わらず守勢に回っていたが、ミラはかなり攻撃的なように見える。

 オリガもレイピアを抜いてミラが戦っているゴブリンに攻撃を仕掛けた。

 そのゴブリンの顔の辺りが白く光った。


『もしかして、【フラッシュ】の魔術?』


 そういえば、僕は使ったことがないし、使ってる人も見たことがなかった。

【フラッシュ】による目つぶし攻撃を受けたゴブリンは怯んだ。

 すかさずオリガがレイピアを突き込む。

 レイピアは、僕が日本でイメージしていたよりもずっと長くてゴツイ武器だった。

 刃渡りは、僕の持つ打刀やレイコが使っているようなブロードソードよりも長い。

 そのため、礼装用と思われがちな武器だが重量もそれなりにあるため、威力はかなりのものだと思われる。


 オリガの攻撃を受けたゴブリンが体勢を崩す。

 すかさずミラが踏み込んでラウンドシールドを叩き込んだ。

 ゴブリンがミラのシールドバッシュを受けて尻餅をついた。

 短い剣を頭の上に掲げて頭を護るような姿勢を取る。

 ミラがショートソードで肌の露出した部分を斬る。

 同時にオリガがレイピアを突き刺した。

 それでゴブリンは白い光に包まれて消え去った。


 オリガは、またオレグに回復魔法を掛けた。

 そして、ミラと一緒にヴァレリーが戦っているゴブリンを囲んだ。

 ヴァレリーも攻勢に転じて、ゴブリンはすぐに倒された。


 次にミラとオリガ、ヴァレリーは、オレグが戦っているホブゴブリンに向かい、4人で囲って倒した。

【ワイド・レーダー】を確認すると、森の中の赤い光点も消え去っている。


 それからゴブリンとの戦闘は、数分と経たずに終了した――。


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