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『ニイガタの街』は、人口密度は低そうだが活気のある街だった。

 人々がせわしく行き交っている。


 周囲の人々の視線から察するに、僕たちは注目されているようだった。

 おそらく、エルフのフェリスが居るためだろう。

 魔術師風の人間が3人居るというのも注目される理由の一つかもしれない。


 入り口にある広場の近くには、『エドの街』と同じようにちょっとした商店が建ち並んでいた。

 街の入り口から海は見えないが、潮の香りがここまで漂っている。

 街道から続く街のメインストリートは、街道と同じ広さで幅が5メートルくらいあった。

 その両側に商店が建ち並んでいる。


 ――まず、どこへ行くべきだろう?


 目的地は港だが、いきなり船に乗って大陸に渡ってしまうのは勿体ないような気もする。

 一泊くらいしてもいいかもしれない。

 それでも、まずは港に行ってみよう。場所の下見や船の時間を調べておいたほうがいいだろう。


 僕は、通りを西に向かって歩き出した。

 この街は、通りの北の方角が少し西へ傾いているので、通りを西へ向かうということは西南西に移動していることになる。

 少し歩くと道の右側には、田園地帯が広がっていた。青く繁った稲が芝生のように遠くまで続いている。

 この世界でも新潟は、米の名産地なのだろうか?


 ◇ ◇ ◇


 40分くらい歩くと、白っぽい壁のある通りにぶつかった。壁の高さは3メートルくらいある。おそらく、川沿いの堤防だろう。

 堤防は、コンクリートのようなもので固められていた。魔法で作った堤防と思われるが、魔法建築物でないことは老朽化した見た目で分かる。街道やこの通りの石畳と同じ性質のものだ。【工房】の刻印を持つ者が実体化した建造物だろう。

 ちなみに建築土木材料のコンクリートは、ローマ帝国の時代からあるそうなので、これがそういったコンクリートだとしても驚きはしない。


 僕たちは、堤防沿いの通りを右に曲がり北へ向かって移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 堤防沿いの道を1時間半くらい歩いたところに港があった。

 僕が上空から見ていた船は、既に出航したようで港に船は見当たらなかった。

 あの船に乗るためには、飛行して移動しないと無理だったということだ。


『1日に何本くらいの船が出てるんだろ?』


 帆船の速度からすると、ウラジオストクまで3日くらいかかるのではないだろうか。リディアは、1日と言っていたが……。

 数隻がローテーションで回っている可能性もあるが、日に何本もあるとは思えない。1本あればいいところだろう。


 港で暇そうにしている作業員らしい男の人が居たので聞いてみる。


「すいません」

「なんだ?」


 歳は、40歳くらいだろうか。浅黒い顔に無精髭を生やしているが、人の良さそうな印象の男性だ。


「僕たちは、『エドの街』から来たのですが、次の船はいつ出航するのですか?」

「ああ、船は毎朝8時に出航しておるよ」

「ウラジオストク行きですよね?」

「いや、行き先は『ナホトカの街』だ。そこから、徒歩で『ウラジオストクの街』へ行くわけさ」

「なるほど、そうだったんですか。それで、船に乗るためのチケットは何処で売っているのでしょう?」

「チケット?」

「乗船券は販売していないのですか?」

「乗たきゃ、船の入り口で金を払えばいいのさ。一人1ゴールドかかるがな」

「分かりました。ありがとうございます」

「いや、気をつけてな」


 次に僕たちは、『組合』の方へ向かった。

 何処に『組合』があるのかは知らないが、おそらく街の中心だろうと見当をつけて移動する。


 ◇ ◇ ◇


 東に歩いて、街道と繋がっている広い中央通りを右折して南へ移動した。

『組合』の建物には、港から1時間くらいで到着した。

 周囲の建物とは大きさが全く違うため、一目で分かった。

 それでも『エドの街』の『組合』の建物よりはだいぶ小さく、魔法建築物でもないようだ。


 こうして街の中心部を見渡すと、『エドの街』がこの地域では大都市だったことが窺える。

 この街の商業施設は、全体的にこぢんまりとしているのだ。


『組合』の前にある広場には、冒険者風の男達が数人たむろしていた。

『エドの街』では、『組合』の前に多くの冒険者が居たのだが、この街には冒険者自体が少ないのか、それほど見かけない。

 10時を少し過ぎた時刻だが、『組合』には行列も無かった。


『組合』の中に入ってみる。

 冒険者への依頼の掲示板は、『エドの街』の『組合』と同じように左奥にあった。

 見るからに依頼の数が少ない。

 この街には、あまり冒険者向けの仕事が無いのかもしれない。


 依頼の内容を見てみると、護衛のような仕事が多いようだ。

 依頼主は、木樵きこりや山菜採りを行う業者などで、報酬も『エドの街』の相場より低いと思う。どれも日当が銀貨5枚だった。この街の相場なのかもしれない。そして、ここに残ってる依頼は、1ヶ月とか長期間の契約が多かった。

 ニンフたちの報告では、この辺りにはモンスターの拠点が無い代わりにワンダリングモンスターが棲息しているようだ。

 コボルトやゴブリンらしいので、それほど脅威ではないのかもしれないが、それなら『エドの街』で『ムサシノ牧場』の仕事をしたほうが割が良いだろう。

 おそらく、初心者パーティ向けの依頼なのではないだろうか。

 刻印を刻んだばかりのあまり強くない冒険者の戦士でもコボルトくらいなら1対1でなんとか倒せるようなので、パーティメンバーと同数のコボルト相手なら、それほど苦戦せずに勝てると思う。

 貼ってある依頼の用紙には、どのくらいの人数を募集しているかは書いていない。

 おそらく、何パーティかまとめて募集しているのではないだろうか。そうじゃないと、護衛しながら戦うのは難しいからだ。想定より少しでも多くのモンスターに遭遇したら全滅してしまうだろう。


 僕は、情報収集のため、依頼を受けるときに利用すると思しきカウンターへ移動した。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


 20代半ばくらいのショートカットの受付嬢が話し掛けてきた。


「僕たちは、『エドの街』から来たのですが、少しお話を伺ってもいいでしょうか?」

「はい、どのようなことでしょう?」

「まだ、10時過ぎですが、あまり冒険者の人が依頼を見に来ておられませんが、いつものことなのでしょうか?」

「はい、この街には、それほど多くの冒険者の方が居られないので、依頼も少ないのです」

「人口が少ないから冒険者の数も少ないのですね?」

「はい、それもあると思います。ただ、『エドの街』のほうが楽に稼げるので、ある程度経つと、そちらに拠点を移動される冒険者パーティも多いのです」


 路銀が貯まったら『エドの街』へ移動するという感じなのだろうか?


「なるほど、そうでしたか。それで、この街は大丈夫なのですか?」

「そうですね。このまま冒険者の方が少なくなってしまうと困りますね」

「何か脅威があるのでしょうか?」

「この街には、『エドの街』のような城壁がありませんから、モンスターの襲撃を受けたら甚大な被害が出ると予想されています。我々の間でも、その対策をどうするかといったことがよく議題に挙がっております」

「『エドの街』の『組合』とは、連携しないのですか?」

「職員ならともかく、冒険者を融通してもらうのは難しいのです」


 冒険者は、誰に雇われているわけでもないので河岸かしを変えろと命令することはできないだろう。

 依頼で募集して報酬を約束すればいいかもしれないが、予防的措置のために予算を使うのは難しいのかもしれない。

 将来的にこの街の冒険者が警備を行えないくらい少なくなったら、そういうこともあるかもしれないが。


「なるほど……」


 僕は、話を変える。


「話は変わりますが、この街の宿を紹介してもらえますか?」

「はい、どのような宿でしょうか?」

「一見さんお断りじゃなければ、最高級の旅館をお願いします」

「そうですねぇ……この街は、『エドの街』のように多くの高級旅館はありませんが、『紅梅亭こうばいてい』でしたら冒険者の方にも御利用いただけると思いますわ」

「どこにあるのですか?」

「ここからですと、大通りを北に20分ほど歩くと看板が出ていますので、そこを西に5分といったところでしょうか」

「ありがとうございます。後で行ってみます」


 僕は、金貨を1枚実体化させて受付嬢に渡した。


「そんな、受け取れません……」

「情報料ですよ。遠慮無くどうぞ」

「……では、有り難く頂戴いたします」

「あ、そうだ。この街の組合長も女性の方なのですか?」

「いえ、この街に組合長はいませんわ」

「え? どうしてですか?」

「ここは、『組合』の出張所なのです」

「そうだったんですか……」


 どうりで、『組合』の建物が魔法建築物じゃないと思った。

 正確には、『エドの街』の『組合』の出張所なのだろう。


 僕は、受付嬢に礼を言って『組合』の出張所を出た――。


―――――――――――――――――――――――――――――


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、まだ【10:48】だった。

 旅館に行くのは、早すぎるだろう。


 僕が『組合』の前の広場で次は何処に行こうかと考えていると、南から大通りを走って来る男の人が見えた。

 見たところ普通の人間で、汗をかいて苦しそうだ。その必死な表情から、何か事件が起きたのではないかと思われた。

 男の人は、ヘロヘロになりながら、『組合』の入り口から中へ駆け込んだ。


「たっ、大変だーっ!」


 中に入ると大声でそう言った。

 外に居る僕たちにも聞こえる音量だ。

 何か手を貸せるかもしれないと、僕は『組合』の入り口へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 走って来た男の人の話によれば、森に入っていた人や冒険者が逃げてきて、その後を大量のコボルトやゴブリンが追いかけてきたらしい。

 ゲームで言えば、トレイン&MPK状態だ。

 入り口で冒険者が応戦しているが、突破されるのは時間の問題なので増援の冒険者を送ってほしいということだった。


「僕たちが行きましょう」

「あんたたちだけじゃ無理だ!」

「問題ありません」

「100体くらい居たんだぞ!」

「1000体でも余裕ですよ」

「なっ!?」


 驚く男を置いて、僕たちは『組合』の外に出た。


「行くよ」

「ハッ!」

「御意!」

「急ぎましょう」

「ええ」

「畏まりました」


 フェリスがいつになく真剣だ。いつものおっとりとした口調ではなくなっている。


【ハイ・マニューバ】


 僕は、【ハイ・マニューバ】を起動して一気に上昇して移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 大通りは、逃げまどう人々で溢れていた。

 街の入り口からできるだけ遠ざかろうとしているようだ。


 モンスターたちは、人々に追いすがり蹴散らしている。

 コボルトやゴブリンが武器を振り回す度に血しぶきが舞う。


【戦闘モード】【マジカル・ブースト】


 世界が静止したような感覚に包まれた。

 僕は、一番近くに居るコボルトの一団に【ハイ・マニューバ】で接近する。

『アダマンタイトの打刀+500』を抜いて、薙ぎ払う。移動しながら、数匹をまとめて斬った。

 コボルトは、白い光に包まれて消え去った。

『アダマンタイトの打刀+500』で斬るとコボルト程度では、刃に当たった感触すら感じないほどだ。


 そのまま、移動して残りのコボルトたちを斬った。


【レーダー】


【レーダー】の魔術を起動する。視界に円形の探知エリアが見える。右方向にある一番近い赤色の光点へ向かう。


 ――ゴブリンが居た。


 短い剣を振りかぶって、着物を着た女性を攻撃しようとしている。

 僕は、『アダマンタイトの打刀+500』を構えて、体当たりするようにゴブリンに突っ込んだ。

 ゴブリンにぶつかった衝撃に身構えたが、サクッという軽い感触を残してゴブリンは消え去った。

 どうやら、刃が当たった瞬間に倒してしまったため、ゴブリンの質量を感じなかったようだ。


 使い魔たちを見ると、独自にモンスターを追って倒していた。

 いつもなら、護衛として僕に貼り付いているフェリアやルート・ドライアードも散開して人々の救助を優先しているのだ。

 この程度のモンスターなら何万体でも脅威にならないことが分かっているので、僕の意を汲んで人々を救助しているのだろう。

【ハイ・マニューバ】は【エアプロテクション】が同時に起動するので、音声が遮断されてしまい、指示を出すのにいちいち個別に【テレフォン】を使わないといけないという弊害があった。


 それから、数分で僕たちは、『ニイガタの街』に入り込んだモンスター共を駆逐した――。


 ◇ ◇ ◇


 僕は、街の入り口に向かった。

 入り口には、破壊されたバリケードの残骸が残っていた。

 おそらく、モンスターを街に入れないように閉めたのだろう。

 しかし、モンスターや刻印を刻んだ者にとっては、障害にならない。

 壁もその気になれば破壊できるだろうが、知能が低いモンスターはそういったものよりも見えている入り口などからの侵入を優先する。勿論、何処にも入り口が無い状態だと破壊すると思われるが。


 門の外は血の海だった。

 逃げ遅れたのか、受付をしていた若い女性も血の海に倒れていた……。

 冒険者らしい裸の男達の死体がバリケードの内外に倒れているのが見える。

 数えてみると裸の死体は15体だった。


 店舗などの家屋には、あまり被害はないようだ。

 ゾンビと違ってコボルトやゴブリンは、超感覚で人の位置を察知しないし、一番近くの人間を襲うという習性もないため、家屋の中で息を潜めていた人は助かったようだ。


 通りや田んぼの中には、多くの血まみれの死体がある。

 ざっと、50人くらい亡くなったのではないだろうか。


 僕は、この残酷な世界が恐ろしいと感じた。

 以前、レイコたちを救出に行ったときには、バラバラの死体など、もっとエグいものを見たのだが、そのときにもこんな気分にはならなかった。

 目の前で一般人がモンスターに殺されるところを見たからだろう。

 僕にとってコボルトやゴブリンは、軽く斬っただけで死んでしまう程度のモンスターだが、そんなモンスターでも刻印を刻んでいない一般人にとっては、天災に等しい存在なのだ。

 そのことを改めて実感させられた。


 僕は、街の入り口にある広場に着地する。

 使い魔たちも僕の背後に降り立った。


【戦闘モード】と【ハイ・マニューバ】、【エアプロテクション】、【マジカル・ブースト】などのバフをオフにする。


【ワイド・レーダー】


【レーダー】を【ワイド・レーダー】に切り替える。

 後続のモンスターは居ないようだ。

 しかし、『組合』から人が来るまで入り口の警備をしたほうがいいだろう。


 僕たちは、『ニイガタの街』の入り口で『組合』の職員が到着するのを待った――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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