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 僕たちが『ニイガタの街』の入り口に着いて1時間ほど経過した頃、【ワイド・レーダー】に反応があった。


「ご主人様」


 フェリアも【ワイド・レーダー】を見ていたのか、声を掛けてきた。

 街のほうから、複数の青い光点が接近してくる。光点の数は、26個だ。

 冒険者の集団だろう。


「この街の冒険者たちが、こっちに向かって来てるみたいだね」


 青い光点は、一直線に僕たちの居る『ニイガタの街』の入り口へ向かって来ているわけではなかった。

 立ち止まったり、フラフラと左右に移動したりしている。

 もしかすると、死体を確認しているのかもしれない。

 しかし、生存者は入り口近くの建物内に隠れている人を除いて居ないと断言できる。

 もし、生きている人が居たら、【レーダー】に緑色の光点として表示されるため、僕たちが見逃すはずがないからだ。

 おそらく、魔力系魔術を使える冒険者が居ないため、確認しているのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 それから、30分以上かけて冒険者たちは、『ニイガタの街』の入り口へ到着した。


「あなた方がタイチの言っていた者たちだな?」


 先頭に居たパーティリーダーらしき男の人が声を掛けてきた。

 タイチというのは、先ほど『組合』まで走ってきた職員のことだろう。


 その男性は、身長が180センチメートルくらいで、外見年齢は30歳前後といったところだ。

 ダンディーな口髭くちひげ顎髭あごひげを生やしている。

 装備は、革製の鎧の上に金属の胸当てを装備していた。ガントレットとブーツも金属製だ。

 武器は、おそらくブロードソードと思われる剣を腰に吊るし、ラウンドシールドを装備している。


『冒険者で、髭を生やしてる人は初めて見るな……』


【フライ】


 僕は少し浮遊して使い魔たちの前に出る。

 使い魔たちが道を譲った。


「タイチというのは、先ほど『組合』に走ってきた人ですか? でしたらそうです」

「本当にお前たちだけで100体ものモンスターを倒したのか?」

「ええ、正確には78体でしたが」

「狩り残しはないのか?」

「魔術で周囲を確認しましたが、周囲1キロメートルにモンスターの反応はありません」

「そうか、此度の一件かたじけない」

「いえ、当然のことをしたまでです」

「我が名は、タクヤ。ニシカワ家のタクヤだ。お見知りおきあれ」


『何だか古風な話し方をする人だな』


「僕の名前は、ユーイチです」

「では、ユーイチ殿。この場は我々が預かるので、『組合』に行ってください。リョウコ、ユーイチ殿をご案内しろ」

「ハイハイ、偉そうに言われなくても分かってるわよ」


 大柄な女の人が冒険者たちの間から出てきた。

 冒険者の集団のうち6人は女性だった。4パーティ中、1パーティが女性で構成されたパーティなのだろう。


「初めまして、可愛い英雄さん。あたしは、この街で冒険者をやってるリョウコ。タミヤ家の者よ」

「初めまして、ユーイチです」


 リョウコは、身長が180センチメートルくらいで、黒髪のショートカットだった。胸は金属製の胸当てを付けているので正確なサイズは分からないが、たぶん大きいと思う。装備は、人によってサイズが調整されるため、薄い胸の女の人だと男の人が胸当てを付けているような見た目になるからだ。

 彼女の装備は、軽装戦士のような全身革装備で胸当てだけが金属製だった。

 胸当ての色も今までに見たことがない金色っぽい色だ。もしかして、ブロンズの素材で作成した青銅の胸当てだろうか? 青銅のあの緑っぽい色は、錆びの色という話を聞いたことがある。

 武器は、タクヤと同じでブロードソードにラウンドシールドだ。こちらは、鉄製のようだ。


「じゃ、行きましょ」

「ええ」


 遠巻きに僕たちを見ていた冒険者たちが道を空ける。

 僕は、リョウコの後に付いて大通りを『組合』のほうへ向かって移動しはじめた。

 リョウコのパーティメンバーが僕たちの後についてきた。


 ◇ ◇ ◇


 通りには、モンスターに惨殺された死体が残っていた。

 冒険者たちが通りの真ん中辺りにあった死体は、端の方へ移動させたようだ。


「ユーイチ様は、何処の家の生まれなの?」

「僕は、商家の生まれじゃありませんよ」

「えっ? そうなの?」

「ええ、エルフに育てられましたので」


 久しぶりに偽りのプロフィールで誤魔化した。


「へぇ? そうなんだ。だから、パーティにエルフが居るのね?」

「はい」

「それにすっごく強いんでしょ?」

「ゴブリン程度なら何体居ても楽勝です」

「すっごぉーいっ!」

「それで、『組合』に行ってどうするのですか?」

「そりゃ、今回の報酬を渡されるのよ」

「別に要りませんけど……」

「どっ、どうして?」

「当然のことをしたまでですし……」


 どうせ大した金額じゃないだろうし、もしかしたら魔法通貨ではなく硬貨で支払われる可能性があるからだ。


「格好いいね……ホレちゃいそうよ……」

「僕は、『エドの街』で娼館を経営してるので、僕に惚れると娼婦にされちゃうかもしれませんよ?」

「ふふっ、いいわよ」

「冒険者よりも娼婦のほうがいいのですか?」

「今日のようなことが起きるなら、そのほうがいいかも……あなたが居なければ、あたしたちはたぶん死んでたと思うし」

「今日みたいなことは、よくあるのですか?」

「ここまで被害が出たのは初めてだけど、森に出かけた木樵きこりなんかがモンスターから逃げてきて、街の入り口で戦闘になることはたまにあるわ」

「応援に駆け付けたのは、リョウコさんたちのパーティを含めて4パーティですよね?」

「そうよ」

「この街には、他に冒険者パーティは居ないのですか?」

「いるわよ。でも、今は出払ってるのよ」

「何処にですか?」

「商隊の護衛や森に入る者たちの護衛よ」

「なるほど」

「この街は、船にも商隊を積んでいるからね」

「大陸と貿易しておられるのですか?」

「ぼうえき?」

「遠いところと行う商売のことです」


 この世界には、国家が存在しないため貿易という言葉も通じないようだ。


「ええ、そうよ。この街は、『ナホトカの街』と行商人が行き来しているわ」

「『ウラジオストクの街』までは行かないのですね?」

「商家同士が縄張りを決めているのよ。『エドの街』にも『ウラジオストクの街』の商隊は行かないでしょ?」

「実は、その辺りのことは、よく知らないので……」

「そうなの? 『エドの街』に娼館を持ってるくらいなのに?」

「初めてエドの街に行ったのも3ヶ月ほど前のことですし、あまり街に逗留とうりゅうしていなかったですからね」

「街じゃなければ、どこかの村にでも?」

「いえ、『組合』で依頼を受けてオーク退治をしたり、ゾンビ討伐なんかをしていました」

「それで、娼館を買ったの?」

「いえ、買ったのではなく、新しく作ったのです」

「そんな短期間に?」

「魔法で作ったのですよ」

「へぇ……凄いわね……」


 そんな話をしていたら、『組合』に到着した――。


 ◇ ◇ ◇


『組合』の建物に入ると最初に『組合』に駆け込んで来た男が僕たちのほうに来た。タクヤの話では、タイチというらしい。


「リョウコさん、どうでしたか?」


 タイチは、心配そうな顔でリョウコにそう言った。タイチは、年齢が20代後半くらいの痩身そうしんの男で、身長は170センチメートルくらいだろう。


「あたしたちが到着したときには、こちらのユーイチ様たちが全滅させていたよ」

「おお、ありがとうございました」

「いえ、それでも多くの方が亡くなられました……」

「それは仕方がありません。しかし、あなた方のおかげで、壊滅的な打撃を受けずに済みました」

「何か対策が必要では?」

「なかなか難しいですね……それはともかく、支部長に会ってください。私は、被害を確認するため、街の入り口に戻りますので……」


 リョウコがパーティメンバーに指示を出す。


「ユカリ、サオリ、ユミ。あんたたちは、タイチの護衛で入り口に戻りな! そして、タクヤたちに協力するんだ!」

「はい、リョウコ姉さん」

「あたしたちもユーイチ様の側に居たかったのに……」

「仕方ありませんわ」


 リョウコのパーティメンバーの3人が前に出た。

 一人は、回復系の魔術師のようだ。鎖帷子にメイスと小さな盾を持っている。

 他の二人は、軽装戦士風だが、一人は金属製の胸当てを付けていた。


 タイチとリョウコのパーティメンバー3人は、『組合』の建物から外に出て行った。


 僕たちは、『組合』の女性職員に案内されて、入り口の正面奥にある扉から中へ入った――。


 ◇ ◇ ◇


 それから僕たちは、2階にある会議室のような部屋に案内された。


「支部長を呼んで参りますので、席に着いてお待ち下さい」


 そう言って、女性職員が出て行った。


 僕は、部屋の奥へ行き、真ん中付近の椅子に座った。

 リョウコとリョウコのパーティメンバーの2人は、僕の左隣に座った。

 5人の使い魔たちは、僕の背後に並んだ。


「座ったら?」


 念のために聞いてみた。


「いえ、我々はご主人様の護衛ですから」

「ふふっ、フェリアの言う通りですわ」


 以前は、気にせずに座っていたフェリスまでもがそんなことを言い出した。


 ――もしかして、【サモン】の刻印の影響かな?


 召喚魔法で使い魔になった者は、刻印の影響を受けるようだ。

 妙な様式美を好むようになる。風呂場で命令しないと湯船に座らなかったり、風呂から出た後に命令しないと服を着なかったりするのだ。

 使い魔は、主人に命令されると幸福感が得られるようなので、そうやって命令されるのを待つようになるのではないかと推測している。


 ◇ ◇ ◇


 ――ガチャ


 入り口の扉が開いて、前頭部が禿げ上がった50代くらいの中年男性と先ほどの女性職員ともう一人女性職員が中に入ってきた。

 2人の女性は、手に盆のようなものを持っている。盆には、硬貨袋が3袋ずつ載っていた。おそらく、報奨金だろう。


「お待たせいたしました」


 僕は立ち上がって挨拶をする。


「初めまして、ユーイチと言います」

「『ニイガタの街』の『組合』の支部長を務めております。カンベエと言います」


 カンベエは、そう言って頭を下げた。


「皆様のご活躍で街は救われました。少ないですが、こちらをお受け取りください」

「当然のことをしたまでなので結構ですよ。それよりも、そのお金を使って冒険者を雇われたほうがいいでしょう」

「有り難いお話ですが、街を救った方々に報酬を渡さなかったとなれば、我々の信用に傷が付いてしまいます」


 カンベエは、商人のような物の考え方をする。もしかすると、商家の出身なのかもしれない。


「いえ、辞退させていただきます。報酬を渡そうとしたけれど、辞退されたということにすればいいでしょう?」

「そこまでおっしゃるのでしたら、言われたとおり、このお金は冒険者たちへの報酬として使わせていただきます」

「それでお願いします。それよりも、今後このようなことが起きないようにどんな対策をされるおつもりですか?」

「……わたくしどもも分かってはいるのですが、なかなか有効な手段を思いつきませんので……」

「『エドの街』に協力してもらってはどうですか?」

「それも検討はしているのですが、具体案がまとまらないのです……」

「つまり、どういう支援を受けるのか分からないということでしょうか?」

「まぁ、そうですね。冒険者の派遣を頼むのがいいのでしょうが、十分な報酬を用意できないと思われるので……ある程度の数が必要でしょうし、長期間にわたりますからね」

「なるほど……。少しお待ち下さい」


 そう言って僕は、【テレフォン】で通話するために左耳に手を当てた。


【テレフォン】→『ユウコ』


「ユウコさん、ちょっとお時間いいですか?」

「おお、主殿あるじどのではないか。何ぞ用かぇ?」

「組合長と一緒に『ニイガタの街』に来て貰えませんかね? 『組合』の入り口にレイコを向かわせますので」

「相分かった。早速、ベルティの所へ行ってくるぞぇ」

「じゃあ、お願いします」

「任された」

「通信終わり」


【テレフォン】→『レイコ』


「レイコ、今時間はいい?」

主様ぬしさま!? 今は……ああん、駄目ぇ……主様に聞かれてしまうぅ……ハァハァハァ……」

「……お取り込み中みたいだね……終わったら、ユウコさんに連絡して『組合』で合流して」

「はぁ……い、わかりま……しぃいいったぁあん……」

「通信終わり」


【テレフォン】→『ユウコ』


「ユウコさん、レイコは今仕事中みたいなので、レイコからの連絡を待ってから落ち合ってください」

「フフフ……分かったぞぇ」

「通信終わり」


 僕は【テレフォン】の魔術をオフにした。


「今、『エドの街』の組合長を連れてくるように連絡したので、遅くとも夕方には来られると思います」

「ええっ? それは本当ですか? だとしたら、あなた方は一体……?」

「ちょっと縁があって、知り合いなのです。支部長は、よくお会いになるのでは?」

「いえ、私が支部長に就任したときにお会いしましたが、それから10年以上会っておりませんよ」

「そうなのですか?」

「ええ、『エドの街』と往復するだけでも大変なので……ですから、『エドの街』の冒険者を雇うのも大変なのです」


 意外と『組合』の横のつながりは薄いようだ。


「なるほど……まぁ、それについては、少し考えがあります」

「ほぅ、一体どのようなお考えが?」

「僕は、『エドの街』で娼館を経営しているのですが……」

「――――っ!?」


 意外だったようで、『組合』の面々が驚きの表情を浮かべた。


「そこの娼婦たちは、僕の使い魔なので並の冒険者よりもずっと強いのです。コボルトやゴブリン程度なら、何百体居ても軽く倒せると思います」

「ちょっと待った! どうして娼婦がそんなに強いのさ!?」


 リョウコが口を挟んだ。


「ご主人様の奴隷だからです」


 それに背後からフェリアが答える。


「ユーイチ様の奴隷になれば強くなれるのかい?」

「奴隷じゃなくて使い魔ですよ?」

「ああ、その使い魔になれば強くなれるんだね?」

「まぁ、そうですね」

「じゃあ、あたしも使い魔にしておくれよ」

「すぐには無理ですから、その話は後でしましょう」

「頼んだよ」


 僕は話を戻す。


「支部長。この街の防衛費として、1日8ゴールドを捻出できますか?」

「はい、その程度でしたら問題ありません」

「では、ウチの娼館から、毎日2人ずつ娼婦を派遣しますので、4ゴールドずつお支払いください」

「その……本当に娼婦の方で大丈夫なのでしょうか?」

「ご心配なら、冒険者のチームと戦うなりして実力を見てください。ただ、この2人の娼婦たちは、街の防衛にのみ使うようにしてください。僕の方からも他のことには関与しないように言っておきますから」

「ええ、勿論です」


 支部長は、更に言葉を続けた。


「そういえば、お昼がまだでしょう? 良かったら、ご一緒にどうですか?」

「ありがとうございます」


 断るのも失礼なので、僕は支部長の申し出を受けることにした――。


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