8―11

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「ふぅ……」


 湯船につかってお湯を楽しむ。


 ――ザバザバザバザバ……


 使い魔たちが僕の周囲を取り囲んでいるようだ。


 目を開けると、すぐ目の前にフェリスとユウコ、レイコとイリーナ、カオリが立っていた。


「座って」


 ――ザバーッ!


 使い魔たちが腰を下ろした。


「レイコ、しばらく帰らないと思うから、『夢魔の館』のことを頼むね」

「ハッ! お任せくだされ」

「お金は大丈夫?」

「まだ、ほとんど余っております」

「新しく使い魔になった人たちにお金や装備は配ったの?」

「勿論です」


 100万ゴールドくらいは減ったはずだが、まだ余裕があるということだろう。


「ローテーションの娼婦が100人超えたから、だいぶ楽になるんじゃない?」

「うむ。そうなると思います」

「良かったでござる」

「イリーナは意外だね。こういう仕事は好きなのかと思ってた」

「ハァハァハァ……あるじどのぉ、もっと苛めてくだされぇ……ハァハァハァ……」


 僕はジト目でイリーナを見る。


「ああっ!? そんな目で見られては拙者せっしゃ……ハァハァハァ……」


 イリーナが膝立ちになってビクビクと震える。


わたくしも苛めて欲しいですわ」


 フェリスが立ち上がる。そして、両手を頭の後で組んだ。

 僕は慌てて目を逸らした。


「もう、からかわないでよ」

「からかってなどいませんわ」


 ――ザバザバザバッ


 フェリスが前に出てきた。

 体温を感じるような距離に立つ。

 僕が目を閉じると頭を抱き寄せられた。

 フェリスの体が密着する。


 ――この体勢はマズい……。


【戦闘モード】


 僕は【戦闘モード】を起動して落ち着く。


「狡いでござる」


 ――ザバザバザバッ


 イリーナも僕のほうへ近づき密着した。


わし主殿あるじどのにひっつきたいぞぇ」

「私も主様ぬしさまと……」

わたくしも……」


 ――ザバザバザバッ

 ――ザバザバザバッ

 ――ザバザバザバッ


 早く出かけたかったのだが、この後、数時間の足止めをくってしまった――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 あれから、使い魔たちの母乳を吸ったりしていたら、夜中になってしまった。

 これから暫くの間、逢えなくなるということもあり、『夢魔の館』の娼婦たちを邪険には扱えなかったのだ。


 また、この数時間の間にドライアードから【テレフォン】で連絡があった。

 雪原に小さな村を発見したというのだ。

 元の世界の北海道に位置する場所の『闇夜に閉ざされた国』にどんな者たちが住んでいるのだろう?

【マップ】で場所を確認してみると札幌の辺りだろうか? それほど地理に詳しくないので自信を持って断言はできないが……。


 僕は、湯船につかりながら、『夢魔の館』の使い魔たちとの関係を考える。

 もし、中央大陸に渡って『ローマの街』へ行ったりしたら、忙しくなって今のように頻繁にこの館へ戻ることができないかもしれない。何ヶ月も放置して大丈夫だろうか?


 ――そもそも、使い魔にする前に娼婦希望者の母乳を吸うという過程は本当に必要なのだろうか?


 刻印を刻んだ女性は、例外なく母乳が出るようになる。

 おそらく、刻印を刻んだ体がそういう風に作られているためだろう。

 そして、その母乳は美味しい。もっと言えば、戦闘経験が豊富な女性ほど母乳が美味しいのだ。つまり、刻印を刻んだばかりの女性よりも熟練の冒険者の女性のほうが母乳の味が美味しい。これは事実だ。ここ数ヶ月で何百人もの刻印を刻んだ女性の母乳を飲んできた僕には断言できる。


 また、母乳は単に美味しいというだけではなく、母乳に含まれる魔力により飲んだ者が僅かに成長することも分かっている。その効果は刻印を刻んでいる者だけで、一般人には効き目が無いと思う。そもそも一般人には、魔力やステータスなどが存在しないのだから。

 そして、より美味しい母乳――熟練冒険者の母乳――のほうが効果が高い。物凄く強い女性の母乳を飲んでいれば、戦闘経験を積まなくてもある程度強くなれるのだ。

 僕がフェリアの母乳を飲んでいただけで、様々な魔法を使えるようになったことからも分かるように、これは紛れもない事実だ。


 刻印を刻んだ高レベルの女性の母乳は、凄く美味しくて経験値まで与えてくれる。

 僕も最初のうちは、フェリアの母乳の虜だった。

 つまり、どちらかといえば、母乳を飲むほうが虜になってしまうということだ。


 僕はフェリアの証言などから、母乳を吸われた女性のほうが幸福感や満足感を感じて僕の虜になってしまい、使い魔としての条件を満たすと考えていた。召喚魔法は、術者に対して絶対の信頼を持っていないと成功しないか、成功する確率が著しく低いということが分かっている。


 そういえば、他の男の人に母乳を吸われるよりも、僕に吸われたほうがずっと満足感を得られるというようなことをユウコが言っていたことがある。


 ――それは本当だろうか?


 ユウコは、かなり高齢で刻印を刻んだようだし、その後も『組合』の刻印付与魔術師という地位を築いていたことから、周囲の男性にとって近寄りがたい存在だったのではないだろうか。

 そのため、刻印を刻んだ後に男性経験が豊富だったとは考えにくい。

 勿論、凄い美人なので、その気になればいくらでも相手は見つかっただろうけど、そんな奔放ほんぽうな性格とも思えなかった。

 ユウコに男性経験について面と向かって聞くのは失礼だけど、あのときの発言の真意を知りたい。

 僕はユウコを呼んで聞いてみることにした。


「ユウコさん?」

「何じゃ? 主殿?」

「前に僕に母乳を吸われるのは、他の男の人に吸われるよりも幸福感を得られるというようなことを仰いましたよね?」

「うむ。儂が主殿の使い魔になったときじゃな」

「具体的にどう違うのか教えていただけますか?」

「フフフ……主殿は、儂がどんな風に他の男に乳を吸わせておるか聞きたいのかぇ?」

「いえ、そうではなくて、使い魔になる前の話です。本当に母乳を吸う必要があるのかどうか知りたいのです」

「なるほどのぅ……つまり、主殿は、乳を吸っただけで奴隷になるほどの覚悟ができるのかと疑問を感じておるのじゃな?」

「まぁ、有り体に言えばそういうことになります。ただ、母乳を吸わなくても使い魔になるのであれば、僕が此処に帰らなくても使い魔を増やしていけるということですし……」


 レイコが口を挟む。


「主様が長期間この『夢魔の館』へ戻られないときには、使い魔にしてしまえということでしょうか?」

「ダメ元で召喚魔法を発動してみるのもいいんじゃないかな? 本気でここで働きたいなら成功するかもしれないし」

「それは、どうじゃろうのぅ……。間接的に召喚魔法を使っていても主殿の使い魔なのじゃから、あるじが側に居らぬのに成功するとも思えんが」


 ユウコが異を唱えた。


「失敗しても【サモン】の【魔術刻印】が暫く使えないだけなので、実験も兼ねて試してみるのもいいと思います」

「確かにのぅ……そういうことなら、やってみる価値はあるのぅ」

「それで、ユウコさん。先ほどの質問ですが、どうなのでしょう?」

「ああ、主殿に乳を吸われたときと他の男に乳を吸われたときの違いじゃったな……」


 ユウコは、一呼吸置いてから言葉を続ける。


「実のところ、儂が主殿の使い魔になる前に他の男に乳を吸われたのは何十年も昔の話じゃから、それほど印象には残っておらぬのじゃよ。ただ、ベルティとはよく乳繰り合っておったから、彼女に比べると全く違ったのぅ」


『何だか爆弾発言をしたぞ……?』


 ユウコは、組合長のベルティーナとレズ関係だったようだ。冒険者の間では、特に珍しいことではないらしい。レイコのパーティメンバーでは、サユリが他のパーティメンバーなどとレズっていたという話だし……。


「どう違うのでしょう?」

「主殿には、吸われた瞬間から夢中になってしもうた。ああ、この子の為に何でもしてやりたいと思ったのじゃ」

「つまり、単に精神的な問題ということでしょうか?」

「それは重要なことじゃぞぇ。愛おしい相手に接吻されるのと嫌うておる相手にされるのとでは芽生える感情が全く違うじゃろう?」

「じゃあ、前に言っていた僕のレベルが高いからというのは関係なかったのでしょうか?」

「それも関係あるかもしれんのぅ……」

「どうしてですか?」

「そうじゃのぅ、吸引力の違いはあるかもしれんのぅ……」


 ――レベルが高いほうが吸う力が強い?


 それが本当だとしたらガッカリだ……。掃除機じゃあるまいし、吸引力の差で勝利しても虚しいだけだろう。


「主様」


 レイコが話し掛けてきた。


「なに?」

「私も主様に初めて母乳を差し上げたときは、凄く感動いたしました」

「拙者もでござる。それだけで主殿の虜になってしまったでござる」


 イリーナがレイコに賛同した。


「ふふっ、わたくしもですわ」

わたくしもレイコさんと同じで凄く感動いたしました。ご主人様がまるで自分の子供のように感じましたわ」


 フェリスとカオリも賛同している。


「よく分からないけど、母乳を吸うのはそれなりに効果があるってことかな……?」


 そう言って僕は、湯船の中で立ち上がった。


 ――ザバーッ


 使い魔たちも一斉に立ち上がる。


【フライ】


 僕は、【フライ】で空中に浮かび上がり、使い魔たちを飛び越えて洗い場に移動した――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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