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 正面から見た『夢魔の館』は、幅が48メートル、高さが35メートルくらいの建物だ。

 1階には窓が無いが、2階から上には、嵌め殺しの窓が2メートルくらいの間隔に設けてある。窓の向こうは廊下だ。

 玄関の大きな扉は、内向きに開く両開きの扉で開口部は4メートル近くある。

 玄関扉の上には、黒いサキュバスのシルエットの上に『夢魔の館』と赤い文字で書かれた長方形の看板が設置されている。


『ロッジ』から出てきた使い魔たちが、ぽかんとした表情で建物を見上げている。


「こんな立派な建物でござるか……」

「凄いわ……」

「何これ凄い」

「うわぁ……」

「……大きい」


 建物の周囲には、幅1メートル・深さ5メートルくらいのみぞがあり、その手前に地面から掻き出された土砂が盛られている。

 最初の仕事は、この土砂を溝に落とすことだ。


【商取引】→『アイテム購入』


『魔法のシャベル』と念じる。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ・魔法のシャベル【マジックアイテム】……120.50ゴールド [購入する]


―――――――――――――――――――――――――――――


『魔法のシャベル』を50本買った。


『トレード』


 使い魔たちに『魔法のシャベル』を配る。


「最初の仕事だ。建物の周囲の土砂を溝の中に落として溝を埋めるんだ」

「「はいっ!」」


『魔法のシャベル』


 僕も『魔法のシャベル』を召喚して手伝った。

 50人近い人数で作業をしたので、10分ほどで埋めることができた。


 そして、正面玄関前に戻ってきた。裏口の魔法の扉を除いて出入り口は、ここしかない。

 正面玄関の扉は、外壁と面一つらいちではなく、少し奥に設置されている。また、1階のフロアは、グランドレベルから15センチメートルくらいの段差がある。


『夢魔の館』の扉は、トイレの扉などを除いて、僕か使い魔たちにしか開けることができない。

 僕は、正面玄関の大きな扉の取っ手に手を掛けて、奥へ押した。

 そのまま、段差を上り扉を開いていく。両手一杯に開いたところで、左右にフェリアとルート・ドライアードが来て、片方ずつ扉を開いてくれた。扉は、180度近く開くようになっていて、一番開いたところで固定できるように設計してある。台風も来ないこの世界では、この扉を閉めることは、滅多にないだろう。


 基本的に建物内は、石畳の床で土足で入れる。

 玄関を入ったところは、待合室を兼ねた広いエントランスだ。1階は、他の階よりも天井が高い。階高を約5メートル取ってあるのだ。他の階は、おおむね3メートルくらいだ。

 正面に8つの部屋の扉が約5メートルの間隔で並んでいる。

 そして、床に固定された長椅子が前後に2基、8つの部屋の前に並んでいる。つまり、ここには16の長椅子があるのだ。


 右に目を向けると奥に扉が見える。あれが、トイレの扉だ。


「右の奥にあるのが、厠の扉だよ」


 僕は、トイレの扉を見ながら、使い魔たちに説明する。

 そして、トイレの扉に向かって歩き出す。


 トイレの扉を開ける。入り口の扉には、鍵などはかからず、手前に引いて開けるドアだ。手を離すと勝手に閉まる。

 また、入り口の扉の開閉で自動清掃機能が発動する。


 トイレの中には、右側に男性用の小便器が5つ並んでいる。

 左側には、洋式トイレの個室が4つある。個室の奥の壁には、トイレの使い方を図解した説明書きが貼ってあった。


 見た目は洋式トイレだが、タンクがなく流す機能はない。ウォシュレットのような洗浄機能もなく紙も用意していないのだ。そのため、僕が作った『トイレ』と同じように壁に付いた洗浄ボタンと鍵の開閉で自動清掃機能が働くようになっている。


「マリさん、使ってみませんか?」

「えっ……でも……」

「したくなければいいですけど」

「いえ、折角ですから使わせていただきます」


 もよおしていたのか、マリがトイレの個室に入って鍵をかける。


 ――ガチャ


 ――ジャーッ、ジョロジョロジョロ……


 個室の外で待っていると、小便をする水音がした。自動清掃機能を働かせるために、一応、密室になっていているのだが、音はそれなりに外に漏れるようだ。


 ――ガチャ


 鍵を開けてマリが出てきた。恥ずかしそうに顔を赤らめている。


「どうですか?」

「はい、ボタンを押したら綺麗になりました」

「実験に協力していただいて、ありがとうございました」

「いえ、そんな。わたくしで良ければ何でもおっしゃってくださいな」


 設計通りになっていることに満足して、僕はトイレから出た。

 次に客にサービスを行う部屋を見に行く。

 トイレを出て右方向にある扉へ向かった。


 長さ3メートルくらいの長椅子が2基並んでいる。その奥に幅1メートルくらいの扉がある。

 扉のある壁から左方向を見ると、隣の部屋との仕切り壁があるのが見える。1メートルくらい壁が張り出していて、部屋と部屋の区切りが分かるようになっているのだ。

 扉は、内開きで外からだと奥に押す形で開く。このドアも僕か僕の使い魔にしか開けられないはずだ。


「マリさん、このドアを開けてみてもらえますか?」

「はい。畏まりました」


 マリが僕の隣に来て、ドアの取っ手を持って押すが、ドアはビクともしない。


「開きませんわ……」

「ありがとうございます。レイコ、開けてみて」

「ハッ!」


 マリと入れ替わるようにレイコが来て扉を開けた。何事もなかったように扉が開く。

 僕は、レイコが開けた扉の中へ入った。

 入ったところは、奥行きが3メートルくらいの石畳の空間だ。幅は、壁芯で5メートルの設計なので、5メートル弱だ。奥に引き戸があり、その向こうが浴室になっている。

 部屋の右側には、クローゼットの扉がある。客の外套がいとうなどを掛けておくためのものだ。その隣には、棚と脱衣籠だついかごが置いてある。

 使い魔たちとマリが入ったのを確認して説明する。


「この部屋に入ったら、鍵を掛けるのを忘れないでください。鍵を掛けた時と開けたの両方のタイミングで自動清掃機能が発動します」

「「はいっ!」」


 使い魔たちが返事をする。50人近い人数だとかなり狭い空間なので少しやかましい。

 扉の近くに居たフェリスが入り口の鍵をかけた。自動清掃機能が発動したはずだ。


「そして、お客様から、サービスの料金を徴収します。料金は、1ゴールドです。冒険者など刻印を持った人からは、『トレード』でもらい、一般人からは、硬貨でいただき、マジックアイテムの硬貨袋などに保管してください。保管手段は、任せます。非マジックアイテムの硬貨袋に保管するのは、トラブルの原因になりますので、止めてください。必ず、盗まれたりしないように保管すること」

「「はいっ!」」


 手癖の悪い客が居るかもしれないので、その辺りは厳重にしておいたほうがいいだろう。

 別に金を盗まれても大した被害ではないが、トラブルが起きるのが問題なのだ。


「また、お客様には、ここで服を脱いでもらってください。脱いだ衣服は、そこのクローゼットや脱衣籠を利用してもらってください」

「「はいっ!」」


 娼婦は、どのタイミングで脱いだほうがいいだろう。

 僕が客なら、先に娼婦に脱いでほしいところなのだが。


「で、娼婦のほうが脱ぐタイミングは、お客様の好みで変えてください。中には自分で脱がせたいって人も居るかもしれませんし」

「「はいっ!」」


 僕は、部屋の奥の引き戸を開けた。

 洗い場には、『ラブマット』と同型のマットが置いてあり、奥に湯船がある。扉も含めて、全てが木製の空間だ。

 天井の明かりは、脱衣所も含めてかなり暗めに設定してある。黄昏時たそがれどき逢魔時おうまがときというが、夢魔に出会う刻をイメージしたのだ。


「まぁっ、ユーイチ様、これは何ですか?」

「これは、マットです」


 マリがマットを物珍しそうに見ている。


「とりあえず、初めてのお客様には、マットプレイを勧めてください。『ローション』のコストがかかりますが、必要経費ということで。レイコには、この娼館の維持費を渡しておくので、お金が必要になったら、レイコに言ってください。必要なときは、遠慮せずに申請すること。後でトラブルになるほうが問題ですからね」

「「はいっ!」」


『トレード』


 レイコに100万ゴールドを渡す。


「なっ、主様ぬしさまこれは多すぎます!」

「何があるか分からないから、持っておいて」

「しかし、以前に頂いた10万ゴールドもまだほとんど残っておりますのに、さらに100万ゴールドなんていただけぬ!」

「「――――!?」」


 周囲の使い魔たちとマリが息を飲んだ。


「いいから、これは命令だよ」

「……畏まりました」


 僕は、サービスについての説明を続けた。


「また、慣れたお客様の中には、マットプレイを好まない人が居るかもしれないので、その辺りは、お客様の好みに合わせてください」

「「はいっ!」」

「最後にサービスの時間ですが、扉の鍵を閉めたときから1時間20分を目安にしてください。延長を希望されるお客様がおられても、一旦、中断してください。そして、次のお役様が居ない場合には、追加で料金をいただいてから継続してしてください。ローテーションの終わりで、他の部屋が空いている場合には、部屋を移動してサービスを継続してもらっても構いませんが、一日に6時間以上、客の相手をする必要はないので、嫌なら断ってください」

「「はいっ!」」


 僕が脱衣所に戻ろうとしたところでマリが聞いてきた。


「ユーイチ様、マットプレイというものは、どのようなものなのでしょうか?」

「ローションというぬるぬるした液体を身体に塗って客にサービスするプレイです」

「まぁっ、それは試してみたいですわぁ……」

「『ローション』を差し上げますので、帰ってから旦那様と試してみてはいかがですか?」

うちには、このような設備がございませんし、今ここで体験させていただけませんか?」

「えーっと、じゃあマリさんがお客様と想定して娼婦の誰かをご指名いただけますか?」

「私、女性の方とはちょっと……ですから、ユーイチ様にお相手をお願いしたいのですが……?」

「それはまずいでしょう?」

「『組合』の視察と思ってくださいな。それに刻印を刻んだ方に抱かれても子供ができるわけじゃございませんし」

「いえ、そこまでするつもりはありませんが……」

「では、よろしいではございませんか」


『そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ……』


 マリは、刻印を刻んでいないので、母乳を吸われてとりこになることはないだろう。


「分かりました。では、脱衣所で服を脱いでください」

「畏まりましたわ」


 僕たちは一旦、脱衣所へ出た。


『装備8換装』


 使い魔とマリが服を脱いだのを確認してから、僕も裸になった。

 そして、浴室へ戻り、マリに『ローション』を渡す。


「そのローションを身体に塗って僕に奉仕してみてください」

「はい……」


 僕は、マリと使い魔たちの奉仕を受けた――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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